<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


どんなに不味いものでも美味しく感じる薬草


 その日、シルヴァはある一軒の薬草屋の前で、その壁に貼られているチラシを睨みつけていた。そのチラシには『どんなに不味いものでも美味しく感じる薬草』という文字が書かれている。
「……どんなに不味いものでも、美味しく感じる……」
 ぼそりと呟く姿は、何やら近付き難い暗いオーラを出していた。街行く人々が不審気な目でシルヴァを見るが、当の本人はそんな視線など微塵も気付かず、財布の中身を確認すると、「よし」と気合を入れて店に入る。
「すまん。店主はいるか?」
「はいはーい。フィツイ薬草屋一号店店主のフィツイ・ポポイで御座いまーす。何がご入用ですかー?」
 シルヴァの声に答えたのは緑色のブカブカなローブを着込んだ子供、フィツイ・ポポイだった。カウンターの下から顔を出し、小さな手を乗せる。
「店の玄関に貼られた、どんなに不味いものでも美味しく感じる薬草というのはあるか?」
「ありますよー。これになります」
 そう言ってポポイが取り出したのは、橙色の粉が入った小さな瓶だった。
「一振りでどんなに不味いものでもあら不思議! とっても美味しく感じられるようになります」
「どっっんなに不味い料理でもか?」
「はい! どっっんなに不味い料理でもです」
 力の入ったポポイの言葉に、シルヴァが尊いものを見るかのような目で瓶を見つめる。これさえあれば、あの地獄から脱出することが出来る。そう考えたシルヴァの頭に、飄々とした、それでいて黒い笑顔が現れ、シルヴァは思いっきり嫌な顔をした。
「そんなに不味い料理なんですか?」
「不味いなんてものじゃない。作る奴が味音痴だから、料理も壮絶だ。見た目は悪いわけじゃないんだが……何というか、形容し難い味でな……」
 その味を思い出してしまったのか、シルヴァが言葉を濁し、口元を手で覆う。そんなシルヴァにポポイは慈愛に満ちた笑みを浮かべ、瓶を差し出した。



「あ、シルヴァんはっけーん!」
「げ! クレシュ!」
 瓶を握って意気揚々と店を出たシルヴァは、広場を通りかかったところで明るく元気な声に呼び止められ、思わず叫ぶ。だが、そんなあからさまな態度のシルヴァに気付いているのか気にしていないのか、クレシュ・ラダはがっしりとシルヴァの腕を掴み、ふっふっふっ……と黒い笑みを向けた。
「逃がさないよ、シルヴァ君」
「逃がしてくれ、頼む」
「そうは魚屋が下ろさねぇ。いざ我が城へ! 沢山の料理をご用意しております」
「魚屋じゃねぇだろ、魚屋じゃ……って引っ張るな!」
「今日はねぇ、お魚料理ですよー」
「だから魚屋か……じゃなくて! 料理に凝ってるのはいいが、何で毎回毎回俺ばっかりに食わせるんだ! 他の奴も呼べ!」
「何言ってるの。シルヴァ君に食べさせてあげたいから、こうして忙しい仕事の合間を縫って料理を研究してるんじゃないか」
「お前が研究っていうと何か別のもの想像するな」
「……だって、本当に研究だし?」
「あ? 何て言った今。今何か不穏なこと言っただろ! おい! 何て言った今!……って、んなこと言ってる間に!」
「はいはーい。我が城へようこそー」
 わいわいと突っ込みを入れているうちに恐怖の館に連れて来られたシルヴァは、あれよあれよと椅子に座らされる。目の前には美味しそうな匂いを漂わせる、宮廷料理のような豪華な食卓が広がっていたが、シルヴァの顔からはざっと血の気が引いた。
「何で見た目だけは一流なんだ……」
「香りも一流でしょ?」
「味が問題なんだ!!」
 飄々と言うクレシュに、シルヴァが噛み付く。が、自分が先程買ったものに気付いたシルヴァが、心の中でそっと笑みを浮かべた。
「さあさあ! どんどん食べてくれたまえ!」
「……仕方ねぇな……じゃあ、何か飲み物くれ」
 クレシュの楽しそうな言葉に、シルヴァが溜息を吐きつつ、フォークを手にする。そしてクレシュが飲み物を取りに行くためにシルヴァに背を向けた瞬間、持ち前の素早さをフルに使い、瓶の中身を料理に振りかけた。クレシュがコップを持って戻って来たとき、シルヴァは空になった瓶を素早く隠す。
「そんじゃ、頂くぜ」
「食べて食べてー」
 意を決して、シルヴァが恐る恐るフォークに魚の身を刺し、口元に運んだ。シルヴァの反応をわくわくと待っているクレシュを横目に見ながら、柔らかい白身を咀嚼する。
「どう? どう?」
「……美味い!!」
 カッと目を見開いて立ち上がったシルヴァに、クレシュが驚いたように身を引いた。
「美味い! すげぇ! 高級料理みたいだ! マジうめぇ!」
 叫んで、バクバクと物凄い勢いで料理を食べるシルヴァの姿に、クレシュが何だかつまらなそうな顔になる。
「おかしいなぁ……調味料なんて一切使ってないのに……」
「……何て言った今」
「調味料の代わりに色々な薬を使ったんだけど……失敗したんだろうか……もしや化学作用で美味に? それはないだろうし……うーん……ん?」
 急に静かになったシルヴァに気付いて、クレシュが顔を上げると、そこには手に持ったフォークを握力だけでバキリと折り、怒りの形相でクレシュを見下ろすシルヴァがいた。
「てめぇ……もしかして今までの料理も……」
「あ、あははは。それはほら、知的好奇心というやつでね。君に色んな薬を投与したらどうなるかなーなんて。生態調査ってやつ? 半ドラゴンなんて珍しいからさぁ」
「……てめぇ! 殺す!!」
 シルヴァの叫びと共にクレシュの家の屋根が吹き飛んだとき、ポポイは橙色の可愛らしい小さな花に水を与えているところだった。
「平和ですねぇ……」
 遠くの空に、壊れた屋根がばらばらと散っていった。









 
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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1800/シルヴァ/男性/20歳/傭兵】
【2315/クレシュ・ラダ/男性/25歳/医者】



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           ライター通信          
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どうも、ライターの緑奈緑です。ご来店まことに有難う御座いました&納品遅れて大変申し訳ありませんでした。私は駄目人間ですね。ごはぁ。
何とも楽しいプレイングで、書いてる最中ノリノリでした。ので、PLさま方にも楽しんで貰えれば幸いです。