<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


++  六つの吐息――水色の吐息  ++


《オープニング》

 男は突然現れた。


 白く曇った可笑しな眼鏡。

 古びてくすんだ灰色のトランク。

 誰かに踏まれたのか、折れてところどころほつれた帽子。

 鮮やかな彩色のきれいな襟巻。

 男は黒山羊亭の中へ入ってくると、トランクを足元に置き、何も羽織っては居ないのに、まるで外套でも脱ぐかのような仕草をして見せた。

 徐にポケットから薄い空色をした懐中時計を取り出すと、それで時間を確認する。


「さて、お時間のようですね」

 男はそう言うと、ゆったりとした微笑を湛えて足元に置いたトランクを持ち上げた。
 彼はそれを、どさっと大きな音を響かせながら卓の上に放る様に置くと、丁寧な手つきで閉じられた蓋の鍵を開ける。
 男がトランクを押し開けると、エスメラルダは興味深そうにその中を覗き込んだ。

「……いらっしゃい。貴方は…?」

「はじめまして、お嬢さん。私は「めいり」吐息を扱う旅商人ですよ」

「吐息……?」

 男はこくりと頷くと、トランクから取り出した色とりどりの、ふわりと柔らかそうな印象を与える光の塊を次々と卓の上へと並べてゆく。

「揺らめく 吐息たち
 一の吐息は真っ白 何にでも染まるお色。
 二の吐息は真っ黒 全てを悉く埋め尽くすお色。
 三の吐息は真っ赤 貴方の体に流れるお色。
 四の吐息は橙 暖かな陽射しのお色。
 五の吐息は水色 たゆたうこの時密やかなるお色。
 六の吐息は空白の吐息 ここには決して何も無い。
 今日はお集まりの皆様に、吐息に篭められた夢を見て頂くべくこのような物を用意させて頂きました」

 男はただただ柔らかに微笑んでいる。

「さぁ、お好きなお色をお選び下さいますように…」




――夢を見せます――

 今日 これから起こる事によって 貴方が どのような状況に 陥ったとしても
 貴方は ただ 夢を見ているだけ
 さぁ 怯えずに お手にとってご覧下さい。

 それとも 貴方は 逃げますか?




 男はくすりと笑って囁くようにそう告げた。




《吐息の選択》

「あ〜っっ☆☆ジュダみ〜つけた〜〜〜〜♪♪」
「………シキョウ」
 ある日、いつもの街角で――シキョウはジュダを発見した。
 そのままビシ☆と捕獲。
 神出鬼没のジュダを捕まえるのはシキョウの得意技でもあった。
 きっと探査装置が作動したのだろう。
「ね〜ね〜〜あそぼうあそぼうあそぼうよ〜〜〜〜☆☆☆」
 そう言いながらも彼女は既にジュダをずーるずると引き摺りつつ「とある場所」へと向かって歩いてゆく。
「………あぁ、構わないが……」
「ほんと〜〜〜???? うれしたのしももいろおいろけせいかつなの〜〜〜☆☆☆」
 喋っている内容はさて置き―――彼女の素直な様子に、ジュダの纏う空気も思わず和らぐ。
「……何処へ向かっているんだ」
「えへへ〜〜♪♪あのねあのね〜〜「くろやぎてい」でおもしろいあそびをしてるんだって〜〜〜☆☆☆」
「……………そうか」
 ジュダはそう言うと、きゅっと手を握ってきたシキョウの手を、微かに握り返した。


