<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


〜VS盗賊【氷】〜


■凍てついた町
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 太陽の光を反射して、それはまるで芸術のようだった。
 けれど禍々しい程に恐ろしくもあった。
 遠めに見れば人体を模した氷の彫像とでも言えよう。けれどそれは間違い無く人で、恐怖に固まった表情のまま凍りつき胸からは鋭い氷柱を生やしていた。
 既に命を落としたそれが、静まり返った町で何十も佇んでいる。
 生ある者は無く、ただ時を止めた町。それも、遠くない日に唐突に。
 【青年】はこにこと人好きのする微笑を持って、突然に現われたという。細い四肢に腰までの長い髪、歌謡いの様に澄んだ声が印象的。けれど彼は、有無を言わさず町民の命を刈り取った。【青年】の背から一対の翼――凍りついたそれがはためき、氷の杭が逃げ惑う人々を捕らえる。
 ――青年は美しく優しい微笑を浮かべながら、全てを凍てつかせた。
 ユニコーン地方に甚大な被害を残し、強大な力を持って根こそぎ奪っていった。
 数多の人命と実りと、そしてかけがえのない歴史全て。
 人々はその者達の名を、そして言葉を憎悪と共にけして忘れない。

 生き延びた少数は言った。
 一人は炎を操り、街を一瞬で灰にしたと。
 一人は氷を操り、胸に凍る杭を穿ったと。
 一人は風を操り、家屋の屋根と共に全ては空に消えたと。
 一人は大地を操り、全ては大きく開いた亀裂に落ちていったと。
 それぞれが十人足らずの部下を引き連れ、そして全てが【リリス・フローカァ嬢誘拐事件】を語ったと。
 目的はどうやら報復と、囚われた部下の救出らしかった。


■曇天の下
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 静寂が辺りを支配していた。
 ――支配していた。
 ――支配している筈だった。
 小さな村々から人々はエルザードを目指して避難しており、『彼ら』が立つそこも、既に村人の姿は無い。
 世界を揺るがす件の四種の事件を探っていた所、途中目的を同じくする惑無桜・字端と出会ったアイラス・サーリアス、そして更にその二人と出会ったクレシュ・ラダ。
 彼らが進行してくるであろう村を予測して来た、言わば決戦の地で緊張感の欠片も無いラダの声が響く。
「へえ、凄いんだねぇ」
感心したと頷く白衣の青年は、字端の着物から伸び出た細い指を見つめている。
「触っても良い?」
「………あの……」
興味津々といった体で身を乗り出すクレシュに、身を引きながら言い淀む字端は己の腕をさり気無さを装って背後に回した。
 字端の体の関節は人のそれとはかけ離れている。カラクリという木製人形である字端の関節は人形のそれで、球体部品で繋げられているのだ。この村を【氷】と呼ばれる相手が通るだろうと予測されている事から、胸を穿つ無意味さを知らしめる為の配慮として、何時もは巻いて隠している包帯を取り除いたのだが――間違いだったかもしれない。
 そんな風に思いさえした字端をフォローしたのは、クレシュの扱いに少しなり慣れがあったアイラスだ。
「クレシュさん、それはセクハラでは?」
「え、そう!? 変態行為!!?」
 大きな眼鏡の奥の双眸を細めながらアイラスが首肯すると、クレシュは慌てたように字端から距離を取った。
「別にワタシそういうつもりじゃ無いからね!?」
 ぶんぶんと首と手を振って否定するクレシュの銀髪が一緒になって揺れる。
「じゃあ、どういうつもりなんですか?」
「だ、だから純粋な興味であって……!!」
「成程」
 にっこりと微笑みながらも字端を庇うように立ちふさがったアイラスに、クレシュが半泣き気味である。
 そんな二人を眺め、字端が滑らかな相貌を崩した丁度その時――。
「流石……定評通り、行動がお早い様ですね」
 以外にも近くから、玲瓏な声が響いた。


