<PCクエストノベル(2人)>


うるワしの瞳

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2081/ゼン        /ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー   】

【助力探求者】
なし

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 麗しの瞳、と呼ばれる魔法がある。
 その名からも分かるように魅了の効果を持つその魔法は、手に入れるために勇気が必要だという言い伝えしか残っておらず、手に入れたとしても自分の望むような効果が得られるとは限らない、まるでくじ引きのような魔法だ――と、オーマ・シュヴァルツは思っていた。
 何しろ、あれだけ苦労して手に入れた割には効果時間がほんの僅か。長くても何度か呼吸する前に終わってしまうという長短時間の魅了しか手に入らない、かなり切ない結果になってしまったのだから。
 お陰で今は、なかなか懐いてくれないご近所のボス野良猫の腹を撫でるためだけに使ってみたり、泣き喚く子どもに懇願されて薬を飲ませたりというピンポイントでしか使えず、
オーマ:「俺様の使いたかったのはこんな事じゃねえ……ッッ」
 と、人知れず悶えてみたりしていたのだった。
 そんな悶々とした日々を過ごしていたある日のこと。
 ぼうっと窓の外を眺めながら、ぽっかりと空いた診療時間の暇を持て余していると、
 ひらり、と目の前にどこからともなく一枚のチラシが舞い降りてきた。
オーマ:「お?」
 それはエルザードから少し離れた開けた大地に、巨大デパートが開店したというお知らせの紙。ただし、そのチラシは窓の外から入って来たわけではなく、空中から突如空間を縫って現れたと言うような雰囲気のものだった。
 だが、オーマはそんな事に頓着しない。
オーマ:「お……おおっ」
 それよりも、そのチラシの中に踊っている文字に完全に目も魂も奪われていた。

『聖筋界下僕主夫の皆様に朗報!今生まれ変わったかもしれないスーパーネオ筋DX麗しの瞳ただいまどっかで大胸筋血まみれ出血アニキサービスオータムバーゲンセール中!!』
 他の広告商品も数あれど、大々的な宣伝をしている目玉商品はこの『麗しの瞳』。
 名前が妖し過ぎるとかそもそも売り物じゃないだろうと言う天からの突っ込みにも負けず、夢見るような瞳をきらきらと輝かせる。
 ちょうどそのどう考えても足らない魅了時間にしょんぼりしていた折だったためか、オーマはチラシを握り締めて立ち上がっていた。
 そして――。
オーマ:「おうここにいたか下僕二号。行くぞ支度しろ」
ゼン:「誰が下僕二号だ!?」
 大きなタライでごしごしと、寒空の庭の中で大量の洗濯物を洗っていたゼンが目を剥いて振り向く。自分の今の格好が全く説得力の無い物だと十分承知の上で。
オーマ:「今の下僕人生を払拭するようなアイテムがあるんだぞ? これで行かなきゃ漢じゃねえだろ? 魅了だぞ魅了。俺様のためにあるような麗しの瞳がだな、こうして待っていてくれてるっつうわけだ。どうだ、行きたいだろ?」
ゼン:「何を言いたいのかさっぱり分からねぇがそこに突っ立ってられると邪魔だオッサン。つぅかそこに立ってるなら少しは手伝ってくれよ」
オーマ:「おう。すまんすまん」
 ごしごし。
 ごしごし。
 暫く無言でタライ――もとい、洗濯物と格闘する二人。
 やがて、手が増えたためか二倍の早さで終わった洗濯物がぱんぱんと小気味良い音と共に秋空の中ずらりと干され、真っ赤な手で満足そうに空を見上げる男二人。
オーマ:「お疲れさん。じゃ中に入って熱い茶でも淹れてやろう」
ゼン:「そんなもんじゃなく小遣い増やすとかしろっての……」
 今日の用事は済んだとばかりに、さっきゼンを呼びに来た事もすっかり忘れて家の中に入ろうとしたオーマがぴたりと立ち止まった。その背に、どん、とゼンの顔がぶつかる。
ゼン:「うぶ。何してんだよオッサン」
オーマ:「お疲れさんじゃねえんだよ! 出かけるぞ!」
ゼン:「ハァ? 何言って……っておい、どこに連れてくつもりだ……ッ!?」
 じたばたと暴れるゼンを小脇に抱え、がさりと懐からくしゃくしゃになったチラシを見て住所を確認しつつ、だーっと街の中を駆け出していくオーマ。
ゼン:「離せこら人攫いッッ」
 そんなゼンの抵抗空しく、がっしりとゼンを掴んだ腕はびくともしなかった。
 この世界に来て家事や家族からの用事を山のようにこなしていくうちに、体中が鍛えられていたものらしい。
 それはそれで情けねえよな、とゼンが思いつつ、実に嬉しそうにずんずん進んで行くオーマを下からちらりと見上げる。
 やがて、二人は、昨日までは無かったような気がする巨大なデパートの前に立って――ゼンは横になったままだったが――いた。
ゼン:「オッサン……いい加減降ろしてくれ。もう逃げねえよ」
オーマ:「お? お、おお。忘れてた。えーと麗しの瞳は最上階の催事場で売ってるって事だな。よし行くぞゼン」
ゼン:「うっさんクセェ」
 ぴかぴかちかちかと、誘蛾灯のように色とりどりのランプがびっしりと壁に埋まって瞬いている巨大な建物を見上げ、やる気満々のオーマとは別に、ゼンが酷くもっともらしい事をぼそりと呟いていた。

