<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


銀のティアラを奪還せよ

大きな革袋を担いで駆け抜ける一人の少年。それを追うは見るからに異色な取り合わせの三人組。
周りのことなどお構いなしに逃げるから、あちこちで屋台や露店をひっくり返す。
お陰できれいに並べられた品物が道に散らばり、追いかける三人組の足を止めるだけでなく、そこの店主から怒号を受けるものだから、のどかな光景はものの見事にぶち壊される。
店主にいちいち侘びを入れなくてはいけないものだから、あっという間に少年を見失う。
朝からこれで十回目。
いい加減めんどくさく思う追っ手の三人組―オーマ、ニィニ、アレスディア。
当初はあっさりと捕まえられると思っていたが、意外なほど手が掛かる。
だからといって諦めるわけにはいかない。
今回の依頼はあの少年。いや、正確には少年が持ち逃げした銀のティアラの奪還なのだから。

武具や装飾品などに特殊な彫金細工を施し、魔力を持った品を造り出す魔道彫金。
いわゆる魔法具なのだが、手持ちの品でも造れる事から上流階級だけでなく冒険者の間でも流行している。
その魔道彫金を行う魔道彫金師・レディ・レムから依頼されたのが銀のティアラを取り戻すこと。
が、そこには少々複雑な事情を孕んでいた。

「……家出なのか?」
「つーか、なんだってそうなるんだ?」
詳しい話を聞き、しかめ顔になるアレスディア。
頭を小さく掻きながらオーマは理解しがたいと言いたげな表情を浮かべる。
発言をしていないニィニにしても首をかしげ、レムを見返す。
当然のことだ、とレムは内心苦笑を隠せない。
それはそうだろう。
ティアラを奪ったのは彫金を依頼した奥方の一人息子―しかもエルザードでも屈指の商人の跡継ぎ。
何を考えたのかは知らないが、ヒステリックになった奥方はティアラが戻らなければ代金は支払わないなどとほざいてくれた。
この時点でレムとって奥方は敬語を使うに値しない人物になった訳だが、代金を払ってもらわなくては困る。
思いっきり不本意であったが、レムは偶然、店に顔を出していた三人に奪還依頼した訳である。
「私にも状況は分からない。……が、どちらにしてもティアラを取り戻してくれないと話にならない。」
そう―何はともあれティアラが戻ればいいのだ。
どんな親子の諍いがあろうがなかろうが、こちらには関係ない話。
「ティアラを位置を示す道具を渡すね。それを上手く使って取り戻して欲しい。」
半ば開き直りに近い気持ちでレムは一枚の地図を三人に渡した。

「どうしよう、また見失っちゃったよ。」
「大丈夫だ、こっちには追跡地図がある。すぐに居場所は分かるが……」
「ああ、相手には地の利がある。このままでは埒が明かん……何か手を考えなくては。」
品をひっくり返した露天商に謝っている隙に少年の姿は人ごみに飲まれてしまい、ニィニは泣きそうな顔でオーマとアレスディアを見上げる。
これでも何度目になるのか分からない。
せっかく見つけてもすぐに逃げられてしまうものだから、話すらできない状況なのだ。
根の優しいニィニは少々つらいものがある。
それを察したオーマは安堵させるように笑うが、どこか疲れがにじむ。
追いかけている少年は根性が全くないと聞いていた割に頭はずいぶん切れる。それだけにやりにくく、何の策もなしに追いかけるのは無謀であることはアレスディアにも分かっていた。
手にした羊皮紙の地図には詳細な街の内部と自分達の居場所を示す緑色の点と名。そして少年の居場所を示す赤い点が点滅している。
非常に便利だが逃げられてしまうのでは意味がない。
さてどうするか、と考え込む三人の視線は地図に示された街のある一箇所に集中し、レムの言葉を思い出す。
―上手く使って取り戻す。
三人は互いの顔を見合わせると大きくうなずいた。

