<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


青漣

 のんびりとうららかな光が木々の間から差し込んでくる午後。
 明かりが沢山ともされ、寧ろ木々に遮られて薄暗い外よりも明るい洞窟の中。
 一匹の、子供程の背丈をしたケットシーがのんびりとロッキングチェアに腰掛けてくつろいでいた。
 風通しを良くする為だろうか。大きく開かれた入り口の扉に影が差し、彼は笑みを浮かべた。

「やあ、ライナー。お帰り」
「ただいま戻りました、養父上」
 ライナーと呼ばれた背の高い男はケットシーを父と呼ぶと半身をずらし、彼の後ろに完全に隠れる形になっていた女性に、店の中に入るようにと促した。
「いらっしゃい、私はケットシーのイヴォシルと言うよ」
 特に驚いた様子もなくイヴォシルが笑う。そして大仰な動作で一礼して見せた。
 女性はのんびりとした、だが優雅な動きで店の中に入り、イヴォシルに視線を合わせて微笑む。
「まあ。本当に猫の石屋さん」
「私の事を知っていたのかな?」
 ふわふわと微笑む女性に問いかけてイヴォシルは長い尾をぱたりと揺らした。女性は一つ頷いた。
「こんにちは、人伝に、ですけれど。なんだかとても興味深くて…」
 それで伺いましたの、と柔らかな表情のまま彼女は笑う。そして唐突に思い出したように「申し遅れました」と前置きした。
「わたくし、シルフェ、と申します。どうぞ宜しくお願いしますね」
 ほわり、とシルフェが笑顔を更に深めた。
 対してイヴォシルも目を細める。ただ、こちらの場合元々あまり人相が良くない為、何か企んだような笑みになるのだが。

(……会話が進んでいるようで進まない…)
 対極の印象の笑顔を応酬する二人を少し遠巻きに眺めながら、ライナーは居心地の悪さをひしひしと感じていた。
 しかし、客を案内して帰って来た手前、ここで再び出かけるのも、店の奥に引っ込むのも申し訳ない気がする。
 彼は胃の辺りを服の上から軽く手のひらでさすって、イヴォシルに話しかけた。
「養父上、彼女は宝石の加工をお願いしたいそうですよ」
「あら、そうでしたわ。猫の石屋さんを実際に見た驚きで、忘れてしまっておりました」
「おやおや、そこまで見入って頂けると光栄だね」
 シルフェとイヴォシルの間にまた何とも言えないのんびりとした空気が流れ出す。ライナーはそれに巻き込まれないように一つ咳払いをした。
「この石なんですが…」
 おっとりとした動作でシルフェが小さな袋をイヴォシルに手渡した。
 一つ断ってから、イヴォシルがその中身を小さな作業皿に空ける。
 さら、という音を立てて袋からこぼれ落ちてきたのは、小さな石達だった。

 一つ一つ違う色合いの青い結晶。ガラスのように薄く透明度の高い物から、濃紺を思わせる深みのある物も有る。
 様々な青が重なり合って、皿の上にさざなみを浮かべる小さな水面が出来たようにも見えた。
「ほう、綺麗だね。……色水晶にも似ているが、どうも違うようだ」
 その石達はもとは一つの物で有るらしかった。少し大きめの欠片を手に取ると、イヴォシルはモノクル越しにそれを眺めて笑む。
「綺麗でしょう?実はわたくしも種類は良く分からないのですが、これを細かな手鎖のブレスレットにしていただけないでしょうか」
 ライナーがシルフェに来客用の椅子を出して勧めた。己は入り口の側の壁に背をもたれかけるようにして立つ。
 その様子を見て少しくすくすと笑いながらイヴォシルは頷いた。
「もちろんだよ。私としても、こんなに珍しい石を加工させて貰えるのならば願ったりだ」
 
