<PCクエストノベル(1人)>


カンツォーネの調べに魅せられて
〜アクアーネ村〜
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【冒険者一覧】
【整理番号/  名前  / クラス 】
【1054/ 山本建一 / アトランティス帰り 】

【助力探求者】
 カレン・ヴイオルド

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●河辺の演奏会
 水の都、アクアーネ村。
 聖都エルザードより南西に位置するここは観光スポットとして、多くの旅行者が訪れることで有名だ。
 蒸し暑い季節柄ということもあり、旅行者の殆どは村の中心を流れる川周辺に集まってきている。
 森からそよぐ涼しげな風を肌に受け、川沿いでのんびりと腰を下ろしていると実に心地よい。
 皆、思い思いの姿で安らぎの一時を楽しんでいた。
 
 露店での買い物を終えた山本健一(やまもとけんいち)はカレン・ヴイオルドの姿が見えないことに気付き、あわてて辺りを見回した。
 
健一 「カレンさん?」

 両手に持ったかき氷をこぼさぬよう、慎重に人混みをかき分けて河辺沿いに歩いていく。
 ふと、何かが跳ねる気配がし、健一は河辺に視線を移した。
 だがすでにそこには何も無く、ただ静かに旅行客を乗せたゴンゴラが川面を滑っているだけだ。

健一 「気のせい……かな」

 まずはカレンを探す方が先だ、と健一はきびすを返して再び歩き始めたのだった。
 
 穏やかに流れる川面を眺めながら、のんびりとカレンは竪琴をかき鳴らしていた。
 軽やかな音色が風に乗り、優しく辺りに響き渡る。
 河辺を歩いていた人々はカレンの演奏に足を止めて聞き惚れていた。

健一 「こんなところで何をしていたんですか?」

 苦笑いをしながら話しかける健一に、カレンはにこりと微笑み返す。
 手渡されたかき氷を口に頬張りながら、カレンはぽつりと呟く。
 
カレン「この村の伝説をご存知ですか?」
健一 「伝説……?」
カレン「はい。このアクアーネ村を守護する精霊達は、普段姿を隠しているのですが、この季節にだけ私達の前に姿を現してくれるそうなんです。その姿を見た者にひとつだけ幸せが訪れるそうなんですよ」
健一 「ああ、だからこの時期に祭りがあるんですね」

 タロス(青銅の巨人)の月に行われる「水霊祭」。
 元々は聖獣の守護に感謝をし、豊作を祈る祭りとして始められたものだった。
 それが、いつしかソーン全体での祭りではなくアクアーネ村にのみ伝えられるものとなり、聖獣への祈りは水の都に住まう精霊達への祈りへと変えられていた。
 
カレン「祭り自体はそうとう古い話のようで、ソーンが出来て間も無い頃に、ティエラの人々の手によって行われていたそうです。その時、歌われていた歌が……この村のゴンドリエーレ達が唄うカンツォーネとして伝わっているそうですよ」

 カレンがつま弾く演奏と、遠くから響くゴンドリエーレ達の歌と調和し一つの歌へと昇華していく。
 それに合わせるように健一も竪琴を弾き始めた。
 2人の周りに自然に人が集まってくる。彼らの音楽を聴き口ずさむ者、手拍子を打つ者、聞き惚れる者……風や波さえもがひとつの音色となり、全ての人々を魅了していた。
 演奏が止むと同時に盛大な拍手が起こる。
 2人は恭しく一礼をし、拍手に讚えられながらその場を後にした。
 
●アクアーネ村の伝説
 せっかくアクアーネ村に来たのだから、と。
 2人はゴンドラに乗り、河辺から村を見て回ることにした。
 
健一 「陸から見るのと、こうして川から見るのとでは、また違う趣がありますね」

 アクアーネ村の特徴的な構造のひとつとしてまず上げられるのは、村全体に運河が張り巡らされていることだろう。
 そのため、主な交通手段が船であり、中には船を居住地にして暮らしている者もいる。
 アクアーネ村が川を中心に発展していった証拠となるのが、船から眺めることの出来る景色と言えよう。
 どの家も必ずと言っていいほど、川に対面する位置に扉を設置している。
 茶店や料理店ともなると、河辺に大抵テラスのようなものを付けており、船から直接テラスへ上がれるようになっている。

