<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


絆石

 森の中の洞窟。
 意外に明るいその中では、一匹のケットシーが目を閉じて安楽椅子に腰掛けていた。
 洞窟の中だというのに、そよそよとした風が彼の周りを取り巻いている。
 ふと、その風の一つに耳を傾けて彼は苦笑した。
「───…これはこれは。また随分と楽しそうな御仁のご来店だね」
 彼の独り言をかき消すように、棚の並ぶ先…洞窟の入り口に据えられた扉が開く音が聞こえた。



「おうおう、キューティぷりぷりおにゃんこアニキとむふふん魅惑の聖筋界ストーンラブ浪漫こさえタイム筋★ってかね?邪魔するぜー」
「…キュ……やあ、いらっしゃい」
 唐突に耳障りの良い声が紡いだ言葉を、ケットシーは無理矢理聞かなかった事にしたらしかった。
 子供程の身長しかない彼は、間近まで近づいてきた派手な男を見上げて、無言で一歩後ろに下がる。腹筋までしか見えなかったらしい。
 客は、下手をすると彼の倍近く有る巨漢だった。強面の顔に、それでも陽気な笑みを貼り付けて見下ろしてくる。
「俺はオーマ・シュヴァルツってんだ。イヴォシルって言うのはお前?」
「ええ、私がイヴォシルです。どうぞお見知り置きを」
 丁寧な口調で頷いたイヴォシルに、オーマはにやりと笑みを浮かべてなにやら大量に押しつけた。
「………うっ………」
 手渡された山のような荷物を抱え、唐突にイヴォシルが呻いた。軽くよろめきつつもそれらを作業台の上に乗せ、少し遠巻きに眺める。
「どうしたんだよ。下僕主夫特製筋肉号泣マニアまたたび&魚料理。気に入らねェのか」
「……ま、またたびかい、道理でこう…足に……、…。せ、接客中に理性を失ってじゃれるわけには行かないからねぇ…」
 多少動揺しつつも、イヴォシルは首を振り、重箱に詰められたオーマ特製の手料理を棚へと乗せた。とりあえず返すつもりは全くないらしい。
「んー、ま、しゃあねえか。じゃあ代わりにコレやろう」
 代わりにイヴォシルの腕の中に何やら冊子を押し込むオーマ。
 イヴォシルがその冊子に目を落とし、やたら豪華な装丁と表題とに一瞬だけ動きを止めてから、説明を求めるように再びオーマを見上げる。


『腹黒同盟』

「……ええと、なんだいこれは?」
「腹黒同盟だ!」
「…うん、それはまあ、見れば分かるけれども」
「お前もはいらねぇか?!」
 とりあえずイヴォシルは事情を理解し、そしてなんとか持ち直したようだった。目を細めて笑みを浮かべ、軽く頷く。
「ふふ、楽しそうだね。私がいてもお邪魔にはならないというなら、一つ宜しく頼むよ」
 くつくつと笑いながら彼はそれで、と続けた。
「何か買っていってくれるのかな?それとも何か売ってくれるのかな」
「おう、そうだった」
 オーマは胸元に下がる丸い銀のアクセサリーをつまんで見せた。
「このロケットみたいなモンを、三つ作って欲しいんだが」
「承りましたよ。誰かにプレゼントかな?」
 オーマの強面の、腹黒そうな笑顔が一瞬にしてほわんとした、見るからに幸せそうな物に代わり、再びさり気なく一歩後ろに下がりつつもイヴォシルが言葉を促す。
「俺の愛する!妻と!娘と!に!」
 力強くオーマが言いきる。イヴォシルは愉しそうに笑って見せた。
「おや、娘さんがいるのかい。私も一人、娘がいるよ」
「おう!そいつぁ良いな…!………実の?」
「実のだよ。…そうだね、しかし家族にあげる物を作るなら、君も作ってみるかい、アクセサリー」
 イヴォシルは器用に背中の羽を使って、背の届かない高い棚から少し厚みのある銀板と、薄く丸くへこみのある型を取りだしてきた。
 力を入れすぎて工具を壊さないでくれ、と前置きしてから二組ある工具を一纏め、オーマの方に寄せて、イヴォシルは作業机に向かう。オーマは机を挟んだ向かい側に同じく腰掛け、工具を一通り握ってみた。
「まず、型の上に板を置いて、この金槌で叩いて伸ばし、形を作るんだ」
 実際にイヴォシルが小さい金槌を持ってやってみせる。黒い手が器用に銀板の中央に丸い曲線のへこみを作っていく。
「それを二つ、その板に作ってくれ」
「……」
 今までハイテンションだったオーマが真剣に作業を始める。初めてだからだろう、少し…いや大分、苦戦しているようだったが。
 イヴォシルは手元の板に二つ、へこみを付けるとオーマの様子を楽しそうに、時折口を出しつつ眺めていた。
「力が強すぎるよ。…いや、強かったり、弱かったりするのも問題だ。叩く力は均等に、細かく素早く打つ感じだね。そうすれば金属が熱を持って、形を整えやすくなるよ」
「お、おう」
「…………間違っても、指を金槌で殴る、とかお約束のボケをかまさないでくれたまえよ」
 銀板を押さえる為に添えた指のすぐ横、ぎりぎりを掠めて金槌を下ろしたオーマはほんの少しだけ、目をそらした。

