<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


帰ってこない飛竜乗り

 昼食時の客入りも落ち着き、白山羊亭ウェイトレスのルディアはようやく一息ついた。
 さて自分の昼食を、と思ったそのとき、扉を開けて一人の客が勢いよく飛び込んできた。
 その体格のいい中年男性は度々白山羊亭に来ていて、ルディアも顔を覚えていた。
(えーと、確かダルスさんって回竜舎の人だったかな?)
 回竜舎は、ワイバーンに観光客を乗せて聖都エルザードの周囲を飛ぶことを生業としている。ダルスは、そのワイバーン乗りたちの頭領だったはずだ。
 思い出したルディアが笑みを向けるより早く、男性は駆け寄ってた。
 そして突然手を合わせて頼み込んでくる。
「頼みがあるんだルディア。うちの見習いを捜してくれねえか」
「え? 見習い?」
 唐突な申し出に面食らっているルディアに、男は焦った様子で話し続ける。
「うちの見習いの小僧っ子が、早朝に若いワイバーンと森に出たきり戻ってこねえんだ。今までどんなに遅くたって、昼前にはちゃんと帰って来てたんだ。なんかあったに違いねえ。頼む、誰かあいつらを捜してもらえるように、頼んでくれないか」
「え−と、あの、落ち着いてくださいね? もうちょっと待ってみて、それからみんなと一緒に捜してみるっていうのは駄目なんです?」
 男は眉をしかめて首を振る。
「夜になっちまったら、何があるかわからん。俺らで捜したいのは山々なんだが、今日は特別に大口の客が入っちまってて、誰も夜まで抜けられねえんだ。俺ももう行かないといけねえし」
 そして、一枚の地図を取り出した。
「見習いに持たせてんのと同じやつだ。森ん中のアイレ=マクの谷っつう竜でしか行けねえ場所だから、引退した老いぼれでよかったら一頭空いてるやつを貸す。頭のいいやつだから、森へ往復なら初心者でも大丈夫だ。な、頼む」
 男は両手を合わせて、ルディアに深々と頭を下げた。

■■■

 オーマ・シュヴァルツ、サクリファイス、サアヤ・オブスキュラヴァルトは、地図を中央にして白山羊亭テーブルで顔合わせをしていた。
 ダルスの持ってきた人探しの依頼、それを受けることになった三人だ。
「何だな、つまりは聖筋界ビバ大胸筋レスキュー親父隊、どうにも出動要請熱望メラマッチョってことかね? んん?」
「……よくわからんが。とりあえず、夜に近づくほど発見しにくくなるし、危険も多くなるな。早めに向かった方がよさそうだ」
「うん。見習いさんの特徴を詳しく聞いてれば水盤に映せたんだけど、頭領さんが忙しいんじゃそういうわけにもいかないな……」
 当のダルスは仕事へ向かってしまい、頼みはこの地図と話を聞いたルディアだけ。
「ええとね、見習いの男の子はモコ・ソートナー君で、ワイバーンの方はガンドルート。ダルスさんが急いでいて、あんまり詳しいことは聞けなかったの、ごめんなさい」
 言いながらルディアは、テーブルにある地図の一点を示す。
「ここが、彼らが行ったアイレ=マクの谷。毎朝ここに行って、木の実を取ってくるのが見習い君の日課なんですって。だから迷ったりするはずはないって、ダルスさんは言ってました。あと、回竜舎で一頭引退したワイバーンが空いているっていうことで、借りれます。初心者でも大丈夫だそうですよ」
 オーマが、よし、と立ち上がる。
「俺は自力素敵本気マッチョでいけるからワイバーンはいらねえぜ。て言いたいところだがよ、ここは一つ、同行してもらって同属の匂い気配繋がり、そんなもんを見つけてもらいてぇところだな」
 サクリファイスが頷く。
「私も自分の翼があるから大丈夫だが、確かに同行してもらったほうがいいな。私たちだけでは、捜すにも限度があるだろうし」
 と、サアヤが手を上げる。
「あ、じゃあ私飛べないので、ワイバーンを借りたいです。いいですか?」
「よし、じゃあ決まりだな。んであとは桃色セクシー腹黒ナイト医療道具他多数、用意周到任せなさいな感じで準備その他整えておかねえとな」
「そうだな。色々と持っていくものもあるし、地形も把握しておかないといけないな」
「それじゃ私、回竜舎さんに行ってきますねっ」
 わきわきと張り切るオーマと、動じず泰然とするサクリファイス、そして初々しいサアヤの三人は、それぞれの準備にかかった