■冷笑う青年
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 ばっと顔を向けると同時に殺意を感じ、三人は一斉に飛び退いた。
 今まさに己等の立っていた地面に、矢が突き刺さった。パキリと耳障りな音を立て、土の表面が凍りつく。
 その様と矢の飛んできた先を見つめ、三人の顔が一瞬強張った。
 矢も縦も無く第二撃を打たれ、更に後退してかわす。その瞳は絶えず前へ。
 アイラスの手が己の武器を捉えると、クレシュも白衣の中からメスを取り出して構える。屋根の上に降り立った字端も得意とする日本刀の柄に手をやった。
 しかし、それだけだった。
 予想に反して、次の攻撃は無かった。
「これはこれは……」
くつくつと喉元を鳴らし、美貌の青年が笑う。噂に違わずおおよそ盗賊とは思えぬ様相でありながら、背後に強面を従える姿は滑稽ですらある。紙の様に白い顔は弱々しくさえあるのに、それでいて生気に満ちた瞳が青年への違和感を際立たせていた。
 屈強な盗賊の一人が弓矢を構えている事から、先程の攻撃の主だとは分かるが、青年以外にも氷を扱うとは予想範囲外だ。
 慎重に足を運ぶアイラスを見つめて、青年は更に微笑を深くした。
 背中を一筋の冷や汗が伝った。
「人の居ない村を見て、正直ハズレを引いたと思いましたが――楽しめそうですね」
 ああ、彼は常人では無いなと思えた。吟遊詩人? とんでもない!
 最初の印象を打破する様変わりした微笑は、怖気立つ程の狂気に満ちていた。野獣が舌なめずりして獲物を狙うかのような気味の悪さ。
「目的は、何ですか?」
「……貴方は馬鹿ですか?」
 アイラスの問い掛けにスマイルを保持したまま、青年は切り捨てるように言う。
「報復と救出――そう聞いているのでしょう?」
「大掛かり過ぎやしないかい? それが目的なら、わざわざ大事にする必要が何処に?さっさとエルザード狙って部下助けて、散れば良いだろうに。報復したければ、事件解決した奴だけにしな!」
 真面目な顔でもっともな事をクレシュが口にすれば、アイラスがそうです、と頷き。
「リリス・フローカァ嬢の事件、解決した一人は僕でもあります。出来ればそうして欲しかったですね」
「無関係の人々を殺める行為、赦せるものではございませんわ」
屋根の上から字端が非難しても、青年は微笑を消さない。
「それでは、面白くないでしょう?」
 その青年の服を突き破るようにして、背中に氷の翼が生えた。
「それに僕等の憎しみは果てがないのでね」
 言う青年の翼が大きくはためく――。


■医療道具の正しい在り方
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 大きく撓った翼の一枚一枚の羽が、鋭利な輝きを持って放たれた。
 弾丸の様な速度で落ちてくるそれに向かって、クレシュは指の間に挟んでいた八本のメスを投げつけた。
 メスは氷柱の羽を砕きながら速度を落とさず青年へと向かう。けれど阻まれるのも承知の上での攻撃。
 転がって氷柱を避けると、白衣から取り出した試験管のコルクを口先で外し、群青色の液体入り試験管を低い大勢から投げた。
 青年の羽がはためき、体が上空へと逃げると試験管を離れた液体が地面に嫌な音を立てて掛かった。
 じゅっと鼻を痛める匂いに顔を顰め、
「やっぱり飛ぶんだね!?」
 翼の需要が氷柱を放つだけでは意味が無い。だが凍てつく翼で空を飛ぶという不可思議さに、クレシュの双眸がキラリと光った。
「良いなぁ、ぜひキミの体を調べたい!!」
「何言ってるんですか、クレシュさん! そんな場合では……!」
「ああ、駄目! 字端君傷付けないで!!」
「……クレシュ様は何をしにいらしたのですか?」
「ああ、良し! もっと高く高く!!」
「だからそんな場合じゃ――!!」
「だから駄目だってば〜!!!!!!!」
 字端の剣檄を軽やかに交わす青年に、味方する様に声援をかけるクレシュ。もう何が目的やら分からない。
 三人の間に会話すら成り立たない。
 それでいて回避に余念が無いのだから、素晴らしい。
 舞い上がった青年に字端が追い縋り、人間離れした戦闘を繰り出している。そんな二人を見上げつつ、クレシュが最低限のステップのみで盗賊達の攻撃を交わしていた。
 氷を放つ、けれど単調な攻撃は容易に避ける事が出来る。だが、尾にたかる蝿程に煩わしい。
「あーもう、五月蝿い!!!!」
 クレシュは身を翻すと、白衣の中から次々と医療道具を取り出し――。
「字端君、お願いだからその人殺さないでおくれよ!? 生態にとても興味があるんだ!!」
彼に対して己が役立たずである事を悟ったのか、はたまた盗賊達がうざったらしかったのか、クレシュの矛が盗賊達へと向けられる。
「君達の相手はワタシが受け持とう!!」
 そういってクレシュが取り出したものは、何の変哲も無い白い包帯だった。
 

