<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


潜在能力をぐーんと引き出す薬草

 その日、オーマ・シュヴァルツはすっかり常連となった薬草屋へ足を運んでいた。その眉間には深い皺が刻まれ、いつになく真剣な表情である。
「いらっしゃいませー……って、どうしたんですか?」
 フィツイ薬草屋一号店店主のフィツイ・ポポイは、店のドアを開けた途端に物凄い顔で自分を睨んできたオーマに、思わずミシンを踏む足を止めた。
「おまえ……裁縫出来るのか?」
「え? ああ、これですか?」
 オーマの言葉に、ポポイはミシンに置かれた緑色のローブを見る。それはいつも来ているはずのポポイのトレードマークであったが、今はいかにも作りかけと言った感じに、腕の部分が片方しかなかった。ポポイも、珍しくインナーの白シャツのみである。
「昨日、薬草を採りに行ったら大きな鳥に襲われちゃいましてね。服がボロボロになっちゃったので、こうして新しいのを作ってるんですよ」
「自分で作ってるのか?」
「はい。フィツイ一族は皆器用ですから。たいていのことは何でも出来るんですよ。そうでないと、一人旅なんて出来ませんからねー」
 そう言って楽しげに笑いながら、ポポイがミシンを踏んだ。カタカタという音と共に、ポポイの小さな指が器用に布を押していく。それをオーマはジーッと見つめ、羨ましそうに溜息を吐いた。
「で? どうしたんですか?」
「……これを見ろ」
 首を傾げるポポイに、オーマは一枚のチラシを取り出す。それをカウンターの上に乗せると、ポポイはミシンを止めてチラシを覗き込んだ。
「んー、何々……? 下僕主夫裁縫筋マッチョるんるん大胸筋厄災バトル筋大会……? ああ、要するに、裁縫の腕を競い合う大会ですか」
「そうだ」
 頷くオーマに、ポポイはこの人たちの言語は理解するのに時間がかかるなぁと思いながら、チラシの内容をざっと読み始める。どうやら主夫だけで裁縫の腕を競う大会で、優勝者には豪華な賞品が用意されているらしい。開催は明日。ポポイはチラシから顔を上げ、オーマに視線を戻した。
「これがどうしたんですか? 出場するんですか?」
「出たい。出たい……が!」
「が?」
 こういったお祭りの好きなオーマにしては歯切れの悪い返事に、ポポイが続きを促すと、オーマはカウンターの上にそっと黒のトートバッグを置いた。
「これ、オーマさんが作ったんですか?」
 問われて頷くオーマに、ポポイはバッグを手に取る。ザクザクと真四角に切った布を重ね合わせて縫っただけの、何とも粗末な造りだ。縫い代も何も考えられておらず、切り口はボサボサ、縫い方も何だかぐにゃぐにゃと曲がっている。バッグとして持ち運べるような代物ではない。
「これは……酷いですね……」
「何度やっても上手く作れなくてな……」
 そう呟くオーマの声はどんよりと沈んでいた。炊事洗濯パーフェクト、主夫の鏡のようなオーマだったが、意外なことに裁縫が全く駄目なのであった。不器用ではないし、きちんと作ろうと努力しているにも関わらず、どうにも壊滅的なものしか作れないのは謎である。オーマの妻が普通の食材で何故あんなにトンデモナイモノを作れるのかと同じくらい謎である。
「ああ……何か、裁縫スキルが上がるような薬とかはねぇもんかね……」
「ないことは、ないですけど」
「あるのか!?」
 ポポイの言葉に、カウンターに突っ伏していたオーマががばりと起き上がった。その勢いに椅子から滑り落ちそうになったポポイは、慌ててカウンターの端を掴む。
「ロ、ロミャ二という薬草から抽出したもので、飲めば潜在能力を一時的に引き出す薬がありますけど、丁度良く裁縫スキルが上がるかどうかは判りませんよ? それに、言い難いんですけど、その……もしオーマさんの裁縫スキルが全くのゼロだった場合、薬を飲んでも能力を引き出すことは出来ないかもしれませんし……」
「それは試してみりゃ判る。くれ。今すぐくれ」
 ずずいっと手を伸ばして来るオーマに、ポポイは一つ溜息を吐くと、カウンターの下から一つの小瓶を取り出した。透明な小瓶の中には、仄かに光る青白い液体が入っている。
「効果は24時間です。オーマさんの体格ですと、この小瓶の半分が適量ですね。一応副作用なんかはないんですけど、飲み過ぎると身体にどんな影響が出るか判らないので飲み過ぎないように……」
「おおー! それか! サンキュー!」
 説明するポポイの手から小瓶を奪うと、オーマは嬉々として店を出て行った。その背中を呆然と見送り、ポポイははっと我に返る。
「あ! オーマさん! 半分ですよ! 飲み過ぎたら駄目ですよ!? ……って、ちゃんと聞こえてたのかなぁ……」
 オーマが出て行ったドアを見つめながら、ポポイは心配そうに呟いた。


