<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


巡る想い −結絆


 街外れの湖の畔に、“占いの館”を遣っている洋館が在る。
 館内部の装飾は凡て此処の主の趣味である。決して悪くは無い。品の良い、落ち着いた調度品で纏められているのだが、問題は他に有った。
 其れは、主の蒐集癖。
 整理整頓されているのは人目に附く処だけで、宝物庫とは名ばかりの倉庫や、使われていない小部屋等には既にモノが溢れていた。
 此の状況に、少しばかり危機感を感じた弟子は、と或る天気の良い日に提案する。
「師匠(せんせい)……宝物庫とギャラリの品々、そろそろ如何にかしよう。」
「……ぇー……。」
 師匠と呼ばれたノイルは情けない声で返す。
 弟子であるラルーシャは呆れ気味に溜息を吐いた。
「……解ったよ……。虫干し序でに蚤の市でも開こうか、」
 ――彼の仔達もそろそろ相応しい持ち手が現れたかも知れないし。
 呟いてノイルは立ち上がる。

 ――斯うして、『Gefroren Leer』の蚤の市は開かれた。


     * * *


「……ぁ、来た。」
 晴れ渡った空の下、湖の畔に品物を並べ終えたノイルが遠い目でぽつりと小さく呟いた。
「は、何……、」
 然し、ラルーシャが其の目的語を問う前に件の人物が姿を見せる。
「よう、聖筋界大胸筋ドキムネ親父ダンシング蚤の市すね毛イリュー、」
「そんな奇っ怪な市は開いてないよ。」
 効果音でも附きそうな程見事に登場した件の人物――オーマ・シュヴァルツ、の科白にばっさり被せてノイルはにっこりと微笑んだ。
「……せめて最後迄云わせろや。」
「嗚呼、オーマさん。いらっしゃいませ。」
 ジト眼でノイルを見遣るオーマに、状況を理解したラルーシャが一礼する。
「おう、久し振りだなラルーシャ。」
 軽く手を挙げて応えるオーマに、ノイルが、多分売り物だろう揺り椅子に腰掛け笑い乍問うた。
「其れで、蚤の市って訊いて遣って来たのなら……今日の目的は買い物かな、」
「嗚呼、聖筋界を伝説の親父桃源郷へと導きし『腹黒イロモノ親父愛三種の神器基筋器』と云われる親父レアアイテム求めてだな……、」
「…………。」
 軽く明後日の方向を眺めた後、ノイルは目頭を押さえた。
「あの……だからね、オーマ……、」
「な、ん……ッ、」
 何だ、と云い掛けたオーマは突然、不自然に動きを止める。
「どしました、」
 其れを見たラルーシャが不思議そうに首を傾げる。
「ぁ、あぁ……、」
 オーマは、ぎぎぎぎぎと丸で油の切れた機械の様な覚束無い動きで振り返る。
 其処に立っていたのは――、
「家を抜け出してふらふらほっつき歩いてると思ったら……おや、随分と面白そうなモノを出しているんだねぇ、」
 燃える深紅の髪に大鎌を携えた美しき女性。
「シェ、シェ……シェラ……ッ、」
 声音に軽く恐怖を滲ませ乍、オーマの動きが完全に止まった。
「おや、噂の奥方かな。」
 其の様子を口角上げて眺めていたノイルが呟き、立ち上がる。
「御初に御眼に掛かります。しがない占術師のノイルと、其の不肖の弟子ラルーシャです。御噂は予々。」
 自身とラルーシャを示し、シェラと呼ばれた美女に向け優雅に一礼する。
「御丁寧にドウモ。あたしはシェラ、シェラ・シュヴァルツよ。其処のろくでなしの妻を遣ってるわ。」
 ――其れに、こっちこそあんた達の事も良く聞いてる。
 そう云ってシェラ・シュヴァルツはウィンクを返した。
 其れを聞いてノイルは笑い、亦揺り椅子に腰掛けた。
「其れは其れは……変な事を聞いてないと良いのだけど。」
「シェラさんも、御時間宜しければ見ていって下さい。……師匠のモノなんで趣味が偏ってますが。」
 ラルーシャの言葉にシェラは辺りを見廻す。
「そうさねぇ……彼のろくでなしの性根を叩き直して、此以上無い位に『最高の夢』を見せるブツ――そんな物でも有れば喜んで買って上げるよ、」
 シェラは其処迄云うと、言葉を切り口の端を上げた。
「其れとも何かい、あたしに買われ「抱かれる」のはノイル、ラルーシャ、あんた達の方が良いかねぇ、」
 ノイルの顎に指を掛け、其の顔を覗き込んで妖艶な笑みを浮かべるシェラにノイルも亦微笑み返し。
「おやおや、私は高いよ。……其れより、オーマの目の前だけど良いのかな、」
「嗚呼、そんな事。気にしなくて良いわ。」
 悪乗りしている二人にラルーシャが溜息を吐いた時、やっとオーマが硬直を解いた。
「否、気にして呉れ……ッ。」
「あら、」
「ぁ、御帰りオーマ。」
 振り返るシェラと、にこやかに手を振るノイル。
 俺じゃ如何遣っても止められねぇな……とラルーシャは明後日を向いて悟っていた。
「ま、買い物位は自由になさいな。但し……生活費着服したら如何為るか解ってンだろうねぇ、」
 ノイルから離れたシェラはオーマに向き直り、自棄に刃が輝く大鎌と何時の間に現れたのかケルベロスを従えて笑っていた。
「そ、そんな、滅相も……、なっ、」
「否、俺に同意を求められても……。」
 そう、オーマに勢い良く肩を掴まれたラルーシャは視線を泳がせる。
 其の様子を眼を細めてクスクスと笑い眺めていたノイルが、椅子を揺らし乍声を掛ける。
「別に御代は御金じゃなくても良いからねぇ……、」
 ――其の仔達も、求めてる人の元へ行くのが一番なんだから。
 そう云い乍も何処か眠そうなノイルの様子に、ラルーシャが眉根を顰めて近寄った。
「師匠、日光辛いなら早目に云ってよ、日傘持ってくるから」
 至極小声でノイルに呟くと、相手はにこりと首を傾げて返した。
「大丈夫、ホント、……眠いだけ。」
 ぼそぼそと話す二人にオーマが不思議そうに声を掛ける。
「おい、如何かしたのか、」
「ん、否ー。御客さんの前で眠そうな顔するなって怒られたー。」
 ノイルは困った様に笑いひらひらと手を振って其れに応えると、其の後、今度はきちんと顔も口調も整えて続けた。

