<PCクエストノベル(3人)>


いつか、きっと 〜エルフ族の集落〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2081/ゼン        /ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー   】
【2082/シキョウ      /ヴァンサー候補生(正式に非ず)     】

【助力探求者】
なし

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 エルフ族と言う存在が、このソーンにいると言う。
 滅多に人里に降りて来る事の無いかれらの存在そのものがほとんど伝説のようなものなのだが、こちらから会いに行くにも彼らが作り上げた様々な自然のトラップを抜けなければ顔を拝む事さえ出来ない。
 人間が嫌い、と言うわけではないようで、それが救いではあるが……森の奥深くで集落を作っている彼らは、物静かに暮らす事を望んでいるのだろう。
 もしくは、様々なトラップを抜けてまで会いに来た者なら、知人になる事を認めようというものなのかもしれない。
 そう言うわけで、少なくとも一般人にとってエルフ族というのは、顔を見る事などほぼ不可能な存在となっていた。
 ――それなのに、というのか。彼らしい、というのか。
オーマ:「うーし、準備は済んだか?」
シキョウ:「うんッ!」
ゼン:「……マジで行くのか」
 オーマ・シュヴァルツがよりにもよって腹黒同盟勧誘巡業で選んだ場所と言うのが、かのエルフ族の集落だったのだった。
 ある意味ではサンカの隠里に行くよりも難しそうな今回の旅には、話を持ちかけただけで行くと即答したシキョウと、シキョウが行くならと渋々付いて来るしかなかったゼンの二人が同行する事となった。
シキョウ:「おでかけなのにおでかけふくじゃないのがちょっとざんねん」
オーマ:「ああ、そりゃちぃと道程がきつそうだからな。今回は我慢してくれな?」
シキョウ:「はぁーい」
 いつもの、性別をあまり感じさせないほっそりとした身体にフィットした少年のようないでたちのシキョウが、オーマがわしわしと頭を撫でるのをくすぐったそうな顔で見上げながらこっくりと大きく頷いた。
ゼン:「……めんどくせぇ……」
 唯一、だるそうな顔をしてこの寒さに元気いっぱいな二人を見ていたゼンが、ぼそりと低い声で呟いた。

*****

 頭に小枝や葉っぱをいくつも付けた三人が、小さな集落に付いたのは、そろそろ夕方になろうと言う時刻だった。
シキョウ:「もうついちゃったの〜〜? たのしかったね〜〜〜」
オーマ:「楽しいっつうか。攻略のし応えはあったな」
ゼン:「どういう神経してんだ、てめぇらは」
 ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返すゼン。そんな彼にきょとんとした顔で二人が振り返ると、
シキョウ:「ええ〜〜〜ッ、ゼンはおもしろくなかったの〜〜〜ッ!?」
 心底びっくり、というように目をまん丸にしたシキョウが大きな声で叫んだ。
 集落の者が振り向くような声で。
エルフ:「これは珍しい。旅人ですか?」
オーマ:「おう。エルフ族に会いに来たんだ」
 それは本当に珍しい、とオーマたちに声を掛けて来た長身の青年が三人へ微笑みかける。
オーマ:「つうわけでな。おまえさん、この集落の偉いさんのところに案内してくれないか。――あ。そうそう」
 こくりと頷いた青年が歩き出した後に付いて歩き始めたオーマが、ぴたりと足を止めて振り返る。
オーマ:「ゼンとシキョウは付いてこなくていいからな。ここから先は大人の話だ」
ゼン:「いい年した大人が言い出すような話じゃねぇだろうが……」
 ぼそりとゼンが呟いた声には聞こえないふりをして、オーマはにこやかな笑顔で、集落の中では比較的大きな建物のなかへと入って行った。
 ――そして、訪れる沈黙。
 特に何か話さなければならない事がないため、二人はなんとなく黙ったまま、よく手入れされている芝の上に座る。
 いつもとそう変わりない出来事の筈なのだが、何故だか今日は二人とも落ち着かない様子だった。いや、ゼンが落ち着かないために、シキョウにそれが伝染したものらしい。
 そうやってそわそわしている二人の様子が気になったのか、気付けばいくつもの視線に囲まれており、その先には人の良さそうなエルフたちがにこにこと二人へ笑いかけていた。
 そして、すぐに誰とでも打ち解けるシキョウに釣られるように、ひとり、またひとりと二人の側に近づいて腰を降ろし、二人を楽しそうに見ながら世間話に興じる。
 その中でも特に、恋愛に関する話が大好きなようで、それはこの場にいるシキョウとゼンとの関係を興味津々訊ねて来る様子からも窺えた。
エルフ:「……で、二人は付き合ってるの?」
ゼン:「だからっ、さっきから言ってるだろ! 付き合っちゃいねぇしそんなんじゃねえよ」
エルフ:「ほんとう? そんな風には見えないんだけどなぁ。ねえ?」
エルフ:「うんうん」
シキョウ:「えへへ」
ゼン:「てめぇも笑ってねぇで否定しろ!」
 囲まれて、たじたじになっているのはゼンの方であり、シキョウはどちらかと言うと嬉しそうな笑みを浮かべて今にも頷きそうな姿勢になっている。
 それを察したのかゼンが慌てているのを気付かれないように……と言ってもばればれなのだが、シキョウに密着して下手な動きをしないよう押さえているのが、傍から見れば立派なカップルに見えると言う事には気付いていないらしい。エルフたちの微笑が深くなればなるほど、墓穴を掘っていると言うのに。
エルフ:「そう言えば、この辺にはこんな伝説があるのよ」
 エルフの間に広まる『伝説』と言うと、いつまでも若く長寿を誇る彼らの事だから、人間にとっては本当に伝説になってしまっているようなものだが、彼らのひとりが二人を愛しげに見ながらこんな事を語ってくれた。
 それは、満月の晩。
 この森のどこかで、虹色に輝く花がその晩にだけそっと花開くのだと言う。
 森の中にありながら、月光が真っ直ぐ上から差し込む場所――そこで月の光を吸収しつつ花開いたそれは、綺麗ではあるが強い毒性を持ち、食べると昏睡状態に陥ってしまうのだとか。
 解毒剤はエルフ族の中にも伝わっておらず、通常はその者が目を覚ます事が無いと言われているのだが、ひとつだけ、例外として、相思相愛の者のキスにより再び目を覚ます事が出来る――そんな話に、シキョウがかくんと首を傾げた。
ゼン:「……けっ」
 解毒剤も無いような特殊な毒が、相思相愛だからと言ってその者のキスだけで蘇る、と言う事が気に食わないらしく、鼻で笑うゼン。
シキョウ:「それって、ほんと?」
エルフ:「どうかな……だって、怖いじゃない。相思相愛だって、本人たちがわかっているならそんな事をする必要も無いんだしね」
エルフ:「そうそう。でも、夢があるじゃない?」
 うんうん、と互いに頷きあうエルフたちをよそに、シキョウが何か考え込む仕草を見せ、それに気付いたゼンがそっと眉を潜めた。