■■■

(どうしよう、ああは言ったけどワイバーンなんて乗ったことないし、無事に行き着けるかなぁ)
 内心不安になりながらサアヤが回竜舎に行くと、受付で眼鏡の少女が客の応対をしているところだった。
 受付といっても小さなカウンターがあるだけで、あとは小さな喫茶店のようだった。
「申し訳ありませんでした」
 少女が客に頭を下げ、客も「じゃあ明日頼むね」と手を振って帰る。
 サアヤがどう声をかけようかと入り口から覗き込んでいると、少女が気付いて申し訳なさそうに頭を下げる。
「ワイバーンのご予約ですか? 生憎本日は空きがなくて」
「あ、違うんです、そうじゃなくて」
 慌てて首を振って、サアヤは簡潔に白山羊亭での依頼を話す。
 少女の顔が営業用の笑顔から、ぱっと明るくなる。
「じゃあ、モコを捜してくれるんですね。ありがとうございますっ」
 少女は眼鏡が落ちそうなくらい深く頭を下げた。
 そして勢いよく頭を跳ね上げ、サアヤを裏手に案内する。
 回竜舎の裏手は、そのまま竜舎となっていた。
「竜番の人がちょっと抜けてて、でも大丈夫ですよ。あ、あの奥のワイバーンがそうです」
 少女が指差した先、奥にいたのは一頭の濃緑色のワイバーンだった。
 若いワイバーンの鱗は白っぽく淡いが、歳を重ねるとその色は深く沈んだ色合いになっていく。
 また体躯も年齢に比例して成長し、その巨躯と体の皺の具合から年齢が推測できる。
 あまり間近でワイバーンを見たことのないサアヤだが、確かに現役の若いワイバーンとは違っていた。
「タンダルム、この方とアイレ=マクの谷まで行って来て。モコとガンドルートを捜してくれるのよ」
 少女が言うと、タンダルムはゆっくりと首をあげ、頷くような仕草を見せた。
「ちょっと待ってくださいね。すぐ鞍と轡をつけますから。えーと、乗るのは一名様だけでいいんですよね」
「はい、私だけです。て、もっと乗れるんですか?」
「籠座というのをつけると、あとニ名様が乗れるんですよ。ちょっと速度と高度が落ちますけど。うちのワイバーンは皆、乗り手とお客様二名様乗せて飛んでるんです」
 観光客向けの商売は、その場に住んでいる者にとっては未知であることが多い。
 少女の流れるような説明をサアヤは感心して聞いていたが、ふと心配事を思い出した。
「あの、私ワイバーン乗ったことないの……大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。タンダルムはうちの竜たちのなかで一番頭がいいんです。それに、新人の方を最初に乗せるのもタンダルムなんですよ」
 少女は言いながら手早く鞍を載せて轡を噛ませ、止め具やベルトを締めていく。
 タンダルムをそれを手伝うように自ら立ち上がったり膝を曲げたりする。
 どうやら、頭がいいというのは本当らしい。
(大丈夫、だよね、多分)
 一抹の不安を残しながら、それでも少しは安心したサアヤだった。

