<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


一片の幻 −愛しき華よ。


 街外れの湖の畔に『Gefroren Leer』と名を掲げる占術館が在った。
 名の通り、占術でヒトを視る事を商売にしているのだが、他にも探偵紛いの事や、御守り、各種咒術薬の販売も遣っているらしい。
 ……要するに、出来る事は皆遣っとけ、と云った節操無い場処でもあった。
 そして。
「……おや、ラウシュの花弁が切れそうだ。」
 此の館の主にして占術師であるノイルが呟いた。
 此処は館の地下室。
 処狭しと抽斗やら硝子瓶やらが並べられ、ありとあらゆるモノ――植物や動物の爪だと即座に判断出来る様なモノから、如何見ても全く正体が不明なモノ迄――が保管されている。
 ノイルは此処で咒術薬等を調合し、必要に応じて分け与えているのだ。
「ラルゥ……独りに任せるには一寸足りないな。」
 ノイルは乾燥処理された朱色の花弁が入っている、一抱えも有る硝子瓶を棚から取り出す。
 蓋を開いて中の量を確認すると考え込んだが、直ぐに何かに思い当たったらしく顔を上げて微笑んだ。
「そうだ……今日は彼が来るんだったっけねぇ。」


     * * *


「ヘイヘイヘイッ、今日も清く正しくブラックに遣ってるかぃッ、」
 バァン、とハイテンションに観音開きの扉を押し開いて館に遣って来たのは、オーマ・シュヴァルツと名乗る男性。
 此の館の住人とは、以前タロットカードの聖獣装具を持ち込んで、其の謎解きをした時に知り合った。……そして、特に主人のノイルとは、何やら妙な駆け引きと陰謀渦巻く間柄で有ったり無かったり。
「やぁ、いらっしゃい。オーマ。」
 そして、真正面の大階段で其れをにこにこと迎えるノイル。
「おぉ……何だ、遂に加盟する気に、」
「其れは置いておいてだね。」
 笑顔での出迎えを都合の良い方向へ解釈しようとしたオーマの科白を、ノイルは容赦無く途中で斬り捨てて階段を下りる。
「くッ中々良い黒っぷりだ……其れでこそ、俺は諦めないぞっ、」
 ビシと指差すオーマは御構い無しに、ノイルは表情を笑顔に戻して御願いと云わんばかりに胸の前で手を組んだ。
「今此処に来たのも何かの縁だ、君には是非手伝って欲しい事が有るんだよ。」
「……はぁ、」
 語尾上げで遣る気無く返すオーマに、ノイルは精一杯可愛らしく告げてみた。
「ラルゥとね、一寸ばかし御遣いに云って来て欲しいの。」


     * * *


「……、……オーマさん、何スか其の格好……。」
 既に視線を逸らし気味なラルーシャが呟く様に問う。
「ん、良いだろう。下僕親父愛上・等ッ刺繍付き苺模様ふりふりエプロンだッ。」
 “下僕主夫特製筋肉ミステリー弁当”の入ったバスケットを持ってポーズを決めるオーマ。
 因みに其の名を訊いてから、軽い恐怖で弁当の中身を訊けずに居るのは秘密だ。
 否、多分、素敵で美味な御弁当が入っているんだろうと、解っては居るが、名前に負けている。
 ――師匠、俺如何したら良い……、
 ラルーシャは遠い目をして対岸の館に居るだろうノイルを想った。



