<PCクエストノベル(1人)>


渾沌の血を継ぎし者
〜 アロマ・ネイヨット 〜
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【冒険者一覧】
【整理番号/  名前  / クラス 】
【1054/ 山本建一 / アトランティス帰り 】

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 聖獣界ソーン。
 そこは夢と現実の狭間に位置するこの世界は、あらゆる渾沌を抱き人を誘わせる。
 ここに、またひとりの迷い子がいた。
 彼が誰なのか知る人はいない。
 大地を護る聖獣達は、ただ優しく彼らを見守っていた。
 
●訪問
 強かった日差しもようやく穏やかになり、涼しい風がソーンの地に吹き始めていた。
 まだ巣を出たばかりの若い鳥達の群れを眺めながら、山本健一(やまもとけんいち)はのんびりと街道を歩いていた。
 茶器とクッキーの入った大きめのバスケットを手に抱え、時折すれ違う旅人達と挨拶を交わす。

健一「これでどなたか一緒に演奏してくださる方がいれば、最高なんですけどね……」

 心地よい風を肌で感じながら、曲を奏でられればどれほど良いだろうか。
 気分だけでも、と健一は風の精霊の歌に合わせてハミングを口ずさむ。
 歌は風に乗り響き合いながら辺りへ広がっていった。
 
 丘を越えると見慣れた小さな屋敷の姿を現した。
 庭に干されている真っ白なシーツ達が風に揺られてはためいている。
 どこか懐かしい思いにかられながら、健一は軽やかに丘を下っていった。
 
 屋敷の外で遊んでいた子供が、気配に気付き、ふとその手を止めた。

子供A「健一お兄ちゃんだ!」

 近くにいた子供達も、持っていたおもちゃを放り出して健一の元へと駆け寄っていった。
 
子供A「お兄ちゃん、おかえりなさーい!」
健一 「はは……。ただいま。皆元気にしていましたか?」
子供B「うん! あのね、僕ちゃんとカボチャ食べられるようになったんだよ!」
健一 「そう、それは良かった。約束をちゃんと守ってくれているようですね」
子供C「ねえねえ、今日はどんなお話をしてくれるの?」
健一 「そうですね……先日開催された武闘大会の話でも致しましょうか」
子供B「あ、それ僕知ってるよ! とぉっても強い人が出てたってシフールのお兄ちゃんが言ってたよ」

 早く聞きたいとせがむ子供達に手を引かれながら、健一は彼らの住まいである赤い屋根の小さな家へと足を向けた。
 
●アロマの言葉
アロマ「へえ……あの洞窟にそんな秘密が……健一さんのお話はいつ聞いても、驚くことばかりですね」

 一杯の茶をすすりながら話す土産話。
 外にでることが殆どないアロマ・ヨイネットにとって、健一とすごすこの時が楽しみなのだという。
 そのことを重々承知しているのか、健一はすぐに本題にとりかかろうとせず、世間話を中心に聞かせてやる。
 健一の話す珍しい出来事の数々に、アロマは目を輝かせて耳を傾けていた。
 
 話を進ませる中、ふとアロマが呟くように告げた。
 
アロマ「そういえば……先日、健一さんが連れてきて下さったお子さんなんですが、少し気になることがあるんです」
健一 「気になること?」
アロマ「ええ。どうやらあの子……異界の魔族、カオスニアンの血を引く子供のようです」

 ぴたりと健一の手が止まる。
 久しく聞いてなかった言葉だ。
 懐かしい思いと背筋に走る嫌悪感が健一を襲う。
 
 かつて、ソーンを創りし者達が住んでいたと言われる世界アトランティス。
 人と精霊とが共存する美しい世界も今や水の底に沈み、数々の詩と涙を残していった。
 アトランティスを訪れたことのある者ならば聞いたことがあるだろう。
 アトランティスの中央に位置する場所に大きな穴が存在する。
 その穴は欲望と破壊が支配する渾沌の世界へと通じていた。
 名をカオスの穴と言い、その地に住む者をカオスニアンと人々は呼んでいた。
 アトランティスが水没した際、彼らの多くもまた水の底へと沈んでいったはずであった。
 だが、健一やその友のように、聖獣の導きによってソーンへ迷い込んだ者もいるようだ。
 事実。時折ではあるが、渾沌の住民と思わしき者達を天使の広場で見かけることがある。
 カオスニアンは一見すると普通の人間となんら変わりがない。
 ただ、内に秘めた凶悪な野性は一度表に出ると誰も止められないだろう。
 特に、自我がまだ発達していない子供であれば本能の赴くまま、手に触れる全てのものを破壊してしまうかもしれない。
 だが、なぜアロマが彼らの存在を知っているのだろうか。
 不思議に思い、健一は正体の理由を問うことにした。
 
