＜聖獣界ソーン・ＰＣゲームノベル＞
水晶採掘騒動記〜水晶は親父愛の証
鉱山の町・ラスタ。
主に水晶、他にラピスラズリやルビーに代表される宝石など多種多様な鉱石が採掘され、それらを細工する彫金師や宝石の買い付けをする仲買人や宝石商で賑わっている……はずだった。
オーマがここにたどり着いた時、町はしんと静まり、完全な無人と化していた。
無理もない。ラスタの住人は町ごと避難してるのだ。
原因は坑道から突如大量発生した魔物。
そのお陰で採掘はストップ。街中にもかなりの魔物が溢れている状態になっている有様だと、坑道の地図をくれた鉱夫達から聞いていた。
にも関わらず、魔物の姿はきれいさっぱり消えている。
足元に散らばった翡翠のかけらを見て、オーマは苦笑した。
「壊してしまったものは仕方がないね・・・だが、弁償はしてもらう。」
平謝りするオーマに工房の主人・レディ・レムは冷淡に宣告してくれた。
弁償は当然だった。棚にあった親父心をくすぐる見事な水晶像を不用意にも壊してしまったのだ。
でなければ、親父愛がすたるというもの。
それでも金貨２０枚という値段は法外だった。
「全て私が彫金を施したものだからね。それなりの機能が備わっている。」
「そりゃそうだな。でなけりゃ、そんな値段になりゃしないぜ。」
めずらしくがっくりと肩を落とすオーマにレディ・レムは苦笑をこぼし、しばし考えを巡らせて提案した。
「けれど・・・そうね。私の依頼を引き受けてくれたなら、帳消しにしよう。」
依頼はこのラスタからアメジストを採掘してくること。ただし、坑道から魔物が大量発生しているというオマケつき。
無駄な争いはしたくなかったが、仕方がない。
「分かった。その依頼、引き受けたぜ。」
大きくうなずいて承諾するオーマにレムは高らかな笑い声を上げ、飾り棚に置いてあった翡翠で造られた小さな竜のアミュレットを手渡した。
「魔物封じのアミュレットだ。持っていくといい。多少は役に立つだろう。」
そう言って送り出したレムの顔を思い出し、オーマは楽しげに喉を鳴らす。
多少、どころではない。とんでもなく役に立った。
獲物を見つけて襲い掛かってきた魔物になるべく戦いを避けようと思っていたオーマは仕方なしに武器を構え、狙いを定めた。
が、眩いばかりの翠色の閃光が走り、辺りを包み込む。
何かが砕ける澄んだ音が同時に響き渡り、気づくと、あれほどいた魔物が影も形もなくなっていた。
即座に思い出したのはレディ・レムのアミュレット。
これほど絶大な威力を持っているとは想像もしていなかった。
あんな小さな翡翠によくもこんな力を込めたものだ。お陰でよけいな戦いをせずに済む。
「こりゃ気合い入れ直していかねーとな。」
ばしりと拳を打ち合うと、オーマは問題の水晶鉱へと急いだ。
ラスタの水晶鉱と言っても、大きく７つの鉱山があり、その一つ一つに無数の坑道が蜘蛛の巣のごとく掘られている。
中でも北東の鉱山は比較的新しく、魔物の発生が少ない場所。しかも、アメジストの採掘がもっとも多い、と鉱夫が語っていた。
が、オーマはそれを心の底から罵りたかった。
確かに街に溢れていたような魔物は少ない。しかし、代わりに打撃系が効きにくい軟体形魔物―つまり、通常攻撃が通じにくいスライムやナメクジに似た魔物の団体ご一行様が出迎えてくれた。
「だぁぁっ、冗談じゃねー！！」
鉱夫達から借りた坑道の地図を片手に、オーマはなんとか団体ご一行様から逃げ延びると、大きく息をついた。
普通の魔物であればどうにでもなるが、ああいうドロドロ、ネバネバ系の輩は話も何もない。
レーザーか火炎系の銃器であれば焼き切ることもできた。実際やって見たが、鼻が曲がるような異常臭が発生するわ、坑道の壁が崩れかけるわと散々な目にあったため、結局逃げるしかなかった。