 パンッパパンッと空にはじける煙が上がる。普段でも賑わいのあるソーン腹黒商店街は更なる人の波を抱え、その人の波は商店街の中心部にある一つのステージへと向かっていた。
「第一回! ソーン腹黒商店街☆下僕主夫裁縫筋マッチョるんるん大胸筋厄災バトル筋大会ー!!」
 ドンドンドンドンと太鼓の音が響き、集まった観客から盛大な拍手と歓声が上がる。大会の司会者が大会の要項やルールなどを説明している中で、ステージの裏ではオーマがポポイにもらった小瓶を片手に気合を入れていた。
「よし! 今日こそ目覚めよ、我が裁縫スキルよ!」
 叫んでオーマは一気に瓶を傾ける。かすかに粘着質のある青白い液体はするりとオーマの喉を通っていく。
「ああー!」
「おわっ!」
 突然背後で叫ばれて、オーマはドーピングが見つかったのかと焦って瓶を隠そうとするが、慌てて落とした瓶を小さな手に取り上げられた。
「全部飲んだんですか!?」
「って、何だ、お前かぁ」
 怒った顔で瓶を取り上げたのはポポイだった。他人に見つかったのかと思っていたオーマはあからさまに安堵するが、ポポイはずいっと顔を近づけ、オーマに迫る。
「半分だけ飲んでくださいって、飲みすぎは良くないって、言ったじゃないですか!」
「あー、そうだっけ?」
 そんな事も言われたような、とオーマは宙を見て頭を掻いた。そんなオーマをジーっと見て、ポポイは呆れたように溜め息を吐く。
「どんな症状が出るか判らないんですから。もー知りませんよ?」
「すまんすまん。でもまぁ、今んとこ大丈夫だし。何とかなるだろう」
 オーマがそう言った瞬間、わーっと観客の声がひときわ高くなった。ステージを覗き見れば、司会者がこの大会の優勝商品を紹介しているところだった。
「優勝商品は、これさえあればご機嫌ナナメのハニーも天使の笑みに変わる、超高級エステ&スパ2泊3日旅行券!!」
 司会者の持つ金色のチケットに、オーマの目が煌き、拳に力が入る。
「あれさえあれば二日間は番犬ハニーの親父ナマ絞り仕置きから逃れてゆっくりのんびりマッチョ出来るんだ。俺はやるぜ!!」
 ゴゴゴゴと燃え上がっていくオーマの気迫に、ポポイは思わず後ずさった。かける言葉も失い、ポポイはステージに上がって行くオーマの背中を見送る。
「大丈夫かなぁ…」
 大丈夫ではなかった。



 カーカーと夕暮れのカラスが飛んでいく。さっきまで熱気に溢れていた会場のステージは次々と取り壊され、つめかけていた観客も綺麗にはけている。そんな中で、オーマは自身の作ったバッグを握り締め、がっくりと膝をついていた。
「何故だ……何故だー!!」
「オーマさん……本当に裁縫スキルゼロだったんですね……」
「うおおおおおー!!」
 あまりの事に号泣するオーマの手には、作りたてのバッグが握り締められている。それはまるできくらげの如くへにょへにょとした形をしており、およそバッグの機能はおろか、って言うかこれバッグですか?と疑わざるを得ないような形状をしていた。
「まぁ、人間、誰にだって弱点はありますって」
「ううう、畜生ー……ん?」
 慰めるポポイがオーマの肩に軽く手を置くと、そこに何やら痛みを覚えたオーマがふと顔を上げる。その拍子に、伸びていた背中の筋肉が縮み、激痛が走る。
「あだだだだだ! な、何だ、この筋肉痛みたいな痛みは」
「あ! もしかして副作用?」
「何ぃ!? あだ! あだだだ!」
 ポポイの言葉にオーマが声を上げるたび、全身の筋肉が引きつり、痛みが走る。人間というのは外からの痛みは我慢できても、内側から与えられる痛みには弱いものだ。オーマも例に洩れず、涙目でポポイに訴える。
「た、助けてくれー」
「僕の忠告を無視した所為です。どんな副作用が出ても知りませんって言ったじゃないですか」
「ぐあーっ!」
 赤い空に、オーマの悲痛な悲鳴が響き渡った。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】


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■          ライター通信         ■
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ライターの緑奈緑で御座います。毎回ご参加有難う御座います。
それなのに遅延してしまいまして、まことに申し訳ありませんでした。
頑張って執筆致しましたので、楽しんで頂けていれば嬉しいです。