少年は必死で逃げていた。
その後を追ってくるのは先ほどの三人組ではなく、訳の分からない霊魂軍団と鳩の一群。
うまく巻いたと思っていたと安心して、父が経営している喫茶店でのんびりとジュースを飲んでいたが一転して命がけの追いかけっこになってしまった。
いくら街の土地勘があるとはいえ、上空を自在に飛ぶことができる鳥や壁を突き抜けることができる霊魂軍団を相手に敵う訳もない。
おまけに体力勝負になると圧倒的に不利な状況だ。
そう判断すると少年は走りながら周囲を見渡し、目に飛び込んだ雑貨店の倉庫に飛び込む。
ドアの外で何かがぶつかる音が響くが、すぐに静まり返り、少年は安堵したようにその場にへたり込んだ。
ここも父が手がけている店の一つだが他の店とは違い、いろいろな魔法薬や道具を扱う専門店で中には霊魂を払う品が混じっている。
その力のお陰で先ほどまで追いかけてきた霊魂軍団も侵入してこられない。
やれやれと一息つき、手にしたティアラを改めて手に取り、これからどうするかと考えを巡らせる。
手っ取り早くこいつを売り飛ばしてしまえばいい話だが、ほとんどの商店に母の手が回っているはず。
売りにいった所で捕まってしまう。だからといって他の街に行く資金もない。
だからといっておめおめと捕まって、連れ戻されたくはなかった。
が、いくら考えても堂々巡りにしかならない。
父の経営している商店を頼っている時点で甘えているのは分かっている。
分かっているがどうしようもなかった。
「結局、無駄なのかな……俺のやっている事って。」
呟く言葉に答えが返ってくるはずが……あった。
「だったら、直接親に言えっつうんだよ!」
「そうだよ。話したいことがあるなら、ちゃんと話さなきゃ駄目だと思うよ。」
いきなり返ってきた返答に驚いて、思わず立ち上がる。
少年しかいないと思った倉庫にどこから進入したのか、筋肉がっしり親父・オーマと半獣の少女・ニィニがひょっこりと顔を出していた。
たった一つしかないドアは少年がもたれていたため、開くわけがないのにどうやって進入したのか?
答え―二人とも小型の動物(獅子と虎)に変身し、倉庫の天窓から侵入。
冷静に考えれば、分かるはずだが、完全にパニックに陥っている少年はドアを蹴破り、捕まえようと手を伸ばしてきたオーマとニィニから間一髪逃げ出す。
根性がないと聞い割に意外とパワフルなところがあるな〜と妙に感心するオーマだが、待ってと慌てて飛び出すニィニの後姿に気づき、追いかけ始める。
もっともここから先は全て手は打ってあるから、逃げ道は一つしかない。
後は待機しているアレスディアがうまく足止めできるかどうかに掛かっていた。

「待って、待ってよ〜!!」
背後から掛かってくるニィニの声を聞き流し、少年は必死に路地を駆け抜ける。
状況はすっかり逆転していた。大通りに出る道は全て大量の人面草によって封鎖され、逃げ込めそうな経営している店は一軒もないルートしか残されていない。
というよりも、今走っているのは一本道なので追いかけてくるニィニやオーマが見失う訳がない。
多少距離は離れているが、追いつかれるのは時間の問題。
捕まれば問答無用に家に連れ戻され、母が望む―自分が絶対進みたくない―進路が待ち受けている。
それだけは絶対に避けたい。
その思いだけが頭を支配し、周りに注意を払うことができなくなっていた。
永遠に続くかに見えた一本道を抜け、ようやく広い道に飛び出した瞬間。
ふわりと足元が頼りなくなり、どこかに放り出された感覚に襲われる。
「危ない!!」
「ちっ、間に合うか!?」
追いかけてきたニィニの悲鳴ととオーマの叫びが重なるのを聞きながら、全身が深い底に落下していくのを感じる。
耳に届くのは叩きつけるような水の音。
そこが街の中を流れる川だとぼんやりと悟った途端、落ちていく自分の背を何かががっしりと受け止め、ついで上に伸ばされた腕を誰かが力強く掴み、引っ張り上げてくれている。
その瞬間、少年は意識を手放した。
「すまん、遅くなった。」
「いや、ぎりぎりセーフだ。お前の方がけっこう遠回りだったし、予想よりも早かったしな。」
気絶した少年を引きずり上げ、アレスディアは駆けつけたオーマに謝罪するが、気にするなと制される。
元を正せば、オーマとニィニが予定よりも早く少年をここへ追い立てたのが原因だ。
少年の位置を地図で確認していた三人は最後に彼が逃げ込んだ倉庫の場所からここまでが真っ直ぐな一本道で、脇にそれる道を塞いでしまえば、この川で捕まえられると考え、追いたて役と待ち伏せ役の二手に分かれた。
だが、意外に根性を見せた少年のお陰でアレスディアが待ち伏せするよりも早くここを通過され、危うく川に落ちるところだった。
とっさに飛び込むようにしてアレスディアが少年の左腕を掴み、回り込んだオーマの霊魂軍団がその背を支えて引き上げた。
そのお陰でなんとか少年を助けられたが、全く世話のかかる子だとつくづく思う三人だった。

