<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


異世界観光ツアー〜親父愛☆な聖獣界をご案内♪

―世の中理解できないこともある。
誰に教わった訳でもないが、充分分かっている……つもりだった。
が、今更ながらその台詞が骨身に染みた。
今、この瞬間。目の前で展開されている事態は少年が生きてきた人生の中で五本の指に入るほど理解しがたい光景であった。
例えるなら、不可能の象徴とされる青いバラが咲き乱れる中を魔物が手をつないで仲良くフォークダンスを踊っている、と言うところだろう。
(今まで生きていた中で…最強にすごい光景だよ。レム。)
テーブルに肘をつき、遠い目をする少年の眼前に広がる光景は、確かに今までの人生の中で一番インパクトのあるもの。
それはそうだ。
ピンクのエプロン姿の見事な筋肉を持った親父がなんだか良く分からない人面草や霊魂と楽しそうに会話しながら料理しているのだから。
それを横目で眺めながら、なぜこんなことになったのかを少年は思い返していた。

(一応)師匠で知り合いの魔道彫金師・レディ・レムに呼ばれ、いきなり異世界のソーンに来た少年が遭遇したのはどこに行っても変わらない追いはぎ…というか、商人が盗賊に襲われている現場。
面倒だな、と思いつつも、一対多数で被害者がか弱い老人。
魔法を使うにも値しない輩を叩きのめし、追っ払ったところまでは良かった。
問題はそこからだ。
たまたま同じ現場を目撃していたらしい男―オーマにいたく気に入られ、レディ・レムの館まで快く案内してもらった。
が、呼び出した当人は留守。
腹が立つと同時にぼーっと帰りを待つも馬鹿らしく、知り合ったばかりのオーマに観光案内を頼んだのが始まりだった。
「あん?聖筋界大胸筋ナマ絞り桃色ツアー★がしてぇってか?よし、分かった。とっておきの場所に案内してやるぜ!」
妙に目を輝かせたオーマに背中に冷たい汗が流れるのを感じた少年は一瞬、頼む人を間違えたかな〜と思う暇は……なかった。
腕を捕まれ、連れてこられたのはなんだか良く分からない建物。
引きずられていく途中、辛うじて横目で見た看板には『シュヴァルツ総合病院』と大きく書かれていた。
信じがたいが今、自分の置かれている状況も充分信じがたい。
正体不明なモノに抱きつかれるわ、なんだとすでに疲労困憊。
普通に観光名所を巡っていろんな話を聞いたり、郷土料理を食べる―みたいなものを想像していたのだが、これはこれである種名所なのかもしれないと半ば開き直りに近い納得をつけた。
「おう、少年。待たせたな♪オーマ特製ラブラブマッチョなスペシャルMAX料理の完成だ!存分に味わってくれ!!」
楽しげなオーマの声で不毛に近い思考のループが断ち切られ、現実に戻ってきた少年の前に出されたのは、名前とは裏腹に豪華なご馳走がずらりとテーブルに並べられていた。
見た目も鮮やかな前菜サラダにこんがりと焼きあがったローストビーフと湯気がたったコンソメスープなど。
とてもがっしり筋肉の親父が作った料理とは思えない。
(まぁ見た目で人を判断するもんじゃないし、私も人のこと言えないしな〜)
つくづく世間は広いと納得しつつ、少年は料理に手を付け―テーブルに突っ伏した。

