<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


「記憶の欠片、輝きの源」

 オーマ・シュヴァルツ行き着けの商店街――通称『腹黒同盟』では、やたらと噂話の仕入れが早い。
「『クオレ細工師?』なんだぁ、そりゃ?」
 いつものごとく酒豪っぷりを酒場で披露していたオーマは、聞き慣れない単語に早速聞き耳を立てた。
 よく聞けば、たいそう興味深い話ではあった。――町はずれの『倉庫』の地下室に住む少年。その少年が、何やら奇妙な力を使うらしい。
「――他人の記憶を覗いて、そこから何かを作り出す、ねえ……」
 不可解な話だったが、この世界ではどんな力を持つ人間がいてもおかしくはない。
 オーマの興味を引いたのは、むしろ友人の言った次の言葉だった。
「そいつまだ十代半ばらしいんだがな。すげぇ人付き合いが悪いらしいぜ? そのくせ、やたら人をバカにするようなことを言うんだとか何とか」
 ――しょせんは噂だ。どこまで真実かは不明。しかし。

(そいつは腹黒だっ! こりゃあ勧誘に行かなきゃあ腹黒同盟総帥の名折れだぜ!)
 オーマの『腹黒原石オーラセンサー』がビビビと反応した。

     ■□■□■□■

 『倉庫』は、文字通り倉庫だった。正しくは荷物預かり所であるらしい。
「いらっしゃいませっ!」
 オーマが入ってきた気配に気づいたか、まっさきにはきはきと元気な挨拶をしてきた少年は、オーマの姿を見てぎょっと身をひいた。
 ――筋肉マッチョ親父の姿は、まだ二十歳にもならない少年には刺激が強すぎたのかもしれない。
 人懐こそうな顔立ちが、あからさまに怯えている。
 オーマはすまして、「お前が『クオレ細工師』ってヤツかい?」と訊いた。
「あ……そっちのお客さんっスか」
 口をきいたことで緊張が解けたのか、相手はほっと息をつく。
 少年はルガートと名乗った。この『倉庫』の管理をしているらしい。オーマの目的の人物ではないようだ。
 「じゃあ案内します」と言いながら、ルガートは奥に行き、大きなタペストリの一枚をめくる。
 隠れるように扉があった。少年はそこを押し開いた。
 現れたのは、下へ降りる階段。
 そこへ足を踏み入れた途端、オーマは顔をしかめた。
(なんつー埃っぽい部屋だ……っ!!!)
 下僕主夫の血がざわざわとうずきだす。何とかこらえて、ルガートの後に続き階段を降りる。
 ――地下室はひどく暗かった。
 持ってきたランプを灯し、ルガートは「フィグ!」と誰かを呼んだ。
「フィグ! おい、埋もれてないで返事しろ……!」
 きょろきょろと誰かをさがしているルガートの後ろで、オーマはぞわぞわと全身があわだつほどの不快感を感じていた。
(くっ……! こんな汚い部屋、放置しているほうがどうかしてるぜ……っ!!)
 『倉庫』は上の階だったはずなのに。預かったものが整然と詰められていた上の階とは違う。ここは――そう、もうゴミ捨て場だ。掃除のしようもないというやつである。
 こりゃ、腹黒勧誘より前に説教だな。そんなことを思っていると、ようやく――空気がふわりと動いた。
 埃が舞った、と言ったほうが正しいが。
「……さっきからうるさいよ、ルガート……」
 もぞり。ゴミ捨て場の中で何かが動く。
 やがて――ひとつの人影が、起き上がった。
 ルガートが、「なんだ、寝てたのか」と苦笑した。
「ほら。お客さんだぜ。仕事仕事ー」
「………」
 ルガートより歳下に見える少年は、ルガートと違ってオーマの姿に動揺した様子はなかったが――
 ほーう、とオーマは感心する。ランプの灯りに浮かんだ十代半ばの少年は、眠そうながらもひどく見栄えのする顔立ちをしていた。
 少年――フィグという名前らしい――は、じっと深い色の瞳でオーマを見つめた後――
「お断り」
 そう言って、またばたりと倒れて寝ようとした。
「待てフィグ! こらあ!」
 ルガートが慌てて足場の悪い部屋をよっこらよっこら友人に駆け寄ろうとする。しかしフィグはにべもない。
「うるさい。邪魔。寝る」
「いい加減にしろ! わざわざお前を訪ねてきてくれたんだぞ……!」
「俺は気が向いたときにしかやらないと前から言ってるだろ。大体さ――」
 そのお客さんは無理だ、と物にまぎれてくぐもった声が告げる。
「――自分で記憶閉じてるでしょう。というか……見られたくないと思ってますよね。そうでしょう?」
 初めてオーマに向けられた言葉。
 オーマは目を見開いた。
 彼にはある時期を境に、それより前の記憶がない。
 そして、その失われた記憶は、己自身が見つけださねばならぬものとの信念がある。
(こいつは――)
「だから、客でもなんでもない。見世物はお断り」
 ふああ、と欠伸が聞こえた。
 オーマは声をあげた。
「待て! おい、フィグとか言ったか?」
 近づきたくもなかったゴミ的物の山を踏み越えて、少年に歩み寄る。
「たしかに俺自身は遠慮だ。だがな、別件で頼みてえんだよ」
 少年はシーツだか何だか分からない布切れの上に寝転がったまま、片手で頬杖をついてオーマを見上げる。「つまらないのは却下ですよ」と素っ気ない声。明らかな歳上に対して、評判以上にたいした根性だ。
 ルガートが小さな声で、すんません、と言った。
「こいつ寝起きは特に機嫌悪いンで……」
「気にするこたぁねえ。俺は心が広いんだ。見ろ、この大胸筋を!」
「……暑苦しいのもお断り」
「くっ!?」
 反射的に色々言い返したくなったが、本来の目的を思い出してこらえることにする。
 自分は何も、腹黒同盟勧誘のためだけに来たわけではない。『記憶覗き』とやらを聞いて、少し試してみたいことがあったのだ。
 そして、オーマは服の中から、ひとつの物体を取り出した。

