<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


 秋風紅葉狩り

【ヴ・クティス教養寺院:秋季合同観楓会のお知らせ】

 草木の豊かに飾る今季、裏山にて寺院恒例の観楓会を行うべく此処へ詳細をお知らせさせて頂きます。


【日時:●月▲日:午前十時〜午後五時迄】
【集合場所:ヴ・クティス教養寺院、正面扉前】

【日程:
 十五歳以下:ピクニック・オリエンテーション(同伴者:オイノイエ)
 十六歳以上:午後より奥地地形調査(同伴者:ツヴァイ)】


 以上、未成年は保護者の捺印済み書類を持参の上、参加希望者は●月×日迄に担当者、ツヴァイへ書類を提出して下さいます様、宜しくお願い申し上げます。


【担当:ヴ・クティス教養寺院師長:ツヴァイ】
【責任者:ヴ・クティス教養寺院院長:オイノイエ】

 * * *

「こりゃあ、絶好の遠足日和って奴だな。ビバ☆聖筋界皆親父愛の輪★で腹黒大胸筋交流を深め&奥地生息おピンクむふふんナマモノズと未知とのアニキ遭遇でGO★っつーアレなんかね?」
 僅かに肌を撫でる秋風を、暖かな日差しが包み。一片の曇りも無い青天の空の下、オーマ・シュヴァルツ(おーま・しゅう゛ぁるつ)が何段にも重ねたお弁当を片手に、眩しい日を遮り乍ら清々しく声を上げた。
 裏山中程の開けた草原で、全員分持参で揃えた下僕主夫特製豪筋マッチョ踊り食い秋弁当に、総帥セクシー生サイン付き腹黒同盟勧誘パンフを添え。引き連れた人面草や霊魂軍団と共に、甲斐甲斐しく其れ等を配り振る舞うオーマを或る者は圧倒され乍ら、又或る者は早速嬉々とお弁当の蓋を開け、各々がオーマへと御礼を返す。
「味は此の俺が保証するぜ、御代わりしたい奴は遠慮無く言え?」
「――此の……。此れは、何ですか?何か、印が書いて有る様ですが……」
 其の、圧倒され乍らもお弁当を受け取った者の一人。アレスディア・ヴォルフリート(あれすでぃあ・う゛ぉるふりーと)が、裏蓋に書かれた印に訝し気にオーマへ問い掛けると。漸く全員にお弁当を配り終え、満足気に仁王立つオーマがぴくりと耳を反応させ、深めた笑みと共にアレスディアへと詰め寄った。
「弁当蓋裏に当り印が有る奴には、腹黒強制問答無用筋で人面草一鉢贈呈だ★」
「え、別に其の様な物は……」
 ――要りません。とアレスディアが自身の意思を表わす前に、其の両手にはがっしりと人面草の植えられた鉢が握らされて居て。
 茫然と人面草を見詰めるアレスディア。そして、予定して居た事柄を成し遂げたのか、適当な場所に座り遅れてお弁当を広げ始めるオーマ。美味しそうにお弁当を頬張る一般の参加者や子供達の様子を聴き取り、ヴ・クティス教養寺院院長であるオイノイエが朗らかに笑みを漏らした。
「あら、まぁ……。何だか、今年の観楓会は随分と賑やかに為りそうですね……」
「……賑やか過ぎるのも、考え物ですよ……」
 人面草等と言った人外の代物にも動じ無いのは流石と言った所か、そんなオイノイエに同じく寺院師長、ツヴァイが半ば呆れ気味に返事を漏らして。
 只でさえ、出鼻から此度の観楓会と言う行事に食い付いた、寺院のみ存在し得る付喪神であるヴァ・クルを引き剥がすのにツヴァイ、アレスディアが散々と彼を宥め賺して今に至るのだ。
 ツヴァイからすれば、其れ以上に起こる面倒等更々御免だった。

「――では、そろそろ俺達は調査の方へ向かいます」
 昼食後の談笑も済み、日も僅かに傾き掛けた頃。ツヴァイが立ち上がり、オイノイエへと声を掛ける。
 其れを聞き入れ、子供達に群がられ頻りに声を掛けて来る一人一人に、律儀にも首を巡らせ応えを返すアレスディア。又先と同様の甲斐甲斐しさで、空となったお弁当の片付けをするオーマ等、地形調査に訪れた面々が一点へと視線を集めた。
「然うですか。此処はヴァ・クルの加護の強く届く場所、然う案じる事も無いでしょうが……。呉々も、気を付けるのですよ?」
 皆さんも……と。子供達を傍らへ集め、盲目の瞳を向けるオイノイエへと一礼を向け。ツヴァイ達は簡単な点呼の後現在地の更に深み、裏山の奥地へと足を踏み入れた。