 その後も苦戦に苦戦を重ね、どうにかロケットの外形を整えた銀が三つ、机に並べられる。右端の一つに比べ、他二つは少し歪な形をしてはいたものの、それも愛情の形だろう。
「ワンポイントに何か欲しいかな…」
 シンプルなそれらを見て、イヴォシルが呟いた言葉にオーマが頷いた。
「インカローズを入れてくれ。赤いヤツな」
 頷いたイヴォシルが小さなインカローズの欠片をそれぞれ一つずつ、ロケットの中心に埋め込んでいく。
 故郷で守護を意味するという文様を石の周りに彫り込んでから、彼はそれらをオーマに掲げて見せた。
「こんな所でどうだい?」
「おうおう、何かこう、完成すると嬉しいねぇ!」
 オーマは注意深く受け取ってロケットの蓋を開いた。縁が折り返されたくぼみがちょうつがいを真ん中に二つ作られており、小さな絵を二枚しまえるようになっている。
 オーマは三つ渡されたうち一つを懐に入れ、もう一つをイヴォシルへと返した。
「?」
 訝しげな顔をする彼の頭をぐりぐりと撫でてみる。高さが丁度良い。
「コイツは感謝と友の証にお前さんに」
 撫でられる手の動きに合わせるようにふらふらと揺れていたイヴォシルが苦笑を浮かべた。礼を言ってから、毛を挟まないように首に下げる。
「…君と、奥さんと、娘さんとお揃いかい。さしずめ私の立ち位置は、暖炉前で丸まるペットの黒猫、辺りかな…………冗談だよ」
 一瞬オーマの目がぎらりと光ったような気がしてイヴォシルは顔の前で手を振った。
 立ち上がって奥に引っ込み、両手にカップを持って戻ってくる。
「ロケットの礼だよ。ごく普通の紅茶で申し訳ないけれども」
 くつくつと笑いながらイヴォシルはカップを一つ、オーマに手渡した。
 オーマが受け取り、とても今日初めて会ったとは思えない程楽しげに二人は談笑を交わし合った。



 ………ただ、その内容が腹黒いというか、外面までにじみ出るような黒さを持ったモノだったので、何度か店に足を踏み入れようとしていた客がそっと踵を返していったのはまあ、別の話では有る。 



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

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■         ライター通信          ■
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オーマ・シュヴァルツ様

はじめまして。新米ライターの日生 寒河と申します。
この度は猫の石屋へと足をお運び頂き、大変有り難うございました。
とても素敵なテンションのプレイング、書く立場ながら非常に楽しく読ませて頂きました。お馬鹿な内容への反映となり、誠に申し訳御座いません。
お土産に頂いた手料理は、お客さんが居ない時に店を閉めて美味しく頂かせて頂きますね。
ぎりぎりの納品になってしまい、申し訳有りませんでした。
ではでは、またお会いできることをお祈りしております…。