<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


地下室の聖歌

星が無い夜だった。月が雲に隠れると、それこそ真闇。その真闇の中、教会の扉を音も立てず、文字通りすり抜けて来た少年は「マーオ」といった。もちろん外見と実年齢が一致するとは限らないが・・・。
音も無く現れた彼であったが、藁にも縋りたいロゼ神父。通り抜けん勢いでマーオの足元へ滑り込み土下座体勢。地下室の聖歌の話を口早に進めた後、少年を見上げ、うるうるして見せる。サイリア神に祈る時のように手を胸の辺りで組み、何故か念仏を唱える。これでも神に仕える聖職者と言えようか?
マーオはうんっと少し考えた風にして、ロゼに言う。


「考えたんだけど、たぶん盗賊に襲われちゃって地下室に逃げ込んで死んだフェレリアンさんが歌っているんじゃないかな?」


フェレリアンという単語は、自分ひとりになってしまった以降滅多に聞かない単語と成り下がっていた。ロゼは突然真面目な顔をして、うるうるをマントでぐいと拭う。そして、軽く上を見上げた。光が与えられないステンドグラスは、少々気味が悪い。

「先代達のことは良く覚えてないんですよね。当時僕はいたいけなお子様でしたし、盗賊に襲われたという日も僕は不在でして・・・。」


マントの端を少し惜しむように握った後、すぐにその手を離した。マーオはそれを見届けた後、すぐに付け足すように声を上げた。


「突然殺されちゃって、きっと未練があるんだよ!」


あるいはそうかもしれない。しかし、そうかと言って長年どうにも成しえなかったロゼには、こういう場合の最適がわからない。そもそも死人とどう解決すれば良いのやら・・・。いくら同種族の幽霊であろうとも怖いものは怖い!


「僕はどうしたらいいんでしょう・・・?」


力なく問いかけるロゼ。怖いものは怖くとも、一族の幽霊が彷徨っているのだとしたら、極力成仏させてやりたい。それが末裔としての使命でもあるだろうし、仮にも聖職者の任務たるものだ。しかしそれには力が無い。八方塞を食らったロゼには成す術がないわけだ。


「幽霊さんは、僕も同じ。僕が行ってお話ししてくるよ。」


だから元気を出して。

そんな言葉も挟んであるようにも取れた。ロゼは差し出された手を取ろうとした・・・が、あろうことかマーオの手に触れたと思った瞬間するっとすり抜け、地面にバンっと落ちた。それに驚いて思わずロゼは自力で飛び起きる。

「あ、大丈夫みたいだね。じゃあ僕は行ってくるよ!」

ひらひらと手を振って、マーオは地下室へと続く扉をすり抜けて行った。

・・・すり抜けて行った。



そこでやっとマーオが幽霊であることを知ったロゼ。驚きのあまり魂が抜けかけ、もう一歩で先代のようになる所だったとかならなかったとか・・・。




◆◆◆◆




地下室は、上とは比べ物にならない程埃が積んでいた。もはやこれは雪と呼ぶに相応しい。踏みしめればざくっという音が響きそうだが、マーオはその上をするりと滑る。
地下室は暗がりが何処までも続いているようで、果てがわからない。 自然と不安になるような、嫌な空間だった。



―――― 天使 唄え 眠る フェレット 我は 永久に 生きて・・・




聖歌だ。
マーオは悟ると、耳を済まして音源を辿る。歌い手は数人の男性のように感じた。ああ、一人女性もいるらしい。とても不安げな歌声が木霊して、確かに地上では恐ろしく感じたであろう。しかし、こうして直接聞き入ると、不安で怖くて寂しくて・・・そんな風に歌っているように思えた。


「はじめまして〜。僕マーオっていいます。フェレリアンさんですか〜?」


暗闇の中へと問いかける。それと共に聖歌はぴたりと止んでしまった。闇の奥の空気が、少し戸惑っているように感じる。マーオは迷わずその方へ近づくと、明らかに怯えているのがわかった。それでも「大丈夫、僕も同じ。友達になろう。」と優しく声を掛けながら進んでいく。闇は、しばらく警戒を隠さなかったが、やっとひとりの男のような影がすっと姿を現した。ロゼのような尻尾がちらりと見え、マーオは彼がフェレリアンで、幽霊であると確信した。
フェレリアンの男は何も言わない。