 黒山羊亭――そこでは何だか妙な男がむんむんと妙な事を唸りながら仁王立ちだった。
「………………………………………失敗だったようだな」
 ジュダの独り言はさて置き、黒山羊亭でオーマは何だか悩ましく暑苦しくお悩みマッチョダンシングなご様子だ。
「あっれ〜〜〜〜〜〜〜????? お〜まみ〜っけ☆」
 オーマの悩む背後から、明るい声が投げかけられる。
 オーマが振り向くと、そこにはよく知った友人二名の姿が在った。
 一人はシキョウ。もう一人は―――好んでこんな所には足を運ばないであろう男、ジュダ。
「ジュダジュダもいっしょなの〜〜〜〜〜☆☆☆だからオーマもいっしょいっしょであそぼ〜〜〜〜????? ねっねっね〜〜〜???? シキョウのおねが〜い☆」
「おう、シキョウじゃねぇか、おまけにジュダ付きってか〜運命を感じるねぇ」
「………俺は感じないが」
「うんめい〜〜〜おぴんくももいろのうんめいなの〜〜〜〜☆☆☆」
「……………………………シキョウ」
 一体何処でそんな単語の組み合わせを学習してくるのか………ジュダは眉間に何か詰まったように感じながらも元凶っぽい男に向けて、じろりと冷たい視線を放つ。
「なんだよジュダ……言いたい事がありやがるならはっきりきっぱり言えってんだ、そしたらすっきりちゃっかり心置きなく腹黒同盟に入れんだろうがよ!!」
「そんな物には入らん」
 きっぱりとそう言い放つジュダの袖口を掴みながら、シキョウが赤い瞳をきらきらと輝かせている。
「うわ〜〜っ☆うわ〜〜〜〜〜〜っっ☆★☆きれ〜だねきれ〜だね☆ジュダジュダ〜〜☆☆」
「…………あぁ、そうだな」
 ジュダの向けた視線の先には、シキョウが居る。
 彼はすぅっと目を細めると、どこか優しげな雰囲気を湛えた。

「ようこそ御出でくださいました。私は「めいり」吐息を扱う旅商人ですよ。どうぞゆっくりと御覧下さい」
「めいりちゃんの「といき」ってうふ〜んあは〜〜んおいろけまんさいなの〜〜〜〜〜?????」
「……………シキョウ」
 ジュダはシキョウに掴れていない右手で額を押さえつけると、吐息を覗こうと顔を出したオーマの額をその手でがっと捕らえた!!!!
「ぅっうぐっっ!!?」
「……………………貴様、少しは言動を慎んだらどうだ」
「す…済まねぇ、……ジュダジュダ」

