<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『オウガストの絵本*−トロイの?−』


< 1 >

「今、お茶を入れますね。あ、適当に座っていてください」
 詩人・オウガストの部屋に通されたセフィスは、勧められるままにソファに腰を降ろした。
 竜騎士のセフィスは、家主のダヌに竜に関する古書を借りに来た。老女が不在だったので扉の前で待つつもりだった。すると、アパートメントの住人のオウガストがセフィスを見つけ、部屋で待つよう言ってくれたのだった。

 居間のテーブルには、包装を解かれたばかりの数冊の絵本が乱雑に置かれる。手描き手作りの一冊ものの絵本だ。
「ああ、それ?さる富豪が、お嬢様の贈り物用に私に依頼したものです。同居人の画家と一緒に作りました。きれいな絵本でしょう?
 絵本の中に入れるようにというご所望で、その条件は満たしているのですが。不良品だと言うんで返品されて来たんです」
 不良品?
「ダヌから貰ったインクで書いたのですが。どうもマジック・アイテムだったようで」
 読む人によって、ストーリーが変わってしまうのだと言う。

 異世界から持ち込またお伽噺たち。それらをオウガストなりに書き直したと言うテーブルの上の絵本は、不良品と言われても、表紙絵を見ているだけでも楽しかった。
 セフィスがパラパラと絵本を捲って眺めていると、オウガストがポットに茶葉を入れながら何気なく言った、「読んでみますか?お茶が入るのを待つ間」

 セフィスは頷いて、その中から表紙絵を吟味し、「これを読んでいいかしら?」と、『ギリシア神話』の本をオウガストに振ってみせた。


< 2 >

「申し上げます!敵の城門は堅固すぎます!竜で越そうとしても、弓矢部隊に狙い撃ちされます」
 偵察から帰ったセフィスが、女王であり大将であるエルファリアに跪いて報告した。セフィスは、銀の髪をシニョンに結ったまだ18歳の愛らしい娘だったが、すこぶる優秀な騎士であった。飛竜に跨ぎ乗って空を自在に翔け、華奢な腕で長槍を軽々とふるう。義に厚く誠実な性格は女王からの信頼も厚い。
 我がエルザード軍は、ダラディオンの城門の近くで野営したまま、もう十日も立ち往生の状態だ。あの高く丈夫な門を破らない限り、中へ入ることはできない。
 戦争に来たわけでは無い。ダラディオン国の王・ヴァルスを説得する事がまずの目的だった。ヴァルス王はエルザードへ客として訪れたものの、我等が王の元から黄金のヘレネ像を盗んで逃げた。この像は、金銭価値が高いだけでなく、エルザードの幸運の女神像として王室の宝とされていたものだ。
 その返却を求める為に、セフィス達の軍勢はヴァルス達を追って進軍し、彼の城を取り囲んだ。だが、敵の王は、書簡で『女神像などは知らぬ』と返信してきた。素知らぬ振りを通すつもりらしい。
 それでも『全面戦争は避けたい』とエルファリアは言う。城の中へ入って小競り合いを起こし、混乱に乗じて女神像を取り戻せればいい。
「その為の精鋭部隊を編成しました。セフィス、おまえが隊長です」
 白いロングドレスの上から鎧を身につける女王は、背筋を伸ばしてセフィスへと人差し指を向けた。
「女王様、それは・・・ダラディオン城へ忍び込んで像を盗んで来いというご命令ですか?」
 整った細い眉を寄せて聞き返す。セフィスには、生真面目で融通の効かないところがあった。
「我が王室の物なのですから、盗むわけではありません」と、女王はセフィスの言葉を訂正する。
「はっ。申し訳ありません。
 しかし・・・城門をどうやって越えるのですか?」
「越えることも破ることもせずに、彼らに開かせます」
 女王は、にっこりと微笑んだ。
「いったい、どうやって?」
「ふふふ。セフィス、あなたは、色じかけと、食い気と、どちらが得意?」
 エルファリアの鼻の頭に優雅なドレープが寄った。