カレン「この村は結構開放的なところがありますね。高い塀も強固な鎧戸もない、あるのは客を迎える扉と、しっくいの壁……旅行者にとても優しい村ですね」

 近年、アトランティスの技術者によりガラス細工技術が発展し、窓や扉にガラスを使用する建物が増えてきていた。
 それでもまだガラスは高級品であり、裕福な家庭や有名店位の財力がないと取り扱うことは出来ない。
 そのため、窓の多くはガラスがなく、大きな窓が必要な場合はステンドグラスがはめ込まれている。
 ステンドグラスが生み出す色鮮やかな光が水面に反射し、何処までも青い川に光の花を咲かせていた。
 ゴンドラはゆっくりと進み、いよいよ村の中央部へと進んでいく。
 それに伴い、ゴンゴリエーレがひとつの歌を唄い始めた。
 
カレン「ああ……そろそろですね」
健一 「何かあるんですか?」
カレン「この先にある橋をくぐる時、歌を唄いながら祈りを捧げると、その願いを叶えるそうなんですよ。恋人達が祈りながらくちづけをすると……2人は一生幸せになれるとか」
健一 「……『ためいき橋の誓い』ですね」
カレン「『ためいき橋』?」
健一 「天界にもこんなかんじの水上都市があるんです。その都市を流れる運河にかかる橋のひとつに、ため息橋という場所があって、その下でキスをした恋人達は永遠に別れることがない、という伝説があるんですよ」
カレン「ああ、確かに似ていますね。もしかすると……その話がこちらに伝わって、願い橋の誓いになったのかもしれませんね」

 角を曲がると、大きな石橋が彼らの前に姿を現した。
 橋の側面には竜の絵が彫り込まれている。その姿に、健一は小さく声をあげた。
 
健一 「ヒュージードラゴン……」
カレン「……あの絵がどうかしましたか?」
健一 「いえ、随分前に見た……ドラゴンに似ていると思いまして……」

 その絵を描いた者が誰なのかはもはや分からないらしい。
 少し淋しげな表情を浮かべながら、健一は静かに祈りを捧げた。
 
●精霊のダンス
 その後、カレンの案内で、2人は村一番と呼ばれる料理店へと向かった。
 
カレン「折角ですから、一番景色の良い場所で最高の料理を楽しみたいですからね」

 テラスの一番外側の席に腰をおろし、店員に料理を注文する。
 呆然と川面を眺める健一に気付き、カレンはどうかしたかと問いかけた。
 
健一 「いえ……何となくあの辺りに気配を感じたんです」
カレン「気配?」
健一 「ほら、あそこの噴水の場所。あそこだけ流れが違うような気がしませんか?」

 言われてみれば、確かに噴水の周りだけ水が渦を巻いているように見えた。
 単に噴水の水が川面を叩き、渦巻いているだけなのでは。とカレンは言う。
 不意に健一は竪琴を手に取ると、弦を弾き始めた。
 その曲に気付き、カレンははっと息を飲む。
 
カレン「ああ、そうね……もしかすると……」

 カレンも同じように竪琴を手に取り、健一の音色に合わせるように弾き始める。
 すると……噴水の渦が勢いを増し、パチンと何かがはぜた音がしたと思うと、噴水より高く水が吹き上がってきた。
 その周りを小さな光がきらめくように舞っている。
 やがて光は水の中へと溶けていき、高く昇っていた水も再び穏やかな水面へと戻っていった。
 程なくして、注文していた料理が運ばれてきた。

カレン「さ、冷めないうちに頂きましょう」
健一 「はい」

 2人は穏やかに会話を楽しみながら、料理を堪能した。
 川魚を中心とした煮物料理が多かったが、どれもしっかりと煮込まれており、味も少し薄味だったが丁度良い味わいだった。

カレン「それにしても、精霊達が好きな曲がカンツォーネだと良く気付きましたね」
健一 「昼間、カレンさんが弾いている時に精霊達が反応していたんです。それで、もしかして……と思いまして。でも正直のところ、あまり自信はなかったんですけどね」

 そう言って健一はにこりと微笑む。
 空から大きな破裂音が聞こえ、2人は思わず空を見上げた。
 紅の夕空に、少しだけ気の早い花火が彩られている。
 舞い散る火の粉の輝きを、2人は笑顔で見つめていた。
 
 
 おわり
 
 文章執筆:谷口舞
 
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■タロス(青銅の巨人)の月
 現在の7月にあたる。元はティエラで使われていた暦の呼称。
 タロスとは水の属性を持つ聖獣の名前。