 ごりゅっ☆

「なにいろにしよっかな〜〜☆」
「………シキョウの好きな色を選ぶといい」
「えへへ〜〜〜☆」
 めいりはくすりと微笑んでそんな二人の姿を見詰めていた。
「所で可愛らしいお嬢さん、お名前をお聞きしても……?」
 めいりのその言葉にシキョウは大きな瞳からきらきら〜っと星やらハートやら満載で彼を見詰める。
「あのねあのね〜〜シキョウはね〜シキョウっていうの〜〜〜〜☆☆☆シキョウのことおんなのこだってすぐわかった〜〜〜〜???? シキョウねシキョウね〜〜〜〜? すっごくすっご〜〜〜くうれしいの〜〜〜〜☆☆」
「おやおや…そうでしたか? 大丈夫ですよ、私はすぐにわかりましたからね。…「シキョウ」さんですね…貴方は?」
 めいりはそのまま視線をジュダの方へと向けると、じっと向けられる視線から目を逸らさぬままにこりと微笑んだ。
「……ジュダ」
「「ジュダ」さん…ですね。畏まりました。それではお好きな吐息をお選びください。吐息は六つ。この六つの吐息の中から―― 一つだけ、お選びください」
「おうじゃあよ、シキョウはどの色がいいんだ?」
「いろ〜?いろ〜〜??あれれ〜〜でもでもでもシキョウのかみのけなぐりーんぐりーん☆なのとかないんだね〜〜??めいりちゃんのいけず〜〜☆☆」
「おや……確かに、シキョウさんの髪のお色はご用意しておりませんでしたね……それでは、また次回にお持ちいたしますよ。取って置きの「緑色」の吐息を……」
 めいりがそういって柔らかに微笑むと、シキョウはえへへ〜☆と笑う。
「やくそくやくそく〜〜〜☆☆うそついたらはりせんぼ〜んの〜〜〜ますっ☆☆☆あれれ〜〜〜???? でもおはりせんぼんものんだらいたいいたいよ〜〜〜〜?????」
「そうですね、それでは私が約束を違えぬように気をつけると致しましょう」
「うんうんうん☆じゃぁおやくそくね〜〜〜っめいりちゃん」
「えぇ、ではシキョウさん、他に好きなお色は御座いませんか?」
「じゃぁじゃぁじゃぁね〜〜、えっとえとえと〜シキョウのおうちにいっぱいいっぱいざぶーんとかしてた『みずいろ』でいいかな〜〜??(わくわく♪♪)」
 シキョウのラヴラヴエフェクト炸裂中v
「皆様は如何でしょうか?」
 めいりはオーマとジュダの方に視線を向ける。
「おう、俺達はかまわねぇぜ。なぁ、ジュダ」
「あぁ……構わないが」
 二人の同意を得て、めいりはちらと吐息の方に視線を向ける。
 彼は眼鏡を少し指先で持ち上げると、加減興味を抱いた様子で三人の顔を見遣る。
 めいりの傍らには、指名を受けたらしき吐息――水色の淡い光の珠のような物がその場所で、何かもわもわと漂っているような様子を見せた。
「……………」
 ジュダが加減目を細めると、めいりはくすりと微笑んで首を横に振った。
「なんの害も御座いませんよ――これは夢をみせる吐息」
「なんかよ……まるで言葉に反応を見せたみたいに感じたんだが」
「ねっねっね〜〜〜っ☆すごいねめいりちゃん☆といきちゃんもいきてるの〜〜〜????」
 彼らの言葉に意味深な微笑を浮かべためいりは、両手を大きく広げて囁くように言った。
「吐息は私の扱う至高の生き物――どうぞ私の持ち物が貴方がたの助けになる事もあるかもしれません。選択する吐息やお客様によっては…「心の問題」もありますしね……此処は一つ…運試しという事で、どれか一つをお選びください」
「え〜〜〜っめいりちゃんのおもちものからなんかもってくの〜〜〜???? じゃぁじゃぁシキョウそのお帽子がいい〜〜〜☆☆☆」
「帽子……此れで御座いますね?」
 めいりは頭に被った折れてところどころほつれた帽子をくるりと一回転させて取り、それをすっと彼女の方に差し出した。
「えへへ〜〜〜〜☆☆ありがと〜めいりちゃ〜ん☆」
 彼女はそれを受け取って自身の頭に深々と被った。
「………おや?」
 途端にめいりは首を傾げる。
 それまで折れて所々ほつれていた帽子が、彼女の頭にのせられた途端に可愛らしいうさ耳帽子へと変化してしまったからだ。
「……不思議な事もあるものですねぇ」
「じゃあ俺はこの外套だな」
 めいりが不思議がっているのを横目に、オーマはめいりが先ほど脱いで置いた外套を選び取る。
 決して何も在りはしないその場所から、オーマはその外套を取り上げた。
「おや、よく見つけられましたね?」
 めいりはくすりと微笑んだが、それも束の間――めいりは再度不思議そうな表情を浮かべた。
 なぜならば、オーマがひらりと羽織ったその透明な外套が――何故か「下僕主夫親父愛上等☆腹黒☆夜☆露☆死☆苦★」とかゾクの様に金銀ラメガッツリ刺繍されたイロモノ特攻服ver.になっていたからだ。
「おやおや……これはまた………不思議な事もあるものですねぇ」
「この男に世間一般とやらの常識は通じぬからな」
 ジュダがはっきりきっぱりとそう言いきると、彼がまだ持ち物を選んでいない様子なのを見て、シキョウがぱたぱた☆と歩み寄ってきた。
「ね〜ね〜ジュダジュダ〜〜〜☆☆シキョウがジュダのおもちものえらんだげるね〜〜〜っ☆☆☆」
「あぁ……構わない」
 ジュダがそう返答を返すと、シキョウはるんるん鼻歌を歌いながらめいりちゃんの持ち物を品定めし始めた。
「あ〜〜〜っっそれそれそれ〜〜〜〜っそれがい〜い〜〜☆☆☆」
 シキョウの様子を見てオーマは首を傾げつつ彼女の指差すそれを見遣った。
「おや、この時計でしょうか? シキョウさん」
 めいりはにこりと笑いかけると、内ポケットから空色をした懐中時計を取り出した。
「うんうんそれそれそれ〜〜〜〜〜☆☆☆めいりちゃんの「かいちゅうどけい」☆」
「懐中時計……では此れをどうぞ」
 彼は懐中時計をすっと彼の方に差し出す。
 ジュダはそれを受け取ると、その手に握った懐中時計を見詰め、微かにその空気を和ませる。
「おや、「懐中時計」に何か想い入れでも……?」
 ジュダはくすりと微笑む男に向かって微かに首を縦に振う。
「これには……既にシキョウの「想い」が篭っているようだな」
 ふっと笑うジュダの手の中に収められたその懐中時計には、可愛らしいかなうさちゃんマークがしっかりくっきりと入っていたのだった。
 お揃いですか? 一応お揃いですか、それ。
「むぷぷ…か〜わいいぜ〜??? ジュダジュダ」

