<PCクエストノベル(1人)>


【始まりは聖なる音色から】

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【3033/ リージェ・リージェウラン (りーじぇ・りーじぇうらん) / 歌姫/吟遊詩人】

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 その村はどこか、凛とした空気が覆っていた。
 道を行き交う人々の呼吸まで、まるで悠久の楽の音のようで、この村の存在意義と誇りとを、高らかに詠い上げていた。
 リージェ・リージェウラン (りーじぇ・りーじぇうらん)がそこを訪れたのは、無論偶然などではない。
 彼女の職業もさることながら、遥か遠き時代より音楽だけをその礎にしてきたこの地を、音にこだわる人種であれば誰であっても、訪れたいに決まっている。
 そして願わくば、一生連れ添う最愛の楽器に出会えたら、との淡い期待をも心に秘めて。
 その村の名前は、クレモナーラ。 知る人ぞ知る、楽器の名産地である。音楽を愛する者であれば、生きているうちに必ず、その名前を聞くことになる村だ。
 リージェも、少し前にある村で、この村の存在を知った。知った時は本当にうれしくて、その日は子供のように寝付けなかったのを覚えている。
 しかし、いくらここが音楽の聖地であっても、自分の伴侶になるような楽器を探すのは容易ではない。ただ、この地で見つけた楽器を奏でて、後世に残る吟遊詩人になった者はかなりの数に上るという。

リージェ:「素晴らしいことだ、本当に」

 彼女はうっとりとしながらそうつぶやいた。
 音楽だけを愛して、穏やかな日々を過ごせることの大切さは彼女だからこそ、鮮やかに実感できるのだ。
 (もうあんな苦しい毎日なんて、二度と味わいたくない…)
 過去の褪せた色の思い出は、ふと彼女の隙を狙って心に忍び寄ってくる。
 だが今日は。
 高揚した気分がすべての霧を振り払ってくれる。
 嬉しそうにあちこちに視線を投げながら、彼女は、店先に無造作に置かれた、安価だが変わった楽器を手に取ってみたり、吟遊詩人のためのさまざまな国の歌謡や詩吟を教えてくれる、粗末なテントを覗いたりした。
 いろいろな国を旅していると、自然と新しい歌や戯曲を覚えるものだが、こうやって銀貨を払って、まだ見ぬ土地の歌を覚えるのも、この村ならではである。
 いくつかのテントを回って新しい歌を仕入れた彼女は、満足そうに微笑んでまた通りを歩き始めた。
 
リージェ:「さすがにこれだけ歌うと、喉がカラカラになるな…」

 そうひとりごちて、彼女は村を南北に貫く大通りに足を向けた。
 そこには、旅人たちを温かく迎える多くの宿と酒場があった。そして、他の村とはまったくちがう光景――それぞれの酒場に、必ず歌い手や舞い手、楽器を奏でる者たちがいる。他の場所では、よほど大きな街や都でなければ、決してこんなに音があふれることはない。彼らは常に放浪していて、めったに出会わないからだ。
 だが、この村はちがう。この村ではこれが日常の風景なのだ。
 彼女はその中でも、シチューの、濃厚で芳醇な香りが漂って来る、酒場を一階に持つ宿に泊まることに決めた。
 一歩足を踏み入れると、そこは穏やかな音色に満たされていた。
 中央に、ひとりの青年が竪琴を奏でている。
 その弦のひとつひとつからこぼれ落ちる音は、まるで真珠か蒼い宝石のようで、海の底から聞こえるような錯覚すら与えていた。
 知らず、リージェもひとつの椅子に腰をかけ、近付いて来た店の女性に、温めたワインを頼むと、目を閉じてその音に聴き入った。
 流れている曲は、彼女もよく知る流行歌だった。
 少し早い調子の、威勢のよい曲だ。
 南方の国の草原に暮らす民の作った曲だと聞いたことがある。
 なじみのある音の流れを、彼女は全身で聴いた。
 相手の技量も素晴らしいが、その竪琴の紡ぎ出す音のひとつひとつが、彼女の心の琴線をも揺らして落ちていく。
 そして、短いその曲が終わった時、どっと聴衆から感嘆のため息が洩れた。
 一瞬の後に、盛大なる拍手がそれを追う。
 リージェも思わず、拍手の波に飲まれていた。
 しばらくして、聴衆が思い出したかのように食事を始め、片付けを終えた演奏者の青年がチップを受け取りつつ、何度もおじぎをして酒場を去って行こうとするのを、リージェはふと引きとめた。
 