 ――ルービックキューブ型、聖獣装具。

「それは……」
 初めてフィグがまともに反応を見せ、上体を起こした。
「おー! 俺そーゆーパズル大好き!」
 関係ないことで騒ぎ出したのはルガートだ。
 オーマは苦労してフィグが寝ている場所まで近寄り、その四角いパズルを少年の目の前につきつけた。
「こいつぁ家の近くで見つけたんだがな。持ち主も効果もまったく分からねえ。刻んである文字もソーンの字じゃねえだろ? お前の力で、正体をはっきりさせられねえか?」
 落し物だっつーんなら、返してやりてえしな。と何気に面倒見のいい筋肉男は真顔で言う。
「……俺は、『人の』記憶を覗くのが専門なんですけどね」
「そこんとこは俺の力で協力する。こう見えて精神感応が出来んだよ。何とかならねえもんかね?」
「―――」
 フィグはキューブを受け取った。
 いつの間にか、眠そうな気配が消えている。よく見ると本当に黒水晶のような魅力の瞳が、キューブをまじまじと眺めた。
 十二コマ×十二コマ、六面体。
 やたら難しそうなキューブである。
 ところどころに刻まれた字はかすれてしまっている。
「これは……」
 少年は眉根を寄せた。何か引っかかっているらしい。
「そいつの『記憶』が見えりゃ、持ち主とかも分かんだろ。どうだ?」
 オーマはずいと迫る。こちらを見ないままフィグが体を退かせたのが少しだけ気になったが、今はまあいい。
 やがてフィグは、「ルガート」と友人を呼んだ。
「おうよ?」
「お前パズル好きだろう。これ、色を合わせられるか」
「ん? いーのか、やっちゃって?」
「どうもこれを見てるとごちゃごちゃしているというか……記憶が分解されているような、落ち着かない気がする。揃えたらはっきりするかもしれない」
 いいですよね? とフィグはオーマに尋ねてきた。
 オーマは即、うなずいた。
 キューブがルガートの手に渡る。嬉々としてルガートがキューブをいじり始める。
 それを眺めるフィグに、オーマはひそかに囁く。
「ところでお前。掃除はする習慣をつけねえとそのうち病気になって死ぬぜ」
 何なら手伝ってやるぜ――と家事パーフェクト主夫(欠点裁縫)の血を騒がせながら言ってやると、
 きっ、と。鋭い――を通り越して殺意にまで届きそうな視線が返ってきた。
 あまりに深い黒水晶の色がますます迫力で、オーマはぬおっとあとずさった。
(このガキ、なかなかやりやがるな……)
 なぜかあごに流れてきた汗をぬぐって、にやりと男は笑う。
 しかし、この過剰な反応。――もしや今時の若者に多いという『部屋が散らかってないと落ち着かない症候群』というやつだろうか。
 そんな病態が本当にあるかどうかはともかく。医者でもあるオーマが「何て興味のつきない放っておけないガキなんだ」などと思っているその傍らで、キューブを回す不規則な音は続いていた。
 カチャ、カチャ、カチャカチャ
「うわ、すっげ難しい――」
 とルガートが首をかしげた瞬間に、