「……さて、御客様方。時間の赦す限り思う存分見てって下さいな。」


     * * *


「……師匠……。」
「何かな、ラルゥ。」
「ウチに有ったモノはあんな奇っ怪なモノばかりだったんですか、」
 結局揺り椅子に陣取った侭のノイルと其の隣に控えているラルーシャが、品定めする二人を見つつ言葉を交わしていた。
 二人の視線は、主にオーマに注がれているが。
「んー……正直、あんなモノを集めた記憶は、無い。」
 ノイルがそうきっぱり返すと、ラルーシャがそうですよね……と何処か悟った様な顔で、何かを必死で探しているオーマを見守っていた。
「うぉぉぉお、筋器は何処だぁぁぁあッ、」
 素早く手早く、且つ丁寧に……と流石主夫と云わんばかりの手捌きで調度品を掻き分けては確認し、元の場処へと戻していた。
「……彼の勢いだと、其の、筋器とやらが出て来ちゃいそうで怖いなぁ。」
「てか、彼……オーマさんの影響なのか、矢っ張り。」
 多分ねぇ、とぼんやり、今迄にオーマの起こした事を思い出した。



「何だ、此処……はッ、褌アニキ異空間かッ、」
 花瓶に吸い込まれる事一回。
「アレ……オーマさんは……、」
「……、……其の内帰ってくるんじゃない。」
 そして其の記念なのか土産なのかに褌を持ち帰ってきた。


