<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


「戯れの精霊たち〜人魚帝国の危機〜」

 『精霊の森』と呼ばれる森がある。
 そこは文字通り、『精霊』が棲む森だ。
 精霊は、普段は姿も見えず、声も聞こえない。森から出ることさえ叶わない。
 しかしそんな彼らに、“外”を教えてやりたいと考える『精霊の森』守護者クルス・クロスエアは、今日も精霊の相手をしてくれる人間を待っていた。

「いよっ! 久しぶりだなークルス!」
 そんなクルスの元へ現れたのは、以前にも森に来たことのある大男、オーマ・シュヴァルツだった。
「ああ、こんにちは」
 この間はありがとう――と、クルスは眼鏡の奥の瞳を穏やかに微笑ませて礼を言う。
 このマッチョ男は前回、川の精霊セイーにその体を貸し、森の外へ出ることを手伝ったのだ。
 オーマは、なんのなんのと気のいい笑顔で首を振った。
「俺のほうが楽しかったからな。ところで、腹黒同盟勧誘パンフはちゃんと読んだか」
「ああ、アレ」
 『腹黒同盟』と呼ばれる同盟の総帥であるオーマから勧誘パンフレットを受け取っていたクルスは、にっこりと笑って、
「あのパンフ、紙だっていうのに面白いパワーを放っていたからね。貴重な実験材料になってくれたよ。本当にありがとう」
「……実験材料にしやがったのかよ……」
 オーマはへこんだ。
 しかし、これぐらいでへこたれていたのでは総帥などやっていられない。
 気を取り直して、「今日も、精霊と遊びに来たぜ」と来訪の目的を告げた。
 クルスが顔をほころばせる。
「それはありがたいな。今日は、どの精霊と何をしてくれる?」
「今回は泉の精霊だ。たしか、女だったよな?」
「人間的に言えばね」
「よしよし」
 オーマは満足してうなずいた。「それなら、セイーといいカップルになれるだろうよ」
「……何を考えてるんだい?」
「そりゃもちろん……! その泉の精霊にも聖筋界理を伝授し、セイーの未来のラブキュンハニーカカア天下に導くために教育するに決まっているだろう……!」
「………」
 拳をかためて力説したオーマに、クルスはなぜかしばし黙考したようだった。
 そして、やがて――どこか諦めたような口調で、
「……それじゃ、今回は泉の精霊マームに……決定? どうぞよろしく……」
 となぜか視線をそらしながら言った。

 オーマの鍛えられた大胸筋に、泉の精霊が降臨する。
 川の精霊セイーのときとは、少しだけ感触が違った。意識が重なるのだから圧迫感はある。しかし、感じられる精霊の気配がどこか穏やかだ。
『……初めまして、オーマさん』
 セイーと違い、泉の精霊マームは自分から挨拶をしてきた。
 のんびりとした女の声だった。
「おうよ。よろしくな、マーム」
 さすがに、女の意識が自分の意識に重なっているというのは違和感がある。マームの穏やかな気配にむしろ救われているのかもしれない。
 もっとも腹黒聖筋界ゴッド・オーマは、どんな負担でも背負える自信はあったが。

 クルスに見送られ、マームを宿らせた身でオーマは森を出た。
 今回は行き先を、あらかじめ決めてあった。
『まあ……外とは、不思議なところですのね……』
 どこかのんきに森の外の景色に感心するマームつれて、オーマはある場所へとやってきた。