 カッ――
 キューブから突然放たれた閃光が、三人をまとめてのみこんだ。

 気がつくと、そこは無限に闇の続く――あからさまな『異次元』だった。
 ふわふわと足元が浮いているような感覚。
「なんだぁ、こりゃ?」
 目をこすりこすりオーマはすっとんきょうな声をあげた。
 刹那、傍らに異様な気配を感じ、とっさに臨戦態勢を取る。
 が、にらみつけるように見たそれは――
「うおっ!?」
 エプロンに三角巾、手にはモップに洗剤。どう見ても家事の真っ最中な装備で固めた筋肉マッチョ。
 ――俺じゃねーか。
「あなた……普段あんな格好してるんですか」
 傍らでぼそりと、フィグの声がした。
 家事モードマッチョの幻影は、誰かに呼ばれ引きつった笑顔で振り向いたところでゆらりと揺らめき、消滅する。
 そして間も空けず――今度は愛用の、身の丈以上のサイズを誇る銃を構えた、凛々しいオーマの幻。
 うおお、とオーマはのけぞった。
「俺様、かっこいいじゃねえか……!」
「……ひょっとして、普段から鏡を長時間眺めるタイプですか?」
 凛々しい自分の姿が揺らめく。「ああ消えないで」などとすがりつくように妙な声を出したオーマを無視して、入れ替わるように現れた新しい幻――
 う、と珍しくフィグが(ついでにちゃんといたらしいルガートも)顔を引きつらせる。
 真っ白なゴム製の水泳帽。真っ赤にセクシーな海パン――しかも紐。そして水中眼鏡の……マッチョ。
「おお、あれは」
 オーマは爽やかな声で説明する。「俺の大切な下僕主夫セット」
「清々しい声で言わないで欲しいんですが……」
「なんだと? あの素晴らしさが分からないのか。見ろ、この筋肉を惜しみなく披露できつつ愛情表現出来る格好を――」
「なあフィグ……キューブ、どっかいっちまったんだけど……」
 おそるおそる、ルガートが口を挟む。どうやらオーマを無視したらしい。
 仕方なく言葉を切って少年の手元を見ると、たしかに彼が持っていたはずのキューブが消えていた。
 フィグはため息をついた。次々とオーマのあらゆる姿が生まれては消え、消えては生まれる闇の中。
「……ここは、俺がいつも他人の記憶を見てるときと同じ……『記憶』です」
「あん?」
「大抵の記憶は、『見ている』ものが残りますからね。鏡を通した自分とかでない限り」
 じゃあこりゃ、あのキューブの『記憶』だってのか? と、オーマはキューブの中に自分の姿ばかり詰まっているところを想像して、少しぞっとする。キューブに見つめられてんのか?
「と言うか……」
 フィグの口調は歯切れが悪い。言いにくい、というよりは、少年自身判断がつきかねているような様子だ。
「あのキューブ、やりかけだったのにさー」
 ルガートがぶつぶつと、名残惜しそうにぼやいた。「結局一面しか揃わなかったぜ」
「一面……? どの色?」
「赤」
 ――赤?
 何となく引っかかりを覚えた。
 自分のまわりには『赤』はたしかに多い。何か関係があるのだろうか……?
「赤……赤、と言えば、あなた」
 フィグが少し目を細めて、オーマの姿を眺める。「聖獣が赤い。赤の気配がする……」
 ――俺の聖獣はイフリートだ。
 そうつぶやくと、フィグは目を閉じた。強く眉間をしかめて、何かを思い出そうとするかのように。
「イフリート……赤。ルービックキューブ……。そうだ、この景色だ」
 こんこんと折り曲げた人差し指の第二関節でこめかみを叩きながら、
「商店街。俺は商店街を歩いてる。そしたら――」
 自分のことを語っているはずなのに、まるで何かを見ているかのような語り口で。
「そうしたら、そうだ、あなたを見たんですよ」
「………………は?」
「だから、俺が一度、あなたを目にしてるんです」
 フィグは瞼をあげた。
 黒水晶の瞳が、オーマを見上げた。