「だ〜ぁぁぁぁっ、ひでー目にあったぜ。こういう時こそ、あの守りが必要なんじゃねーか……」
ぶちぶち愚痴をこぼしつつも手だけはせっせと動かし、親父愛に溢れた腹黒同盟勧誘ポスターを貼っていくオーマはさすがである。
しかし……だからといって、坑道いっぱいに貼り付けていくのはどうかとも思うが、当人が満足ならそれはそれでよかった。
だが、悲劇は突然降りかかるもの。
殺気を孕んだ空気を切り裂く独特の音に気づき、オーマはとっさに身をかわす。
と、同時に研ぎ澄まされた両刃の斧が先ほどまでオーマの頭があった空間を切り裂き、勧誘ポスターに深々と突き刺った。
ばっと振り向くと、棍棒や斧といった武器を手にした醜悪なゴブリンたちが下卑た笑みをたたえてにじり寄ってくる。
そんな奴らを冷ややかに見据えると、オーマは突き刺さった斧を軽々と抜き取る。
危険なものを孕んだオーマの瞳にゴブリンたちは何かを感じ取り、じりりと後退するが遅かった。
「俺様の勧誘ポスターに何てことしやがるっっ！！覚悟しろっっっ！！！」
怒りを爆発させたオーマの絶叫が坑道中に響き渡った。
問題。魔物が大量発生し、もろくなっている坑道内で大声を出したらどうなるでしょうか？
ゴゴゴッ……と、嫌な地響きがオーマとゴブリンたちの耳に届き、両者は敵味方であることを忘れ、その場に固まる。
小さな亀裂音。恐る恐る足元を見ると、それは見事な亀裂が走っておりました。
逃げるには少しばかり遅すぎた。
気づくと同時に足場が崩れ、オーマ達は空に放り出された。
「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ！！」
『ギュァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ！！！』
両者の絶叫。
答え……反響で落盤が発生。
当然の結果である。
とは言うものの、この場合、いくつもの不運が重なった結果と言った方がいいだろう。
元々、脆くなっていた岩盤に重量ぎりぎりのオーマとゴブリン達の体重。
普通に立って歩く分には問題はなかっただろうが、乱闘騒ぎで崩れかかり、とどめの一撃とばかりに絶叫。
それが引き金となって崩れた、という訳だが、冷静に分析している場合ではない
落下したオーマとゴブリン御一行はどうなったか？
むろん、無事である。
ただし、少しばかり落ちたときと状況は変わっていた。
ぼんやりとした灯りを頼りにオーマは坑道の最奥に向かって歩いていた。
信頼できるガイドに案内してもらって。
細い坑道が徐々に広くなり、やがて開けた空間の光景にオーマは嘆息した。
「へぇ〜こりゃ、きれいだな。」
『グキャ♪』
ぐるりと周囲を見渡すオーマにゴブリンが嬉しそう……いや、心酔しきった声で相槌を打つ。
他のゴブリンたちも一様に頷きながら、見事な連携で勧誘ポスターを坑道に貼り付け、うっとりと魅入っていた。
先ほどまで敵対していた彼らが手のひらを返して友好的―崇拝状態になっているのか？
話は落下直後に遡る。
運の良いことにオーマ達が落ちたのは、湿った柔らかな苔の密集地。
苔がクッションになり、日頃から鍛えた筋肉のお陰でオーマはほぼ無傷だったが、ゴブリン達はそうでもなかった。
殆どがかすり傷程度だったが、何人かが腕や足を折り、悲鳴にも似た泣き声を上げていた。
『ゲギョ、グケケケケッ？』
『ガギュググ、メケレレバ。』
『ギュュュクク、サバグバセバ』
『グギャァァァァァァァァァァッ！！』
ゴブリン語でなにやら喚き、大怪我を心配しているのは分かるが、下手に触るものだから怪我をしたゴブリンはたまったものではない。