 ――ソーン海。
 の、マッチョ筋腹黒アニキ盛りビチビチ人魚帝国。
 そこは聖筋界が誇る、老若男女美筋マッチョ人魚の大帝国だった。

『まあ。不思議なお人たち』
 自分も水の精霊でありながら、人魚の姿に『まあ』で終わらせるマームも大したものである。しかも筋肉モリモリな人魚に、なんら引いた様子もない。
(うーむ。何気にこの女、俺たちの仲間にしたいかもしれん)
 潮風が心地よかった。
 砂浜を歩いていると、人面海草や人面貝が、「こんにちは」と気味の悪い笑顔で挨拶をしてきた。
 それはオーマだけへの挨拶ではない。そのことに、オーマも気づいている。
『こんにちは』
 とマームがおっとりと返事をした。
 ――本来、精霊は他人にはまったく見えず、声も聞こえない――何てことも、聖筋界には通用しない常識である。
 美筋ナウ筋ミステリー電波、そして親父愛は不可能を可能にする。
「気持ちのいい場所だろう?」
 オーマは壮大な海を眺めて、マームに言った。
『はい。いつもと違う水の気配がします……とても素敵な水です』
 けれど、驚きました――とマームは、あまり驚いているようには思えない口調でそう言った。
『こんな大量の水が……外の世界には、存在するのですね』
 オーマはふと思い出す。マームが本来宿っている『精霊の森』の泉は、それほど小さくはない。セイーが司る川の水のことも、マームは知っているだろう。しかし、
(海とは、比べものにならんか)
「今日はな、この人魚帝国と我らが腹黒同盟が友好筋条約を交わす、記念すべき日ってやつなんだ」
 オーマは大きく潮風を吸い込み、吐き出した。大胸筋にも染み渡るようで、体の中にいるマームもその潮の気配に喜んでいるのが伝わってくる。
「んでだ。条約を結んだらな、その後は祝宴だ。お前さんをたっぷり楽しませてやるからな?」
『まあ』
 嬉しいです、と相変わらずおっとりと、マームは言った。
 表情はオーマには見えないが――
 常に微笑んでいるのではないか。そんなことを感じさせるような、穏やかな精霊の声だった。

 オーマは帝国の代表者と会う約束の場所までのんびりと歩く。
 人魚なだけに海から上がって来られないため、話し合いは波打ち際で行われる予定だった。
 そして待ち合わせの場所では、マッチョ筋腹黒アニキ盛りビチビチ人魚帝国の代表者が、オーマを大歓迎してくれる――はずだった。

 しかし。
 海が唐突に荒れる。まるで津波が起こったかのように、大波が飛沫をあげた。海で水泳を堪能していたマッチョ人魚たちがあっという間に波に飲み込まれる。波になど慣れっこのはずの人魚たちさえ逃れられなかった大波――
「しゅ、襲撃……です! ワル筋海賊の襲撃――」
 周囲に事態を知らせようとした人魚も、言いかけたまま波に飲みこまれた。
「ワル筋海賊だと……!?」
 ワル筋、すなわち悪い筋肉。オーマが忌み嫌うもののひとつ。
 ははははは、とどこかで高笑いが聞こえた。
「人魚帝国は、我々海賊がのっとった――! ははは! 連中のナウ筋を我らと同じワル筋に変えてやろう……! その後すべての存在をワル筋改造だ……!」
(どこからの声だ……!? 海の中かっ!?)
『いけない! 海から離れて……!』
 珍しくマームの鋭い声に、オーマはとっさに海から離れた。
 次の瞬間には、想像を絶するほどの大波が、オーマのいた浜辺までも飲み込んだ。
 オーマは冷や汗をかいた。マームが水の精霊で、水の動きに敏感でなければ危なかったかもしれない。

 海から大分離れたところから様子をうかがう。
 大波はやがて徐々におさまり、そして見えてきた光景に、オーマは歯ぎしりした。
 ナウ筋ビチビチ人魚帝国のマッチョ人魚たちは、ワル筋の海賊たちに捕縛されている。難を逃れた者もいそうにない。
 帝国は海賊に、完全掌握されてしまったようだ。
「冗談じゃねえ……」
 オーマは怒りで顔を真っ赤に染めた。
「絶対助けてやるからな、みんな……っ!!」

 わたくしも手伝います、とマームは言った。
 おっとりとした調子ではあっても、放っておけない事態であることは認めたらしい。
 オーマはじっくりと海の様子を見つめ、何とか敵の本拠地を見つけ出そうとした。
 しかし、海にぷかぷか浮いている捕縛された帝国マッチョ人魚やその見張りの海賊は見えても、目に見える場所には本拠地らしきものが見当たらない。海賊というからには、船があるはずなのだが……
「まさかとは思うが、海の中にあるのかもしれねえな。どこまでもせこいやつらだぜ」
 オーマは悔しい思いで吐き捨てる。海の中では、自分では――
『ならば、海の中にまいりましょう』
 頭の中で、マームの声が響いた。
『わたくしが宿っている間は……あなたも水の中で呼吸ができます。行くことは……可能です』
 オーマは、心の底から湧きあがってくる何かを感じた。
 希望。力。そして――感謝。
(いや、礼を言うのは後だな。すべてを終わらせてから……)

 マームの力を借り、オーマは海に飛び込んだ。
 マームの言うとおり、オーマも海中で呼吸することが可能だった。
『そうでしたわ。ひとつ……クルスが説明を忘れていたと思うのですけれど……』
 海中を探索中、マームが語りかけてくる。
『水の中でしたら、ほんの短時間ですけれど、わたくしもあなたから分離することができます……もし必要ならば、いつでもお申し付けくださいね』
 時間制限内に戻れなければ、死んでしまうのですが――と困ったように言うマームに、分かった、とオーマは真剣にうなずいた。
 そんなことを言い出した精霊の心に、「みんなを助けたい」という真摯な心を読み取って。