 彼の後オーマはノイルの頼みを、何故か号泣し乍承諾した。
 否、何と云う事は無い。唯御遣いに出されるラルーシャが、普段妻子仲間に下僕主夫扱いされているオーマ自身と重なって見え、下僕同志と勘違いしただけである。
 そして現在に至る。
「つか、何で森にエプロン……。」
「此が俺の戦闘服だからだッ。」
 独り言の様なラルーシャの問いにもビシと答えるオーマ。
 そんなオーマのハイテンションっぷりに何やら空気が不穏に揺れた。
「……何か、物音聞こえません、」
「そうだな。」
 足音では無い。……物音。何か、湿ったモノを引きずる様な……。
「……ッ、」
 がさり、と。茂みから出て来た“何か”にラルーシャは総毛立った。
「な、……な、何……何だ、アレッ。」
 ラルーシャの視線の先。
 原色で、何やら瑞々しくてらてらと光る、何とも云えない“ナマモノ”が其処に居た。
 ――UMAだ……UMAだ……。
 ぶつぶつと呟くラルーシャを尻目に、オーマは慣れた手附きで其れ等を茂みの奥へと投げ返す。
「嗚呼、悪ぃな。俺のミリョク、って奴で偶ーにああ云うのが寄って来るんだわ。」
「…………。」
 ラルーシャは、未だバクバク云っている心臓辺りを抑え乍、魅力云々の問題だろうか……と閑かに考えていた。
「そうそ、先刻其処ら辺の木々に聞いたら、そろそろ有るだろうってさ。」
 目的の花って奴、とオーマはラルーシャに笑い掛けた。
 ラルーシャも漸く落ち着いてきた心臓と思考で、辺りを見廻した。
「嗚呼……例年より南の方へ移動してるんだな……。」
 何時も目印にしている巨木からの位置を見て現在地を把握する。
「其れじゃぁ、そろそろ二手に分かれて探しましょうか。日が傾く頃に彼の木の下で落ち合いましょう。」
 ラルーシャは其の巨木を指し乍オーマに云った。
「解った。じゃぁ、後でな。」
 二人は軽く手を挙げて、道を別れた。



 木々に教えられる侭にオーマが森を行くと、見事に紅い花を咲き誇るラウシュの群生地に辿り着いた。
「ほぅ、こりゃ見事だな……。」
 ――出来れば花見でもしてぇ位だが。
 そんな事を思いつつ、オーマは翼の生えた獅子の姿――まぁ、本来の姿に比べれば幾分ミニサイズだが――へと変貌する。
 此の花が高い処に生えているのも、其れは生きる為に必然とそうなったのだ。
 森の中はそんな必然で溢れている。無闇に壊して良い物では無い。
 そんな事を思いつつ、ぱたぱたと器用に飛行して花弁を採取する。
「おっと、花粉には幻覚作用が有るんだったか……。」
 ノイルの説明を思い出しつつ、然しオーマは笑った。


 ――はっはっは、今の俺は秘密の親父愛筋肉ラブスパイスで幻覚大胸筋リフレクトだぜッ、


「……笑い声が聞こえる。」
 ――オーマさん矢っ張ハイテンションだな……。
 少し離れた場処で、ラルーシャも花弁の採取をしていた。
 咒法で器用に風を操り、辺りには傷一つ附けずにふんわりと花弁だけを舞わせていた。
「そろそろ一杯かな……。時間も時間だし。」
 ラルーシャは空を見上げて呟いた。


     * * *


「其れでさ、俺達がソーンに来た時一緒に種を持って来て育てたんだよ。」
 ――愛情込めて育てたからな、そりゃぁ、凄ぇ綺麗に咲いてよ。
 嬉しそうに語るオーマに、ラルーシャも自然と笑顔に為る。
 二人は花弁採取の後、落ち合った木の下でオーマの御手製弁当を食べて休憩していた。
 矢張り弁当自体は可也の美味で、異色なのは名前だけだった……のだと思いたい。
 話題は此処に来た目的からか自然と花の事になり、オーマが以前居た世界から持って来たと云う希少な花に就いて話していた。
「で、其のルベリアって花がな、人の想いを映し見て、贈った者と永久の証絆で結ばれるっちゅーんだ。……斯く云う俺も昔嫁さんに貰ったンだがよ。」
 へらり、と笑い乍倖せオーラを全開にしたオーマを見て、ラルーシャは苦笑して呟いた。
「良い……ですね。」
「……ん、如何したよ。」
 不思議そうに問うオーマにラルーシャは苦笑を深くする。
「やぁ……俺も、別の世界から飛ばされてきたんですけどね……。其方に気になる奴残しちゃってて。」
 ――師匠が居るから俺自身は淋しくないんスけどね。
 オーマはふむ、と考え込んだ後わしわしとラルーシャの頭を撫でた。
「……っわ、と。有難う御座います。――まぁ、心配では有りますけどね。」
「そりゃぁな。」
「んー、同じ軍に居た奴なんですが……如何も上に行く事しか考えて無くてねぇ。」
 ――無茶してねぇと良いんだけど。
 そうぽつりと呟いてから、ラルーシャは不図我に返った。
「あ、あー……済みません。何か、愚痴みたいに為っちゃって。」
 そう云って苦笑するラルーシャの頭を、オーマはもう一度わしわしと撫でた。
「良いんじゃねぇ、偶には吐き出さねぇとビョーキに為っちまうぜ。」
 そう云って笑うと、大きく伸びをして片附けを始める。
「さぁて、そろそろ帰っか。」
「そう、ですね。」
 ――有難う御座います。
 ラルーシャはもう一度小さく呟いた。