 めしゃっ☆

 何の音かなんて、誰にもいえない。

 めいりはすっと目を細めてくすりと笑った。そう。端から見ればこのやり取りも「微笑ましい光景ではない」とは決して言い切れない。
「さて、大変結構です。貴方が選択する夢が…どうかそのお心に響きますように……」
 めいりは両手を肩の前辺りまで持ち上げると、見せた手のひらをくるりと返してそのまま口元で軽く交差させ、ゆっくりと自身の胸に押し付けた。
 そうして彼は軽く顎を引き、何かを念じるかのように瞳を閉じる――彼ら吐息を扱う旅商人とやらの風習なのだろうか――

「たのしみだね〜〜〜〜っ☆」
 シキョウのその言葉にめいりはふっと瞳を開いた。
 彼女に顔を覗き込むような仕草でそう問い掛けられたジュダは、柔らかに目を細めて小さく頷き返す。
「……………あぁ」
「おう、何だかんだいってよ、俺だって楽しみなんだぜ?」
「貴様は端から此処で悩んでいたのだろう? そのまま赤でも選んで染まってくるがいい………真っ赤にな」
「おぁっ!? ジュダてめぇ、いつから見ていやがった!!?」
「あのね〜〜〜っオーマがおうでをくんでね〜〜〜??? うんうんいいながらすっごくなやんでたの〜〜☆☆☆シキョウとジュダジュダはね〜〜〜? あそこのおまどからじ〜〜〜〜っっとみてたんだよ〜〜〜〜〜????????」
 マヂデカ。

 めいりは三人のやり取りを見てまたしても微笑ましく思ったのか、くすくすと笑っていた。

「では……そろそろ始めますよ、御三方」

「わ〜〜い」
「おう、楽しみだぜ、なぁ」
「………黒も捨てがたいだろうな。闇は永遠……貴様を永遠の闇に封じておくというのもまた……一興。害が無くていい」
「おぅ〜いジュダジュダ〜☆もどってこ〜ぃ」
「安心しろ……此処に居る」
 そういいながらも、オーマの顔面にすーっとジュダの魔の手が迫る!!

 彼は両手で何か――そう、「水色の吐息」を丁寧に持ち上げると、其れに向けてふぅっと自らの息を吹きかけた。
 その息は目の前に立つ彼らのもとにも届けられ、何か水色の淡い光のようなものが彼の周りを取り囲む――光だけではない、何かが存在する事はわかった。ただそれ以上にそれが「何なのか」という事だけはどうしても理解できない。
「な……何だ?」
「あ〜れ〜〜〜???」
「っ……………」
 三人は小さく呻き、微かに足を後退させる。


 ――――吐息の見せる夢の世界へ 貴方をご招待いたしますよ……「オーマ・シュヴァルツ」さん、「シキョウ」さん、「ジュダ」さん


 めいりは彼らの「居た」場所に向かってそう囁いた。

 くすり くすり

 彼は ただ ただ 笑う。
 そして再び、小さな声で囁いた。

 どうかご無事で。




《水》

「ね〜ね〜ね〜〜〜????? ジュダジュダここど〜こ〜〜???」
「……………………小島、だな」
「何でまたこんなバカでっけぇ海のど真ん中にぽっかり浮いちまってんだか」

 気がつくと三人は小さな島に居た。

 ぱらりら ぱらりら ふぉんふぉんふぉん☆

 こんな和やかな場所にゾク仕様の金銀ラメラメオーマさんは「世☆露☆死☆苦★」似合わねぇ。
 それでも貫禄たっぷり焼けた肌にグラサンからちらりと覗く鋭く赤い瞳――似合うと言おうかと思ったが、ここは是非シャバに帰れ。
 そうです。山姥は山さけぇれ(ヤマンバは山に帰れ)。んだんだ(そうだそうだ)、けぇれけぇれ(帰れ帰れ)!!
 ……おっとこれは大変失礼をば致しました。どうやら吐息に別の思念が混じってしまっていたようです。(byめいり) 