健一 「なぜ……そうだと気付いたのですか?」
アロマ「気付いたのは私じゃないんです。2日ほど前に……旅の御方がこちらに立ち寄ってくださり、あの子のことをそう呼んだのです。本に書いてあることしか知らないのですが、その……カオスニアンというのは、あまり良くない種族なんだそうですね」

 アロマは明らかに戸惑っている様子だった。
 無理もない。
 伝説の……それも邪悪とされている種族の子を、普通の子供と対等に扱える者など殆どいないだろう。
 幸いなのはその子に自覚が無く、正体を知る者も少ないことだ。
 健一は旅人の話を誰にも話さないことをアロマに誓わせ、今まで通りの接し方をつとめるよう勧めた。
 
健一 「子供は敏感ですからね。まずは、アロマさんが平穏な心でいることが大切ですよ」
アロマ「はい……そうですね」
健一 「ところで……その子は何処にいますか?」
アロマ「今はお昼寝の時間なので2階で寝ていると思います。連れてきましょうか?」
健一 「いえ、それでは起こしてしまいます。少し確認したいことがあるだけですので、僕が見てきます」

 カタリと席を立ち、健一はなるべく音を立てないようにして階段を上っていった。
 
●子の正体
 カーテンが閉められた薄暗い部屋の中、数人の子供達が安らかな眠りについていた。
 健一はそっと気配を殺し、目的の少年の元へと歩み寄る。
 
健一 「さて……と」

 少しだけ毛布をはぎ、懐にいれてあったカードをそっと少年の胸に添えた。
 カードは淡い光をわずかに放ち、細かく震え始めた。
 
健一 「聖獣が反応している……成程。渾沌の住民の血を引くというのは嘘ではないようですね……」

 彼の中に眠る邪悪な血に反応したのだろう。
 カードの輝きは徐々に強くなり、周りに精霊達を呼び始めていた。
 これ以上は子を目覚めさせてしまう、と健一は素早くカードを懐の中へとしまい込んだ。
 
健一 「……別方面からも調べてみる必要があるかもしれませんね」

 彼を見つけた場所周辺の調査は既に単なる徒労で終わっている。
 後は、この地に詳しい者に聞くか……それとも本人の中の血に聞いてみるか。
 
少年 「う……ん」

 何やら寝言を呟きながら、少年はごろりと寝返りをうった。
 やれやれと肩をすくませつつ、起こさぬように健一は忍び足で部屋を後にした。
 
●子供との付き合い方
アロマ「どうでした? 何か分かりましたか?」
健一 「ええ、まあ……もう少し調べる必要があるようですね」

 健一は小さく苦笑いを浮かべた。
 これ以上、心配する必要はない。あとは自分が調べるので、周りの子達と同じように過ごさせてやって欲しい。と健一は告げる。
 
健一 「彼がどんな人であろうと、この孤児院にいる限りはアロマさんの大切な子供のひとり、ですからね」
アロマ「……でも、大丈夫でしょうか。旅の御方は血の暴走があるかもしれないって言ってましたが……」
健一 「僕が見た限りでは、彼は普通に皆と一緒に暮らせていますし、これからもきっと問題ないと思いますよ。どうしても心配なら、僕が調べておきますよ。何か分かり次第、シフール便でお教えしますね」
アロマ「有り難うございます。そうして頂けるとすごく有り難いです」
健一 「そういえば、あの子の名前をまだ聞いていませんでしたね」
アロマ「グラッドウィン。素敵な友達、という意味ですの」
健一 「……素敵な名前ですね」

 そろそろ昼寝の時間が終わる頃だ、とアロマは席を立ち子供達の眠る部屋へと向かっていった。
 ポットに残ったわずかな紅茶をカップに注ぎ、健一は静かに茶をすする。

健一 「それにしても本当久しぶりに聞きましたね……」

 伝説の彼の地との触れ合いがこんな所で出来るとは。
 健一は人知れず、くつくつと小さく笑った。
 
文章担当:谷口舞