「あ〜なんだったんだ?あれは。」
未だくらくらする頭を抑え、少年は一人病院の中庭を歩いていた。
料理の味は悪くなかった。というよりも、美味しい部類に属する。
だが、一瞬にして理解しがたいものが見えた煮込み料理は何だったんだろう。
筋肉ムキムキの男たちが目の前でラインダンス……いや、乱れ乱舞していたように思える。
はっきり言ってすでに疲れが頂点に達しようとしている。
オーマが悪い人間ではなく、歓迎してくれるのは充分に分かる。分かるが、めちゃめちゃ疲れを感じる。
しかしそれを一言でも口にしようものならどんな末路が待っているのか、少年には想像がつかない。
腕の立つ医者らしいが、なんとなく診察してもらうのは気が引ける。
それに―と少年は思う。
何よりもオーマに心酔しているらしい連中や先ほどの人面草やらから手厚い歓待を受けまくるのもどうにもこうにも思考がついていかない。
緊急の要件だ、と呼びつけた師・レディ・レムの顔を思い出し、改めて腹を立てた。
こちらとて暇じゃないのは分かっているはず。
にも関わらず、呼びつけておいて留守とはいい度胸だ。
後で覚えとけ、と少年は心の内で誓いを立てた。
「お〜、少年。待たせたな。」
怒りのオーラを立たせていた少年に陽気な声を掛ける白衣姿のオーマ。
先ほど急患が来た、と看護婦から呼び出され、後ろ髪を思いっきり引かれつつ(少年としては心から感謝していたが)、診察をしていたのである。
この様子だと無事に治療が終わったらしく、ご機嫌に見えるが、少年が気になったのはオーマの腕に抱えられた山のようなポスターやら紙袋といった代物。
一体なんなんだ、と思う彼にオーマは満面の笑みを浮かべてそれらを押し付けた。
「……え〜っとオーマさん、これは一体?」
「おう!こいつは腹黒ナイスな総帥ブロマイドの詰め合わせと腹黒同盟勧誘パンフ♪極めつけは等身大セクシー美筋なカレンダー☆だ。土産に持っていってくれ。」
にこにこと楽しげに手渡され、少年は引きつった笑みを浮かべて受け取るしかなかった。
しつこいようだが少年には理解しがたいものだが、成り行きで案内してくれたオーマの気持ちを無下にすることはできない。
なにより国にいる両親や友人達もこんな感じで迎えてくれているのかな、と思った。
事情があって滅多に帰らない―いや、帰れない少年にとってこういった歓待はなんとなく家族を思い出させる。
(この件が終わったら、一度帰ろうかな?)
ふとそんなことを思いながらも、脳裏に浮かんだのは別の顔。
かつて一緒に旅をした兄とも思った二人が浮かぶ。
先に彼らに会いに行くか、と思い、帰ってからの予定を考える。
「どうした、何か気に入らなかったか?」
「いや、そんなことないよ。ありがとうございます、オーマさん。」
心配そうに顔を覗き込んでくるオーマに少年は笑顔で応じ、受け取った品を別の革袋に入れた。

にぎやかな酒場の喧騒が心地いい。
ジュースのカップをそのままに昔語りの老人の話を熱心に聞き入る少年をオーマは微笑ましく思った。
年の割り落ち着いてる上に無理に大人びたところがない。
それが当たり前のようにしっかりしている少年が年相応の表情を見せるのは、大人として充分に嬉しいものだ。
が、剣も魔法も超がつく腕前のくせになんだって冒険者というにはあまりにも装備が貧弱すぎるし、最新の情報よりも古い伝説や各地の話を聞きたがる理由が分からない。
元の世界でどういう生活を送っていたのか、気になるところだ。
「何か聞きたいことでもあるんですか?」
一通りの話を聞き終えてオーマのいるテーブルに戻ってきた少年は苦笑混じりに問いかける。
老人の話を聞いている間中、興味津々な視線をずっと感じていた。
まぁ、気になるのも当然だろう。
自分の職業を少年はオーマに告げていないのだから。
「まあな、どんな仕事をしているのか興味があるぜ?」
にこやかな笑みを称えて見返してくる少年のカンのよさにオーマは脱帽する。
このテーブルから老人のいる席までかなりの距離がある上、いろんな客達が入り乱れ、視線も錯綜しているにも関わらず、自分の視線―正確な意図を掴んでいるのだから大したものだ。只者じゃない。
問いかけてくるオーマの視線にどうすべきかと思いつつ、少年の瞳に冷ややかな光が混じり、ごく自然に口を開いた。
「答えてもいいけど場所、変えたほうがいいね。」
「なんだ、気づいてたのか?」
「当たり前だよ。あれだけ殺気を向けてくれば嫌でも分かるって。」
「そうか……じゃ、仕方ねーな。」
さりげなく席を立つオーマに少年も続くが、店のカウンターに程近い席を陣取った数人のフード姿の男達が動いたのを見逃さない。
代金を払い、店を出ると二人は人ごみを避けて横道に入り、そこからやや開けた空き地に踏み込んだ。
同時に先ほどの男達が二人を取り囲み、見抜きの短剣や三日月刀を突きつけてくる。
「やれやれ、物騒なもん出してくるな〜お前ら。」
有無も言わさずいきなり刃物を持ち出す男達にオーマは呆れつつものんびりと応じる。
そのあまりの余裕たっぷりの態度に男達は少々怒りの覚えたようだが、いかんせん格が違いすぎる、と少年は思う。
相当の修羅場をくぐり抜けてきたオーマを相手に数に物を言わせて乱暴狼藉してきたこいつらが敵うはずもない。
「うるせー、用があるのはそこのガキだ。テメーに用はねーよ!」
「逆恨みかよ、盗賊さん―いや、街の中だから強盗か?まぁ、どっちにしたって悪党に代わりはないけどね。」
平然とした少年の言葉に怒鳴りつけた主犯格らしき男―いや、頭目の顔に一瞬にして朱が帯びる。
剣を抜かず、鞘で叩きのめされた光景をありありと思い出したのだろう。
悔しさと屈辱がありありと浮かんでいるのに気づくが、少年だけでなくオーマもきれいに無視する。
こんな格下相手に本気を出す必要なんてないが、問答無用完膚なきままに叩きのめすべきだなと少年は剣に手を掛けた。
が、その数秒後、男達の絶叫が轟いた。
よくよく信じがたいことが起こるもんだ、と少年は思う。
盗賊たちが襲い掛かってきた瞬間、いきなり上空から降りかかってきたのはオーマの病院で少年を歓迎した『あの』人面草と霊魂の一団。
猛烈な彼らのボディアタックにもみくちゃにされ、盗賊たちは武器を取り落とし悲鳴を上げて失神していく。
ある種、災難だなと少年は盗賊たちに手を合わせた。

