<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


“凍らせた空白” −倖せな時間


 街外れの湖の畔。其処は初めは唯の居住を目的とされた洋館だった。
 然し、其処に一人の占術師が住み着いてから、噂を聞いた人々が助言を求め――時には面白半分に、一人亦一人と訪れて。
 ――来る者は拒まない。出逢いは何かしらの必然だから。
 そう云って漆黒の麗人は微笑む。
 そして、其の館は名実共に“占いの館”として機能し始めた。
 玄関前の二三段程度の階段にイーゼルが設えて、小さな看板が置かれている。
 掲げられた名は『Gefroren Leer』。


     * * *


 其の日、館の主人は御機嫌に唄何ぞ口ずさみつつ御茶の時間の準備をしていた。
 ケトルに水を注いで其れを火に掛けた処で、弟子であり同居人である青年を呼んだ。
「ラルゥー、そろそろ御客さんが来るから、ノックが有ったら扉開けて上げてー。」
 キッチンから廊下へと顔を覗かせた主人ことノイルは、大階段から下りて来る青年ことラルーシャに向けてぱたぱたと手を振った。
「嗚呼、はい。……若しかして先刻から機嫌が良いのは其れと関係してるの、」
「さぁねぇ……。まぁ、直解ると思うよ――ほら。」
 そう云ってノイルが視線で扉を示したので、ラルーシャは其方に歩を進めた。
 そして、ノイルがキッチンに引っ込んだのと同時に控えめなノックの音が響く。
「はーい、何方様……っと、黒兎君、」
 扉の前に立っていたのは愛らしいふわふわの兎耳を生やした少年。
 其の姿を認めて、ラルーシャが「如何したの、」と言葉を紡ぐ前に黒兎がおずおずと持って居たバスケットを差し出した。
「此……御礼、……此の間の、」
 ――……口に、合うと……良いんだけど。
 恥ずかしいのか、頬にほんのり朱を差しつつ視線は少し逸らし気味で。
 ラルーシャは一瞬考える様な表情をした後、合点が行ったらしく笑って受け取った。
「嗚呼、態々有難うな。まぁ、折角だから此処で立ち話も何だし……、」
 中にどうぞ、と誘おうとした処で奥からノイルが顔を出した。
「いらっしゃい、黒兎君。丁度御茶の時間だし、準備も出来てる。良かったら一緒に如何、」
 にっこりと微笑むノイルを見て、矢張り解っていたんだなとラルーシャは心の中で苦笑した。