「何かすごく気配のきつい商店街があるでしょう? 俺、前にたまたまあの辺りに迷い込んだことがあって」
 ――そりゃ、俺の行きつけの腹黒商店街か。
「俺は人間の気配に弱いんで、あそこでふらふら、死にかけになって、そしたらそこで――ひときわ気配の強い存在が俺の意識に飛び込んできた」
 ひときわ強い――気配の。それは……
「あなたのことですよ」
 フィグは疲れたようにそう言って、それから「あなたの気配は強すぎた。一気に俺の力が発動しかけた」
 記憶が――見えかけて。
 しかし、オーマは失われた記憶を他人に見られることを、拒絶していた。
「そういう場合、俺にも見えない。おかげであなたの記憶は見ずにすみました。代わりに……すぐ近くにいた存在の記憶が飛び込んできた」
 すぐ近く。
 ――常に俺を守護してくれている、聖獣イフリート。
「そう、思い出した。あのキューブは俺が作った」
 オーマとルガートの視線が、黒髪の少年に集中した。
「イフリートの記憶を元に、俺が作った。というか勝手に完成した。ただし失敗作。ゆえにただいま暴走中」
 フィグは独り言のように続け、それから「――そうだったそうだった。ようやくすっきりした」
 ひとりで大きく伸びをした。
「おいおい、ひとりで勝手に納得すんな! そりゃ、結局どういう――」
「だから言っているでしょう? これはイフリートの記憶です。あなたを護っている聖獣」
「……しかし、あの刻まれてた字はソーンのモンじゃねえぞ?」
「かすれてたでしょう。よく見れば分かりますよ――あれは、聖獣の文字です。俺が当時混乱しすぎてムチャクチャな形になってましたけどね」
「じゃあ本当に俺の聖獣の……」
 あのキューブがイフリートの持ち物だったというのなら、どうりで家の近くで見つかったはずだ。オーマは、「何でお前、そんな大切なこと忘れてやがんだ」と恨みがましくフィグに言ってやった。
 フィグはむっとした表情で、
「俺は気を抜くとすぐに他人の記憶が見えてしまうんですよ。だから、防衛機能的に忘れるのが早いんです。――そうしないと、脳がパンクする」
 それもそうか……。
 口をつぐんだオーマは、感慨深く自分の姿ばかりが浮かぶ世界を眺める。
 自分を護る聖獣が、見ている景色。
 浮かんでは消える自分の姿は、ほとんどが下僕主夫姿か、妻に大鎌で追いかけ回されているものばかりだったが、情けないとはかけらも思わなかった。
「ところでここ、出られんの?」
 心配そうに言ったのはルガート。
「俺の領域だからな。分かってしまえば簡単だ」
 フィグは肩をすくめて、それから言った。
「内側から壊してしまえば、出られる」
「――! 待て!……そりゃまさか、あのキューブが壊れるって意味か?」
「そりゃそうですよ。でなきゃ永遠にここの中です」
「しかし……」
 イフリートのことを思い出し、オーマは言葉をつまらせた。ヤツの記憶から出来上がったというあの道具……
「ここから一生出られなくても?」
 冷徹な少年の声がする。
 オーマは目を閉じた。
 苦い唾の味がした。
「……分かった。やってくれ」
 無理やり、言葉をしぼりだす。
 フィグが――珍しく、優しげに微笑んだ。
「ちょっと、あなたの力も借りますよ」
 しゃがんでください――と、意味が分からず眉をひそめるオーマを無理やりしゃがませ、その頭の上に手をのせる。身長が高すぎるオーマの脳天に触れるには、そうするしかないのだろう。
「他人同士の記憶は決して相容れない。その衝突のエネルギーを利用します――」
 紡ぐ声は旋律のように。
 大きくはない少年の手が、髪に触れている。
 ――なぜか、次々と聖獣の記憶が浮かび上がってくる。そう、ちょうど今この空間に、自分の姿がたくさん浮かんでは消えていくように。
 ひどく聖獣がいとおしくなった。

