<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


同行者募集!〜手合わせ編〜

 一行は森の中を歩いていた。
 静かな森の中を彼らが進むたび、鳥の羽音や鳴き声、獣の物音が少しひそりとなる。
 …事実、それも無理の無いような、どこか見応えのある顔ぶれだった。

 まず、先頭を進むのは人の子供程の背丈のある黒い猫。赤いコートをひるがえしながら楽しそうに進む。

「いや、しかし道楽に、こんなにつきあってくれる人がいるとは思わなかったよ」
 彼…───イヴォシルという名のケットシーはにこやかに笑った。

「や、この前は世話んなったしっつーか、おにゃんこ困りマッチョに腹黒イロモノ下僕ゴッド親父愛の影筋アリ★ってかね?あーん?」
 イヴォシルのすぐ後ろを歩いていたのは大柄な男。少し強面の顔には黒い笑みが浮かんでいる。……だが、何故だろうか。愛らしい猫のプリントがあちこちに入った、パステルピンクのフリルエプロンを身につけていた。

「(……ゴッド親……?)……そ、その通りだ。先日の礼、にもならぬかもしれないが…」
 空耳だろうか、どこからともなく重厚な音楽が鳴り響いてきた気がして、続くアレスディアが首を軽く振って続ける。
 彼女は更に、オーマと名乗ったエプロンの男の周りにいる、自分には何だかよく分からない集団…(例えば、何だか妙に筋肉質な、動物だか人だか草だか分からない生き物や、たまに無駄無駄しく熱視線を浴びせてくる幽霊みたいなものであったりとか)と目を合わせてしまい、気分を変えるように一度目を伏せ、その身に纏った黒衣をひらめかせる。

「うふふ、わたくしも石を腕輪に加工して頂きましたし、お気になさらないで下さいな」
 そんなアレスディアを気に止めた様子もなく、おっとりとした動作でシルフェは微笑んだ。
 彼女にかかればよく分からないその集団も、「まあ珍しい」の一言で終わってしまうようだった。

 そんなシルフェの横で、やはり少しは気になるのだろう、ティアリスが曖昧な笑みを浮かべる。
 だが彼女は、すぐにその笑みを楽しげな、華やいだ物へと変えた。
「ふふふ。面白そうね。でも私、石探しって何をすれば良いのかわからないから何をしたら良いか教えてね?」
 

 最後尾には赤毛の男。イヴォシルの義理の息子であるライナーは、ふと自分のすぐ前を歩いている少年…───黒兎といっただろうか…───がこちらを見上げているのに気づいた。
 一瞬どうして良い物やらわからず、じっと黒兎を見返す。
 黒兎もしばらく無言だったが、やがて前方を行くイヴォシルとライナーとを少しきょろきょろと見回した後、慌てたように列の前へと足を速めた。
(……まあ、いいが……)
 苦笑して少年を見送る。彼はイヴォシルとオーマのすぐ後ろ、無言だが、婉然とした笑みを浮かべる女性の隣まで行ったようだった。
(……あの女性も凄い現れ方をしたよな…)
 ライナーはふと出かけるまでの顛末を思い出して胃の辺りを手のひらでさすった。


 ※ ※ ※


 いきなりイヴォシルが「石を探しに行こう」と言い出したのはとある日の朝だった。
 普段は使わない風喚師の能力をフル稼働して、助っ人を募った結果、以前イヴォシルが装飾品を作った、というオーマ、アレスディア、シルフェがまず店に訪れた。
 ……まず、この時点でオーマが何故か、見ていて痛くなる程満身創痍だった、という事に言及しておけばまだ良かったのかも知れない、と後の祭りながらライナーは思う。

 オーマ(と、あと何だかよく分からない…───ラブマッスルフレンズ人面草&霊魂軍団と紹介された。舌を噛みそう…───な集団)が、出先で喰おうと言い、イヴォシルに台所を借りて弁当を作り始めたところで黒兎と名乗る少年が「…手伝う、よ」と言って現れた。
 さらにティアリスと名乗る女性が「面白そうね」と同行する事になり…。