■■■

 サクリファイスは、ひとまずルディアが準備してくれるという弁当を待っていた。
 サアヤが出て行く前に三人で話し合った結果、医療道具と水、そして少年モコが腹を空かしているだろうからと、食料も持っていくことになった。
 そこでルディアが余り物でよかったらと、申し出てくれたのだ。
 手持ちの品を確認しながらふと、サクリファイスは向かいで鼻歌を歌っているオーマを見た。
 自分は翼があるから飛んで行けるが、どうも彼にはそのようなものは見当たらない。
 気になって問いかけてみる。
「私は翼があるが、貴方はどうする。見たところ、飛行できるようなものを持っているようにも見えないが」
 言うと、オーマは片手を軽く振り、
「まあ任せろってお嬢ちゃん。直に腹黒聖筋肉メラマッチョな雄姿をお見せすっからよ」
「おじょ……私はそう呼ばれるような年齢ではない。それにサクリファイスという名がある」
 小娘扱いされたとサクリファイスが軽く眉を寄せたとき、
「お待たせしましたー」
 明るい声に振り向くと、ルディアがバスケットを提げて来たところだった。
「えーと、お昼すぎちゃってたから賄いが多いんだけど、大丈夫かな」
 言って開けてみせたバスケットの中は、それでも立派なものだった。
 黒パンに塩漬け肉と野菜を挟んだサンド、根菜と豆をスパイスで煮込んだ副菜、小粒の果実がデザートで、、痛み防止のハーブまで乗せてある。
「いやもう全然問題ナッシング。というか今すぐ俺様が頂いてしまおうかっつうぐらいだなぁ」
「駄目だ」
 サクリファイスはバスケットを素早く受け取り、蓋をする。
 なんだ冗談だよ気にすんなって、と笑うオーマは無視。
 サアヤと落ち合うべく、城門を抜けた。

 観光用とはいえワイバーンの飛行経路は定められていて、城壁を越えられる場所は一箇所だけだという。
 サクリファイスは城門を抜けた後、漆黒の二対の翼を広げ、城壁の外を回ってその地点へと向かった。
  翼で風を掻き、後ろに放り流すようにして宙を飛ぶ感覚は、一時の開放感を与えてくれる。
『よう』
 突然頭に響いてきた軽い声と、それと相反する大質量の接近を背後に感じサクリファイスは宙で反転、体ごと振り返った。
 そこにいたのは、翼持つ銀色の獅子だった。
 サクリファイスはまじまじとその姿を見た。
「オーマ、か?」
『おうよ。つーかどうよこのイロモノ無限親父の雄姿はよ』
「なんだか、すごいな。どこにそんな質量があったんだ……」
 サクリファイスも変化自体は見慣れないわけではなかったが、銀獅子の巨大さに驚いた。
 その体長は、後ろ脚で立てば城壁の高さなどゆうに越すだろう。
 と、頭上を濃緑色のワイバーンが飛んでいく。
『あれだな、例のワイバーンは』
 オーマの言葉に見上げ、その上にサアヤが乗っていることを確認する。
「行くか」
 サクリファイスは翼を羽ばたかせ、合流すべくワイバーンを追った。