リージェ:「あの…!」
青年:「えっ?!」

 青年は不意に引っ張られて、びっくりしたような顔でリージェを見下ろした。
 そのとたん、彼女ははっとして、腰の皮袋から銀貨を2枚引っ張り出し、彼に差し出す。

青年:「ああ、ありがとう」

 彼は破顔して、それを受け取り、立ち去ろうとした。

リージェ:「ま、待って!」
青年:「えっ?!まだ何かあるのかい?」

 青年は不審そうに、彼女を振り返った。
 リージェは彼の背中にある竪琴を指差して、一気にまくしたてた。
 
リージェ:「その竪琴はこの村で買ったんですか?!もしそうなら、どこで?!場所を教えて欲しいのだが…いや、欲しい、のですが!」
青年:「ああ、これ?」

 彼は首をかしげて、自分の竪琴を背中から下ろした。

青年:「ああ、そうだよ。この村で、8年前にね。弦が特殊なものだから、切れてしまうと、他の場所では修理が出来なくてさ。この前、とうとう弦が切れてしまって、久々に舞い戻ってきたところだよ。君も、何か楽器を探しに?」
リージェ:「ああ、そうなんだ…いや、そうなんです!」
青年:「ははは、いいよ、普通にしゃべってくれても。ここでは同業者なんて、珍しくないしね」

 彼は気さくに、リージェに村のことをいろいろと教えてくれた。笛はどこそこの店がいい、竪琴ならあそこが、とあらゆる楽器の名工をも快く答えてくれたのだった。
 最後に、丁寧にリージェが頭を下げると、彼は笑って両手を振った。

リージェ:「本当に、いろいろとどうもありがとう」
青年:「僕もこうやって、他の人に教えてもらったんだ。そして、この竪琴に出会えた。君も、音の女神シリュール様に、楽器との出会いを祈って探すといいよ。もし、いい楽器に出会えたら…」

 彼はおもむろに、自分の鞄から小さな羊皮紙を取り出して、さらさらと地図を描き始めた。

青年:「この村から少し西に行ったところに、シリュール様の神殿がある。楽器との巡り合いのお礼に、シリュール様に捧げ物をしていくといい。そうすると、その楽器を盗まれたり、なくしたりすることはなくなるらしいよ」
リージェ:「へぇーそうなのか」
青年:「ああ。何せ、僕たちは流浪の民、楽器を盗まれることは命を取られるより痛いだろう?」

 リージェは確かに、とうなずいた。
 こうして、ささやかな出会いを経て、リージェはその日はその宿に泊まり、久々に柔らかなベッドで眠りを堪能した後、改めて村の中を散策し始めた。
 朝一番に、昨日の青年に言われたとおり、シリュールにお祈りをし、彼の言葉に従って、いくつかの工房を回った。
 その中で一番気になったのは、やはり竪琴であった。
 彼女はそれなりに力はあったが、旅を続ける身として、軽めの竪琴が欲しかった。
 それでいて、高音にも強く、彼女の魔法の歌声を更に響かせる、そんな竪琴を求めていた。
 彼女は真っ先に、竪琴の工房へと向かった。
 大通りから少し入った袋小路に、その店はあった。
 店自体は殺風景だが、手の込んだ細工が施された竪琴が、いくつも軒先に置かれていた。
 そのどれもが輝くばかりに磨き上げられ、とても木で出来たものには見えなかった。
 
リージェ:「どれも、素晴らしい…」

 そうつぶやいて、ひとつひとつを手に取り、弦をポーンとはじいては、その澄んだ音を耳の奥で確かめた。
 どれも美しい音だった。
 リージェは頬を紅潮させて、気に入った音を出す竪琴たちを何度もはじいては、どれを買うか決めあぐねていたが、やがて共鳴胴の部分に、ユリの花を彫り込んだ栗色のつややかな竪琴に決めた。

リージェ:「この竪琴は、いくらですか?」

 中に寡黙に座っていた職人に、彼女は静かに声をかけた。
 男は目も上げずに、銀貨135枚とつぶやいた。
 リージェは皮袋の中から銀貨を数えて取り出し、男に差し出した。
 すると男は無愛想な声で言った。 

男:「その竪琴を選ぶとは思わなかったぜ。いい目、してるな」
リージェ:「…この竪琴、他よりも音が長くて、よく響くような気がして…」

 思ったことをそのまま述べた彼女に、男は小さくにやりと笑った。

男:「それはそうだ。その竪琴はもう二度と世の中には出ねえ一品だ。何せ、その弦は、伝説の黄金の一角獣(ユニコーン)のたてがみを撚り合わせて作られてるもんだからな」
リージェ:「ユニコーン…?!」

 リージェは驚いて声を上げた。
 そして、ふと自分のワンドに触れる。
(おまえが、呼んだのか…?)

男:「まあ、おまえさんがそれを選んだのも、シリュール様のお導きよ。女神様に、感謝するんだな」

 リージェは何度もうなずいて、その店を立ち去った。
 手にした竪琴は、彼女の望んだとおり、少し小さめで持ち歩きやすかった。
 だが、弦は黄金色に輝き、光をすべて宝石に変えて辺りを染め上げる。
 これもたぶん、運命なのだろう。それも、とびきり幸運の。
 リージェはしっかりと竪琴を抱きしめた。
 こうして、彼女にとって、もうひとつの大事な『仲間』が増えたのである。

〜END〜