激痛の走るところを乱暴にひっぱられたり、つねられたりするものだから、痛みのあまりにのた打ち回る。
敵だった自分のことなどすっかり忘れている彼らに少々、腹が立つが、医者であるゆえに放っては置かなかった。
「おらおらおらおら、シロートは下がってな。この名医の俺が見てやろうじゃねーか。」
群がっていたゴブリン達を背後に押しやると、オーマは手際よく怪我人のゴブリン達を治療してやる。
当初、警戒していたゴブリン達だったが魔法のように痛みを訴えなくなる仲間を不思議そうに見やり、手当てするオーマを見返す。
「ほれ、お前で最後だ。これでいいぜ。」
一番重傷だったゴブリンの治療を終え、オーマが振り返ると、ゴブリン達は皆、尊敬の眼差しで絶叫した。
『ゲギュキョッッ！！』
王を敬うかの如く、ひざまづくゴブリン達を前に事態を飲み込めず、頬を掻くオーマ。
ゴブリン語ゆえになんと言っているのか分からないが、どうやら敵対心はなくなったようである。
キラキラと見つめられて嫌なものはないが、どうしたものかと、首をひねるオーマに笑い声がどこからか聞こえてきた。
(くっっっっっ……ゴブリン達に気に入られる人間など初めてだ)
「誰だ？」
(笑ってすまない。だが……気に入った。)
鋭い殺気を放ち、周囲を窺うが人の気配はなく、声だけが耳に届く。
特に慌てた風もなく、声の主は穏やかな口調で呟いた。
「気に入った、だぁ？……なんだそりゃ？」
(坑道の最奥で待っている。ゴブリン達に案内してもらうといい。)
そう告げると声は消え、どうしたもんかと思いながらもオーマはやる気満々のゴブリン達についていくことを選んだ。
声の主を信用した訳ではないが、このままいても何の解決にもならない上、当初の目的であるアメジストだって手に入らない。
すっかり崇拝しきってくれたゴブリン達の正確な道案内と的確なポスター貼りのお陰で、謎の声が言っていた最奥の坑道にたどりついた。
薄紫色のアメジストと淡青色の水晶が坑道に密集したヒカリ苔の輝きに照らされ、幻想的な光景を創り出す。
まさに自然の芸術。
だが、それとは不釣合いな漆黒の石柱が突き刺さっていた。
「どうかな？ここはまだ人の手がついていない自然の原石は。」
幻想的な光景に魅入っていたオーマの前に白銀の巨大な塊がふわりと舞い降りた。
真珠をまぶしたかのような鱗。大人の背丈の３倍はあろうかという身体と翼。そして深い知性を称えた空色の瞳を持つ竜。
耳に届いた穏やかな声は先ほど聞こえた声と同じもの。
ここに導いた声の主が竜だとは思いもせず、唖然とするオーマに竜は小高い水晶の鉱山にゆったりとその巨体を横たわらせると、柔らかな眼差しを向けた。
「挨拶がまだたったね。私はこのラスタ鉱山に住まう白竜―ラスタの守護竜と呼ばれている者。そなたは？」
「俺はオーマ・シュヴァルツ。腕利きの医者でヴァンサーをやってる。」
冷静に応じつつも、目の前にいるのがラスタの守護者と呼ばれる竜であることにオーマは圧倒されながらも、ここに来た理由を話す。
鉱山のもっとも深い場所に住まい、滅多に姿を見せぬが人々を危機から救う誇り高き守護竜。
まさかこんなところで会えるとは思っても見なかった。
「なるほどな…ならば必要なだけ持っていくといい。その代わりにその石を壊して欲しい。」
事情を聞いた守護竜はしばし考えを巡らせた後、黒曜石を目で指す。
妙な取引だ、と怪訝な表情を浮かべるオーマに守護竜は静かに息を吐いた。
「それは邪黒曜石という邪を呼び寄せる石でね。本来は指先程度のもので無害なんだが、ここまで巨大になると魔物や魔族なぞを呼び寄せてしまう。魔物の大量発生はこれが鉱山のあちこちにできたせいだ。」