 黒兎は応接室のソファの上にちょんと坐って固まっていた。
 と云うのも御礼に持って来た御菓子をノイルとラルーシャが目の前で食べようとしているからで。
「……、そんなにじっと見詰められると食べ難いなぁ。」
「ぇ、あっ……御免。」
 クスクスと笑うノイルの言葉に、自分が無意識に凝視していた事を知って慌てて視線を移す黒兎。其の様が亦可愛らしくてノイルとラルーシャは柔く微笑む。
 黒兎が持って来たのはスポンジがしっとりした栗のロールケーキとちょっぴり苦めのティラミス。
 バスケットに入れられた状態では簡単なラッピングした施されていなかったし、菓子自体の外見も飾らない素朴な感じであったが、其れが逆に暖かさや優しさを感じさせて好感が持てた。
 とは云え、二人の心情が解る訳でも無い黒兎は、内心でドキドキし乍ミルクティを啜っていた。
「其れじゃぁ、戴きます。」
 ノイルが小さく手を合わせて微笑む。
 其れ其れ取り敢えずノイルがティラミスを、ラルゥがロールケーキを皿に取り分けて口に運んだ。
「あ、」
「ぇ、」
 小さく零れた言葉に黒兎はぴくりと反応する。
 然し、満面の笑みで倖せそうに続けた。
「否々、心配する事は無いよ。とっても美味しい。」
「うん。……此、砂糖じゃなくて栗の甘さだよな。凄いな、此処迄判然出せるんだぁ。」
 ラルーシャも感心し乍ぱくぱくとケーキを食べている。
「……、……っ。」
 黒兎は其の言葉に安心したり嬉しく為ったりしたのだが、如何対処して良いか解らないので矢っ張り、赤くなって固まっていた。
「本当に可愛らしい仔だねぇ。」
 ノイルはクスクスと笑うと、ポット等が置いてあるトレィから焼き菓子の乗ったプレィトを黒兎の方に差し出した。
「本職の仔に薦めるのは気が引けるけど……良かったら御茶請けにどうぞ。」
 黒兎は一度目を瞬かせて、其れを見た。
「此……カトゥル・カール……、ノイルさんが、作ったの、」
 黒兎が名を呼んだ其れは、本当に簡単な菓子。地味だけど素朴な、母親が子供の為に作ったりする、何処か優しさと懐かしさを持っている。
 そして、其の気持ちや雰囲気は黒兎が作る菓子に通じるモノが有った。
「恥ずかし乍。」
 そう云い乍ノイルはロールケーキを口に運んでいる。
 黒兎は其の焼き菓子をフォークで小さく切り取ると、同じ様に口に運んだ。
「……美味しい。」
「ふふ、御世辞でもそう云って貰えると嬉しい。」
 黒兎が零した言葉にノイルが笑う。
 御世辞じゃないよ、と首を振る黒兎にラルーシャが笑みを深くし、ノイルが有難うと返した。
「さて、折角来て貰ったんだし、遊ぼうか。」
 ノイルがカップやプレィトを端に寄せてティブルの上に余裕を作った。
「遊ぶ……、」
 首を傾げる黒兎の前でノイルは何も無い空間からぱらぱらとカードを受け取った。
 其の光景を黒兎は少し驚いた様に眼を開いて見る。
「そう、折角“占いの館”何てのに居るんだから。」
 ノイルは悪戯っぽくそう云うと、慣れた手附きでカードを扱う。
「そうだね……。近い未來起こりそうな事、でも訊いてみようか、」
 突然の展開に戸惑う黒兎に、ラルーシャがのんびり声を掛けた。
「本当に、此は師匠(せんせい)の御遊びみたいなモンだから。そんなに気ぃ張らなくても良いよ。」
「ぇ……でも……。」
「そうそ、軽い運試しみたいなモノ。……気を楽にして。」
 そう云う合間にも、白い指が一枚ずつカードを裏向きに並べて行く。
「…………うん。」
 正直な処、矢張り興味は有ったので凡てのカードが並べ終わる頃に、黒兎は小さく頷いた。
「良いよ、此の仔達も愉しんでる。」
 そう云ってノイルはカードを示した。
 二十二枚のカードは、七、八、七枚に分けられ三列に並べられている。
 今から遣ろうとしているのは“ワン・オラクル”と云って、一枚だけ選んだカードから結果を読み取る、シンプルな占法だと簡単に説明された。
「其れじゃぁ此の中から一枚、黒兎君の好きなのを選んで。」
「……、……じゃぁ、此。」
 黒兎は一通りに視線を巡らせた後、最上段の真中のカードを指差した。
 向かいのノイルから見ると一番手前に為る其のカードにノイルは手を掛ける。
「良し、じゃぁ展開(スプレッド)だ。」
 黒兎がじっと見詰める中、ぱたりとカードの図柄が現れる。
「審判(JUDGEMENT)の正位置。」
 ぽつりとノイルがカードの名を呟くが、勿論黒兎には其れが如何云う意味なのかは解らない。
 唯、カードの中で喇叭を持った天使が紙吹雪と共に舞っている姿を見る限り、そんなに悪い意味では無さそうだと思う。
 其れより黒兎が驚いたのは、其の絵が動いている、と云う事だった。
 紙吹雪はひらひらと落ちて行き、天使は不規則に動き廻り、墓の下からゆっくりと死者が復活して行く。
「……驚いた、」
 ノイルが軽い調子で問うと、黒兎は素直に頷いた。
「此の仔達はね、本当は精霊なんだ。其れが今、カードの格好に為って貰ってるだけ。」
 ――だから偶に絵柄が変わったりするんだよ。
 可笑しそうにウィンクするノイルの言葉に、黒兎はまじまじとカードを眺めた。
「センセ、読解(リーディング)は、」
 横道に逸れ掛けた話をラルーシャが指摘する。
「嗚呼、嗚呼……御免。」
 ノイルは苦笑し乍、審判のカードを黒兎に渡した。
「そうだね……今迄の成果がチャンスを生む、か。……大きい仕事が入るかも知れないね。」
 残りのカードを一つに纏め乍告げる。
 其の結果を聞いて悪い事では無かったと安心する反面、何処か不安な気持ちも抱えた侭、黒兎は黙って手の中のカードを見詰めていた。
「……ぁ。」
 が、スッと溶ける様に其の手からカードが消えて仕舞う。
 慌てて顔を上げると軽く首を傾げて笑むノイルと眼が合った。
「云ったでしょ。御遊びだから、当たるも八卦当たらぬも八卦。余り重く考えずに、“そうなったら良いな”位の気楽な気持ちで構えてて御覧。」
「…………うん、有難う。」
 そう考えると、本当に肩が軽くなった様な感じがして黒兎は微かに笑った。
「良し。」
 其れを見たラルーシャが黒兎の頭を撫でる。
「ぁ、ラルゥ狡い。」
 ノイルはそんな事を云いつつ、ティブルを越えて迄黒兎の頭を撫でる。
「ぇ、え……。」
 状況に附いて行けず矢張り赤くなって固まって仕舞う黒兎。
「否、別に狡くは無いでしょ。」
「……、……っ。」
「えー。」



 悪乗りした二人の黒兎争奪戦は此の後も暫く続いたらしい。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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[ 2906:黒兎 / 男性 / 10歳(実年齢14歳) / パティシエ ]

[ NPC:ノイル / 無性 / 不明 / 占術師 ]
[ NPC:ラルーシャ / 男性 / 29歳 / 咒法剣士 ]

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■         ライター通信          ■
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二度目まして、徒野です。
此の度は『“凍らせた空白”』に御参加頂き誠に有難う御座いました。
うわい、本当に御菓子持って来て頂いて有難う御座います……ッ。
ノイルもラルゥも存分に倖せ気分に浸らせて頂きました。
最後の方、占いやら争奪戦やら色々好き勝手遣って御免なさい……。
黒兎君が可愛いから……ッ、と責任転嫁的発言をして誤魔化してみます。……駄目ですね。
そんな事はさておいて、此の作品の一欠片でも御気に召して頂ける事を祈りつつ。

――其れでは、亦聖夜に御眼に掛かります。……御機嫌よう。