<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


神の子

 ユニコーン地域を少し外れた町で、警備の依頼があった。依頼主はとある宗教団体で、胡散臭いかと思いつつ引き受けてみたのだが実際は「神の子」と呼ばれる子供たちの警護であった。白いその建物には、親のない美しい顔をした子供たちが大勢暮らしていた。
 警備の仕事を続けるうちに、一人の子供と親しくなった。その子供にこの団体がなにをやっているか話を聞くことができた。
「毎月一度、満月の日に儀式が行われます。この儀式で私たち神の子は、信者たちから集められた願いを神に伝えるのです」
今月は私の番ですと子供は、少し青ざめた顔で儀式の行われる大きな建物のほうを見上げていた。
 それから時が経ち、満月まであと少しという夜。あてがわれた部屋で眠ろうとしていたら扉が開き、子供が入ってきた。今にも泣きそうな顔をしていたので、どうしたのかと訊ねたら
「やっぱり私、儀式なんてできません」
全身をがたがたと震わせながら、子供は儀式の本当の意味を告白した。
「神は、私たちとは違う世界に住んでいます。願いを届けるためには儀式で心臓を突かれ、神の世界へ旅立たねばならないのです。でも私は、私は恐い」
信者の願いが満月の夜までに叶えば、自分は命が助かるのに、と子供は泣きじゃくった。

「・・・それは、本当か?」
事実であるとすれば、自分はなんという団体に加担していたのだろう。節穴の如き目で依頼を受けた己を、アレスディア・ヴォルフリートは激しく嫌悪した。なぜ、見抜けなかったのか。知らなかったのだろうか。
 そういえばここへ来る途中の坂道で、花に守られつつ佇んでいるいくつもの少年像を見た。あれがすべて神の世界へ旅立った子供たちの墓標だとすれば。
「私が都市でのうのうと暮らしている間、お前の友は罪なくして殺されていたのか」
憤りが溢れ、壁に拳を叩きつける。痛みを感じていなければ、嫌悪感と怒りとで自制心を失いそうだった。皮膚が破れ、血が滲もうと構わなかった。だが、泣いていた子供はそれを見ると自分の小さな両手を差し伸べてアレスディアの傷ついた手を包み込んだ。
「あなたが悪いのではありません。自分を、責めないでください」
誰が悪いわけでもないのですと子供は言った。教団は神の存在を信じるが故に神の子を送り出すのだし、信者たちもそんな教団へすがるより他あてをなくしているのだ。
 皆、正しいと信じたことをやっているだけ。
「・・・それならば、私も私の信じたことを行うだけだ」
これまでの子供は救えなかったが、まだ間に合うはずだとアレスディアは机へ向かい素早く文章をしたためた。この教団の現況を都市ユニコーンの法務機関へ報せる訴状である。
「これを持って、逃げるのだ」
なんとかユニコーンまで辿りついて、手紙を届けてくれとアレスディアは子供に金の入った財布を丸ごと手渡した。その中にはアレスディアの誇りとも呼べるヴォルフリート家の紋章が刻まれた指輪も入っていた。
「頼んだぞ」
子供は小さな荷物を背にかけて、夜の闇にまぎれ教団から姿を消した。翌日、賊に誘拐されたのだという騒動が巻き起こったのはアレスディアが行った偽装工作によってである。

 子供が行方不明になることで一番の痛手を蒙ったのは言うまでもなく教団であるが、責任はすべて教団内警備の任務を与えられているアレスディアに降り注いだ。元来が自尊心の強い性格だけに、無実の罪で罵られることは辛かったが、今は目的があるので耐えられた。それよりもむしろ、教団の目を自分に向けることで子供が一歩でも先へ進むほうを心中で願っていた。
「どうか、捕まらぬように」
幸い、子供が見つかったという報せは受けぬままにその日は暮れた。ユニコーンまではアレスディアの足でも二日かかるので子供がたどり着くにはあと数日、さらに法務機関から人が繰るのに同じだけの日を要するだろう。儀式の夜に間に合うかどうか、ぎりぎりといったところだった。
 望ましいのは、神の子となるべき子供の行方がわからなくなったために今月の儀式が中止されることである。そうなれば次の犠牲が出るまでに一ヶ月の猶予が与えられ、法務機関は充分に間に合う。
 だが、神の子に願いを託そうとする信者の数は教団の周りにぐるりと輪を作るほどに順番待ちで、さすがに中止することはできなかった。教団は別の子供を二人、突然の代理に立てて儀式を執り行うことに決めてしまった。
「どうしましょう」
青天の霹靂に、皆怯えていた。それをなだめるのも、アレスディアの仕事だった。
「大丈夫だ、信じるのだ」
なにも知らない教団には、アレスディアが神の世界を信じるよう説き伏せているように聞こえただろう。けれど実際、アレスディアは姿を消した子供の本意を神の子に打ち明け、解放という希望を胸に抱かせていた。助けは必ず来る、死の恐れなど必要ないのだと励ましていたのだ。
 アレスディアと、神の子たちは子供を待ちつづけた。だが儀式の前日になっても、当日の朝になっても、教団へやってくるのは相変わらず信者ばかり。助けの来る気配などまるでなかった。
「私たちは、本当に大丈夫なのですか?」
心弱い神の子たちは互いに手を握りつつ、逃げた子供のことを疑いだした。アレスディアは仲間だろう信じなくてどうするのだと叱咤しかけたが、不安で一杯の瞳に見つめられると勇気が弱りはじめてしまう。言葉が、喉にひっかかる。
 なにも言えないままに月が昇り儀式が始まった。それでも、子供は戻ってこなかった。