 やたら大きな弁当が完成し、さてそこでそろそろ出発しようという話になって。
 その時、不意に洞窟の扉が【蹴破られ】た。

 ……他に表現しようもない。どう見ても、いや、寧ろ感嘆する程の勢いで扉が蹴破られた。
 ライナーとアレスディア、黒兎、そしてティアリスの顔が驚きで引きつる。
 風で感知していたのだろう、涼しい顔をしたイヴォシルと、こちらは多分動じていないだけかもしれない、シルフェ。

 そして。

 オーマの顔に浮かんだのはまぎれもない恐怖。

「ふふ、まだお仕置きが途中だよ、オーマ!」
 
 ほれぼれとする蹴りで扉を蹴破った彼女は、高らかに言い放った。
 その場にいた人間の視線が、全てオーマに向かう。

「まあ、びっくり」
 到底驚いていない表情で、シルフェが微笑む。
「ああ」
 水を打ったように静まる店内で、イヴォシルがそういえば、と言わんばかりに手を打った。
「奥方だったね。初めまして、私はイヴォシルと言うよ」
 どうやら彼女の顔を知っていたらしい。イヴォシルが軽く一礼すると、彼女…───オーマの最愛の妻である、シェラは華やかな笑みを唇に乗せた。
「ああ、話は聞いてるよ。コイツを作ってくれたんだろう。ありがとうね」
 シェラは、胸元に下がったペンダントをつまんでみせ、そしてかがんでイヴォシルを抱きしめてその額に軽いキスを落とす。
「あはは、貴方のような美人にそこまでサービスをされてしまうと照れてしまうじゃないか」
「感謝の印さ………さて、ところで」
 シェラの視線が、オーマへと再び向かう。
 その射抜くような視線にオーマが一歩後ずさり………


 ………しばらくお待ち下さい。


 かくして、まだなんとか朝のうちに、彼らはようやく出発する事になったのだった。 
 



 ※ ※ ※

 ライナーは顛末を思い出しながら、店に現れた時よりもいっそう傷を増やしたオーマをいたわしげにみやって、更に再びそっと胃の辺りを押さえた。

 胃が痛い。

 そんな彼にたまに貼り付いてくるラブマッスルなんとか達を逐一はがしつつ、ライナーは深い溜息をついた。
「さて、そろそろ開けた場所に着くよ。そこで一息入れようじゃないか」
 そんな息子のひっそりした苦労など意にも止めずに、イヴォシルは笑う。
 果たして彼の言葉通り、すぐに開けた場所に出た。
 ここなら少し暴れても大丈夫そうだとライナーは辺りを見回す。
「息子はどうやら荷物番がてら手合わせがしたいらしくてね。誰か遊んであげてくれないだろうか」
 私は、ここから更に進むつもりだけれども、とイヴォシルが笑った。
  
「おや、赤毛の坊やは『遊び相手』をお探しかい?何だったらこのあたしが遊んでやってもいいんだよ?どうだい、それとも大人の女は好かないかい?」
「ピクニックをしながら石を探すのも興味があるけれど……ライナーさんとの手合わせも面白そうね」
 シェラと、ティアリスが微笑む。
 何故だろうか、二人からにじみ出る迫力に押されて軽く彼はあとずさりつつも、頷いた。
「…では、俺の相手をして頂けないだろうか」
「あはは、なんだかやる前から負けているようだね。まあ、怪我をしない程度にするんだよ。君達の遊びが一段落する頃には私たちもここに戻ってくるからね」
 イヴォシルがそんなライナーを笑う。
「あら、あらあら。怪我をしては大変ですね。……あのう、手合わせを眺めていても宜しいでしょうか?お怪我されたらわたくし治療いたしますし」
 シルフェが片手を上げて、おっとりと笑んだ。
「おや、凄いねライナー。両手所か、花ばかりじゃないか」
「……人をからかっている暇があったらとっとと行って下さい……」
 楽しそうなイヴォシルにライナーが胃の辺りを押さえつつ呟く。
 イヴォシルは再び笑い声をあげると、それじゃあね、と森の奥へと入っていった。