*****

オーマ:「うぅ。エルフ族の作った酒は良く効くなぁ……飲み口良すぎて飲みすぎたみてぇだ」
 ふらりと部屋に戻って来たオーマが頭を振りながら言い、ベッドの上で一人何かを考え込んでいたゼンに目を止めてうん? と首を傾げる。
オーマ:「ゼン。おまえなんで一人なんだ?」
ゼン:「――えっ? つーか、あいつオッサン迎えに行くとか言ってついさっき部屋を出てったけど、会わなかったのか?」
オーマ:「いや? そもそも俺は下の階でエルフの皆と飲んでただけだぞ? 階段を降りてきたらいくらなんでも気付く筈だが」
ゼン:「……」
 一瞬、無言になったゼンが、がばと突然立ち上がって窓に飛びつき、そこから空を見上げ――そして、舌打ちを洩らす。
ゼン:「満月だ――チクショウッ、あんの馬鹿ッ! オッサン、シキョウは森に行ったに違いねぇ、探すの手伝ってくれ!」
オーマ:「お? おお。分かった。んじゃあエルフの皆にも悪いが手伝って貰うか……」
 ゼンの顔色が僅かに固くなっていたのに気付いたか、オーマもすぐに酔いが覚めたようで再び階下に降りて行き、そして数人の協力者と共に灯りを手に森の中へと分け入った。
 そして――暫く後。満月が森の木々を縫って差し込むその場所で、
オーマ:「シキョウ!?」
 目を閉じて、ぐったりと横たわるシキョウの姿がそこにあった。その手には、虹色に輝く花弁がまだ何枚か残ったままの花が握られていて、その強い甘い香りと同じものが彼女の口から匂う事に気付いたその場の皆が、シキョウがその花を食べたと知って互いに目を見合わせた。