■■■

 サアヤを乗せたワイバーン、タンダルムが速度を落としたのは、緩やかな谷間の上空だった。
 斜め後ろについていたオーマとサクリファイスも並んで速度を落とす。
 眼下に見えてきたのは森に挟まれた川の流れと、その上流に白く飛沫を落とす滝。
『ここがアイレ=マクの谷だな』
 オーマがサクリファイスとサアヤに精神感応で話しかけながら、下手に森の生き物を刺激しないようにと、その銀獅子の巨体を一気に仔犬大に縮める。
「降りたがってるみたいなので、とりあえずあの滝の側に降りませんか?」
 サアヤが言いながら、タンダルムの手綱を軽く引く。
 まだ少し緊張しているようだが、ここまでの飛行である程度コツをつかんでいるようだ。
 オーマ、サクリファイスも異論はなく、一向は静かに滝つぼの岸に降り立った。
 山に近い上流の方ということもあり、辺りは角のある岩が転がっている。
 河原というよりも岩場に近かった。
 サクリファイスが地図を広げて確認する。
「この滝の下から次の滝までが、アイレ=マクの谷になっているようだな」
 滝の左右から続いて川岸、そして下流の方まで濃緑の葉が茂る木に覆われている。
 葉が厚く、中央の葉脈だけが目立つ形をしているその木々は、赤い花をあちこちで咲かせていた。
 その花の香りか、少し重い甘さの芳香が辺りには満ちていた。
「アイレ=マクっつうのはこの木の名前だな。実から油が取れるんで知られてる木だが、こんなに群生してるとはなぁ。竜遣いだけが知ってる秘密の場所ってかね」
 いつの間にか元の姿になったオーマが言っている間に、タンダルムが不意に首を落とし、落ちていたものを咥えた。
「ん? どうしたの?」
 鞍から降りていたサアヤが聞くと、タンダルムはその足元に咥えていたものを落とす。
「枝、よね?」
 拾い上げたサアヤが言うとおり、それはアイレ=マクの枝だった。
 サアヤの手首ほども太さのある枝で、緑の葉が茂り赤い花が二つほどついている。
「見せてくれ」
 サクリファイスが受け取り、枝の根元の方を見る。
「この枝、太い割りに根元から折れているし、折れ口がまだ新しい。タンダルムが気にしたということは、モコたちと関係があるのかもしれないな」
 それを聞いたオーマが枝の落ちていた場所から上を見上げる。
「ここに落ちるなら角度と距離からしてあの辺りの木じゃねえかと思うが、だとしたらちいっとばかり剣呑危険な気配だな」
 指差す先は、そり立つ滝の上方を示している。
 エルザードの城壁ほどは高くはないが、それでも三階建ての建物ほどはあるだろう。
 モコかガンドルートがその枝に掴まり落ちたとしたら、あまり無事とは言い難い状態だ。
 一行の間に緊張が走った。