「おっアイラス発見したぜ、シキョウ」
「あ〜〜〜〜っ☆ほんとだ〜〜〜〜☆☆☆」
 シキョウは砂の上に仰向けに寝転んだアイラスの姿を視界に留めると、ジュダの手をきゅっと掴んで駆け出した。
 ジュダは手を引かれるがままにシキョウと共に砂浜を駆け出す。
 それは何とも微笑ましい光景だった。

 さくっ さく……

 足下でさらさらの砂が音を立てる。
 押し寄せる波の音が、心地よく耳の中に響いてはその身の内に溶け込むかのようにさらりと染み込んでゆく。
 草の葉が風に靡き、身を擦りあってぱらぱらと心地の良い音を響かせ――それは細波の音と溶け合い、豊かな水の風景に鮮明な色を与えた。


 ―――そして、それは突然だった。


「ぅっ……!!?」
 シキョウと繋いだ手の先から、微かな振動が伝わり―――
「じゅだ〜??? どうしたの〜〜〜???? おからだのぐあいわるいの〜〜〜????」
「いや……大丈夫だ………」
 ジュダは絡みついた「それ」が何であるのかが一瞬理解できずに硬直した。
「あ〜〜〜〜っ☆☆☆オーマのおともだちがとんでくるよ〜〜〜????」
 シキョウの言葉の直後、振り向いたジュダの視界に一寸した衝撃映像が飛び込んできた。
 まるで「太いゴムの端を口に噛まされ、その端を持った友人Aがそれをいいだけ引っ張って非常にもそれを友人であろう相手に向かって手を離し、狂喜乱舞の鼻血物☆ラヴDEATHゲーム」を繰り広げるが如くに、ジュダに向かってゴムの端を加えたナマモノが向かってくる!!!(しまった逆だ!!)
 思わず身を交わ―――せるわけもなく、猛烈腹黒愛のナマモノアタックを真っ向から受けた彼は、うじゅるうじゅると迫上がるように上へ上へと波打る舌を一瞬滅してやろうかと思ったんじゃないかな〜? と後日オーマ談の丸秘話はさて置き、それを引っぺがしてぽいっとオーマ目掛けて直球勝負で愛の押し売りを投げ戻す。
 しかしそこは悲しいかなゴムの習性。伸びては戻り。戻っては伸び。
 結果毛むくじゃらで何処に目玉があるのかすら分かりはしないおさげのナマモノの接吻を幾度となく何度も何度も繰り返し繰り返しリピートでフルに受ける事となった。
「狙ってたのか? いやぁ、そんなに気に入るとは思わなかったぜ、ジュダ。勝負は勝負だしな、いいぜ、永住権獲得だ」
 じゅるるずびーっ
 ナマモノ大喜び☆きゃーっこれでジュダ様の愛は永遠にアタシのものよVvと燃えに萌えまくっているご様子だ。
「……………貴様…ふざけるのも…」
「じゅだじゅだかわい〜ね〜〜〜☆☆シキョウもなでなでしてもい〜い〜〜〜????」
「………構わないが…やめておいた方が良いだろう」
「え〜〜〜??? なんでなんでなんで〜〜〜〜〜〜???????」
「………シキョウ、サーリアスを起こしてやろう」
「うんっ☆」
 誤魔化し成功v