     * * *


「おかーえり、如何だった、」
 館の方へ帰ると、ひょこりと玄関からノイルが出て来た。
「オーマさんの御陰で大漁。」
 ラルーシャはそう云うとノイルに二人の収穫分を渡した。
「わ、有難う。此だけ有れば当分は大丈夫そうだね。」
 花弁の量を確認して、ノイルが満足そうに頷く。
「嗚呼、そうだ。オーマ。」
「んぁ、何だ。」
「御礼に夢を見せて上げよう。……何か見たいモノは有るかい、」
 ノイルは深紅の花弁を口元に寄せて、奇術師の如く芝居掛かった声音で語る。
「夢……なぁ。つか、御礼なら御前さんが腹黒同盟に、」
「だから其れは断るってば。」
 此の話題に為ると相変わらず、両者譲らない。
「ま、冗談は置いといてよ。……御前さんが見たいモノで良いぜ。」
 ――本当に見たいモノは、自分の力で見るモノだからな。
 そう云ってオーマは挑戦的に笑う。
 自分が見たいモノ、過ぎったのは愛する家族の笑顔。
「……私の、ねぇ。」
 予想外の返答に暫く考え込んでいたノイルだが、短く息を吐くと、摘み立ての花弁を四枚手に取って湖へ歩を進めた。
「摘み立ての花弁と、綺麗な水、其処に月光と、ほんの少しの想いを与えれば……。」
 丸で何かの料理のレシピを唄う様に、ノイルは湖へと花弁を散らした。
 すると、四枚の花弁が作る四角の中に、陽炎の様なモノが浮かぶ。
「…………。」
 然し其れは、人の影を形作ろうとした処で不意に消えた。
「……師匠、」
 ラルーシャが訝しげにノイルへ声を掛ける。
「残念。私の貧困な想像力じゃぁ彼が限界だったみたいだねぇ。」
 くるり、と振り返ってノイルが軽く笑う。
 其れを見たオーマが、つかつかとノイルに歩み寄って。
「……っわぁ、」
 先程ラルーシャにした様にわしわしと頭を撫でた。
「ったく。本当師弟そっくりだぜ。」
「な、何さ。」
 撫でられつつも、僅かに納得の行かなそうなノイルを見て、矢張りオーマは笑う。
「さて、何だろうな。」
 そう、答えにならない答えを返して、オーマは踵を返す。
「もうこんな時間だからよ、俺は御邪魔するぜ、」
 オーマはひらひらと手を振って。
 風に乗って最後の一言が聞こえた。

 ――ま、無理はしなさんなってこった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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[ 1953:オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳(実年齢999歳) / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り ]

[ NPC:ノイル / 無性 / 不明 / 占術師 ]
[ NPC:ラルーシャ / 男性 / 29歳 / 咒法剣士 ]

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■         ライター通信          ■
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二度目まして、徒野です。
此の度は『一片の幻』に御参加頂き誠に有難う御座いました。
前作共々遅刻して仕舞って大変申し訳有りません……。

オーマ氏とウチの黒いのの腹黒対決が書いてて愉しくて仕方有りません……。
其れにしても師弟共々何となくオーマ氏に甘えてて済みませんです。
こんなデカくて可愛くない子供は要りませんね、ええ……。

――其れでは、亦御眼に掛かれます様に。御機嫌よう。