■微笑みの正しい在り方
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屋根を蹴って、字端の姿が高い空に舞い上がる。美しい模様が描かれた黒の和袖を翻し、神速の氷柱を鋭い刃が切り落とす。
 速さはこちらも得意とする所。青年が氷柱を飛ばした後、再びそれを放つ姿勢までの隙を見逃さず、字端は刀を構えなおして懐へと飛び込んだ。
 雷光を纏った滑らかな刀身が青年の姿を映して、喉元へと突きつけられようとし――。
「危ない!!」
 下界からの切迫した叫びに、びくりと、半ば反射的に字端の体は動いた。突きの姿勢のまま刃を横に凪ぎ、キィンと硬質な音を立てて氷の破片が飛び散った。
 下方からの攻撃は投げられた礫。
 一瞬の瞠目が青年の逃走経路を結果的に助けてしまう。
「驚きました」
大きく羽ばたいて十メートル程離れた屋根に降り立ちながらも、青年の声も表情も非常に落ち着いている。
 字端は慎重に青年の動きを追いながら、ちらと下方にも視線を送った。
「ごめんごめん、字端君、怪我は無いかい??」
「ございませんわ」
大きく手を振って謝罪するクレシュの背後では、アイラスが盗賊達の相手に入っているのが見える。何人かは昏倒した状態でクレシュの包帯に戒められている。
「おやおや、本当に役に立たない事……」
「……随分と心無い事を仰るのですね。仮にも同胞の方でしょう?」
 盗賊達に対してあきれ返ったような冷ややかな瞳を向けている青年に向かって、字端も微笑みを絶やさずに、小首を傾げた。
「同胞?」
 青年が顔を上げる。
 にこやかながらその能力をそのまま映したかのような、人を凍てつかせる零度の眼差しがしっかりと字端を射た。
「あれらが信頼に値すると?」
 喉から零れた声すら暖かみを持たない。
 青年が再び空へと体を浮き上げる。二、三度震え大きく撓った翼は、次の瞬間更に高度を高めた。薄青く背後の空を透過していたそれが、きらめきを幾重にも撒き散らす。
「それが僕の恨みより価値があるとでも?」
「……?」
「”彼”以外に、そんなものは存在しない!!」
 撓った翼が、先程とは比較にならない量の氷柱を、字端に向けて放った。


■信頼の正しい在り方
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「クレシュさん、後は頼みましたからね!!」
 アイラスは返事を待たずに、上空を睨むと同時に走り出した。
「はいよっと!」
軽い返事に大丈夫かと一抹の不安を感じながらも、アイラスは首を振って足を速めた。
 上空に走る雷光と共に、二つの人影が何度と無く交錯する。
 その度にきらきらと氷の粒が降ってきて、大小様々なそれが街を埋め尽くすかのよう。
 青年の背負う氷の翼は放たれる傍から新たな氷柱を生み出し、際限なく字端を襲っている。字端の繰り出す攻撃に氷柱は雷光を伴いながら弾け飛ぶが、それだけだ。
 次第に高度を落とす二人の攻防に近づくと、アイラスは短く息を吐き出す。
 逆手に釵を構えて、タイミングを見計らってジャンプ。
 字端の背中に庇われて氷柱をやり過ごすと、壁を蹴って青年の側面に移動。
「ちっ」
 青年が舌打ちと共に防御に出した腕をはたき、釵を下から突き上げる。顎を確実に狙った一撃だったが、青年の後方に逃げ場があったために体を仰け反らせる事で回避された。
 しかし休む隙を与えず字端が迫る。
「逃がしませんわ」
 振り上げた刃が一閃。金色の光が一筋、翼の付根を走ると、青年が初めて苦しそうに唸った。
「まだです」
怯んだ青年の背後から尚もアイラスの一撃が追い縋る。それが翼に決定打を与えた。
 跳躍して上空へ飛び上がろうとした青年の片翼が亀裂を走らせたかと思うと、無残に砕けたのだ。
 ぐらついた体を何とか支えようとする青年だったが、その致命的な隙をアイラスが見逃す筈が無かった。
 緩やかに落下しながらも距離を取ろうとする青年の足を狙って釵が投げつけられる。
 傾いだ青年が小さく呻いて、しかし、それでも駆け寄るアイラス目掛けて片翼が撓った。
 針の様な氷柱がアイラス目掛けて降り注ぐ。
「死になさい、愚かな人の子よ!!」
 高らかに宣告する青年が、美貌を歪めて狂相を形作った。
 青年の目から見たアイラスは無防備だった。武器を愚かにも手放し、駆けて来るだけ――。
 しかし大地に降り立って青年が見たのは、眼前に迫ったアイラスの蹴りだった。
 膝を付いたがために、間近に迫ったそれを避ける術は無かった。
 氷柱は上空を舞った字端の雷鳴剣によって、跡形も無く消え去っている。
 そうして青年は目を見開いたまま、アイラスの膝裏に意識を刈られた。