*****

 ――意外にも、と言うのか。
 デパートの中はたくさんの人で賑わっていた。
 これだけ怪しい外観の建物でも、チラシの魅力には抗えなかったと言う事なのか、それとも単に物珍しさが手伝い、物見遊山で現れたのか、辺りはエルザードや、その近隣から現れたらしい客たちが楽しげに歩き回っている。
 その人々の手の中には、オーマの手にあったものと同じチラシが握られているのを見ながら、ゼンはオーマに引かれるままに上へ上へと上がっていた。
 途中、『激安! 3〜7割引!』と言う幕が掛かっている階では文字通り目の色を変えたオバサマたちによる攻防戦を見て、戦いなれている自分でもあの中には入れないとオーマ共々寒くなった背筋と腕を擦りながらさっさと上の階に行き、別の階ではきゅうんくうんと人間サイズの大型の獣が檻の中に入れられて鳴き声を上げながらオークションにかけられていたり、とどこの階でも盛況な様子。
オーマ:「あれだけでかいペットだとぎゅーっとした時に気持ちいいだろうなあ」
ゼン:「……まあな。その前に噛まれそうで嫌だけどな」
 そう言う二人に気付いたのだろうか。
 がしょがしょと檻の中で突如獣が暴れ出し、係員らしき男が慌ててそれを止めるというひと場面を見た後で、オーマ目当ての催事場へと赴く。
オーマ:「おおっ、あったぞあったぞ!」
ゼン:「分かったからそこまではしゃぐなよ……」
 特別商品、と銘打ってずらり並んだ品は永遠の炎や虹のしずく、貴石の谷で採取された高級宝石の数々。
 ――なのだが。
ゼン:「……うん?」
 よーく見ると、掛けてある名前に書かれてあるのは『永』遠ではなく『氷』遠の炎だったり、虹のしずくは気のせいかとても宝石のようには見えず、おまけにちょっとした風でぷよぷよと揺れている。良く見ればこちらも雫ではなく『しずく』と何故か文字を崩してあるのが気になる所だ。他にも『ユニコーソの角』だの、『聖獣装倶』だの、どこか微妙に違うモノが並べられている。
 そして――ソーンの中でも珍品貴重品が数ある中、中央に堂々と掲げられている、四角い透明な箱の中に入っている真っ赤な、目玉を模した宝石に『うるワしの瞳』と言う名札が下がっていた。
ゼン:「……オッサン。……何か怪しいぞココ」
オーマ:「なに言ってるんだ。怪しいだと? これだけ大量に珍しいモンが揃ってるっつうのに、おまえさん怪しいってのか?」
ゼン:「つーかその品が全部微妙過ぎだっての。パチモンじゃねえのか?」
???:「なんだと!?」
 ゼンのその言葉に、何故かその場に居た客や店員が全てぎろりと二人を見る。
オーマ:だよな? そんな事はねえよな?」
 オーマはひとりうんうんと頷いていて、ゼンがくいくいと袖を引っ張るのにも気付いていない。――周囲の者たちが全て二人を包囲し、近寄って来ているのにも関わらず。
 そして――。
 ごん。がん。ずどん。
 何度かの鈍い音と共に、二人の意識は闇の中へと閉ざされて行った。