「ご注文いただきましたティアラです。お受け取りください。」
にこやかだがどこか背筋が寒くなるような冷たさを纏わり付かせたレムの声に傍目で見物していたオーマは思わず逃げ腰になる。
それはそうだろう。
依頼者―逃げ回っていた少年の母―の奥方の第一声はティアラを奪還した三人への礼でもなく、レムへの謝罪でもなく、ヒステリックな怒鳴り声。
「息子は?!うちの子は無事なんでしょうね!!」
オーマもかちんと来たが、それ以上にレムの方が切れていた。
後のやり取りはまさに極寒の烈風を思わせるものだった。
奥で少年の看病しているアレスディアとニィニがいなくて良かった、と心の底から思うオーマだが、まぁレムでなくとも怒りたくなる。
街での話を聞いたのだろうが、大事な息子を危険な目に合わせただの、教養のない輩は嫌だのと怒鳴りまくる。
これでは息子が家出するのも当たり前に思えた。
レムもそれが分かっているのか、冷ややかに用件だけに済ませようとしていたが、この奥方相手にそうはいかなかった。
「ティアラなんてどうでもいいわ。息子はどこなの?あぁ、かわいそうに!こんな乱暴な人たちに追い掛け回されてどんなに怖かったことかしら!」
ヒステリックな奥方の声に奥から顔を覗かせた少年はうんざりした表情を浮かべ、アレスディアは呆れ返り、ニィニが怖がって足元で縮こまっているのが見えた。
ここに着いた時、彼がティアラを持ち出した理由を聞いていた。
弱い人の味方になった亡き叔父のように弁護士になりたいが、あんな貧乏して病気になったお人よしの仕事なんて駄目だ、と反対し、いきなり全寮制の学校へ入学させようとした母から逃げるためにしでかしたという。
魔法の品なら当面の生活資金になると踏んで、出来上がったばかりのティアラを持ち出したわけだ。
とにかく二〜三週間逃げ切れば、母が頭の上がらない祖父が旅から帰ってくる。
それを待って相談するつもりだった、と少年は半ばやけくそのように話してくれた。
結論―このヒステリックな奥方よりもよほどしっかりしている。
だが、いくら話してもこの調子ではまともに話し合いにはならない。
これではどちらも不幸だ、とオーマは思った。
「いい加減に…」
「もう少し子供の話を聞いてやれ。」
不毛な会話に飽き飽きして怒鳴りつけようとしたレムの言葉をオーマが遮り、ずいっと奥方の前に出る。
その逞しい体躯に引き攣り、顔面を蒼白させる奥方にオーマは言葉を続けた。
「子供を心配するのは分かるが、それじゃ息子が反発するのは当然だぜ?しっかりした夢持ってんだ。ちゃんと聞いてやるのも親の務めじゃねーのかよ。」
その言葉と冷ややかに投げかけるレムたちの視線に奥方は一言も言い返せず、黙り込むしかなかった。

「へぇ、それじゃ和解はできたってことか。」
「良かった〜ちゃんとお話すれば大丈夫だったんだね。」
「うむ、円満に治まって良かったな。あのままではどちらも不幸だ。」
レムから話を聞いて三人とも一様に安堵の表情を浮かべた。
あれから一週間。
何とかその場は治まり、親子は連れ立って帰っていたが、どうなったのか不安だった。
が、騒ぎを聞きつけて急いで帰宅した祖父が母親に無理強いをするなときつく言い渡し、少年のほうは父に連れられて迷惑をかけた店主たちに謝り回ったという。
迷惑をかけたお詫びにと多少色をつけた依頼料を払いに来た執事が教えてくれた。
何はともあれ仲直りできたのは良かったが、どうせならこんな騒ぎを起こして欲しくはないとも思うのであった。

FIN

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953:オーマ・シュヴァルツ:男性:39歳:医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2995:ニィニ:女性:12歳:地術師】
【2919:アレスディア・ヴォルフリート:女性:18歳:ルーンアームナイト】

【NPC:レディ・レム】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、緒方智です。
おまたせしました『銀のティアラを奪還せよ』をお送りいたします。
どういう意図であれ、かなり大騒ぎな追いかけっこになりましたが、いかがでしたでしょうか?
今回はうまく仲直りできましたが、この先どうなるかは不明です。
もしかすると、また家出騒ぎもありえるかもしれませんが、しばらくはなさそうですね。
お楽しみいただければ幸いです。
それでは機会がありましたら、よろしくお願いします。