 教祖が経文を唱えるのを、アレスディアは教壇の脇で腕組みをしながら聞いていた。これが終わると、いよいよ神の子が旅立つことになる。ユニコーンの法務機関が間に合わないのならアレスディアが一人で、せめて子供たちだけでも逃がさなければならない。頭からすっぽりかぶった外套の中に隠し持った細い刀の柄をぎゅっと握る。槍は大きすぎて、神殿へ持ち込むことができなかった。
「神は、必ず信じるものの願いを聞き届けるであろう」
経文が終わり、教祖の声が一際高くなった。つられて、信者たちの中からも波を起こすようにざわめきが広がっていく。引き換え、教祖の両脇に立つ子供たちの顔が青ざめていくのがアレスディアには見て取れた。
「聖剣を、ここへ」
「まずい」
アレスディアは刀を抜き払うと、素早く教壇へ駆け上がる。二人の子供を教祖から引き離すと、
「動くな!」
雷を落とすような声を発し、教祖の胸元へ刀をつきつけ威嚇した。誰かが少しでも近づこうものなら教祖の命はないぞと、匂わせる。
 声よりも一瞬早くアレスディアを取り押さえようと飛び掛った教団の男があったが、この男はアレスディアが刀の柄でみぞおちを一突きすると、あっけなく弾き飛ばされた。
「教祖の命が惜しければ、大人しくするのだ!」
男に続こうとした教団の連中が、足を止めた。用心棒をも兼ねているらしい屈強な体格をした信者たちは、教祖を傷つけるわけにはいかず握った拳に力を込める。
「お前たち、他の子供を連れて逃げろ」
アレスディアは、自分の後ろに隠した神の子たちに囁きかける。だが神の子たちは泣きそうな顔でアレスディアの外套を掴んで離そうとしない。盗賊の捜索隊がまだ教団の周辺を歩き回っているので、彼らに捕まることを恐れているのだ。
「大丈夫だ。私も後から行く」
と、二人に気を取られたその隙に教祖がもがき、アレスディアの腕を跳ね除け逃げ出した。教団の上から転げ落ちるようにして、信者たちに保護される。
「しまった」
油断を突かれた。
 教祖を取り戻した信者たちは強気を取り戻し、もう恐れるものはないとゆっくりアレスディアに近づいてきた。まずい、とアレスディアは思った。このままではいけない。
「このままでは、剣を使うことになる」
血は見ずに済ませたかったのに。それでも、子供たちの命には代えられない。覚悟を決めて、アレスディアは男たちに向き直った。
「この身がどうなろうとも、お前たちだけは助けてみせる」
アレスディアは、子供たちに誓った。

「全員、動くな!」
ユニコーンからようやく到着した、法務機関の兵士が神殿内を治めたのはアレスディアが剣で二人の信者に浅い傷を負わせた直後であった。四人まではなんとか、みねでさばいたものの対処しきれなかったのだ。
「アレスディア・ヴォルフリートはどこにいる?」
「私だ」
「これは、お前のものに間違いないな?」
そう言って、差し出されたのは財布の中に入っていたヴォルフリート家の紋章。
「そうだ。私の持つ槍にも同じ紋章が刻まれている」
あとで確認しようと言って、兵士は部下と共に信者たちを一列に並ばせ神殿から連れ出す仕事へ向かった。入れ替わるようにして近づいてきたのは、ユニコーンへ走った子供である。両足に包帯を巻いているので、歩きかたが覚束ない。
「すいません。遅くなりました」
「いや・・・お前は、懸命にやってくれた」
今まで教団の中でなに不自由なく育てられていたところを、三日間駆け続けたために履物が破れ足の裏には傷を負った。それでも走るのをやめず、子供はユニコーンへ辿りつき法務機関へ手紙を届けた。到着が遅れたのは、法務機関が子供の届けた手紙の信憑性を疑い、なかなか行動へ踏み切れなかったことが原因であった。
「それでも私たちが救われたのは、あなたのおかげです」
「私はなにもしていない」
「いえ、あなたの財布の中にあった紋章がなければ、未だにあの手紙は信じてもらえませんでした」
アレスディアの父は決して大きな土地を治めていたわけではなかったが、民の信頼は篤くその人徳で広く名を知られていた。今は没落したがヴォルフリート家の名は、実際の権力以上に信用があるのだった。
「父上に、助けていただいたのだ」
「私たちは、あなたに助けていただいたのです」
あくまで少年は、アレスディアに感謝した。なぜそこまで言うのだと、半ば照れくさくなっていたアレスディアが少年に尋ねると
「あなたは信じていてくれたでしょう。私が逃げず、ユニコーンへ手紙を届けると」
それが教団に残った子供たちに勇気を与えていたし、教団を抜け出した子供をも励ましつづけたのだ。
「私には神の声を聞く力はありませんでした。でも、あなたの声は聞こえました」
「そうか」
アレスディアは安堵のため息をつくと、兵士に保護される子供たちを優しい目で見守った。もうすぐ、夜は明ける。今日は美しい朝日が昇るだろう。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2919/ アレスディア・ヴォルフリート/女性/18歳(実年齢18歳)/ルーンアームナイト

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
微妙な感覚のノベルだったのですが、いかがだったでしょうか。
とりあえず宗教に対する偏見はないつもりで書かせていただきました。
アレスディアさまの設定を読ませていただいたとき、領主の娘で
あることが気になりました。
ひょっとしたら、この教団がある土地はかつてアレスディアさまの
父親が治めていた土地で、教団に支配されていたことになおさら
打ちのめされたのでは・・・なんて想像してみたり。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。