 その場に残されたのは、ライナーに、シェラ、ティアリス、そして荷物の側にシートをしいて、ちょこんと座るシルフェの四人。
「手加減はしないわよ?」
 にっこりと、場合が場合なら男性の目を釘付けにするであろう華やかな笑みを浮かべ、ティアリスが言った。
 長く、豊かに波打つ金髪を動きやすいように一つに纏めている。
「二対一で良いのかい?随分余裕だねえ」
 シェラが、愛用の大鎌を構え、そんなティアリスの横に立った。
「望むところだ。例え負けても、それは俺の糧になる」
 ライナーは低く重心を落とし、手にした長い棍を眼前にかざした。
(…しかし、まいったな、どうやら相手は二人ともスピードを重視する攻撃型か…)
 開始の合図も無く、大鎌をふるって切り込んできたシェラの一撃を、ライナーは軽く後ろに下がって躱す。
 追いすがるように、得物の重さを感じさせない動きで放たれたシェラの斬撃を彼は棍で弾いた。
 そしてすぐさま再び後ろへと下がる。
 彼の居た位置を正確になぞるように、ティアリスの剣が薙いでいった。
(…ふむ、だが、面白い…!)
 仏頂面のままだったライナーが笑みを浮かべる。
 彼は腕力に物を言わせてその手にした棍を思い切り横に振りきった。
 ティアリスがたまらずいったん距離を取る。

 ───…が。
 シェラはにやりと笑うと、そのまま前に踏み込み、ライナーの棍を、大鎌の腹で思い切り上から殴った。
 力ではライナーが上では有ったのか、棍はシェラに当たるものの、勢いを殺されたそれは彼女に大したダメージを与えられなかったようだ。
 シェラの眼がライナーを捕らえる。
 
(………な、何か理不尽な威圧感だな…)
 彼女の目に籠もる、戦いのせいだけでは無いだろう、威圧感にライナーは背筋を冷たい物が流れるのを感じた。
 明らかに気圧されている。
 シェラはそんな彼の隙を見逃すことなく距離をつめ、唐突にライナーの首へと腕を回した。
「……なっ、な…?!」
 抱きつかれるような格好になった彼は顔を強ばらせ、だがそれでも必死にその場にしゃがみ込む。
 そんな彼のいた場所を、シェラの大鎌と、いつのまにか背後に回り込んだティアリスの剣戟が過ぎていった。
「油断大敵、って良く言うだろ?」
「その通りだわ」
(………質悪ッ…)
 戦闘中だと言うのに華やかな笑みを浮かべる女性陣に面と向かってそう毒づく勇気はさすがになかったのか、ライナーは腹の内で呟いた。
「おや、今何か失礼な事を考えなかったかい?」
 しゃがんだ状態のまま、いつでも飛び出せるように構えたライナーの鼻先に、その豊かな胸を強調するようにつきつけてシェラが笑う。
「……ッ、慎みを持てッ!?」
 慌てて身を引いて、ライナーが叫んだ。完全に遊ばれている。非常に情けない。
 
 そんな彼らを少し離れたところから眺めながら、シルフェは溜息をついた。
「それにしても……気のせいかライナーさんを見ていると頭から水を……守護聖獣の影響なんて出ましたかしら?」
 彼女は一人、心の中で呟き続ける。
(髪の色?いけない、思い切り見てしまうと喧嘩を買われてしまいます……)
 実はこの時点で、何か嫌な予感を含んだ視線を感じてライナーがひっそり鳥肌を立てていたりするのだが、実際彼には喧嘩を買う余裕など無かった。
 女性陣二人に遊ばれ続けている。
 シルフェは続ける。
(ライナーさんを何だと思っているのか自分でも失礼な気もしてきました。大人しく手合わせを眺めていましょう)
 ふう、と再び溜息をついて再び手合わせ全体へとシルフェは視線を向けた。
 だが、しかし、何度見てもライナーの燃えるような髪の色や形が、気になって仕方がない。

「あはは、ほぉら、どうしたんだい?背後ががら空きじゃないか」
 そんなシルフェの葛藤も知らず、三人は相も変わらない戦況のようだった。
 ティアリスの疾風のような斬撃をかわしたライナーの背後に、高く跳躍してシェラが降り立つ。
 彼女は後ろからライナーをがっちりと抱きしめてその耳元に、からかうように笑い声をふきこんだ。
 シェラはそのまま彼の頬に軽くキスを落とす。
 完全に思考が停止したのだろう、動きの止まったライナーめがけてティアリスが剣を突き…───彼に届く寸前でその軌道を止めてみせる。
 ライナーが我に返り、俺の負けだと告げようとしたところで…───。
「…あら、つい、うっかり」
 シルフェののんびりとした声と共に、ばしゃ、と豪快な音を立てて降ってきた水の塊が彼の頭に直撃した。
 一瞬早くライナーから距離を取ったシェラとティアリスが惨状を見て思わず吹き出す。
「水も滴るなんとやらってことかね」
「ふふ、最終的な功労者はシルフェさんね」
「…もう、どうとでも言ってくれ…」
 ライナーがその場に腰を下ろした。頭から滴り落ちる水を髪ごと後ろに流して苦笑する。
 その拗ねたと言うよりやさぐれた仕草にひとしきり女性陣が笑い声を上げたところで、どうやらイヴォシル達が帰って来たようだった。