「さて、どうするか?」
「そうだな〜そろそろ、レムも帰ってくるだろうから、館に戻ってみようと思います。」
人面草・霊魂の混合軍団の攻撃で気絶した盗賊たちを衛兵の詰め所に突き出し、いくばくかの賞金を受け取った少年の答えにオーマはひとしきり考え込む。
彼の言うとおり、そろそろレムも帰ってくる頃だろう。
館に向かってもいいが、盗賊に襲われた後ではどうにも後味が悪い。
異世界から来た少年にこのまま悪いイメージを持ったまま戻られてはここに住まう者として許せないものがある。
よし、と意を決すると、オーマは少年を笑いかけた。
「お前、高いところは平気か?最高の眺めを見せてやるぜ。」
その笑顔が意味するものが分からず、少年はきょとんとした表情を見せた。

抜けるような高く澄み切った空が近く、頬をなでる風が気持ちいい。
見下ろすと、眼下に広がるのはエルザード城とその城下街。
その見事で最高な眺めに少年は嬉しさに頬を紅潮させ、しっかりと目に焼き付ける。
「どうだ?空から見る光景は。」
「すごくいい眺めだよ!けど、驚いたよ。まさかオーマさんが翼のある獅子に変身できるなんてね。」
振り落とされないようにしっかりと捕まりながら、獅子になったオーマに少年は大声で叫び返す。
その雄大な銀色の翼が日に照らされ輝く光景にも目を奪われる。
いろいろと旅して回ったが、上空から案内されるのは初めての体験だ。
浮遊系の―風の魔法を使えば、自分で飛ぶこともできるが、こうやって直に風を感じて遊覧するなんて得がたい経験である。
「そうか、そうか。喜んでもらえてよかったぜ!また、機会があったら案内してやるぜ♪」
その言葉に満足したようにオーマはうなずくと翼を旋回させるが、これだけで充分だよと少年は心の中で苦笑した。

FIN

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953:オーマ・シュヴァルツ:男性:39歳:医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】


【NPC:レディ・レム】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、緒方智です。
この度はご発注ありがとうございます。
かなり自由度の高いものになりましたが観光案内いかがでしたでしょうか?
案内してもらいました少年もずいぶん楽しんだようです。(やや疲れたようでもありますが。)
楽しんでいただけましたら幸いです。
またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。