 ――目を閉じて。

 言われるままに、眠るように自然に瞼がおりる。
 やがて、
「もう、いいですよ」
 声に促され、ゆっくりと視界を開くと。そこはあの散らかりすぎな地下室だった。
 足元を見ると、砕けたルービックキューブがあった。
 しゃがみこんだままそのかけらを見下ろして、オーマはかすかに苦笑した。
「あいつの記憶、か……むちゃくちゃだったな」
 ルガートが傍にしゃがみこんで、かけらをかき集めようとする。
「これ、集めてつなげたら、元の形にならねーかな?」
 真面目にそんなことを言う。
 ずいぶんと人がいい。オーマは笑った。
「ところでお客様」
 すましたフィグの声がする。
「――こちらを、ご覧下さい」
 わざとらしい丁寧な言葉に、何だ何だと訝しく思って顔をあげると、
 こちらに差し出された少年の手に――
 一粒の石が、乗っていた。
 炎のように赤い、美しい宝石……
「脱出するのには、同じくらいのエネルギーを持った『記憶』をぶつけました。――あなたの、聖獣に関する記憶。そうしたら、あなたのほうの記憶から、こんなものが出来上がりましたよ」
 ――これが、『クオレ』と呼ばれるものです。少年は優しく囁いた。
「これを細工するのが、『クオレ細工師』です。……加工しますか?」
「………」
 オーマは穏やかな目で、その真紅の石を見つめる。
 そして、おもむろに立ち上がり伸びをした。
「当然だな。それがお前の仕事ってやつだ。サボんじゃねえぞ?」
「……何か引っかかりますけど、まあいいです」
 数日かかりますからね、とため息をつきながら石を懐にしまいこむ少年に、オーマは尋ねた。
「おい。記憶を見られてるときってのは……誰でも、あんな気分になるもんなのか?」
 ――無性に聖獣がいとおしくなった、あの気持ち。
 フィグは片眉をあげて、
「さあ。俺は見られる側になったことはないので」
「……そりゃあそうだな」
「ただ、出来あがったキューブ……あれは確実に失敗作でしたけど、イフリートは勝手に持っていきましたからね」
 それを聞き、ははっとオーマは笑った。あんなムチャクチャな、発動したら他人を巻き込むような物体を聖獣が失敗作だと気づかなかったはずはなかっただろうが――
 それでも欲しかったのか。
 そうなんだろうなあ、とオーマは思う。
 現に今、フィグが懐にしまったあの真紅の宝石が――たとえただのガラス玉だと言われても、自分はもらうと即断しただろうから。

     ■□■□■□■

 三日後。改めて訪れた倉庫は、相変わらず散らかり放題だった。
「おいこら。少しは掃除しやがれ」
「うるさいですよ。こちとらおかげで寝不足です」
 悪態をつきながら相変わらず眠そうなフィグが、何かを差し出してくる。
 しゃらん、と金属の音。
 ――真紅の石を細かな金銀細工で飾った、見事なネックレス。
「どなたにでもどうぞ。イフリートの首にでもかけますか」
 とフィグは、欠伸をしながら軽く言ってきた。
 どーもと受け取り、先日提示されていた報酬を渡しながら、オーマは「こいつは腹黒同盟には向いてねえかもしれねえな」などと考えた。
 だが、これっきりの出会いにするのももったいない。
「すっかり忘れてたんだがな。俺はオーマ・シュヴァルツってんだ」
「知ってますよ。表面だけとは言え記憶見たんだから」
「ん? そう言えばお前、勝手に俺の記憶見やがったな……!?」
「前にも言ったでしょう。心配しなくても、あなたが触れられたくないところは俺だって見えません」
 もう寝てもいいですか、とフィグは愛想なしにまたも欠伸をした。
「――文句は、また今度にしてくださいよ」
 つまり――また来てもいいってことか。
 オーマはにやりと笑った。そして、
「よぅし。今度来たときゃあ、遠慮なくこの部屋を掃除してやるぜっ」
 フィグの黒い瞳に、鋭く殺意の光がともった。
 しかしオーマは軽く受け流し、口笛を吹きながらゆうゆうと地下室を去ったのだった。



【END】




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー】

【NPC/フィグ/男/15歳/クオレ細工師】
【NPC/ルガート・アーバンスタイン/男/17歳/『倉庫』管理人】

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■         ライター通信          ■
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こんにちはオーマさんv初心者ライター笠城夢斗です。
今回もゲームノベルへのご参加ありがとうございました!
キューブの正体・扱い自由となっておりましたので……こんなんになってしまったんですけれども……相変わらずえんえんと長くて申し訳ありません;
少しでも楽しんでいただけますよう願っています。
本当にありがとうございました!