<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


塗るとみるみる毛が生える薬草


 爽やかな風が通り抜ける中、オーマ・シュヴァルツは最近出来た一軒の薬草屋に来ていた。それは以前に薬草を購入したこともあり、その前には珍しい薬草を取るのに協力したこともある(そのときは残念ながらウォズに邪魔されて、多大な精神的ダメージを負ったのだが)それなりに付き合いのある薬草屋だった。何でも、また新しい珍奇薬草を仕入れたということで、どんなものかと見に来たのである。
 そして、そのフィツイ薬草屋一号店店主、フィツイ・ポポイが取り出したのは、鉢植えに入った、一見どこにでもあるような緑色の草だった。
「何だ、こりゃ」
「これは、この根っこを潰して泥上にしたものを肌に塗ると、その部分からみるみる毛が生えるという珍しい薬草なんですよー」
「毛っつーと、何か? アレか? 聖筋界胸毛濃い濃いでもヘッドはギラリマッチョビームでGO★らぶマッスル親父フレンズ御用達☆なシークレット筋アニキブツみてぇなもんか?」
「そうですねー。それの強力版みたいな感じです。もうあれよあれよと毛が生えるので、ある種の人間によって乱獲されてしまって絶滅の危機に陥ったんですけど、僕らが頑張って復活させたんです」
「そらぁ、乱獲されるなぁ」
 通常なら理解し難いオーマの説明にも動じず、ポポイはにこにこと薬草の世話をしている。
「それ、貰えるか?」
「え? でもオーマさん、フサフサじゃないですか?」
「いや、聖筋界ミステリー親父マニア薬草レアアイテムフィツィ筋X★と来れば、親父愛コレクションに収めつつ秘密の大胸筋ラブスパイスで熟成発酵筋させようかと思ってよ」
「そういうことでしたら。強さは弱・中・強とありますけど、どれにします?」
「ミックスって出来るか?」
「ミックスですかー。出来ないことはありませんが、ちょっと待ってて下さいねー」
 言って、ポポイがカウンターの下でごそごそと仕事を始める。そして数分後、どす黒い泥がたっぷり詰まった大きな瓶をドンッとカウンターに乗せた。
「物凄い強い薬なんで、塗るときは気をつけて下さいねー」
「おうよ」
 そうしてオーマは、特別ミックスブレンドの薬草が入った大きな瓶を抱え、ほくほくと家へ帰って行った。



 数日後。オーマはコレクションボックスに収まっている大きな瓶を眺めながら、使い道について思案していた。
「ラブスパイスも混ぜたからなぁ。どんなことになるか未知数だな。試してみてぇなぁ……」
 ふふふふ〜ん、と鼻歌を歌いながら瓶を布で拭きつつ、オーマはテーブルの上に置いた新聞に目を止めた。それはオーマ行きつけのソーン腹黒商店街新聞で、見出しには『怪奇! 毛生えマニア通り魔事件』という文字が躍っている。
「毛生えマニア?」
 小首を傾げて新聞を手に取ったオーマは、瓶をテーブルに置いて一面を読んだ。
「商店街を恐怖に陥れる、毛生えマニア通り魔。それは何者かに突然襲われ、全身を毛だらけにされるというもの。毛だらけにされた人は失神した状態で見つかり、、病院のベットは屈強なマッチョたちで満席だ。犯人は未だ不明であり、泥のようなものの正体も判っていない……」
 一通り読んだところで、オーマは新聞を下げてテーブルの上に置かれた瓶を見た。そしてその新聞と瓶を交互に見つめ、考え込む。
「どう考えても、これだよなぁ……もしや、ワル筋がフィツイ筋Xの悪乱用か?」
 むむむっと唸って、オーマは立ち上がった。手にはしっかりと瓶を抱えている。
「こりゃあ、腹黒商店街のヌメリ筋肉未来を守るため、俺が行くしかねぇな!」
 かくして、オーマと毛生えマニアとの熾烈な戦いが始まった。