 ※ ※ ※ 

「ああ、そうだお嬢さん。ご所望の物はこれでいいかな?」
 イヴォシルが、シルフェに水筒を手渡す。その中には森の奥のわき水がたっぷりと入れられていた。
「ありがとうございます」
 シルフェは荷物からティーセットを取りだした。ライナーが熾した火と受け取ったわき水を使って人数分の茶を用意しはじめるつもりのようだ。

「よっし、夫特製紅色デンジャラス警報筋弁当の出番、ってとこかね」
「…………それは、食べても大丈夫なのだろうか」
 オーマがよしきたっ!とばかりに広げだした弁当の名前に、アレスディアは少し困惑したようだった。
「ああ、味はあたしが保証するよ?ほら、イヴォシル、ライナー二人とも、あたしが食べさせてやるよ?」
 シェラがその手にした箸におかずをつまみ、石屋親子の口元に差し出した。
 
「……?」
 そのようすを首を傾げながら黒兎が見やる。
「そうだわ、私も家で軽食とお菓子を作ってきたの。良かったらどうかしら?」
 ティアリスがそんな彼にお菓子を差し出した。
「僕も…作った、よ……。……食べる…?」
 彼女に黒兎も、手作りのパンプキンクッキーを差し出した。ココアの粉が装飾にまぶされていて、とても愛らしい。
 
「ふむ、以前も思ったのだが、貴方は本当に料理が上手いね」
 ライナーは断固拒否して遠ざかっていたが、素直にシェラの差し出したおかずを口に含んだイヴォシルがオーマに笑う。
「お、嬉しい事言ってくれンじゃねえか。まあ、当然だがな?」

 少し昼時を過ぎて居た事もあり、また何より、オーマやティアリスの手料理が上等の部類だった事もあり皆それぞれ箸を進ませたようだった。
 弁当はあっと言う間に空になったが一行は、ティアリスと黒兎の用意した焼き菓子と、シルフェの淹れた紅茶とでのんびりと日が傾きかけるまで雑談を続けた。



 またぞろぞろと石屋へと帰る、その道中で。
「ああ、そうだ。あんた達には今度、特別にあたしの手料理を振る舞ってあげるよ」
 楽しそうに、嬉しそうに言ったシェラの言葉にイヴォシルは楽しみにしておこう、と笑った。
 ただ、その言葉を聞いた途端なにやら挙動不審になったオーマを目にとめて、ライナーが不吉な予感に再び胃を押さえる事になったのは、また別の話なのだろう……。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【1962/ティアリス・ガイラスト/女性/23歳/王女兼剣士】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/女性/29歳(実年齢439歳)/特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談)】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女性/18歳/ルーンアームナイト】
【2906/黒兎/男性/10歳(実年齢14歳)/パティシエ】
【2994/シルフェ/女性/17歳/水操師】

【NPC/イヴォシル/男性/353歳/風喚師】
【NPC/ライナー/男性/21歳/傭兵】


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■         ライター通信          ■
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シェラ様

こんにちは、新米ライターの日生 寒河です。
この度は馬鹿な親子の道楽におつきあい頂き、誠に有り難う御座いました。
そして、まず、分量が多くなり、読みづらい小説になってしまった事をお詫び申し上げます。
どうにも書きたい事が多すぎ、削る事ができませんでした…。

さて、今回はライナーとの手合わせ、非常に楽しんで書かせて頂きました。
色気たっぷりのシェラ様の攻撃に、いちいちライター本人が大喜びしておりました。
口調などの不備やお見苦しい点がありましたら、申し訳有りません。

ではでは、またお会い出来る日を、心よりお待ちしております…。


日生 寒河