「なら、お前が壊せば良いだろう？ラスタの守護竜なんだろうが…」
「残念だが、私やゴブリン達は邪黒曜石に呪縛されてな。」
触れた魔物や精霊などの姿をを映し取り、邪悪な自我を持った影を鉱山中に放つ邪黒曜石をラスタの守護竜として放って置く訳に行かなかった。
最も強大な魔力を秘めた邪黒曜石をこの坑道の最奥に封じ込めたが、その引き換えに呪いを受け、守護竜はここから一歩も動けなくなり、ゴブリン達も自らの住処を失った。
「私はどうなろうと構わんが、どうにもゴブリン達が哀れでな……彼らを何とか住処に返してやりたい。頼む。」
頭を下げる守護竜と訴えるように見つめるゴブリン達を前にしてオーマは断るはずがなかった。
「それで邪黒曜石を破壊したのか……ご苦労だったね。」
アメジストを受け取り、レディ・レムはどっかりと椅子に座り込む茶をすするオーマに労いの言葉をかける。
守護竜を手こずらせた邪黒曜石は無敵な親父愛の前にあっさりと砕け散り、オーマはお礼とばかりに贈られたアメジストと人面石を手にし、大喜びするゴブリン達から手厚い見送りを受けて無事エルザードのレディ・レムのところに戻ってきたのである。
天窓から差し込む光にアメジストを透かし、レディ・レムは満足げな笑みをこぼしてオーマを見た。
「見事なアメジストだ。依頼以上の品ね。」
「喜んでもらえて光栄だ。」
大仰に肩をすくめるオーマの前にレディ・レムはベルベット地の小さな革袋をテーブルの上に差し出した。
「これは？」
「依頼料だよ。受け取って欲しい。」
そういって広げられた袋から出てきたのは、精緻な細工が施された白銀とラピスラズリのピアスとペンダント。そして、細かい水晶を嵌め込んだ腕輪の三つ。
魔道彫金が施された見事な品々。
酸欠の金魚のように口をパクパクさせるオーマにレディ・レムは優雅にカウンターに腰掛けた。
「気にすることはない。それはあなたの正当な報酬だからね。受け取らなければ、こちらが困る。」
元々、ただ働きさせるつもりはなかったからね、と笑顔でのたまうレディ・レムにオーマは完全に脱帽した。
正当な報酬と言われてしまえば、断る理由もない。
それより何より爽快極まりない見事な腹黒ぶりを見せるレディ・レムの心意気も気に入った。
「分かった。ありがたく受け取らせてもらうぜ。」
「良かったら、今度は何か鉱石でも持っていらっしゃい。またお好きなものを造ってあげるわね。」
損得勘定抜きのレディ・レムの台詞にオーマは苦笑交じりに応じると店を後にした。
FIN
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【1953：オーマ・シュヴァルツ：男性：３９歳：医者兼ヴァンサー（ガンナー）腹黒副業有り】
【NPC:レディ・レム】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、緒方智です。今回はご発注ありがとうございます。
遅くなって大変申し訳ありません。
水晶を探して鉱山を冒険。いかがでしたでしょうか？
なるべく戦闘を避けて、というご依頼でしたが、避けるどころか尊敬を集めて頂きました。人面石も無事ゲットして帰られて何よりです。
策士な性格のレムには驚かされたかと思いますが、オーマさんのことがずいぶんと気に入ったらしいです。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
それではこれで失礼致します。
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