*****

オーマ:「……ふぅっ」
 えらい目に遭った、とぷるぷる首を振りながらオーマが目を覚ます。
 何であんなに目の色を変えて、チラシの商品を探しに行こうと思ったのだろう、とまだぼんやりとした頭で考え――。
オーマ:「……?」
 ぱくぱくと口を開けても声が出て来ない。それだけでなく、四つんばいになっているような……と、そこでようやくオーマは気付いた。
 自分が人間サイズの獅子になっている事を。そして、催事場へ向かう途中の階で見た、檻の中の一つに自分が納まっている事を。
オーマ:「!?!?」
 器用に前足を持ち上げて引っくり返してみても、そこに見えるのは大きな肉球と爪のみ。隣を見れば、同じようにひゅんひゅんと鼻声で鳴いて落ち付かない様子で歩き回っている大きな犬っぽい獣と猫っぽい獣がいる。
 それらもオーマを見て、どこか同情したような眼差しを向けて、今も盛況な様子で行われているオークションに掛けられている獣へと目をやった。
 ――次は自分だろうか、という怯えた表情で、檻の隅に身を寄せて。
 一方、ゼンはと言うと。
ゼン:「……ったく。遠慮無しに殴りやがって」
 目を覚ました時には、倉庫の一室のような場所でぐるぐる巻きにされていた。全く武器を持っていない様子に安心したのだろうか、身動きできないくらいきちきちに拘束されて放置されていたらしいのだが、ふん、と鼻を鳴らすと、ぶつりと難なくロープを断ち切ったゼンが、刃物と化した手を元に戻して、乱れた髪を手ぐしでさっと整える。
ゼン:「オッサン? オッサン――は、いねえみてえだな」
 ち、しょうがねえ――軽く舌打ちしたゼンが、見張りの気配も無い倉庫の扉を蹴破って外へと飛び出す。
 そこに山と詰まれていたのは、オーマがその手に持ち、そしてゼンが知る限りの客たちが皆持ち歩いていたチラシ。
 ――ここまで大量にあれば、例え一枚一枚がどんなに微かな波動しかなくても、良く分かる。もう一度舌打ちしたゼンが、チラシの山に触れないようにしながら別の場所へと移動した。
 デパートの表にあった誘蛾灯のようだと思ったランプなど目ではない。撒き散らされたチラシこそ、このデパートへ人を呼び寄せるための撒き餌だったのだと知ったからだ。
 そうと知れば、今更遠慮する事も無い。
ゼン:「ったく、世話のかかるオッサンだぜ」
 はあ、とため息を付いたゼンが、全身から『気』を噴き出しながら、デパートの下の階から上へ向かって駆け上がっていった。
???:「わぁっ」
???:「きゃ――何!?」
???:「痛っ」
 同時に、ゼンが通り過ぎた周辺から、一呼吸置いて小さな悲鳴があちこちで上がり、そしてその後で皆一様に目をぱちくりとさせる。
 自分がどうしてこんな場所にいるのか、改めて気が付いたかのように。