 得意とか不得意では無い。セフィスに『色じかけ』などできるわけが無かった。セフィスは、その質問を受けた時、顔を炭のように真っ赤にして猛然と怒りながら『私は色じかけなど行いません!』と叫んだ。
 と言うことで、セフィスは“食い気隊”に決定である。

 ヴァルス王の好きな食べ物の巨大版を作り、貢ぎ物として門前に差し出す。その中に数名の兵士が隠れ、敵の兵士が門を開き貢ぎ物を受け入れたら、隠れた者が内側から閂を外し門を開く。そして一部の者は、こっそり女神像を探し当てる。それがエルファリアの立てた作戦だった。
 色じかけ組は、籠に酒壜を詰めて酌女として同行する。食い気組は、巨大料理の中に隠れる兵士だ。
「で、王女。ヴァルス王の好きな食べ物とは?」
 尋ねつつ、セフィスはこめかみに頭痛がしてきた。ものすごく、嫌な予感がした。

「イギリスパンの白い部分を、この巨大葉巻型に貼って行きます。表面をたいまつで焦がしてきつね色にこんがりと」
 コック長が臨時で参謀長となり、隊長のセフィスに説明してくれた。
「中はカヌーのようになっていて、10名は寝そべって待機できます。兵士の皆様には白い布を上から被っていただき、そこに5万本のソーセージを乗せます」
「ご。5万本っ・・・」
 セフィスは絶句した。ヴァルスの好物はホットドッグ。そして、それはセフィスにとって、ランスで百回突き刺しても足りないほど忌み嫌う食べ物であった。

 カヌー型の巨大ホットドッグパンが完成し、食い気隊兵士は武器を携えて仰向けに横になった。セフィスは、槍は邪魔になるので小型弓と、あとは護身用の小型ナイフをブーツの内側に隠した。布がかぶせられ、その上にパラパラとソーセージがかけられていく。ゆるくカーブした曲線のシルエットのモノがわらわらと目の前を覆っていった。まるで蟲のようだ。顔の近くにぷるんと落ちたそれは、安い油の臭いがした。油臭さだけで吐き気がしてきそうで、セフィスは息を止めた。布のたるみは容赦なく肌に触れ、べたりと油が腕にへばりつく。
『今からケチャップをかけます〜』
 遠くコック長の声が聞こえた。布と5万本のソーセージ越しなので、声もくぐもって聞こえるのだ。
「ケチャップまでかけるのかっ?!」
 セフィスの、それは質問で無く悲鳴だった。
 5万本ものソーセージの為ケチャップ。それは相応の量であった。赤いどろりとした調味料は、ソーセージの間を滑り落ち、布の隙間からも容赦なく浸透してきた。
『うわあっ。ヴァルス王っ!早くこのホットドッグを引き取りに来てっ!』

「なんだあれは?」
「王への貢ぎ物か?」
 城門で監視する者たちも、門前に置かれたその巨大ホットドッグに驚愕した。エルザード軍の者達は引き上げていた。その貢ぎ物の回りには、露出度の高い服を着た女が数名、ワインボトルを抱えて立つだけだった。
 通用門から一人の兵士がおそるおそる顔を出した。色じかけ隊隊長のエスメラルダが、スリットからきれいな足を覗かせ、「ヴァルス王を盗人扱いしたお詫びですわ」としなを作った。

 敵の兵士達は王に報告し指示を仰いだ後、ゆっくりと重い音を響かせて門を開いた。


< 3 >

 闘いを回避できたと安心したダラディオン城の兵士たちは、だらしなく酔っぱらった。セフィスの感じでは、巨大ホットドッグは、城門を通ってからそう動かされた感じはなかった。セフィスは辺りに物音が無くなったことを確認し、そっと布を上げ、ソーセージの山から顔を突き出した。
『ああ、髪も顔もケチャップまみれだわ』
 門を監視する者は二人だけだ。今夜はだいぶ手薄になっていた。セフィスは合図して、もう一人弓の得意な者と同時に、監視の喉を狙って矢を放った。一発必中。他の食い気隊兵士達も、ソーセージを泳いで飛び出すと素早く門に辿りついた。閂を外し、城門を内側から開けた。
 引き上げた振りをして森に待機していたエルザード軍が、一気に門に押し寄せた。