 その日、ボブ・マッチョ(仮名)さんは自慢のつるつるとした胸筋をアピールする服を着て、腹黒商店街へとネギを買いに行っていました。後にボブさんはマスコミの取材に、こう答えたそうです。
「大好物のネギ鍋をしようと思ったんだけど、ネギが切れちゃっててねぇー。大変だわーって思って買いに行ったら、まさか会うとは思わなかったわよー。え? 誰にって、噂になってた通り魔の毛生えマニアよー。もう、どうしようかと思ってねー。だって、このコラーゲンたっぷりのつるっつるな肌に毛なんて生やされてみなさいよー。アタシ、死んでも死にきれなくて幽霊になって踊り出ちゃうわよ」
 踊らないで下さい。



「そこのワル筋! ストップインザ親父愛!」
 商店街の路地裏で、今まさにボブさんに泥を塗ろうとしていたワル筋の手が、シュバッとヒーローの如く空から現れたオーマの姿に驚いて止まった。
「な、何だテメェ!」
「そこのコラーゲン肌に毛は生やさせない! 腹黒商店街のヌメリ筋肉守るため! やって来たぞ我らがヒーロー、オーマ・シュヴァルツだ!」
「いやーん、オーマさまー。助けてー」
 スタンッと地に降り立ち、声高に名乗ったオーマにボブさんが擦り寄る。それに任せとけと頷いて、オーマは脇に抱えた瓶の蓋に手をかけた。
「自らに使わず、他人に使うとは言語道断! 覚悟するがいい!」
「何を……! 人の気も知らずに! 自らに使ったら大変なことになるんだよ! 見ろ! この胸を!」
 そう叫んで、ワル筋が着込んだ服をバッと脱ぎ捨てる。と、その胸に、服に押さえられていたボンバーな胸毛が飛び出した。
「ぬっ! その毛は……」
「信じられるか……これ、地毛なんだぜ……小さいときからこうなんだぜ……小さいときは皆に原住民だとからかわれ、大人になっても気持ち悪いと女には嫌われて……この気持ちが判るか!? 剃っても剃っても、次の日にはボンバーな俺の気持ちが!!」
「だから無毛のつるつる肌に毛を生やしたのか」
「そうさ! 俺と同じ気持ちになってみやがれってんだ! こんちきしょー!」
 動機を話して興奮したのか、ワル筋が泥をオーマに向かって投げつける。それをサッと避けたオーマが、手をかけた瓶の蓋を回した。
「気持ちは判らんでもないが、そんな理由で人々に迷惑をかけたことは許せん! 我が親父愛フィツイ筋DXを食らえ!」
 オーマが瓶の中身をワル筋に振り掛ける。べちゃりと頭から泥を被ったワル筋が、むくむくと膨らんでいく胸毛に恐怖の叫び声を上げた。と、そのとき、膨らんでいたと思ったボンバーな胸毛が白い水蒸気のようなものと共にしゅうしゅうと音を立て、ぼとりと胸から滑り落ちる。
「お?」
「お、おおおお!!」
 ボンバーな胸毛の下から、つるつるのコラーゲン肌が現れた。その胸筋を愛しげに撫でながら、ワル筋が涙する。
「胸毛が……胸毛がなくなった! あんた、天使だ! 神様だ!」
「いやあ、それほどでも……ていうか、どういう原理だ? 何で毛が生えるはずの薬で毛がなくなるんだ?」
「それはですねー」
 疑問を口にしたオーマの言葉に現れたのは、ポポイだった。いつの間にやって来たのか、オーマの足元で人差し指を立てている。
「うお。お前、何でいるんだ?」
「ボクの作った薬草が悪用されてるらしいと聞いて、飛んで来たんですよー。まあ、それは置いといて。オーマさんが持ってる薬はとっても強力なので、恐らく彼の中の毛根が急激に活性化して、一生涯に伸びる分の毛量を超え、毛根が死滅したのでしょう。なので、もう生えることはないと思いますよ」
「うおおお! つるつるー! つるつるー!」
 ポポイの説明を聞いていたのか聞いていないのか、胸筋をばちばちと叩きながら咽び泣くワル筋に、オーマはぼそりと呟いた。
「永久脱毛か……」
 その日から、腹黒商店街には再び平和が戻ったという。










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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】



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           ライター通信          
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ライターの緑奈緑です。毎回変則的で楽しいプレイングを有難う御座います。まさかこの薬草をそんな風に使うとは思ってもいませんでした(笑)。作者自身も楽しんで書いたので、PLさまにも笑って頂けると嬉しいです。