■■■

 仔犬大の獅子の姿で、オーマは高い木の枝に乗っていた。
 森の上空からでは見つかりにくいからと、サクリファイスとサアヤがタンダルムを先頭に地上を、オーマが木の上から捜索することになった。
 タンダルムの進みたがった方角と、サアヤが自らのペンダントで占った方角が一致。
 それが今一行が向かっている芳香だった。
 森の中に入ると、アイレ=マクの花の香りが一層強くなる。
(この分じゃ、タンダルムの鼻も当てにならねえか)
 先ほどの滝つぼからここに入るまでは匂いを追ってこれたようだったが、森の中では花の香りでそれも難しいとオーマは感じた。
 実際、見下ろすタンダルムは先ほどまでの先導していた様子とは違い、あちこちの地面や木々に鼻先を擦り付けるように匂いをかぎながら進んでいる。
 それでも判然としないのか、時折立ち止まり、小さく唸って辺りを見回している。
 サクリファイスとサアヤは周囲を警戒しながら、そんなタンダルムに合わせて進んでいた。
 踏み固められた獣道は歩くのには不便はなさそうだが、足跡などの痕跡は残っていないようだった。
 オーマは樹上からそれらのことを確認すると、獣道の伸びている方へ先に進むことにした。
『ちょっくら先行ってるからよ、お前さんたちはゆっくり来な』
 思念で語りかけると、地上の二人はこちらを見上げ手を振って答える。
 よっしゃ、とオーマは翼を背後に流した状態で、枝から枝へ移った。
 翼を広げて飛べば枝葉にひっかかるが、伸ばして背後に流しておけば、ちょうど風の流れを捉えて滑空しやすい。
 太い枝や幹を蹴り、それでも音を立てずに進んでいたオーマの耳が、かすかな音を拾った。
 飛び移った枝の上で急停止し、ぴくりと耳を動かす。
(獣の声だな。しかも多数で方向はこの先、少し)
 当たりか、とオーマは一度背後を振り向いた。
 サクリファイスとサアヤはまだ追いつかない。
 呼びに行くか進むかを考え、しかし急を要するかもしれないと、オーマは進むことを選択した。
 四肢を強く伸ばして跳躍し、速度を上げる。
 しばらく順調に進んだが、またしても急停止した。
 背を丸め息を潜めて見る先、木々の枝の向こうには、樹齢百年を越すであろう大木が四方に枝を広げ、その下だけ小さな広場のようになっていた。
 そしてその地に巨木の幹を背にした一頭のワイバーンが、威嚇の唸りを上げていた。
 まだ若いのかその淡灰色の鱗は白っぽく、脚や翼の骨も細い。
 ワイバーンを取り囲むのは、茶褐色の獣の群れだった。
 森狼と呼ばれるその獣は 木々の密生する地帯に住むために変化したとされ、四肢が長く体が楕円に薄い。
 その森狼が五頭、ワイバーンの周囲を円になって囲んで尾を揺らし、今にも飛び掛りそうに四肢に力を入れている。
 一頭が肩を沈め飛び出そうとするとワイバーンが短く咆哮して翼を広げ、押しとどめる。
 と、その広げた翼の後ろに十二、三歳ほどの少年がいるのが見えた。
(大当たりか!)
 様子を見る時間はないと判断し、オーマは再び跳躍し、森狼たちの頭上を越えてワイバーンの前に着地した。
 狼と向き合い立ち上がるそのときには既に人の姿。
 具現させた身の丈を越す銃を構えて放ち、森狼たちの足元を乱射する。
「おイタはいけねぇなワンちゃんたち。あんまりマッスル急接近だと楽しいダンスが始まったり終わったりすっかもしんねえぜ?」
 言いながらも正確に地面だけを穿つ弾丸に、狼たちは小さく鳴いて数歩後退する。
 と、突然後ろからがっぷりと、オーマの頭になにかが噛み付いた。
 同時に背後から少年の叫び声。
「が、ガンドルートっ、だめだよその人は助けてくれたんだから!」
 ああなるほどね、とオーマが何が起きたのか納得した。

■■■

 オーマの威嚇で遠巻きにはなったが、森狼たちはそれでも逃げ出しはしなかった。
 背中越しながらオーマは少年モコに簡単に事情を話し、モコが脚を折っていることも確認した。
 とりあえずガンドルートの顎から開放されたオーマが銃を構え直すと同時、空気を叩く翼の音と共に、巨木の枝を割って横手にサクリファイスが降り立った。
「遅くなったが、大丈夫か?」
 銃声を聞いて飛んできたのだと、彼女は強い視線で辺りを見る。
 逆の側に風圧を巻き上げてタンダルムに乗ったサアヤが着地し、オーマの額を見て目を見張る。
「オーマさん、血がっ」
「あ、それは」
 モコが言いかけるのにオーマは軽く手を振って制し、
「まあ、ちっと大きな枝に激突衝突ラブキッスな感じでよ、すぐに止まっから大丈夫だ」
 それより、と視線を向けたままの森狼を顎で示す。
「とりあえず下僕主夫特製おピンクマッスルきび団子もどきなんかを与えてみたんだがよ、ちっとワンちゃんのお口には合わねぇようだな」
 狼たちの足元にある桃色の物体はそれか、とサクリファイスは納得する。
「肉食だろうからな、食べないだろう」
 サアヤはタンダルムの隣に立ち、気丈に森狼を見返しながら、ぽつりと言う。
「狼たち、逃げないですね」
「だな。極力傷負わせねぇで済ましたいところなんだが、相手が引いてくれねえことにはな」
「私もできれば戦闘は避けたいが……」
 三人ともが同じ思いで、しかしそれ以上は動けずにいたとき、不意にタンダルムが喉を反らせた。
 次の瞬間、開かれた老ワイバーンの口腔から轟音が爆発した。
 空気を震わす怒涛のような咆哮は、声というよりは音だった。
 身を裂き吹き飛ばす音量と浴びせたものを千々に粉砕する音。
 その音に三人は思わず耳を押さえ、森狼たちは弾き飛ばされるたかのように跳ね上がった。
 そしてそのまま宙でこちらに背を向け、あっという間に森の奥へと消えていった。