*****

オーマ:「……駄目だ。っつうか、なんだ、この毒は。見たことも聞いたこともねえぞ」
 宿泊用に借りた部屋に、具現で医術用具を次々と作り出したオーマが、シキョウの手にあった花弁を一枚すりつぶして調べ、焦りに似た表情で呟いた。
 それは、確かに毒を持つ花らしい。だが、どういった作用を持つのかという事までは分からない。
 オーマの知る限りの方法で毒を変容させる方法を調べてみたが、どれも役に立たない事が分かり、医者としてのプライドがいたく傷ついたらしいオーマが肩を落とした。
ゼン:「……」
 その隣で、昏々と眠り続けているだけに見えるシキョウに、ゼンが視線を落とす。
 ゼンの唇は、オーマに気付かれないよう、そして声には出さず何かを呟いており、やがて首を振って、まだ残っている花弁に目をやった。
 解毒の、唯一とも言える方法を知っているゼン――だが、まさかキスなど出来る筈も無く……そして、『相思相愛』であるか、自分でもわからないのだから効果など期待していないために、その方法を取ろうとは露ほどにも思わずに、
ゼン:「……ッ、チクショウ」
 ぷちんと一枚、花弁をむしって、その動きに気付いて顔を向けたオーマの目をじっと真剣な目で見詰め、
ゼン:「俺は、あいつの保護者だからな。引きずってでも連れ返してくる。――万一……いや。失敗はねえ。オッサン、暫く俺たちの事頼むわ」
オーマ:「おい、まさかおまえ」
 ゼンの手にあるものに目を止めたオーマが何か言おうとするのを手で押しとどめ、ゼンはそれをぱくりと口に入れて飲み込んだ。
 途端、体の中に入り込んだ花弁から、異様な波動が湧き上がり、体の中を侵して行くのに気付きながら、ゼンがシキョウの手を取る。
ゼン:「――」
 何か言おうとしたが間に合わず、ゼンの意識は急激に薄れて行った。――シキョウの意識と繋ぎ合わせようとした波動が、上手く結びついたかどうかの成果も分からぬままに。

*****

 ――夢を見ていたような気がしてふと目を覚ますと、くすくすと鈴を転がすような笑い声が聞こえ、そちらを見た。
 そこにいたのは、年のころ17、8くらいの少女。ぱっちりと大きな目は、目を覚ました少年を柔らかな目で見て、ゆっくりと口を開く。
???:「おはよう。ずいぶんとゆっくりなのね」
ゼン:「――え……っと。あれ?」
 そこは、小さな部屋の中。外からさんさんと明るい日差しが差し込み、庭では真っ白な洗濯物が風になびいている、そんな風景。
 窓から見える庭にあるどっしりした木からは、滴るような甘い果汁を持った真っ赤な果実が実るだろう……そんな事まで想像が付く。
 ぼんやりと辺りを見回しても、見覚えのないものばかり。それだけではなく、目の前でにこにこと微笑んでいる少女にも、見覚えは無い――いや。
ゼン:「……えっと……」
???:「どうしたの? そんな不思議な顔をして」
 少女は、ゼンの事を知っているのだろうか。そんな無防備な表情をゼンへと向けながら熱でも計るつもりか、そっと手を伸ばして来た。
 その仕草に何故か慌てて、後ろに下がるゼンが、ふと見える自分の手がいつもと違い、随分と小さくなっている事に気付き、本来の姿となっているのかと呆然と自分の両手を見下ろしている、と、ぽふん、と暖かな手が髪の上に置かれた。
???:「やだなあ。お姉さんのことを忘れちゃった振りをしているの?」
 ――きゅぅ、と胸を締め付けられるような、その、笑顔。
 耳に届く事が既に心地よい声。
 ――好き、だった、のか。
 この少女が、好きだったのか。
 自分よりも年上で、お姉さんぶっていながら子どもっぽい所が多分にあって、それでも……何度も、怖い事から自分を護ってくれた。
 怖い、こと?
 ――なんだ、この、記憶。こんなのは、知らない――。
???:「いいわよ。分かったわ。じゃあこうしましょう。……お姉さんの名前を呼んで? それまで、このゲームは終わらないわ」
ゼン:「――」
 口を開こうとしても、からからの口の中は張り付いている。
 すぐ近くにいる事がとても苦しいのに、離れようとするそぶりをするんじゃないかという恐怖がすぐに去来して、せめて服の一端なりとも掴んでおかないと、と手を伸ばし、あっさりと交わされて泣きそうになったゼンに、困ったような顔を見せる黒髪の少女。
 知っている筈なのに。名前が、どうしても口から出てこない。
 困った顔を、笑顔に戻したいのに。
???:「名前を思い出してくれないと、お姉さん帰れないのよ? それとも――そうね。ずっと、ここにいる? 名前を思い出さないまま、ずぅーっと」
 少女の赤い瞳が、ゼン――少年の目の中を覗きこむ。
 どこかでその宝石のような輝きを見た。
 そう思った途端、ゼンの口から思いがけない言葉が飛び出して来た。
ゼン:「――シキョウ?」
 そして、にっこり、と少女が笑う。ゼンの大好きな、とても大好きだった笑顔で、
???:「正解。――半分だけど、ね。でも正解には違いないから、ゲームはここでおしまい」
 その言葉で、急に周辺の視界がぶれ始める。
???:「相思相愛じゃないのよ。必要なのは、どれだけ相手を想っているか、その力だけなの。それだけでお姫様は眠りから目覚めるものよ。いつか、ね」
 そう言うと、少女が、ゼンへついばむようなキスをし、そうしてもう一度にっこりと笑う。
 その姿も、笑顔さえも、幾重にも歪んだ視界の中で消えていく。
ゼン:「ま――待って! 待って――」
 その時に呼んだのは、シキョウの名だったのか、それとも――。
 視界と共に狭まる意識に絡め取られ、ゼンは再び、闇の中へと落ちて行った。