*****

???:「さあっ! 本日の目玉商品は、こちらです!」
 わあっ、と歓声が上がる中、オーマはステージの上に引っ張り出されていた。抵抗しようにも、そして巨大化、あるいは人化しようにも力が吸い取られてしまったかのように全身に虚脱感がある。
 それもこれも、オーマに付けられていた特注っぽい首輪と、そこから伸ばされたリードのせいのようなのだが……にこやかに綱を引っ張ってオーマを立たせたり座らせたり、歩き回らせたりと屈辱的な事をさせている係員にオーマの力が流れていっているのだろうか。
 そうして、まともに唸る事も吼える事も出来ないまま、毛色の珍しいオーマの姿は客の購買意欲を甚く刺激したらしく、次々と高値が付いて行った。
オーマ:「……」
 あー俺様結構高額かも? とちょっと嬉しくなったのは誰にも内緒にしておこうと思いつつ、このままじゃ駄目だ、何かないかと気だるい顔を上げて周囲を見渡した時、
ゼン:「オッサン!」
 息も切らさず階段を駆け上がり、それと同時にゼンのいる階の客が持つチラシを、具現化した細い糸のような刃物でずたずたに切り裂きながら、ゼンが真っ直ぐ繋がれているオーマへと近づいて来る。
オーマ:「……ウォゥ」
 ゼンが動くたびに、オークションへ参加していた客の顔も我に返っていく。それを阻止しようと言うのか、係員らしき男たちがゼンへ飛び掛っていく――その隙を逃さず、オーマはぶんっと首を振って、係員の手から綱を外してゼンの元へと駆け込んで行った。
 がぶり。
???:「痛ええええっ!?」
 ついでに、ゼンに飛び掛ろうとする男のひとりに思い切り噛み付いてやりながら。

*****

ゼン:「……全く。一般人ならともかくだ、情けなくねえのか?」
オーマ:「……わう」
 いいから早く首輪と綱を切れと、ばたばた尻尾を振りながらゼンにのしかかる犬――いや、小型の獅子。小型と言っても大型犬並のサイズのため、ほっそりとしたゼンよりもその体重や体積は遥かに多い。
ゼン:「分かったからどけぇッ! オッサンがそうやってっから上手く切れねえんじゃねえか!」
 もさもさと長い毛で顔やら首筋をくすぐられながら、ゼンがオーマを押しのけて大きく息を付く。
 デパートでの騒動から、暫く経った後の事。デパートの周辺と内部に張り巡らされていた鈍化の力で鼻が利かなくなっていたが、デパート自体が具現物だったと言う事、係員のほとんどがデパートと同じ具現人形だった事が分かった後、チラシに魅了されてふらふらとデパート内に入っていた客、そして獣化させられていた人々は全て我に返り、あるいは元に戻されて帰宅の途に付いていた。
 具現化していたデパートは、と言うと、ゼンよりも小さな謎の少年がどこからともなく現れてずたずたにし、跡形も無くなってしまったという噂だが、真実は謎のままだった。
 そして。
 この大物――オーマの処置だけが、最後に残ったのだったが。
ゼン:「ぐあっ、やっぱ無理だ。一晩寝るなりなんなりしねぇと」
 デパートの破壊、魅了されていた人々から刃物を具現化してチラシを切り裂いたり、同じく獣化させられた人々からその獣化を固定する首輪を切ったりしているうちに、ゼンの力はほぼ空っぽになってしまっていて。
 今は爪切りのような小さな小さな刃物で、ちくちくと異様に固い首輪と綱に刃を当てている所だった。が、どうやらオーマのそれは特別製だったようで、その程度の具現刃物ではまるで歯が立たない、と言う状況に陥っていたのだ。
オーマ:「わうわうわうわうわうわう!!」
ゼン:「ウルセェッ! 耳元で吼えんな!」
 気のせいか、オーマの動きがどんどん動物っぽくなっていくのが気になる所だったが、仕方ない。
ゼン:「……一晩我慢しろやオッサン。頼んで特製ペットフードでも作って貰うからよ」
オーマ:「!?!?!? きゃうぅぅん! きゃん! くぅぅぅん!」
 『誰』がそのペットフードを作るのかと一瞬で思いついたらしく、オーマがぶるぶると首を振り、全身でいやいやしながら後ずさりするのを、ゼンが無理やり引きずるようにして連れ帰っていく。
 家に戻れば同じ能力を持った仲間もいるのだし、オーマの首輪や綱をあっさり切れそうな能力を持った者もいるだろうに、ゼンもオーマもその事に気付いていなかった。
 そして、それ以上に、ふさふさもさもさのたっぷりとした重量感を持つミニ獅子を家族や仲間があっさりと手放す筈が無く。
 ゼンが力を取り戻してオーマが元の姿を取り戻すまで、新たなペットとしてオーマが可愛がられたのは言うまでもない事だった。

 ――高級ペットフードに散歩にブラッシングに遊びに、そして抱擁と愛撫と、普段のオーマ以上に丁寧に、上等に扱われた事には、元に戻ってからも釈然としなかったが。


-END-