「む、アレは……ッ、彼のワル筋は何としてでも大胸筋ホールドアタックで更正せねばッ、」
 異世界で拾ってきた映像受信機に映った画面に飛び込む事一回。
「彼の機械そんな機能……、」
「無いよ。……てか此処じゃ動かない筈なんだけどな……。」
 そして其の悪とやらを懲らしめてきたのか、さぞ満足げに画面から戻ってきた。


「此は……ッ、」
 妖しげに蠢く本に喰われ掛ける事一回。


「若しかして此の中に……。」
 クローゼットの中に消える事一回。


「は、亦褌アニキがッ、」
「――、」
「……。」

 …………、以下略。



「良くもまぁ……。」
「……今度来る迄に浸食を食い止める結界張っちゃおうかな……。」
 ノイルが一寸真剣に其の事を検討し始めた時、オーマが何かを持って遣って来た。
「よ、此と此貰うぜ。」
 其の両手に有るのは青い花飾りの附いた銀の髪留めと、一抱えも有る赤い眼をした兎の縫包み。
「おや、筋器とやらは良いのかい、」
 其れ等を眺めて微笑むノイルにオーマは嬉しそうに笑い返す。
「別に其れは今度で良いしよ、其れよりも、シェラと娘に何か遣りたくてな。……ぉ、」
 オーマが云い終わる前に、ノイルとラルーシャが其れ其れに細い繻子のリボンと、大きな天鵞絨のリボンを結わえた。
「ま、此の程度しか出来ないけど……贈り物って云うのなら、ね。」
 そう云って二人で悪戯っぽく笑う。
「有難うな。……ぁ、そうだ、代金なんだが……。」
 オーマはごそごそと荷物の中を漁って、自棄に分厚く……明らかに鞄の収納サイズを無視した大きさの冊子を自信たっぷりに取り出した。
「此で如何だッ、『ノイル君&ラルーシャ君セクシーグラビア激写筋等身大写真集ッ大増1000P』特典付き腹黒同盟パンフだ。」
「うわぁ……。」
「てか亦置き場に困る様なモノを……ッ。」
 二者共微妙な反応を返しつつ、其れでも一応頂いておく。
「……こんなの何時撮ったのさ……。」
 余りに大きくて持てないので、椅子に立て掛けてからぽつりと呟く。
「後……ラルゥ、手出せ。」
「はい、」
 首を傾げるラルーシャの手の上に、オーマは一輪の花と其の種を載せた。
「若しかして此……。」
「おや、ルベリアじゃないのさ。」
 オーマの後ろから聞こえてきた声に視線を遣れば、此方も目当てのモノを見附けたのか、何か抱えているシェラの姿。
「そうだ。育てて遣って呉れや。」
 ラルーシャは其の種を大事に手で包むと微笑んだ。
「はい、有難う御座います。」


     * * *


 シュヴァルツ夫婦を見送った後、片附けをし乍ノイルがぽつりと呟いた。
「……オーマが買っていた髪留め……彼、パワーアップアイテムなんだよね。」
「は、」
「紅い髪に青い花は映えるだろうねぇ……。」
 橙から藍へ変わっていく空のグラディションを眺めて。
「其れ、オーマさん……。」
「知らないだろうねぇ。」
 如何して教えなかったんだなんて云うだけ無駄だと、附き合いの長い弟子は思った。

 だって其の方が面白そうじゃない、って返って来るに決まっているのだから。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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[ 1953:オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳(実年齢999歳) / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り ]
[ 2080:シェラ・シュヴァルツ / 女性 / 29歳(実年齢439歳) / 特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談) ]

[ NPC:ノイル / 無性 / 不明 / 占術師 ]
[ NPC:ラルーシャ / 男性 / 29歳 / 咒法剣士 ]

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■         ライター通信          ■
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今日和ー、毎度御馴染み徒野です。
此の度は『巡る想い』、御夫婦で御参加頂き誠に有難う御座いました。

うさ縫包みでしたが気に入って頂けるかなぁ、と心配しつつ。
縫包みは普通の品ですけどねッ。
こんな作品ですが、一欠片でも御気に召して頂ける事を祈りつつ。

――其れでは、奥方ヴァージョンで御眼に掛かります。御機嫌よう。