<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


流水

「…やあ、いらっしゃい、はじめまして、でよかったかな?」
 イヴォシルと名乗った黒いケットシーは、洞窟の中の店に入ってきた青年に笑顔を向けた。
「お邪魔しますね。知人に、腕のいい職人さんがいると教えて貰い、装飾品を作って頂けないかと思いまして」
 青年は山本健一と名乗った。
「山本君、と呼ばせて貰っても構わないかな。どんな物が好みだい?」
 イヴォシルの問いに、健一は複雑な顔をする。
「えーと、特に、これといってイメージが有るわけではないんですが…。腕輪をお願いしたいです」
「私の見立てで作ってしまっても構わないのかな?」
「はい、宜しくお願いします」
「…確かに、承りましたよ」
 イヴォシルは頷いた。

 イヴォシルは作業台に向かう。出された椅子に腰掛けて、健一は手にした竪琴を示してみせる。
「あの、宜しかったら、何か聞いて貰えませんか」
「おや、それは嬉しいね。…なら、そうだね、風や水、自然の音を感じさせる音楽は有るかな」
 健一が頷いて、竪琴から高い、さえずりを思わせる旋律がこぼれる。
 その音にしばし目を閉じて、イヴォシルは頷いた。
「……良い音だ。これなら良い物が作れそうだね」
 彼は立ち上がって棚を探り、何かを取り出す。
 そして取り出されたのは、親指の先程の大きさをした、丸く透明な水晶玉。
「それは?」
「できてからのお楽しみだよ」
 健一の問いにくつくつと笑って、彼は水晶を手のひらに乗せて、旋律に合わせて低く何かを呟き始めた。
 洞窟の中だというのにイヴォシルの周りに小さく風が吹き始め、やがて健一を巻き込み、さらには店中を吹き回る。
「……?!」
 やがて風は唐突に止んだ。
「ほら、見てごらん」
 イヴォシルが手のひらの中の水晶を健一に示した。
 無色透明だったそれは、淡いエメラルドグリーンへと色づいていて、健一は不思議そうな顔をする。
「この石は、私の故郷で取れる魔石なのだけれどね。綺麗だろう。君の音楽を中に取り込んでみたんだよ」
「私の?」
「ああ、あまりにいい音だったからね。何か形に残したかったのさ」
 イヴォシルは尾を揺らす。
「これを腕輪に使わせて貰うよ。───…もし良かったら、もう一度竪琴を聞かせて貰えないかな?」
 健一が頷いて了承の意を見せ、再び音を奏で出す。ケットシーは尾と羽を音楽に合わせて揺らしながら、楽しそうに作業を再開した。

 細いプラチナをいくつも重ね、繋げる。その単純作業に入ったイヴォシルを眺めながら、曲の合間に健一はイヴォシルに声をかけた。
「イヴォシルさんは、音楽がお好きですか?」
「そうだね、大好きだよ。もともとケットシーは、陽気な生き物だからねぇ…」
 これでも妖精の一種だから、月夜の晩に皆で集まって宴会をするのさ、とイヴォシルが冗談めかして笑うと、健一がつられて笑った。
「楽しそうですね」
「楽しいとも。………さて、ほら、できたよ」
 イヴォシルは言って健一に手の中の腕輪を示した。
 爽やかなエメラルドグリーンをした例の石を中心に、曲線を描いた細いプラチナが連なっていて、手渡される時にしゃらり、と涼しげな音を立てる。
「あまり長い装飾が付いていると竪琴を弾く時に邪魔になるかと思ってね」
 言葉通り、連なる金属は少し余裕のある作りをしている物の、長すぎる物はないようだった。
「お気遣い、有り難う御座います」
「いいや、私の作りたいように作らせてもらったしね。君はどこか、流水みたいなイメージが有るから、表現しきているといいのだけれどね」
 くつくつとイヴォシルの笑い声。
 健一は受け取った腕輪を身につけてみた。
「ああ、確かに、邪魔にならない長さですね」
「それは何よりだ。少しでも気に入って貰えると幸いだよ」

 
「大事にしますね。有り難う御座います」
 健一の帰り際の言葉にイヴォシルは嬉しそうに目を細めて見せた。
「ああ、そう言って貰えると何より嬉しいよ。…またのご来店をお待ちしているよ」




 手を上げるイヴォシルに軽く会釈を返して、健一は洞窟を後にした。
 その腕で、しゃらしゃらと銀の腕輪が涼しげな音を立てていた。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0929/山本健一/男性/19歳(25歳)/アトランティス帰り(天界、芸能)】

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■         ライター通信          ■
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山本健一様

はじめまして。新米ライターの日生 寒河と申します。
この度は猫の石屋へと足をお運び頂き、大変有り難うございました。
素敵な音楽を猫に聞かせて頂き、嬉しかったです。
ぎりぎりの納品になってしまい、申し訳有りませんでした。
ではでは、またお会いできることをお祈りしております…。