<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
例えばこんな物語 第二章
「遊びに来てくれたの!?」
エルファリア別荘の図書館まん前というある意味分かりやすい部屋の扉を開けて、シェアラウィーセ・オーキッドは軽く答えるように微笑む。
この部屋の主であるコールは、机の上に広げていた本を閉じると、椅子の上に積み上げられていた本をどかして、そこにシェアラを促した。
「前のタペストリーが出来たのでな」
また見せに来た。と、シェアラはコールが急いで片付けた机の上に、精巧なタペストリーを広げる。
「凄いね、凄いね!」
自分の中の空想がこうして形になって見える感動。
「シェアラちゃんって職人さんだよね? やっぱり修行期間とかあったのかな?」
「さぁ、どうだったかな」
その口元に微笑を浮かべたまま、シェアラはさらりと受け流す。
「うーんじゃぁ、もしかして―――」
コールはそこまで言うと、何か思いをはせながらゆっくりと口を開いた。
【ヘリクリサムの記憶】
大量の布を抱え、一人の少女が走る。
バームクーヘン状に撒かれた大きな布の棒は、少女には重たすぎるのだろう。
走る速さは、どちらかといえばよたよただ。
急ごうと頑張っているであろう事は分かるが、それに行動が付随せずどこかから回りしている。
黒く綺麗な髪は、少女が行う作業には邪魔になると短く切り、傍目には少年にも見えなくもない。
「シェアラ、シェアラ」
「あ、はい」
少女――シェアラは、師匠の呼びかけに答え、急いで布を大きめな木箱に立てかけた。
ぴんと張った布に針を刺し出来上がっていく刺繍。
細かく用意された色とりどりの布を合わせて柄を作り上げるアップリケ。
そして、振り返れば今はまだ織り人が居ない機織り機がその存在感を放っていた。
この機織り機に作りかけの反物の作者はシェアラだ。
職人としての修行を始めてから、機織用の糸を絡まないように分ける事や、師匠が使う布を運ぶ事と、アップリケとなる布の切り分け作業ばかり行っていたが、最近はやっとこうして実際の機織りに触らせてもらえるようになり、糸が絡まったり織り方を間違えたとしても1人で直せるようにはなった。
機織りの腕はまだまだ素人に毛が生えた程度の能力しかないが、それでもそこここに将来を感じさせる一片を垣間見る事が出来るほどに飲み込みは早く、シェアラ自身も機織りをとても楽しんでいた。
しかし機織りだけが全てではない。
広げた手の平に、この修行を始めたばかりの頃を思い出す。
あの頃はよく針を指先に刺してしまったって、包帯まみれになっていたっけ。
その頃から考えれば、自分は確かに成長したのだろう。
機織り機は使い方を教わらなければ扱えない機械だけれど、刺繍やアップリケ・キルトは自分の指先さえあれば作る事が出来る。
師匠はシェアラに縫い方の名前や方法を教えたきり、何かを言ってくる事はなかった。
シェアラは一度水に浸した布を、熱した石を入れたアイロンで整えながら、ただ師匠の指先を眺めた。
夜更け、師匠を起こさないように小さな明かりを灯し、シェアラは布と針を手に取った。
師匠の仕事がない時に基本となる手ほどきを受けたきり何かを教わった記憶は無い。残りの作業は師匠の手捌きを隙を見ては観察し、自分なりに考えてはこうして夜中に自分の作品を作っていく。
技は教わるものではなく、盗むものだ。
シェアラはふと部屋の隅に置かれた箱に眼をやり、一度溜め息を零してまた針を進める。
箱の中には今までシェアラが作り貯めた作品が納まっている。
一人前にはまだまだ程遠いと自分でも分かっている作品を、師匠に見せるのも躊躇われて、作ったものはいつもあの箱の中に入れていた。
師匠が言うには、刺繍もアップリケも誰だって作る事が出来る趣味の範囲だが、そのデザインのセンスが認められる事で、趣味から仕事へと昇華される微妙な物、らしい。
時が時ならば、師匠もただの趣味の範囲で終るただの人だったと言うのだ。
