<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
『オウガストの絵本*−王様の耳は?−』
< 1 >
「散らかっていますけど、適当に座っててください。お茶を入れますね」
詩人・オウガストの部屋に通されたオーマ・シュヴァルツは、安っぽい作りのソファに巨体をどさりと落ち着かせた。
家主のダヌに関節痛の薬草を届けに来た。オーマは医者であり、薬草店の店員でもある。老女が不在だったので、アパートメントの住人のオウガストに言付けようと声をかけたら、彼がお茶に誘ってくれたのだった。
居間のテーブルには、包装を解かれたばかりの数冊の絵本が乱雑に置かれる。手描き手作りの一冊ものの絵本だ。
「ああ、それ?さる富豪が、お嬢様の贈り物用に私に依頼したものです。同居人の画家と一緒に作りました。きれいな絵本でしょう?
絵本の中に入れるようにというご所望で、その条件は満たしているのですが。不良品だと言うんで返品されて来たんです」
不良品?
「ダヌから貰ったインクで書いたのですが。どうもマジック・アイテムだったようで」
読む人によって、ストーリーが変わってしまうのだと言う。
異世界から持ち込またお伽噺たち。それらをオウガストなりに書き直したと言うテーブルの上の絵本は、不良品と言われても、表紙絵を見ているだけでも楽しかった。
オーマが興味深そうに絵本を眺めていると、オウガストがポットに茶葉を入れながら何気なく言った、「読んでみますか?お茶が入るのを待つ間」
オーマは頷いて、その中の一冊『ギリシア神話』に手を伸ばす。
< 2 >
桃色帝国シュヴァルツ王国。
治めるオーマ王は、気取らず偉ぶらない王様で、温暖な気候に合った産業を促進し国は富み、国民に対しても無理な政治を行わず、名君としての誉れが高かった。
国花が人面草であるとか、国旗が蛍光ピンクに黒光りハートであるとか、公用言語が桃色筋肉語であるとか、国民達は細かいことは気にしなかった。
・・・今思ったが、オーマ王が名君というより、よく出来た国民達だったのかもしれない。
シュヴァルツ王国は、今年も豊作だった。
多くの実りをもたらしてくれた太陽に感謝を捧げ、王室では太陽の女神・ルディアを晩餐に招き、もてなすことになった。
シュヴァルツ城を訪れたルディアは、陽の光を思わすような明るい金髪の、愛らしい外見をした娘だった。宗教絵画では神は白いローブをまとうものが多いが、彼女は純白のエプロンドレスを身につけていた。
「夕飯、ごちそうになりに来ちゃいました〜!」
王夫妻や大臣達の待つテーブルに案内され、気さくな口調で貴賓席に着いた。女神用の椅子は、クッション部の豪華な羅紗にはピンクの人面草がプリントされ、背もたれの木彫り飾りは屈強なマッチョ天使が踊るという、オーマ王らしい好みのものだった。
「おう、天からのマッスルファンキーロードツァー、お疲れだろう。たっぷりとワクワク桃色ディナーを楽しんでくれよ」
オーマ王は、七色ラメ混じりの派手なマントを素肌に羽織り、裸の胸では大振りのアクセサリーをジャラジャラと揺らしている。背に回ると、マントの模様が唐獅子なのがわかる。
「きゃー、ルディア、生ハムメロン、大好き!」
意外に普段は粗食らしい女神だった。ルディアは、王室のもてなし料理に「おいし〜!」を連発して喜んで召し上がり、ご機嫌だった。
「おまえさんを喜ばせる為に、もう一興あるぜ」と、オーマ王が呼び込んだのは、竪琴を抱えた吟遊詩人のカレンだった。
カレンの繊細な指が竪琴の弦を優しく弾き、ミューズも嫉妬する美声で愛の歌を歌った。ルディアだけでなく、大臣達にも拍手喝采のすばらしい歌だった。
事件は、その後に起った。
「では、お礼に」と、ルディアが立ち上がった。エプロンのポケットから、リコーダーを取り出し、「ルディアも演奏を披露しちゃいまぁす!」
ルディアの演奏は、微笑ましいものだった。・・・それが7、8歳の子のものであれば、だが。指が短いのか練習不足なのか、低いドやレは指が塞ぎ切れず、不快な音を発した。リズムもたどたどしく、メロディもうろ覚えらしくて、それがシュヴァルツ国歌と気付いた者はその席には一人もいなかった。
「はい、おしまい〜!」
演奏を終えて満足そうに胸を張るルディアに、一応全員が拍手をした。なにせ相手は女神である。大臣達は「いやあ、すばらしい」「こんなみごとな名演奏は聞いたことがありません!」など、心にも無い言葉で絶賛してみせた。
「そうか?俺は、カレンの方が巧かったと思うが・・・」
オーマは正直な王様だった。正直者はバカを見る。
ルディアの瞳が鬼のように釣り上がった。
「なんですって!ルディアの名演奏がわからないなんて!オーマさんの耳なんて、ただ付いてるだけなんでしょ!だったら、これで十分!」
女神ルディアが魔法でオーマに与えたのは・・・ネコミミであった。
帰り際に、執事から給仕の娘に間違えられ、ルディアはさらに怒って帰って行った。
残されたオーマ王は茫然と玉座に座っていた。2メートルを越す巨躯、マッチョな体に白い猫耳。ペルシャかヒマラヤンあたりの猫だろうか、毛もふわふわと柔らかそうだ。