 海賊の本拠地は潜水艦だった。
「潜水艦たぁ、ほんっとにせこいぜ……」
 潜水艦の端に降り立ち、オーマは憤りとともに独りごちる。
 変わった潜水艦だった。艦内さえも、水で満たされている。海賊も人魚の一種であるらしい。
 気配を消したつもりだったが、波の動きは消しきれなかったようだ。ワル筋海賊たちはすぐに侵入者に気づき、一斉に襲いかかってくる。
「俺様にケンカ売ろうなんざ、百万年早ぇよ」
 怒りで聖筋パワー200%。具現により生み出した愛用の大銃は、水の中でも効果は絶大だった。
 絶対不殺主義のオーマは、ワル筋であろうとも殺すことはない。絶妙な力加減で海賊たちをなぎ倒していく。
 マームに体の支配権を貸していないので、マームは何もすることができないが――
(具現なしで呼吸できるってのは、ありがたすぎるぜ)
 オーマは潜水艦の中を駆けた。
「――首謀者はどいつだっ! 出て来いってんだよ……!」
 先ほどの高笑いの主は誰だ。あいつだけは絶対に許さねえ。そう誓いながら、蹴り破ったあるドアの先に――
「んん? 先ほどから騒いでいるのはキミたちかい」
 背中で手を組んで、偉そうに胸を張りながら振り向いたひとりの半魚人。
 上半身が人間の人魚とは違う。こちらは、顔だけが魚だ。体は人間である。
 その思い切り張られた胸筋を見て、オーマはせせら笑った。
「大して鍛えてねえな。そのていどの筋肉ごときじゃあ、聖筋界征服なんざ、夢のまた夢だぜ?」
 半魚人は憤怒で魚顔を赤くした。器用な真似ができるものだ。
「何を……たかが海で暮らせない存在のくせをして! どうやってここで呼吸をしているのか知らないが、ここは我らのテリトリー! ここで勝てると思っているのか!?」
 しめた、とオーマは思う。
『あの方には……わたくしは見えてはいないのでしょうか……?』
 ちょうど同じことをマームが言った。
 半魚人が片手をかざし、水の奔流を生み出す。
 しかしマームに体の支配権を貸すと、マームは渦の動きを簡単にねじ曲げた。
 半魚人は目を見張った。そしてむきーっと紅潮した魚顔で暴れ出した。
「おかしい! お前はおかしい……! さては、何か魚類的なものを隠しているな……!?」
 ならばこうするまでだ! と半魚人は手近な場所にあった槍を手に突進してきた。
 オーマはすぐに体をマームから自分支配へ戻した。そして、半魚人の攻撃を避けた。
 半魚人だけに水の中で動きが鈍ることはないらしい。攻撃はなかなか鋭く、早い。
 その上合間合間に水を操り、波を起こしてこちらの動きを鈍らせる。
 何度か槍先が体をかすめ、オーマは舌打ちした。
 ――槍を避けるためには、自分が体を使っていなくてはいけない。
 水に動きを乱されないためには、マームが体を使う必要がある。
 今のままでは同時にはできない。こうなったら――
「すまねえ、マーム……」
 心苦しく、オーマは小さく囁いた。「お前さんの命、危険にさらすかもしれねえが――」
『分かっております……。分離するのですね』
 分離してしまえば。
 槍の相手と、水の相手、両方可能だ。
『ほんの数分ですが……よろしいでしょうか……?』
「充分だ。だがな、自分が危なくなりそうだったら、すぐに戻ってこいよ?」
 槍先が次々とこちらの肌を傷つけていく。
 水の渦が視界を遮り、うまく半魚人の姿をとらえられない。
 ――精霊の意識が、自分から離れた。
 オーマはすぐさま具現で空気を生み出す。これでマームがいなくても呼吸は可能だ。だが……

 半魚人が、ぎょっと目をむいた。
 ヤツが操っていた水の渦が、すべて――一瞬で沈静化した。

「おらよ……っ!」
 動きが自由になり、オーマは大銃を横殴りに振るう。
 すばしっこい半魚人は慌てて逃げたが――戦いなれたオーマに動きを見切られるのは、時間の問題だった。
 銃身で殴り倒されて、半魚人は失神した。