 一枚の木の葉がアイラスの頬に舞い落ちた。
 アイラスはゆっくりとした手つきでそれを手で押さえると、指先で摘まんでくるりと回転させる。

「不思議なものですねぇ……これが吐息の見せる夢だなんて…とてもそうは思えないのですけれど」

 彼がすぅっと両の瞳を開くと、目の前に何か――緑色の柔らかな物が――


「アイラスだぁ〜☆☆☆」

「……ぇ?」

「こんな所でねむねむね〜む〜〜おねむ〜なの〜〜??? だめだめだよ〜アイラス〜〜シキョウとあそぼう☆ねっねっねっねっね〜〜〜〜〜〜〜??????」

 アイラスの目の前にあどけない少女の笑顔が広がる。

「………シキョウさん?」
「おまえさんもよ、アレだな。そよぐ波風に心踊りマッスル☆草木の旋律に酔いしれマックス人面草を筋肉抱き締め隊…」
「オーマさんまで……」
「不服か? 何だったらよ、アレだぜ……心躍る未来の腹黒同盟員特選部隊筋★波もあれよ海も荒れよという間につむじ風のジュダとはこいつの事よ…も付きマッチョ☆」
「…………………黙れ」
 ジュダの肩には何やら毛むくじゃらのナマモノが激しく纏わりついている。
 何だかぴろぴろと細長い舌のような物で……舐められているような気がしないでもない。
「………ジュダさんまで……」

 アイラスは微かに困ったような表情で微笑みながらも、微かに安堵したような瞳で彼らを見詰めた。
 いつも、そこにある場所―――それは、きっと変わらずそこに在る。
 そんな風景こそがきっと、最後まで人の心の中に残るものなのだ。

「おう、アイラス! おまえさんもちとこっち来て…ぅゎぶっっ!!?」
「観念しなさいっ!! この世に生まれ出でた事を心底後悔させて や る わ よーーーーッッ!!?」

 麗しのユンナ様怒りのドロップキック☆

 ふしゅぅ…と煙を上げて砂の上に倒れ伏すオーマ。
 その上でユンナは髪をすしゃっと指先で振り払い、満足そうに麗しくも黒々とした笑みを浮かべた。
 その背後で――
「……これは一体何なんだろう…おかしいな…? おかしいよな??? 六択だろ? 何で六分の一の確率でいつもの如くにあのおっさんと同じ夢を選んだんだ………????????? 大丈夫なのか、大丈夫なのか!!? 俺??????」
 呆然とした様子でオーマ達の姿を見詰めるユーアがいた。




《選択の是非》

 いつもいつもとても騒がしい場所。

 それでも安心できる場所。

 流されるままに共にその場所に在るけれど。

 今思えばそれはとても愛しい。

 とても 大好きで。

 とても 大切な場所。

 無くしたくはない とても重要な場所。

 皆がその事に気がつける日が いつか 来ればいい。

 思いの強さは違っても

 大切に そう思える



 ――――――そんな日が いつか 来ればいい



 時を 止めて

 このままずっと

 押し寄せる波は 心の中 いつまでも在り続ける

 それでも

 今 この時を――――止めて



 心の中に 誰かの声が響いた。
 誰の声だったかはわからない。
 もしかすると それが 吐息の持ち主の声だったのかもしれない。


 小さな水音と共に 風のそよぐ音がした。
 耳をきるさらさらとした砂の音は どこか 遠く。

「……………シキョウ」

 ジュダは傍らで自分の手を握ったまま硬直したように動かないシキョウに視線を向ける。
 「なになにな〜に〜〜???」そう、いつものように返答が返ると思った。
 共に在る事の喜びと 一様に同じでは在れない事とは
 いつも複雑な調和を保ち そこに在る。

「………オーマ」
「……………時が…止まったようですね」
「…サーリアスか」
「えぇ、ジュダさんもご無事だったようですね」
「どうやら「選択した物」のお陰らしいわね」
「あぁ、そうなのか……あんたらも皆、この「懐中時計」を……」

 今にもオーマに最後の止めを刺さん勢いだったユンナがぴたりとその手を止める。
 ユーアが取り出した懐中時計――それを見詰め、ユンナはくすりと妖艶な笑みを浮かべた。

「人は「あの時」といつも回想ばかりするものだわ」
「………………」
「知らず知らずの内に……あの頃は、ってね」
「あぁ、……あの時あのパンをもう一つ買っていれば」
「ち が う わ よ !!!? 貴女、本当に食べ物の事ばかりね」
「うまいもんは人間の心を潤す材料になるだろ?」
「そうですねぇ……おいしいものを食べると幸せな気分になりますからね」
「アイラス……あんたねぇ…」

