<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


神の子

 ユニコーン地域を少し外れた町で、警備の依頼があった。依頼主はとある宗教団体で、胡散臭いかと思いつつ引き受けてみたのだが実際は「神の子」と呼ばれる子供たちの警護であった。白いその建物には、親のない美しい顔をした子供たちが大勢暮らしていた。
 警備の仕事を続けるうちに、一人の子供と親しくなった。その子供にこの団体がなにをやっているか話を聞くことができた。
「毎月一度、満月の日に儀式が行われます。この儀式で私たち神の子は、信者たちから集められた願いを神に伝えるのです」
今月は私の番ですと子供は、少し青ざめた顔で儀式の行われる大きな建物のほうを見上げていた。
 それから時が経ち、満月まであと少しという夜。あてがわれた部屋で眠ろうとしていたら扉が開き、子供が入ってきた。今にも泣きそうな顔をしていたので、どうしたのかと訊ねたら
「やっぱり私、儀式なんてできません」
全身をがたがたと震わせながら、子供は儀式の本当の意味を告白した。
「神は、私たちとは違う世界に住んでいます。願いを届けるためには儀式で心臓を突かれ、神の世界へ旅立たねばならないのです。でも私は、私は恐い」
信者の願いが満月の夜までに叶えば、自分は命が助かるのに、と子供は泣きじゃくった。
 信者の願いよりも、子供の願いのほうがよほど真摯であった。

「泣いては駄目だ、泣いたら負けてしまうよ」
心を乱している子供を、シェアラウィーセ・オーキッドは根気よく慰めた。彼女の物言いは率直ではあったが穏やかで、子供の純粋な心へ真っ直ぐ飛び込んでいく。余計な迷いを省いた簡潔さが、怯えた子供を解きほぐしていく。
「なぜ、お前が泣かなければならないんだ?悪いのは教団の人間たちだろう。なにも知らない子供を集め、叶うはずのない願いに希望をかけて・・・」
「なぜ、叶わないとわかるのですか?」
シェアラの呟きに、子供は濡れた頬を上げた。今まで彼らは自分たちが犠牲になることで願いは叶うのだと、それだけを心の支えに恐怖と戦っていたのである。その真実をシェアラという現実によって叩き壊されることを、心のどこかで恐れていた。しかしシェアラは容赦なく言葉を続ける。
「叶うわけがないだろう。生贄を払って願いを叶えようだなんて、最終手段だ。自分の努力だの金の力でなんとかなる問題は、大抵ここへ来るまでに叶っている」
これまで教団が儀式で神へ伝えようとした願いは死んだ人を生き返らせてほしいとか、魔物に襲われた家畜を見つけ出してほしいとかそんなものが多かった。子供たちはただ願いを聞かされるだけで、その後どうなったかは知らされていなかった。だから、信じていられたのに。
「死んだ人間は大抵蘇らないし、魔物に襲われた家畜は食われているに決まっている」
「だったら・・・・・・だったら」
私たちはなんのために殺されていたのですか、と子供はシェアラに問いかけた。普段のシェアラなら知るものか、と突き放しているところであったが今は教団の連中へ悪意を持っているため、子供へ味方する気になっていた。
「だからお前たちは生きるのだよ」
ここで死んでいくことに意味がないのだから、見捨ててやるのだ。
「他の子供たちを呼んでおいで」
低い声で、シェアラは子供に命じた。子供はすぐに、六人の仲間を連れて戻ってきた。一番小さな子はまだ四歳になるかならないか、ふわふわの赤毛を二つに結んだ、可愛らしい女の子であった。
 その女の子の頭を撫でながら、シェアラは子供たちの顔を一人一人見据える。どれも、作られた人形のように美しい顔をしていた。初めて彼らに会ったときからその印象は変わっていない、しかしそのときに感じた気味悪さの正体は掴めた。この教団の人間は神の世界へ送り出すにふさわしい容貌をした子供たちだけを、より集めていたというわけだ。
「この教団がお前たちにしようとしていることは、わかっているな?」
具体的な言葉は出さず、表面を撫でるような形でシェアラは確かめた。五人の顔色がさっと変わったのでどうやら感づいてはいるらしい、残りの一人はこの赤毛の少女だったが、この子は幼すぎるので教えられてはいないのだろう。
「私は彼から頼まれた、教団から救い出して欲しいと。今のところは引き受けても構わないと思っている・・・が」
はっきりしない語尾に、子供たちの顔が曇る。さっきからシェアラの癖の強さに戸惑っていた子供も混じっていた。
「お前たちは、ここを出た後どうする?」