 杯を重ねていたダラディオン軍も、さすがにその歓声と地響きに気付いた。慌てて剣を握って駆け付け始める。セフィスは、騒ぎが大きくなる前にその場から抜け出し、女のマントで姿を隠しつつ、恐怖で後ずさるしぐさで城の中へと進んで行った。ヴァルス王の居室はすぐに見つかった。
 薄く扉を開いて中を覗く。エスメラルダと王の姿が見えた。エスメラルダは・・・さっきとは違う、ホットドッグでできたドレスを着ていた。砂糖の糊ででも接合したのだろうか、美女の体のまわりをぐるりとソレが囲んでいる。右側は膝まで隠れるが、左は太股ほどしかドレスの丈が無い。見ると、エスメラルダがちぎって一本取っては、ヴァルスに差し出していた。
「あと10個も召し上がれば、目的が達せますわよ?」と、艶のあるエスメラルダの声が告げる。ホットドッグのドレスも見るだけで悪寒がしたが、一個食べると露出度アップという発想には目眩がした。

 だが、気持ち悪がってばかりもいられない。部屋の中へと視線を走らせる。壁に金に光る女神像を見つけた。大きさはセフィスの身長の三分の一ほど。女性が抱えて走れない大きさでは無い。
 セフィスは素早く部屋へ忍び込むと、ヘレネを抱いて廊下へ走った。像は純金だが、塊ではなく空洞の造りなのか、重さは感じなかった。
「あっ!待て!」
 ヴァルスも気付き、自分の弓を手にして追いかけて来た。

 城内は、エルザード軍とダラディオン軍の小競り合いで騒然としていた。剣がぶつかり合う音があちこちで聞こえた。だが、我が軍の目的は殺戮では無い。セフィスが黄金像を抱えて門へと走るのを見て、エルザード兵士は闘いをやめて引き始めた。
「逃がさん!」
 ヴァルスがきりりと弓を引いた。セフィスは振り向かず、ひたすら門に向かって走り続ける。
 門のところに女王の姿が見えた。
「エルファリア様!しかとお受け取りください!」
 セフィスは女神像を放り投げた。金の閃光が闇に舞う。
ヴァルスの弓から矢が放たれた。矢はセフィスの足首の裏を狙う。
「あっ!」
 セフィスは右足のアキレス腱に衝撃を感じ、つんのめった。両手をつき、数回前転し、地に這いつくばった。
『足首をやられた?』
 だが、矢は刺さっていない。出血もないし、痛みもないようだ。セフィスは、こわごわとブーツの上から足首を握った。
「あ。ナイフ・・・」
 ブーツに隠したナイフが、ヴァルスの矢を防いだのだ。門の向こうでエルファリアが、女神像を頭上に掲げて微笑んでいた。

 この争いの後、ダラディオン国は女神像を盗み去っていたことを認め、正式に謝罪した。金銀と共に、荷馬車100台分のホットドッグが贈られて来たが。
「こんなの、いらないわよっ」
 一番の功労者・セフィス嬢は欲のない忠誠心の強い騎士なので、一本も口にしなかったという。


< END >


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1731/セフィス/女性/18/竜騎士

NPC 
オウガスト
エルファリア
ヴァルス・ダラディオン
エスメラルダ

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
バカな話ですみません。
わかりにくいですが、トロイの木馬です。
ソーンのトップページからコロシアムは行けなくなりましたが、クエストノベルの探求者として選択できるので、ヴァルスが公式NPCであることに変わりはないようです。