「うわぁぁぁ、こんな現実、ウルトラ胸ズキッ、ハートにずっきゅん・・・」
両手で耳を覆って嘆いてももう遅い。
< 3 >
オーマはフテて毛布を被ったまま、ベッドから出ようとしなかった。
「ちっくしょう、こんなイロモノな姿になって政務なんてやってられっか」
この耳では、王として相応しくない。もうメイドになるしか道はない。
「王、今日はソーン村への被災見舞いですが」
宰相が、天蓋ベッドのカーテンの外から声をかけた。
「俺は行かねーよっ!」
「カツラか帽子で、ネコミミをお隠しになればいいのでは?」
宰相としては、唐獅子のマントもネコミミもそう変わらないと思っていたので、オーマ王の嘆き方が謎だった。一応、進言しておいた。
『わかった』と、オーマは不承不承のしぐさで起き上がる。耳の毛が寝癖でハネていた。
ソーン村は、大雨の後の土砂崩れで共同住宅が損壊し、死人こそは出なかったものの、現在は多くの村人が学校等に避難して生活していた。今日のオーマ王の仕事は、被害に遭った人々を慰安するというものだ。
例によって唐獅子模様のマントを素肌に纏い、さらに今日はオーマ特製ラブリーウイッグを頭からすっぽり被っていた。
「王、そのカツラはどこで入手されました?」
眉間に皺を寄せて宰相が尋ねる。
「これか?前から持っていたんだ、いいだろう?おまえさんのそのスダレ頭がツルツルになったら、貸してやってもいいぞ」
前から持っていた?黒髪三つ編みお下げのカツラを?しかもお下げには赤いリボンが結んである。
ネコミミに合うのがメイド服だとしたら、こちらはセーラー服が似合いそうだった。確かに耳は隠れるが、だからってそれでいいのか?と宰相は首を傾げた。
だが、オーマ王はこのカツラで耳が隠せたことに上機嫌だった。ソーン村では、避難して学校や公民館で生活する家族達を丁寧に見舞い、一人一人に声をかけて回った。
「国の補助で、あずすーんあず、建物を建て直すからな」
「オーマ様、ありがとうございます!」
老夫婦は王の手を強く握り、涙ぐんだ。
「ラブリーベイビーがいると大変だろうが、もう少し辛抱してくれ」
2歳ほどの赤子を抱いた母親へも、暖かい言葉をかける。母親は、涙の落ちる目尻を拭った。
もう、オーマのペースだった。このカツラの下がネコミミだろうがサルミミだろうが、俺はこの国の王。国民を守り、支える、強い王様なのだ。
「リボン〜、リボン〜」
その時、赤子の手が、オーマのお下げを握った。
すぽん。
カツラが取れ、オーマの耳があらわにさらされた。
オーマの頭の中が真っ白になった。
みんなが笑っている。
太陽も笑っていた。
「ルルルルルル〜」と虚ろに歌うと、力なく立ち上がった。
もう破滅だ。王がネコミミだなんて。これでオーマは国民の信頼を失うだろう。
「にゃんにゃん!」
赤子の嬉しそうな声に、オーマは振り返った。青い澄んだ瞳が、オーマの頭・・・耳を見つめて微笑んでいた。赤子は、カツラを投げ捨てると、オーマの耳に向かってモミジの手を伸ばしている。
「にゃんこ、なでなで〜!」
「俺の耳を撫でてくれるのか?」
母親が「す、すみません!」と床に頭をこすりつけそうに謝った。オーマは笑って首を横に振ると、膝をついて赤子の手に耳を触らせた。
何の耳だっていいじゃないか。オーマは初めてそう思えた。大切なのは、耳の形じゃないんだ。
こうして、オーマ王は、獅子のたてがみのごとくネコミミの毛をなびかせ、シュヴァルツ帝国を平和に治めたということだ。
一年後、やはり豊作を祝い、太陽神に感謝を捧げて女神ルディアを晩餐に招待することになった。オーマは去年の言動は反省し、詫びる機会を持ちたいと思っていた。世辞を言う必要は無いが、あの言い方は確かに無礼だった。『両方それぞれに味わいがある』などの言い方にすべきだったのだ。
ルディアから、招待を受ける旨の返信が届いた。
『でぃあオーマさん。去年はごめんね〜、ルディアもちょっとカッとなっちゃって。
今年会った時に、耳、直すからネ。
ルディア、やっぱり音楽は向いてなかったみたい。
今、絵を描くのに凝ってるの。会った時、披露するね〜』
「・・・。」
今年、魚の目にされぬよう気をつけようと誓うオーマ王だった。
< END >
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
NPC
オウガスト
ルディア
カレン
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■ ライター通信 ■
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発注ありがとうございました。
相変わらずおバカな話ですみません。
ギリシア神話のロバミミの王様は、ミダス王です。
私は、不器用で正直なこの王様が結構好きだったりします。
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