 
 イヴォシルがかりかりと石の形を整える音がしばらく響く。その作業が一段落して、彼はシルフェに問いかけた。
「所で、お嬢さんは見たところ水操師のようだね。私の知り合いにも一人いるのだよ」
 とりとめのない話をしながらも、イヴォシルは器用に大きさの揃った石をより分け、中央に穴を開けてゆく。シルフェはライナーの入れた茶を飲みながらそれを興味深そうに見ていた。
 そのライナーはと言えば律儀な性格のせいか今も奥に引っ込む事はせず、床にあぐらをかいて己の武器の手入れを始めている。
「まあ、そうなんですか。そういえば、イヴォシル様は風喚師でもあるのですよね?」
「そうだね、まあ。私は風喚師といってもどうにも修行不足なのだがね」
 くつくつと笑って、イヴォシル。シルフェはまあ、と口元に手を当てて見せた。
「わたくしは、治療や未来視なんかのお勉強をするのは好きですよ」
「おや、それは私も見習わないといけないねえ…」
 シルフェの言葉にイヴォシルが少し苦笑して頭をかいて見せた。
「うふふ。それにしても、上手に加工されるんですねぇ。見ているだけでも楽しいです」
 次の行程に移ったのだろうか。細い銀の鎖に、同じく細い銀の糸鎖に通した青い石を絡めていくイヴォシルの手をのぞき込み、口元に手をあててシルフェは本当に楽しそうに言った。
「おや、それは光栄だね。職人には嬉しい言葉だよ」
 楽しそうに、嬉しそうにイヴォシルが作業を続ける。そんな彼をのんびりと眺め、やおらシルフェはぽん、と手をあわせた。
「そうです。その石、よろしければその片眼鏡の鎖にもお使い下さいな。小さな物でしたら邪魔になりませんでしょう?」
 それから、と彼女はにこやかに微笑みを浮かべた。
 ライナーの側に行って、訝しげな顔をする彼の武器に視線を落とす。その柄に組み込まれた炎の形を模した赤い宝石に軽く指で触れる。
「ライナー様もどうぞ?炎のような宝石の傍に水のような結晶もいいかと思うのですけれど」
「……は」
 ライナーは困惑したようだった。鳩が豆鉄砲でも喰らったように少し目を見開く。
 対照的にイヴォシルは声を上げて笑って、では、と頷いた。
「お言葉に甘えさせて頂こうかな。ライナー、君の武器もこちらによこしなさい」
「…はい」
 ライナーから受け取った棍を机に立てかけ、イヴォシルは再び作業を続けた。銀色の鎖を数本からめて金具でつなぎ、更に石を下げる。
 最後に留め具をとりつけて、手のひらの上で広げ、傷んでいるところが無いか確認した後、それをシルフェに掲げて見せた。
 細い数本の鎖が絡み合って、そのあちこちから鎖に繋がるように青い、とりどりの結晶が下がっていた。
 動くたびにしゃらしゃらと音を立てて揺れる、繊細なデザインのブレスレットだった。
「…まあ、綺麗ですね…」
 シルフェが微笑んでそれを受け取る。彼女がそれを腕に付けて、動かしたりして様子を見ている間に、イヴォシルは手早くライナーの棍へと石を埋め込み、さらに己のモノクルを外し、服を挟む留め金に一つ石を埋め込んでいた。
「こちらはブレスレットと違ってただ簡単に埋め込んだだけだけれどね。それでも見栄えがするよ。有り難う」
 くつくつと楽しそうにイヴォシルが笑う。
 ライナーが無言でシルフェに一つ、頭を下げた。
「喜んで頂けて嬉しいです。それに、わたくしも素敵なブレスレットを作って頂きましたし」
 滑舌良く、テンポ良く話すイヴォシルに、おっとりと、のんびりしたテンポで言葉を返すシルフェ。
 よし、大分慣れてきたぞなどとひっそり心の中で考えながら、ライナーは外をみやった。
 高かった日も傾き、少し薄暗くなってきていた。
 彼の視線を辿ったのだろう、シルフェがまあたいへん、とあまり大変そうには聞こえない声をもらす。
「日が落ちきる前に、そろそろお暇しますね。今日は本当に有り難う御座いました。また是非、お礼に伺わせて頂きます」
 そして微笑む。
 イヴォシルも頷いて、ライナーへと声をかけた。
「ライナー、せめてこの森を抜けるところまででも、彼女を送ってあげなさい」
 はい、とライナーが頷いて、棍を手に立ち上がる。
「あらあら、まあまあ。良いんですの?助かります」
 シルフェがにこにこと言って、イヴォシルに手を振った。
「またのご来店を心待ちにしているよ」
 イヴォシルは二人を見送って、満足げに手を振った。
 





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2994/シルフェ/女性/17歳/水操師】

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■         ライター通信          ■
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シルフェ様様

はじめまして。新米ライターの日生 寒河と申します。
この度は猫の石屋へと足をお運び頂き、大変有り難うございました。
のんびり、やほわほわした女性は個人的に大好きでして、物凄く勢いこんで書いてしまいました。
シルフェ様のほんわかとした感じが崩れていないと良いのですが…。

ではでは、またのご来店をお待ちしておりますね。


日生 寒河