 ユンナの背後で怒りの炎が燃え上がる。

「ジュダさんもそうでしょう? 美味しくないよりは、おいしい方が良いですよね」
「………そうだな」
 ふっと口の端を引き上げたジュダの横顔をちらりと見詰め、ユンナはふいっと顔を叛ける。
「誰だっておいしい方が良いに決まっているじゃないのよ」
「だよな? やっぱり誰だってそうなんだよ」
 ユーアが嬉しそうな微笑を浮かべると、ユンナは諦めたようにふぅっと溜息をついた。
「アイラス。この夢が醒めたら……とびきり上等なワインが飲みたいわ」
「……そうですね、ワインなら良いものをご用意できると思いますよ」
「あ、じゃあ俺も一緒に……」
「ユーアさん……場所はオーマさんの「本拠地」になりますが…構いませんか」
「…………うっ」
 少し怯んだ様子のユーアが一気に表情を引き攣らせる。
 その様子を見て、三人はくすりと微笑した。
「………やめておけ、脳味噌が侵されるぞ」
「そうね、私もそう思うわ……あの世界は…美しくもなんともないもの…そう、おぞましき忌むべき存在そのものだわね」
「………いや、それは……」
 ユーアが「最もだ」という意味でこくりと首を頷けると、他の者達は何を勘違いしたのかそれを肯定の意味に取った。
「あら、洗礼を受けてみたいとでもいうのかしら?」
「では決定ですね。もう洗礼なら幾度となく受けていらっしゃいますしね?」
「……………………………」
 ユーアは俄かに頭を抱え込んだ。




「―――きっと…この吐息の主は、時を止めてしまったのでしょうねぇ…」
「……そうね。大切と思う時を…この吐息の中に閉じ込めてしまったのだわ」
「時は流れるもの……いつまでも同じように一様では在れない」
「でもさ…こうして閉じ込めて、いつまでもそこに置いておけるって言うなら……悪くはないと思うけどな」
「……そんなもの…残酷なだけだわ」
 ユンナが見詰めた海の向こうに一同の視線が集まる。
 動かないオーマとシキョウ。
 夢が醒めれば きっと動き出す――――いつものように元気に辺りを駆け回るであろう少女。そしていつも周囲のものにある種の迷惑を掛けつつもその包容力と人格とで信頼されつづける男。
「………この男に関しては静かでいい…が」
「あら、言うじゃない」
「それでも何か……味気ない、そうは思いませんか?」
「いや……面白いといえば…面白いんだけどさ」
 四人はそれぞれの「懐中時計」を取り出すと、ぴたりと同様の時刻のまま時を止めたそれをじっと見詰めた。
 螺子を動かせば、いつでもとけるであろう夢――友人が動き出すための仕掛けでもある。
「確かに、この空間は美しいわ。でも……私の知っているものではないものね」
「……あぁ、俺達の記憶ではないだろうな」
「ちょっと勿体無いような気もするけどな」
「それでも……ずっとこのままでいるよりは良いでしょう。良くも悪くも…僕達は、先へと進まねばならないのですから」

 四人は視線を交えると、こくりと頷き――――

 かち……

 懐中時計の止められた時を 自らの手で動かした。




「「時」は「心」に想いを刻む……とても幻想的でしょう。
勿論「夢」ならば……この様に如何様な時でも留めておく事も可能ですが――」

 めいりはくすりと微笑みを零す。
 そう。時が流れるからこそ数多の思いが生まれる。
 そう。時の流れを感じる事が出来るからこそ、人はその先へと進んでいける。

「……………俺には…関係のないことだがな」

 彼は小さく言葉を洩らした。
 何時の間にか彼の体はソファの上に横たえられていた。
 今は目に見えるものが全てでしかないけれど――時が流れるからこそ この心に生まれ出でる大切なものだってある。
 ジュダは自身の手をじっと眺め見た。

「水色の吐息は……貴方のお心によく響く夢をみせてくれたようですね」

 めいりはそう言ってくすりと微笑む。
 ゆったりとした微笑。
 ジュダは彼を一瞥すると、まだ眠って居るらしきシキョウの姿を見遣る。
 その視界の端に――いつもの如くに騒がしい面々の姿が入った。
 丁度ユンナがオーマにパンチをヒットさせる所だ。
「まさかあのままで済むとは思っていないでしょうね……!!?」