■■■

「かぁっ、効くねえ」
 森狼も去りようやく咆哮の残響も消えたころ、オーマが首を振りタンダルムを見上げた。
「やるじゃねえか、大将」
 サクリファイスも軽く頭を振りながら同じく老ワイバーンを見上げる。
「凄い声だったな」
 一番近くにいたサアヤは、まだ片耳を押さえたり離したりしている。
「んん、ちょっと耳がおかしいかも……」
 タンダルムはそんな三人へ一度頷くようにし、それから背後へと首を向けた。
 咆哮に驚いたのか翼を広げて固まっている若いワイバーン、ガンドルートと、耳を力一杯抑えつけ、目と口まで強く閉じている少年モコの姿がそこにあった。

■■■

 夕暮れの空を、タンダルム、ガンドルート、そしてサクリファイスがエルザードへ帰るべく飛翔していた。
 ガンドルートには、行きの飛行で多少のコツを掴んだサアヤが乗っている。
 そして怪我の治療をしてもらったモコは、大事を取ってとオーマと一緒にガンドルートに乗っていた。
 モコが手綱を取るその後ろに、落下しないようにとオーマが乗っているわけだが、
「……女の人がよかったなぁ」
 少年の素直な呟きは黙殺されている。
 手綱と一緒にその手に握りこまれているのは、白い花弁に赤い筋入った大輪の花。
 滝の上にだけ咲いているという、そのアイレ=マクの変種の花を採りたくてモコは無理にがけに登ったのだという。
 その結果支えにした枝が折れ落下。
 左大腿部骨折、靭帯裂断などかなりの傷を負った。
 モコは傷の痛みに耐えながら、ガンドルートに乗っても足に力が入らず、途中で鞍から落ちると判断した。
 それでも帰ろうとガンドルートに掴まり少しずつ進んでいた矢先、森狼に遭遇した。
「俺もう駄目かと思ったけど、ホントにありがとうございました」
 振り向き言うモコの頭に手を乗せ、オーマが笑う。
「例はあっちの大将に言っときな。追い払ったのは大将だからな」
 モコは頷き、タンダルムに礼を言うと、老ワイバーンは一声だけ吼えた。
「しかし、そんなにその花が欲しかったのか?」
 並んで飛ぶサクリファイスが不思議そうに言うと、モコは突然顔を赤くする。
「いやその、えっと、ちょっと見せたいっていうか、見たいっていわれたし、その……」
「あ、好きな女の子がいるんだね」
 サアヤが言い、モコが耳まで赤くなる。
「いいねぇ少年、なんだか初恋ドキドキ乙女心恋心な感じか?」
 オーマが笑い、サクリファイスとサアヤも笑みを浮かべる。
 ついに首まで赤くなったモコの手の中で、大輪の花が静かに夕日を受けていた。





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2470/サクリファイス/女性/22歳(実年齢22歳)/狂騎士】
【2633/サアヤ・オブスキュラヴァルト/女性/17歳(実年齢17歳)/遠見師/<狩人>】

※受注順

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ソーンでの初めての依頼、ご参加ありがとうございます、
ライターの南屋しゅう です。

今回、構成は皆様同じとなっております。
初めて触れる世界ということもあり、
至らないところも多いかと思います。
ですが楽しんでいただけましたら幸いです。