＜聖獣界ソーン・ＰＣゲームノベル＞
■鳥の姫君■
恋物語に憧れて飛び出した鳥の姫君を追うのはどなた。
姫君の伴侶を求める姿に助けの手を差し伸べるのはどなた。
――物語の一頁。さあ、綴るのはどなた。
** *** *
「何だなアレだ。聖筋界桃色青春ラブ在りし所に腹黒イロモノゴッド親父愛アリ☆ってかね？」
目の前に現れた巨体にその鳥はしばらく羽ばたきさえ忘れたようだった。
二度三度、小さく羽を揺らしたきり、止まっている枝先から動かない。
「こんにちは、お姫様」
当たり前の事を確認している口調の巨体の主は無論、様々な意味で有名なオーマ・シュヴァルツ。その影からひょっこり顔を出して穏やかに微笑みかけたのはリラ・サファト。
示し合わせた訳でも無いのに同様に硝子森で依頼を受けた二人は自然と合流し、オーマの曰く「下僕主夫毒電波」で親父愛キャッチして姫君を見つけ出した次第である。
「いやぁ大したラブダーリンゲッチュ波動だったぜ。将来立派なカリスマカカアバードになれるな！」
「オーマさん、お姫様に名乗らないと警戒されてますよ？」
「おっといけねぇ！すまねぇな俺様はオーマ・シュッヴァルツだ。あんたの野望に協力するぜ」
「私も、そうですね。お姫様が恋物語に憧れる気持ちも解りますから」
対人において対照的な第一印象を与えそうな二人が交互に口を開くのを薄紅色の鳥が微動だにせず見詰めていたが、眺める内に思考も働き始めたらしい。ぽつ、と声が洩れた。
「……えぇと、手伝ってくれるってこと？」
チチと囀りが混ざるものの、充分に意思疎通が可能な言葉に二人が頷く。
成程。流石に姫君はただの鳥では無いらしい。
「よっしゃ、じゃあ姫の熱い想いが篭ってる羽から辿るか。なぁに俺様にかかれば朝飯前よ」
ポージングする間に出来ちゃうんですね、とか。
オーマさんが作るんでしたよね朝ご飯、とか。
そんな風に突っ込まない穏和なリラは、かわりに小さく声を上げて大胸筋を誇示するが如くに胸を張る彼を制した。
「羽根を拾った方が旦那様だなんて、素敵な事ですね」
少し離れてオーマが何やらごそごそと動いているのを見ながら、枝から降りた鳥の姫君と向かい合う。
リラの言葉にはにかむように小さな頭を動かす姫君は小さな、指先に止まるよりは少し大きい程度の鳥だった。
薄紅の羽は特徴的で、薄い部分が光を透かすとさぞや幻想的な色を映すに違いない。
「でも、お姫様。考えてみて下さいな」
くる、と鳥の独特の音を鳴らして姫君がリラの瞳を見た。何を、と言いたげな様子だと不思議と解る。
合流した時点でリラにオーマがその能力でだろう、用意してくれたピンクの耳栓をこっそり手に握りつつも更に言葉を紡ぐのは言うなれば先輩だからこそ、だろうか。
「羽根を拾うのは鳥さんでない可能性は高いですよね」
「そりゃ、街で落としたもの」
「ええ。でもそうすると、お姫様の旦那様は鳥さんじゃないという事になりますね」
「……そりゃ」
リラの言わんとする事を察しつつある鳥の姫君の口が少しばかり重くなってきた。けれどあえて気付かぬ風を装ってリラは更に続ける。大事なことだ。今、きちんと考えて貰ってからでないと協力するにもよろしくない。
「じゃあそのときどうしましょう？寿命は違う、姿も違う。言葉だってお姫様は上手に話してらっしゃいますけど、やっぱり違ってきますよね」
くるくると言葉も無く、音だけが響く沈黙にリラは苦笑する。
勢いに任せて飛び出したのだろう姫君に水を差すような事ばかり言っているかもしれないとは思うけれど、でもこれは大事な事。恋人ではなく旦那様を、と言うのであれば尚更に。
「ゆっくり考えてみませんか？」
だからリラはそう言ってみる。
柔らかな長い髪をふわりと揺らして。
「相手の方を探すのはお手伝いしますから」
続けた言葉は途中から妙な笑い声と鳥のけたたましい声に遮られた。目の前の姫君ではない。姫君もきょろりと瞳を動かして「げ」と小さく一言。半ば振り返る形になったリラも大きな瞳を更に大きく見開く事になった。
視線の先には――オーマ。いや、オーマと猛禽の類だろう鳥、は硝子森の男が話していた追手だろうか。
「邪魔するなんざぁ野暮ってもんだぜ。桃色ピンクなラブにゃあ口出しナシだ」
そこでふと真面目な横顔になるのをリラと姫君は見る。
「何を想い見て如何な道紡ぐかは２人が決め行く事。まずは共に明日の聖筋界担う所からもとい心通わす所から。だろう？」