「ここから出た後・・・?」
宝石のような色をした、子供たちの視線が互いを見つめあう。今まではただここから出て行きたいという一筋の光明だけにすがっていたのに、それを無理矢理に引っ張り上げられ目の前に広い世界をつきつけられたような心地であった。
「私はお前たちの願いを叶えることができる。だがそれは、お前たちに願いがあってこそだ。ただ逃げてどうする。逃げた後の目的がなければ、お前たちはまたそこらをさまよいこの教団と変わらないクズに拾われるだけだぞ」
当てもなくさまよっては浮き沈みをくり返し、獣のように死んでいった人間をシェアラはこれまでにも大勢見送ってきた。
 今、この場所で子供たちに将来を約束させるのは酷だとわかっている。それでも、彼らには意志が必要なのだ。
「夢を語れ。なりたい仕事を口にしろ。それを、心へ刻むのだ」
質朴な木の椅子に不釣合いな威厳を持って脚を組むシェアラは、人さし指を伸ばし子供たちへつきつけた。それは彼らにとって、初めての強制であった。神の子として儀式のためだけに育てられた彼らは、教団の人間たちから花のように扱われ声を荒げられることなど一度もなかった。だからある意味では、教団の人間よりも性質が悪かった。
「ここから出た後は、助けてくれないのですか?」
子供の一人が泣きそうな声を上げた。ここを出て生きていくことは、寝る場所も三度の食事も自分の力で得ることだとようやく気づいたらしい。
「死ぬのが嫌ならそうするしかないな」
「どうやって」
働く場所くらいなら世話してやるつもりだったが、その働くということが子供には現実として捉えられていない。お前たちの頭の中は空っぽなのか、と罵りの言葉が飛び出しそうになるのをシェアラは耐える。
 そのとき、小さな手がシェアラの纏っているショールをぎゅっと引っ張った。
「ん?」
それはさっきから側に連れていた赤毛の少女である。少女は、うっとりした顔でシェアラ自身が織り上げたショールを撫でつつ
「きれい」
あこがれの眼差しでシェアラを見つめていた。不安もなく、戸惑いもない、その目はただ織物に見とれている。
「そんなに綺麗か?」
「うん」
「お前も、こんなものを織ってみたいか?」
「うん」
「・・・お前たち、こんなことでいいのだ」
シェアラは少女の小さな肩に自分のショールをかけてやりながら、あらためて残りの子供たちの言葉を待った。これくらいのちっぽけな、けれど純粋なあこがれだけで構わない。こんな些細なきっかけが将来の自分へつながっていくのだ。
「・・・・・・」
子供たちは間もなく、ゆっくりとではあったが、自分のあこがれを声に出し始めた。

 翌日、教団の正門で見張りに立っていた男はぎょっとした表情を浮かべた。この間警備に雇った冒険者が、六人の神の子を連れて目の前を通り過ぎようとしたからだった。おまけに子供たちはそれぞれに荷物を背負い、どこからどう見ても旅支度である。
「ちょ、ちょっと待て」
「なにか?」
いつもなら横暴に詰問するところなのだが、シェアラがあまりに堂々としているので、ひょっとすると自分の知らないところで誰かから指示が出たのかもしれないと男は気を呑まれる形になる。格の違う相手だと、一瞬目を合わせただけで悟ってしまったのだ。
「その・・・どこへ、行くのですか?」
自然、言葉も丁寧になる。
「ここを出て行きます。二度と、戻ってはきませんので門は閉じて結構ですよ」
「な・・・・・・」
冗談でしょう、とも笑えず男はただただ目を丸くした。その間にシェアラと子供たちは、悠々と門をくぐってしまう。逃げるように走るのではなく、いつでも捕まえてみせろと言わんばかりの足取りが逆に、見張りを怯ませる。捕まえればいいのかそれとも先に幹部へ連絡するのか、迷いがうろたえに変わる。
「このまま、歩いているだけでいいのですか?」
赤毛の少女の手を引いて歩く子供が、後ろを振り返りつつシェアラに聞いた。今まで自分が夢に描いてきた、教団から逃げ出すという構図と今の現実がまったく違っているので、戸惑っているのだろう。
「あいつらは門を出られやしないよ。お前たちみたいな夢を失った抜け殻ばかりだからね。追いかけてくる度胸なんざあるわけがない」
それにこいつもあるし、とシェアラは一通の手紙を子供に手渡した。六人の中で唯一文字を読める子供が声に出して文面を追うと、それは教団がこれまで行ってきた所業を明確に、そして論理的に悪事であると断定する文書であった。子供たちを殺害目的で誘拐していたこと、そして信者には儀式によって願いを叶えると言いながら多額の寄付金を搾取していたこと。その他にも敷地を非合法なやりかたで手に入れたことまでが、どうやって見つけ出したのかしたためられている。
「今度も教団を続けていくつもりなら、都市の法務機関へ通告するって手紙、教祖の机に置いてきたんだよ」
直接会って話をしてやるほどの価値もない男のように思われた。
「これであの教団とはおさらばだ。それに、お前たちとも・・・」
赤毛の少女は、自分の知り合いの職人に預かってもらうつもりだった。文字を知っている子供は学校へ入れて、一人は料理人になってみたいと言っていたし、他の子供もそれぞれ違う夢を語った。シェアラ自身も、都市を離れ各地を放浪するつもりであった。
「都市に着けばみんなお別れだ。だがお前たちには言っておこう、また会おう、とな」
腐ったような教団の連中に育てられたとはいえ、彼らに罪はない。また、何度でも会いたいような人間に成長してくれることを、シェアラは願った。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1514/ シェアラウィーセ・オーキッド/女性/26歳(実年齢184歳)/織物師

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

明神公平と申します。
微妙な感覚のノベルだったのですが、いかがだったでしょうか。
とりあえず宗教に対する偏見はないつもりで書かせていただきました。
このノベルでは、いつも「教団だけが悪い」という解釈を
いただくのですが、そんな教団に育てられた子供たちもどこか
変な育ちかたをするのではないかな、といつも思っていました。
シェアラさまならそういう子供を正しく導けるのではと願い
このようなノベルを作成させていただきました。
本当の指導者はただ言葉を与えるだけで、子供に考えさせて
くれるというものだと考えています。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。