 マームがゆっくりとオーマの体へと戻ってくる。
 オーマは心底ほっとした。
『……どうか……なさったのですか?』
 オーマの反応が不思議だったのか、マームが尋ねてきた。
「いや」
 オーマは苦笑した。そして、安堵のため息とともに、つぶやいた。
「……お前さんが無事で、よかったよ」
 マームは、どうやら微笑んだようだった。
『大丈夫です……。いざというときは、オーマさんが助けてくださると、信じていましたから』
「―――」
 オーマは笑った。豪快に笑った。
 本当に、精霊たちとは……なんて水のように自然に心に溶け込んでくるのだろうか。
 そう、水と同じなのだ。
(この心地よさは、な……)

 ワル筋海賊たちはオーマの手により徹底的に痛めつけられてから、
「お前らは鍛え直しだっ。ワル筋からナウ筋に、俺様が変えてやる」
 と、全員腹黒同盟へと強制加入させられた。
 半魚人に関しては、一応矯正するつもりではいるが、もう少しいじめてやりたい気分のオーマである。
 人魚帝国の人魚たちは、解放されて大喜びでオーマとマームを歓迎した。
「友好条約、一刻も早く結びましょう……!」
 そして条約締結後、予定どおりの祝宴。
 酒豪のオーマは海水で作られた特殊な酒でさえ、ぐびぐびと平気で大量に飲み干した。
『わたくしが中にいるときは、水分はこれ以上とれないはずなのですけれど……』
「はっは! そんなもの俺様にはへのかっぱってことよ!」
 ここでもオーマに、精霊の常識は通用しなかった。
『まあ。おかしなお味のお水ですこと……』
 頭の中ではマームが、のんきにそんなことを言っていた。

     ■□■□■

 精霊の森に帰ると、クルスはオーマの姿を見るなり「へえ」と驚いたような声を出した。
「マームが一度体から離れた痕跡があるね。精霊たちが自分の命をかけるような行動を決意するなんて、滅多にないんだよ?」
 オーマは目を見張り――そして伏せた。
 それから、クルスに「マームの姿を見せてくれ。あのインパスネイトとかってヤツ」と頼んだ。
 はいはい、とクルスは微笑しながらまずマームを泉に戻し、それから彼の特殊能力を発揮する。
 ――擬人化《インパスネイト》。
 それによって泉の上に現れたのは、水のように透き通った、髪の長い二十代半ばほどの美しい女だった。
「ありがとよ、マーム。……みんなを助けるために命をかけてくれて」
 女の目をまっすぐ見つめて、オーマはここまでとっておいた言葉を告げる。
「やっぱ礼は、相手の顔を見て言うのが一番だな」
『まあ。それでしたら……わたくしも、どうもありがとうございました』
 マームは穏やかに微笑んだ。
 オーマも豪快に笑った。
 それから彼は懐から、色々なものを取り出した。まずマームには、腹黒同盟勧誘パンフ――そして、『カカア天下指南書』。
「いいカカアになれよ?」
「それ以前に、誰のカカアになるんだろうねえ」
 クルスが苦笑する。決まってんだろ、とオーマは青年に言い返し、
「おい。セイーも出せ。渡す」
 ――言われるとおりに、《インパスネイト》によって姿を現した川の精霊セイーに、オーマはにこやかに紙束を差し出した。
『……何これ』
「読みゃ分かる」
 『下僕主夫指南書』
「いい下僕主夫になれよ?」
 オーマは笑って、難しい顔をしているセイーに言った。
「何てったってマームは、いいカカアになること間違いねえ。俺が保証するぜ」

 最後にオーマは、クルスにも贈り物をした。
 『腹黒同盟特製・骨髄反射筋眼鏡』
 それを見たクルスは、大きく目を見開き、嬉しそうに「これはありがたいね」と言った。
「またものすごいパワーを放ってるよ。いい実験材料になりそうだ」
 ――結局実験材料かよ。
 予想以上のクルスの黒さに、オーマは「いつか絶対同盟に加盟させてやる」と、固く心に誓ったのだった。


【END】



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー】

【NPC/マーム/女/?歳(外見年齢27歳)/泉の精霊】
【NPC/クルス・クロスエア/男/25歳?/『精霊の森』守護者】

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■         ライター通信          ■
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こんにちはオーマさんv笠城夢斗です。
今回は、ややアクション風味のプレイングありがとうございました!
(そのわりにはアクションが少なくて申し訳ありません/汗)
オーマさんとマームそれぞれの特徴をうまく組み合わせた戦いが書けていればいいなと……;
やっぱり書いていてとても楽しかったです。
ありがとうございました!