「……あいつらが気の毒になってきた」
「オーマさんは相手の方を害するような真似はされませんから大丈夫ですよ」
もしかしたら無意識に相手に精神ダメージを与える事はあるかもしれないが、少なくとも本人は命を奪う事をしない。身体的には安全であるとリラは知っている。
……いや、別にいいのだ。にこやかに戻って来るオーマの背後で何かピンクな網だとかマッチョシルエットな壁だとか、そういうものが大量にあっても。その向こうでギーギーと喚く鳥がちらりと見えても。ただちょっと、見慣れない姫君が色々と感情を選び損ねているだけで。
「追手は足止めしたからよ！そろそろ姫の下僕主夫に会いに行くか？」
オーマの笑顔が眩しい。無駄に眩しい。
しかしそれにも劣らぬ笑顔でにっこりと返したリラである。
** *** *
ちょっとした水場に近い郊外。
その涼しげな場所で有翼の青年を見かけるのと同時に相手も気付く。更に同時にオーマが「あそこだな」と示した先。その青年の傍で少年が一人、金髪の女性と何事か話していた。その手には確かに見間違えようもない薄紅色の羽根。
それを大切に握り締めている姿を見て姫君が小さく安堵の息を洩らしたのをリラは聞いた。
遠慮がちに華奢な肩に止まる姫君を指先でそっと撫でる。そこへ有翼の青年。
「やっぱオーマさんとリラちゃんだ！」
声を弾ませて近付いたのは狂歌。思いがけず出会えて嬉しい、と翼をなんとなし揺らめかせる彼に二人も微笑んだ。
それにしてもよく知人に出会う日である。エルザードならば広くとも行動範囲が重なって出会う事も多いけれど。
「偶然だね〜、俺は天気が良いから遠出してみてたところなんだ！」
「確かにいいお天気ですものね。空も高く澄んで」
「でしょでしょ！飛んでても気持ち良くてさ☆」
「『ちょっと煩いのよあんた！静かにして！』」
姫君の叫びが運悪くというか、通りに居た何人かの足をよろめかせ、幾つか立ち並ぶ家々の窓を鳴らした。何枚かはヒビが入っている。
至近距離に居た狂歌はくらくらと目が焦点を半ば失う勢いで、リラはかろうじて肩に乗った姫君が羽ばたくのに気付いて間に合ったというかオーマがすかさずピンクな耳栓を突っ込んでくれたお陰で無事だ。そのオーマ自身はと言えば耳栓も無いのに平然と。
「み、耳が、耳が痛い！オーマさんは大丈夫？」
「おお、なんたってアレだ。この溢れ返る親父愛はそんなもので揺らぎやしねぇよ」
「う〜……痛い……さ、さすがオーマさん、ダメージ無いなんて」
「いやすまねぇな、リラには耳栓間に合ったんだが。どれちょっと見せてみろ」
目の前の遣り取りに、肩に乗る小鳥が居心地悪そうにしているのが感じられてリラはちょっとだけ口元を綻ばせた。細い指でピンクな耳栓を取る。
「だって、いきなり来て話すから」
「謝れば許してくれますから、ほら、あの男の子も今の声で気付いたみたいですよ」
指し示した先。
傍らに居た人物が何かしたのか、耳や頭を押さえて悶絶する他の住民とは違って至って元気に少年が立ってこちらを見ていた。途端、忙しなく揺れる姫君の羽。くすぐったさを堪えながら少年が小走りに駆けてくるのを見るリラは暖かな気持ちを抱いて。
「――あ、なんか来たね」
「え？」
ふと頭上を見た狂歌につられてリラも空を見る。オーマと女性もその面を仰向かせて見るのは透き通る空。
リラには何も解らなかったけれど、姫君が「しつこい」と溢した事で追手と察した。
「『だからあんたたちの」
「いやちょっと待って！ほら俺が時間稼ぎして追い返してくるからもう叫ばないで！ね？」
慌てて狂歌が制して舞い上がる。優美な一対の翼がみるみると天高く、遠くなり、入れ替わるように少年がリラの前に立つと薄紅色の羽根をつまんで明るく瞳を輝かせた。
「これ！その鳥のだろ？あそこのキングさんが教えてくれたんだ！」
金髪の女性がちらとリラを見て頷くところからすれば、彼女がキング。会釈を返してリラは、がっちりと固まった鳥の姫君をゆっくりと肩から下ろすと少年へと差し出した。
「ええ。この鳥さんがお姫様です。ちょっと緊張されていますけど、お話する時間はありますか？」
恋に発展するかはともかくとして、少年に鳥の姫君を厭う様子は見られないからこそ。
