<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


どんなに不味いものでも美味しく感じる薬草


 そのとき、オーマ・シュヴァルツは瀕死の状態で街を歩いていた。というより、身体を引きずっていたと言った方が正しいかもしれないが、とりあえず歩いていた。
 異世界ゼノビアにて八千年を誇る、国際防衛特務機関ヴァンサーソサエティ所属のヴァンサーであり、人生を長く生きて沢山の経験をしているオーマがこんなにも消沈している理由はただ一つ。
 それは、オーマの愛する妻の手料理を食べたから。
「ああ……愛が苦しいぜ……」
 ぼそりと呟き、オーマは商店街の外れにある木の根元に座り込んだ。と、その鼻元に甘い香りが漂って来て、オーマは思わず鼻を鳴らす。
「ん? 何だ、この匂い」
 ふんふんと香りをかぎ分けてオーマが発見したのは、商店街から少し離れた場所にぽつんとある、小さな店だった。一見、小屋にも見えるその店の玄関には「珍シイ薬草売リマス」の文字が申し訳程度に書かれている。
「こんなとこに店なんかあったか?」
 小首を傾げてその店のドアを開けたオーマは、ずかずかと店のカウンターに近付き、声を上げた。
「よー、誰かいるかー?」
「あ、はいはい! いますー!」
 オーマの声に答えたのは、カウンターのすぐ下にいたブカブカな緑色のフード付ローブを着込んだ、五歳くらいの子供だった。来客に気が付いて慌ててカウンターの下から出て来る。
「あ、オーマさん、お久しぶりですー」
「お? お前、あのときのガキか。おー、大きく……なってねぇな」
「これでも成人なんですー。もう大きくなりませんよー」
 出てきた子供は、以前オーマの店に薬草を売りに来た子供であった。あのときも今日のように妻の手料理を食べて瀕死状態になっていたオーマだったが、そのときに採り逃した薬草があったことを思い出した。
「そういやぁ、あの薬草は手に入ったのか? ほれ、どんなに不味いものでも美味くなるっていう」
「ああ、ウェルシュフのことですね!」
「ウェルシュフっつーのか?」
「はい、僕たちの一族の古い言葉で『美味』という意味なんです。あの花は少し前に群生地を新たに発見致しまして、大量に収穫することが出来るようになったんです。今もありますよ!」
「おー! 手に入ったのか!」
 そう言って子供はカウンターの近くの棚から一つの花を持って来た。それは微かに甘い香りのする、薄い橙色の小さな花だった。八重咲きの花弁が細い茎に乗って、手の平に収まるほどの鉢植えに植えられている。
 あのとき、わざわざ採取地まで行って、目の前で貴重な花を敵に喰われたときはかなり落ち込んだが、その花が今、自分の手元にある。
「どうします? 買って行きます?」
 言わずもがな。オーマは迷わず、その花の粉を購入した。



 が、数十分後。瓶を片手に握ったオーマは、自宅の前で逡巡していた。
「しかし、アレだよな。場合にもよるがよ、どんなに腹筋親父ナマ絞り殺しなブツだろうと、在りし形をナニしちまうってぇのは腹黒ナンセンスノンノン☆だよなぁ。カミさんのアレもな、いっくら最凶下僕殲滅、未知との紅色大胸筋遭遇つったってよ。変えちまうのはその想いを汚しちまう事だろ?」
 ぶつぶつと言いながら、オーマは玄関の前をウロウロとする。傍から見れば奇妙な変人だが、本人は至って真剣である。
「でもせっかく買ったしなぁ……戻しに行くのもなんだし、どうすっかなぁ……」
 うーん、と唸りつつ、オーマは庭に回った。と、そこで目に入ったのはオーマが育てている奇妙な人面草と、家中を縦横無尽に飛びまくっている霊魂軍団だった。
「……食いモン以外ぇにフリフリ親父愛するとどうなるんだ?」
 ふと呟いて、オーマはキュピーンと瞳を輝かせた。サカサカサカッと人面草に近づき、粉を振る。すると、人面草のマッスル顔がキラキラと輝きだし、爽やかな美男子系の笑顔に変わった。
「うおっ! 不味い顔が美味い顔に変わった! すげぇ!」
 その劇的変化に楽しくなったオーマは、次にねっとりとした熱い視線の濃い霊魂軍団に粉を振りかけた。甘い粉を浴びた霊魂軍団の濃い視線が、爽やかな春風の如く涼しげな目線に変わる。
「おおー! こりゃすげぇ! このまま腹黒イロモノむふふん聖筋界ミステリー研究マッチョマニアツアー★とでも行くかね!」
 果然張り切り始めたオーマは次々といろんなものに粉を振りかけ始めた。錆びた刃物がキラキラと輝きだし、破れてしまった服が綺麗になり、裁縫スキルゼロのオーマが妻の為にと挑戦して失敗したマフラーが売り物のように正確な網目に変わった。
「おおおおおおお!」
 振るもの全てが美味しいものに変わっていく様に、オーマは上機嫌で走り回る。と、その目にテーブルの上に乗った、見た目は超ファンシー桃色でも中身は激烈真っ赤な家計簿が入り込んだ。
「……これにフリフリしたらどうなんだ?」
 もしかして、不味い状況が美味しい状況に変わったりはしないか。そんな甘い期待を持ちつつ、オーマは瓶を逆さにする。だが、粉を沢山浴びた家計簿には何ら変化はなく、オーマはがっくりと肩を落とした。
「そりゃそうか……」
 これで今月はまた火の車だ。はぁーっと溜め息を吐いたオーマは家の中のものに粉を振るのに飽きたのか、また外へ出かける。
「おし。燃える家計簿は気にしねぇことにして、次は何にフリフリすっかなー」
 街をブラブラと歩きながら、オーマは次に愛を振りまくものを探す。と、その目にいつもながら頭の悪そうな顔をして若い娘に絡んでいるワル筋が三人見えた。途端、オーマの目がギラリと光る。
「お? 何だてめぇ、やんのかこらぁ!」
 にこにこと近付いてくるオーマに、筋肉質の不良たちが喧嘩を売ってくる。それを無視して、オーマは一番前にいる男に瓶の粉を振りかけた。
「ぶわっ! 何す……」
 文句を言おうとした男の声が止まる。振りかけられた部分からキラキラとした光が体中に渡り、いかつい顔が爽やかな笑顔に変わった。
「いやあ、いい天気だなぁ。あ、お嬢さん、こんにちわ」
「あ、アニキ!? どうしたんすか!」
「てめぇ、何しやがっ……ああ、お嬢さん、引き止めて悪かったね」
 オーマに襲い掛かる残りの二人にも粉をかける。キラキラと輝く二人は快く若い娘を帰し、空を見上げた。
「ああ、いい天気だなぁ……」
「そうだなぁ……俺もいいことして心が清清しいぜ」
 そうしてオーマと爽やかな筋肉男たちは、広場の真ん中で肩を組み、素敵な笑顔を振りまくのだった。










□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】



□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
           ライター通信          
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

どうも、お久しぶりです、緑奈緑です。今回は早速食いついて頂いて有難う御座いました。それなのに納品が遅くなってスミマセン(汗)。
シチュノベの続きな感じで書いて見ましたが、如何でしたでしょうか?予想していなかったプレイングでしたので、私自身も楽しみながら書かせて頂きました。PLさまにも楽しんで頂けていたら嬉しいです。