「ロゼさんが地上で聖歌を聞いて怖がっているんだ。どうして聖歌を歌っていたの?」



男は些か動揺し、己の背後に多少気配を移した。どうやらその後ろに他のフェレリアンの幽霊がいるらしい。男は言葉とも言えない不思議な音波のようなものを発し、マーオに意思を伝える。話すことができないのか、いや、長い間人と触れ合うこともなく、暗闇で不安に耐えていたのならこうもなるか。ただ一族の大切な聖歌だけを記憶していたのだ。
マーオは確実にその意思を読み取って、うんと頷く。




「存在を見つけて欲しいから聖歌を歌って居る場所を教えてたんだね。寂しかったんだね・・・。」




フェレリアン達は、やっと安心したのか、わらわらと現れ、マーオの手を取り喜んだ。意外と多くのフェレリアンがいたことに驚きながらも、マーオはその一人一人の手を取る。「友達になろう」そんな意思が心に響いていた。



フェレリアンは、居場所を失っていた。未練に心を縛られ、本来なら多くの他のフェレリアンが召されたサイリア神の元へ還るはずであったが、そうもいかない。存在を忘れられたかのように巡る月日が悲しくて、寂しくて、未練が心を占める。しかし、それも今日で終わり。マーオと話をすることで、友達になることで、長年苦しんだ未練も簡単に消えてしまった。フェレリアンの幽霊ご一行様は、サイリア神の光に当てられ、輝かしく天に召される。
ひとり、またひとりと天に帰っていき、ついに最後のフェレリアン。
それはマーオが最初に出会った男のフェレリアンであった。



「フェレリアンさん、最後ですね。天に還っても、ロゼさんのこと見守ってあげて下さ
いね。」



にっこり微笑んで、そう告げた。




「ロゼを残して逝くことが、私の未練だったが、もう心配もあるまい。我が息子とも友達になってやってくれると、嬉しい。」





男は光に照らされ、一瞬その姿を露にした。それはどこか誰かに面影があるような、銀髪と赤い瞳の青年だった・・・。


◆◆◆◆



地上に帰ると、それなりに時間が経っていたようで、朝が近い事を小鳥たちの声が証明していた。地下での出来事を詳しく話すと、ロゼは安心したようであった。



「今日にも地下に降りて自慢のモップ捌きを先代にお見せするですよ!」



握ったモップを一度きゅっと音をさせ、力強く笑った。



ロゼがモップで掃除をする間に、マーオは魔法のように美味しいお菓子をぱっと作り出し、見違えるように美しくなった地下室でほっと一息ティータイム。
マーオは飲んだり食べたりができないので、ロゼが有難くそのお菓子達を頂いた。長年一人暮らしだった分まともな食事を取っていなかったロゼには、天にも昇るようなご馳走だ。マーオのお菓子は、ふんわりと甘く、ブラックコーヒーによくあった。



「何から何まで、本当に有難う御座います。」

「息子とも友達に・・・と、言われてるしね。」



そっと呟くようにマーオは言った。
そんな声を聞いているはずもなく、ロゼは二個目のお菓子を手に取っていた。
地下とも覚えないような輝かしい地下室での、暖かなティータイム。
どこからともなく、暖かな、安心に満ちたような聖歌が
聞こえてくるような気がした。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC

【2679/マーオ/男/14歳(実年齢30歳)/見習いパティシエ】

NPC

【ロゼ(ろぜ)/男/25歳/神父】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、今日和。ライターの峰村慎一郎です。
この度は有難う御座いました。

今は亡きフェレリアンの皆さんに活躍の機会を与えて下さって有難う御座います。
調子に乗っておとんがちらりと登場してしまっていますが・・・;
マーオさんのお菓子是非食べてみたいな〜vvと思いながら書いてました^^

有難う御座いました、また機会がありましたら
宜しくお願いします。

峰村慎一郎