 めりっ☆

 オーマの横っ面に超一級ボクサーのものかと思ってもおかしくないような見事なパンチがメガヒットする!!
「ユ……ユンナ、おめぇ……」
 皆の楽しそうな様子に、シキョウは思わず応援をし始める。
「頑張れオーマ〜〜☆☆ももいろのせかいがまってるんだよ〜〜〜〜☆☆☆」
 あぁもう訳分からん!! オーマは身を翻してするりと上司の攻撃をかわすと、今だナマモノになめなめされているジュダジュダを盾にした!!
「………貴様、何の真似だ」
「おぉ友よ、やはり持つべきものは友よ☆お前が盾になってくれればそのナマモノも益々お前に惚れ直すぜ!!」
「…………………」
 ジュダはひょいと左手でナマモノを掴み上げると、小さな声で「やれ」と呟いた。
 途端にナマモノはその口から妙に長い舌だと思っていたが更に更に伸びるんですかそれ!!? といった感じの勢いでしゅるしゅると伸びに伸びたナマモノのぬるりと滑る舌にその身を絡み取られた!!!
「うぉおおおおっっ!!? この裏切りモンがーーーっそれでもお前は明日の聖筋界を担う腹黒お友達候補かーーーーっっ!!!?」
「………安心しろ。骨くらいなら拾ってやらんでもない……貴様の態度次第だ」
 くっくっく……明日の友は今日の敵。
「がんばれがんばれ〜〜☆☆おーま〜☆☆☆あすのともはきょうもてき☆あしたもてきなんだよ〜〜〜☆☆☆」
 ある意味大正解☆!!?

「えぇえええっ何だそれーーっっ!!?」
「あんた う っ さ い の よ ーーーーーっっ!!!?」

 どっごーーーーん!!!


 目に見えるいつもの光景。
 時の流れの中で手に入れた場所。存在。
 彼は聞き取れないような小さな声で呟いた。
 ――いつまでこの騒がしさが続くものなのか――と。


「想うよりもこれからが肝要ですよ、ジュダさん」


 彼の言葉にゆっくりと身を起こしたジュダは、目の前に笑いながら佇む仲間達の顔を見遣り、ふぅと軽く息をつく。
 水色の吐息は、柔らかに彼の中でゆっくりと溶かされた。
「どうやら私の懐中時計がお役に立てたようですね」
 めいりが嬉しそうにそう呟くと、ジュダは手に持っていたうさちゃんマーク入りの懐中時計を彼に手渡す。
 うさちゃんマーク入りの懐中時計を受け取っためいりは、それを見てくすくすと面白そうに微笑んだ。
「何でしたらこの懐中時計、プレゼントいたしましょうか? よくお似合いでしたよ」
「……………」
「どうぞ? 遠慮なく。今日という日の、記念に」
 めいりは意味深な笑みを浮かべると、有無を言わさずにジュダにその時計を手渡した。
 ジュダは押し付けられた懐中時計をじっと見詰めると、溜息をつきながら首を横に振った。
 シキョウの思いが篭められた故のうさちゃんマーク入りの懐中時計だ。レアである事に間違いは無いが――――
「まぁ……普段見ることのないものは…目にしたがな」
「――そうですか、まずお気に召して頂けましたようで…何よりです」
「………そうだな」
 めいりはその言葉に柔らかに微笑み、すっと手を伸ばして彼の喉元に触れた。
 何かを掬い取るような仕草を見せると、それを握り締めてゆったりとした微笑みを零す。

「またのお越しをお待ちしておりますよ――ジュダさん」




――――FIN.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
 【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
 【2082/シキョウ/女性/14歳/ヴァンサー候補生(正式に非ず)】
 【2086/ジュダ/男性/29歳/詳細不明】
 【2542/ユーア/女性/18歳/旅人】
 【2083/ユンナ/女性/18歳/ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫 】
 ※エントリー順です。

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ジュダさん。いつもお世話になっております、ライターの芽李です。
 このたびは旅商人「めいり」の吐息のご購入、誠に有り難う御座いました。
 水色の吐息はご堪能いただけましたでしょうか。
 シキョウさんとの触れ合いあり、ナマモノのラブアタックありで色々と衝撃でしたでしょうか。笑
 少しでも楽しんで頂けていれば幸いです。

 この度は各吐息ごとの別納品となっております。もしご興味が湧かれましたら一読してみるのもまた一興かと。笑
 御参加ありがとうございました。いつかまた、お会いできる日を楽しみにしております。それでは。