しかし、まだ人に見せられるような作品を作った事がないシェアラには、師匠の指先から生まれる作品はどれもとても綺麗な物に見えた。
(ちょっと休憩しよう)
シェアラはアップリケのパーツを1つ縫い終えると、針山に針を刺して、席を立つ。
台所で温めたミルクを手に持って廊下に出ると、手元だけが見える程度につけていたはずの明かりが、部屋から漏れるほどに大きくなっている。
シェアラはミルクをこぼさないよう駆け出すと、誰かが居るような影が見え、部屋の中を覗き込む。
「し、師匠! すいません!!」
ケープを羽織り、机の前で立っていたのは、シェアラに職人としての技術を教えている師匠。
師匠はゆっくりと振り返り、シェアラの作りかけのアップリケを手にとって、ふらりと微笑んだ。
「だいぶ上手になりましたね」
何時も無愛想な師匠の笑顔に、ただ瞳を瞬かせる。
師匠はシェアラが夜中にコツコツと練習しているのを知っていた。
もしかしたら箱の中のシェアラの今までの作品全てに、眼を通していたかもしれない。
「今度の展覧会に出品してみますか?」
師匠のこの言葉に、シェアラは一瞬何を言われたのか理解できずにポカンと口を薄く開く。
―――展覧会
「は…はい!」
展覧会は新人が必ず1度は通る道。それは、芸術家や職人を目指すものならば誰でも経験する大舞台。
それからシェアラは師匠の手伝いの傍ら、出品用のタペストリーのデザインを書き上げ、布を決め、全身全霊をかけて作品を作り上げた。
展覧会当日。
大ホールに飾られた自分の作品を見る事が出来ただけで、シェアラには大きな感動が生まれていた。
生まれて始めて他人に見られる作品を作り上げた感動。
そしてまだ新人でもない自分の作品が、ベテランの職人達の作品と同じように並んでいる恥かしさ。
それが全て織り交ざった感情がシェアラの中を駆け抜け、ポロっとつい涙がこぼれそうになるのを抑えるのに必死だった。
「ほぉ…」
コツン…と杖の音が響き、シェアラはふと視線を向ける。
すると、一人の老人がシェアラの作り上げたタペストリーに視線を向けていた。
「良い作品だねぇ」
「あ…ありがとうございます!」
シェアラは老人に向けて勢い良く腰を折る。
「お…おや、元気がいい子だねぇ」
優しく微笑んだ老人の顔を見た瞬間、今まで堪えていた物が全て流れ去り、シェアラはポロポロと涙を流す。
「す…すいません。嬉しくて」
始めて出した物が人に認められた嬉しさに、シェアラは泣きながらも、その顔に最高の笑顔を浮かべた。
終わり。(※この話はフィクションです)
「なーんて?」
現実も幻想とも付かない物語を作り上げ、コールは出来を伺う様にシェアラの顔を覗きこむ。
「もしかしたら、そんな頃もあったかもしれないが」
気が付けば職人として生きていたのだから、そんな修行時代はあるはずがないのだが、シェアラはわざと面白がるようにそこで言葉を切ると、すっと薄く瞳を閉じ、
「忘れたな」
と、その顔に不適な微笑を浮かべたのだった。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【1514】
シェアラウィーセ・オーキッド(26歳・女性)
織物師
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
例えばこんな物語 第二章にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。
今回反物よりもタペストリーの話しなのは、コールがタペストリーしか見た事がないという事からです。タペストリーの方を和物にしてしまうか洋物にしてしまうか迷い、結局洋物と想像して書かせていただきました。やはり色とりどりのものと考えるとカーブを多用するハワイヤンキルト系のタペストリーが綺麗かなぁと思いまして……。和物イメージでしたらすません。
それではまた、シェアラ様に出会えることを祈りつつ……
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