*****

 目が覚めた時、何だか身体が妙に重くて仕方が無く、身体を起こそうとして――ぴったりと寄り添うように目を閉じているシキョウがそこにいるのに気付いて、
ゼン:「っわぁっ」
 自分のものとは思えない情けない声を上げて、すざざざっ、とベッドの上で器用に後ずさった。
オーマ:「おう。ようやく王子様のお目覚めか」
 そこに、薄らと目の下に隈を作ったオーマが、にやりと笑って言う。
 顔を上げれば、そこはエルフ族の集落。窓からの明るい日差しが目を刺すようで、目を細めながら周囲を見渡すと、
シキョウ:「……うぅん?」
 こしこし、と目を擦りながらシキョウが起き上がった。
オーマ:「ん? 何だ、もういいのか? もう少し寝ていてもいいんだぞ?」
 ゼンに掛けた言葉よりもずっと優しい、柔らかな声にゼンが眉を寄せた。
ゼン:「っつうかどう言う事だよこれは! シキョウが倒れてたんじゃなかったのか!?」
 それに、どうして一緒に寝てたんだ――と口早にまくし立てるのを聞きながら、オーマがもう一度にやりと笑う。
オーマ:「そりゃもう、しょうがねえだろ? シキョウがそうしないと心配で心配でいられないっつうんだからよ」
ゼン:「そう言うことじゃねえ! だから、何でシキョウが起きてるんだっつってんだよ」
オーマ:「あ? 何だ、そっちか。おまえさんが同じ状態になって暫くしたら、シキョウの方が理由も何も無く目を覚ましたんだ。おまえさんだけが目覚めないままな」
シキョウ:「んうぅ……?」
 まだ眠いのか、ふあああ、と大きな欠伸をしながらも、半分寝ぼけた顔でゼンへとにじり寄るシキョウ。
オーマ:「それでだ。目が覚めねえのが心配だっつってよ。一緒に寝るんだって聞かねえから、しょーがねえな、と。大丈夫大丈夫。俺様ずっと見張ってたからなーんもねえぜ?」
 にやりん、と話した最後に何か嬉しそうな笑顔を見せてオーマが言う。そのかなり嘘っぽい表情に、突っかかろうと思ったゼンが、何やら嫌な予感がして止めた。
 その理由は、何だか顔が、そして歯から顎にかけてずきずきと痛んだからで。
 ――こればかりは不可抗力としか言いようが無い。
 ゼンが昏睡状態になったままの状態を見たシキョウが、ゼンへと突進し、力任せに顔を押し、いや叩きつけたために起こった事だったのだから。
ゼン:「っててめぇ、引っ着くんじゃねえよ」
シキョウ:「んーーー」
 半分寝ぼけたままのシキョウが何かぼそぼそと呟いたのを聞いて、ゼンが目を僅かに見開き、そしてオーマが不審がるほど急に、シキョウを引き剥がそうとする事をやめて諦めたように外を眺めた。
 外には、朝日が昇って来たとエルフ族の早起きな人々が毎日の仕事に掛かるところで、ゼンが中から見ている視線に気付くと、穏やかに笑んで通り過ぎていく。
オーマ:「おまえももう少し寝とけ。帰りも行きと同じルート通るからな」
ゼン:「げ。そうだったな、忘れてたぜ」
 行きであれだけ苦労した道を再び戻るために、と言い訳しながら、ゼンがベッドに潜り込む。
 そして、やはりまだ疲れていたのだろう、ほとんどすぐに眠りに入って行ったのだった。

 ゼンが眠る直前に頭に浮かんだのは、先程のシキョウの呟き。
 はっきり聞いたわけでは無かったのだが、ゼンは確信していた。
シキョウ:『――なまえ、よんでくれてありがと』
 そう、言ったのだと。


-END-