うん、と頷いた少年に姫君を預けるとリラもオーマ達の傍へと向かい距離を取った。途中で一度立ち止まり空を見る。なにやら狂歌だろうか、小さな影が動いているが声までは聞こえない。振り返った先では少年が覗き込むようにして姫君に何やら話しかけていた。
「いい感じじゃねぇか」
うんうんと頷いて満足そうな様子のオーマに女性――キング＝オセロットはどうだろうな、と返す。
リラもオーマの考える程には二人、というか一人と一羽が睦まじいとも思えなかったけれど少年の表情を見る限りは期待も出来るかもしれない。それが恋になるかはともかくとしても。
「いやもうまいったね。追手の二羽も心配で心配で堪らなかったらしくてさ〜」
三人の頭上から羽音を響かせて舞い降りるのは狂歌。軽く見上げて手を振れば、控えめに二羽の鳥。鋭いその造形は明らかに猛禽の類だが、なんとなしオーマを避けて……先刻の妙な足止めが記憶にこびりついているのだろう。
「少し、待って差し上げて下さいね。まずはお話から、とお姫様も解っていらっしゃいますから」
「うんうん☆やっぱ話をするのって大事だよね！」
警戒しながらも翼を閉じる鳥達に丁寧に語りかけるリラ。それに狂歌が同調し、傍らでオーマやオセロットも頷くのをぐるりと巡らせた首で鳥が見る。それから見遣った先では小さく飛んで少年の肩に止まる薄紅色の小鳥の姿。
ふぅ、と鳥にしてははっきりした溜息にそれぞれ苦笑を招かれた。
一人と一羽、彼らとは別に一息入れるその場面。
そのどこかぬるい雰囲気の中、オーマだけがいそいそと慣れた書き文字というか彼のサインが入った冊子を持ち帰れるように準備している。書かれたタイトルは『腹黒同盟』……勧誘本と記されて。
「これ持って帰って熟読してくれよな！読めばバッチリ腹黒同盟の一員だぜ」
「……人の文字は」
「大丈夫だ。誰でも読めるように書いてあるからよ」
「……種族が」
「おっとあっちの姫の分も用意しねぇとな！あと下僕主夫少年と！森のマスタと！」
「…………」
もはや羽を揺らすばかりの二羽に他の三人が苦笑する。
これはもう素直に勧誘本を受け取って帰るしかあるまい。
「大変だな」
オセロットの労いの言葉にしみじみと頷く二羽の向こうで軽やかな笑い声が――二つ。
** *** *
鳥の姫君はあなたが差し伸べた手に導かれて少年と出会いました。
それは物語の一頁。あたたかく。やさしく。
物語は続きますけれど書は此処で栞を挟みます。
さあ。硝子森の書棚に収めましょう。
――物語の一頁。綴られた言葉はあなた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【１８７９／リラ・サファト／女性／１６歳（実年齢１９歳）／家事？】
【１９１０／狂歌／男性／２２歳（実年齢１６０歳）／楽師 】
【１９５３／オーマ・シュヴァルツ／男性／３９歳（実年齢９９９歳）／医者兼ヴァンサー（ガンナー）腹黒副業有り】
【２８７２／キング＝オセロット／女性／２３歳（実年齢２３歳）／コマンドー】
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■ ライター通信 ■
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ソーン初お目見えになりますライター珠洲です。はじめまして。
この度はご参加ありがとうございました。なんとか四名様同時登場で書けたと思います。落ち着いた対応されて姫君も音波攻撃はろくにしませんでした。お話自体は個別傾向というか、各ＰＣ様で行動が違ったり、役回りが逆だったりするので別の方の分を読まれても多少は楽しいかと思います……楽しいといいなと思ったり、思わなかったり。
恋になるかどうかは、皆様の想像にお任せしてこのお話は終わります。
希望する形でＰＣ様が動かれているかどうか、心配ではありますがお納め下さいませ。
・リラ・サファト様
奥様なＰＣ様だけあって、何か「恋人と旦那様は別」というのに説得力を感じた次第です。
きっと先達からの言葉には姫君も耳を傾けますよ！
プレイングがなんだか姫君の前で微笑みながら、ひとつひとつゆっくり言い含める場面を想像出来てライター非常にほんわかしました。和みをプレイング確認の度に頂きましてありがとうございます。ほわん。
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