■氷解け去りし……
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「さて、これは一体どういう事なんでしょうね……?」
 冷ややかな三対の瞳に見下ろされて、暖気の中カチカチと歯を鳴らすのは強面の四十男だった。両手両足を戒められ、昏倒して転がっている仲間に恨めしげに視線を落としていると、その眼前に細長い針を有した注射器が出された。
「それとも、死にたい?」
にっこりと笑って言うのは、自身達の頭にも負けぬ美貌の主。しかし白衣を着ているにも関わらず、怪しい事この上ない空気を纏っていて、注射器の中身の琥珀色の液体を何と問うまでも無く、命の危険を感じて更に震え上る羽目になった。
 歯の根が上手くあわず、見っとも無い悲鳴だけが口をつく。
 気絶したままの仲間が憎い。
「……死にたいんだね?」
 眼窩に迫った針への恐怖に、男はついに抗う事が出来なかった。
「こ、これは報復なんだよぉ〜!!」
「それは先程聞きましたけれど」
 柔らかく微笑む和服美人さえ、男の目には恐怖の対象にしか映らず、ひぃっと小さく悲鳴を上げて引き攣った口を無理矢理に動かした。
「ちげーよ! リリス嬢ちゃんの件は関係なくよぉ、リコードは全員激しい恨みをこの、せ、世界に持ってんだよ!! 捕まった仲間も本当はどうだっていい! ただ大将の怒りを買わない方法で、ソーンの住人を殺せればよう、それで良いんだよ!!!!」
「大将?」
「り、リコードに決まってんだろ!!」
上ずった声を上げながら、男は頭を抱えた。
「ろ、牢にぶち込まれた野郎共は、終身刑聞いて安心してる筈さ!! 出所してリコードに八つ裂かれるよりマシだろうからよっ!!」
 三人が不思議そうに顔を合わせる。
「……これはリコード……つまり貴方達を束ねるリコードの名を持つ頭には、関係ないと?」
「そうさ!! これは、俺らの――隊長の独断だ……っ!!」
 搾り出す様な声に、三人は再び首を傾げた。
『……隊長?』


どうやらこれで終わりというワケには、行かないらしい。




【氷】〜完〜
 


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■登場人物■
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【整理番号/PC名/性別/外見年齢(実年齢)/職業/種族】

【2456/惑舞桜・字端(マドイザクラアザナシ)/女性/16(16)/天剣士/カラクリ】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19(19)/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番/人】
【2315/クレシュ・ラダ/男性/25(26)/医者/人間】


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■ライター通信■
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初めまして、字端様。この度はご参加まことに有難う御座います。お目にかかれて光栄です。
そして本当に、本当に申し訳ありません。あまりの遅さにご不満おありでしょうが、それでも少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです……。

四元の一つ【氷】、お届けさせて頂きます。次回【風】【地】の後に【完結】、今回の事件の終息部がございますので、よろしければそちらもご参加頂ければ嬉しく思います。

何か御座いましたらぜひぜひ一筆お願いします。
またどこかでお会いできますように。


なち