 * * *

 樹海に生息する小動物、植物等に足を止めては書類に記し乍ら。ツヴァイ達は緩慢に、慎重に未知なる奥地へと足を進めて行く。
 前衛は、総身漆黒の衣服、黒装に身を包んだアレスディアを始め、調査と言うよりも其の者の護衛をする為に観楓会へと参加した腕利き。中央は、ツヴァイや調査を主とした調査隊。そして、後衛は……。
「!!近くにナマモノの臭いがするぜ……っ!」
「……んあっ?!ナマ……ってちょ、単独行動は困――」
 ひくりと鼻を動かし、下僕主夫ナマモノ大胸筋ホールド探知毒電波全開アニキで何かの存在を掴んだらしきオーマが、人面草や霊魂軍団等を引き連れ。制止するツヴァイの声も届かぬ様に怪しさを撒き散らし乍ら、乱れ舞うかの如く捜査隊の列を飛び出した。
「行って仕舞いましたが……。其の、如何するのですか?」
「……仕方無い、調査は他に任せて……。俺は、あの人を探しに行くよ」
 オーマ達の飛び込んで言った茂みの方向を眺め乍ら、問い掛けるアレスディアにツヴァイが捜査隊へ向かい指示を出す。
 すると、アレスディアも自身の纏う黒装と同色の突撃槍を持ち直し、ツヴァイの傍らへと付いた。
「では、私も同行します。捜査隊に参加する方の護衛が、私の役目ですので……」
 聞き入れ、ツヴァイも其の方が安全だと判断したのか。快く頷くと二人は単身、オーマを追い茂みの奥へと踏み込んで行った。

「――此れは、如何取れば良い物やらな……」
「…………」
 数十分程して、無事にオーマの姿を確認したツヴァイとアレスディアであったが……。其の双眸に留めた風景に、気の効いた言葉も無く只眼前を眺める。
 其処には、ギラギラとした眼差しで。巨大な人面楓へと、無謀にも同盟勧誘のパンフレットを差し出して居るオーマの姿が在った。
「人面の、楓?まさか、こんな身近にそんな物が在るとは……」
 ツヴァイが知る限りでは、人面と名の付く存在を目にしたのはオーマ率いる人面草や、霊魂軍団の其れだけだ。
 何処迄も、其れ用の嗅覚が桁外れ何だなぁ……。と、アレスディア共々ツヴァイの頭の隅に過ぎった時、オーマが漸くの事振り返った。
「おお。何だ、居たのかお前等」
 既に粗方勧誘を済ましたのか、清々しそうに笑みを漏らすオーマに安堵の息を吐き乍ら、二人は呆れた風に笑み返して。
「それじゃ、あっちの方も良いトコまで終わってるでしょうし……。合流して、さっさと帰りますか」
 ツヴァイの提案に異議無く頷き、三人が足を歩み掛けた時。茂みの向こうでガサリ――と、何らかの発する音が漏れた。
 遅れる事無く各々が其れに反応すると、奥から発せられる明らかな邪気に自身の武具へと手を掛ける。
 そして暫くの膠着が続くと……。不意にアレスディアへと、両手を広げても抱え切れぬ程の塊が飛び出した。
「…………っ?!」
 衝突の瞬間を辛うじて槍で受け、其の異常な重さに顔を顰め乍らも身を翻したアレスディアが塊の上空を飛び越える。
 勢いを失い失速した其れは、姿を三人の下へ露わにし。其処には茶と言うよりも、黒々と光る毛を携えた猪の様な未知なる生物が、鼻息も荒く此方へと方向を定めて居た。
「此れも、未知生物って奴か?何にしろ、手加減はしてやらねぇとなあ……」
「殺しちゃ駄目ですよ!防いで、後退するんです」
 相手がまだ研究の不完全な、未知生物である事も然る事乍ら。身勝手にも未知なる領域へと踏み込んで、神聖なる場を荒らして居るのは明らかに此方の方だ。
 念の為にと釘を刺すと、ツヴァイは懐から筒を取り出し。手早く擦ると先端から黄色の光が放たれ、上空で鮮やかに散った。
 恐らくは別部隊へ、避難の合図を送る際用いる物だろうと察したオーマとアレスディアは、向かう為では無く退く為に未知生物と対峙する。
「流石に、纏まってるのはヤべぇ。散開して一気に駆け抜けるぞ」
「了解です……」
 雄叫びを上げ、今度はツヴァイへと狙いを定めた未知生物へ、護身の小刀を構え足元を狙い素早く穿つ。
 体勢を崩し、勢いを留められず前足を掲げた胴体目掛け。アレスディアが槍の柄を用い、息衝く間も無く渾身の一撃を叩き込んだ。
 堪らず横倒れとなった未知生物へ其れ以上深追いする事無く、各々一散に脇を駆け抜ける。
 走り乍ら相手の追撃を案じ、三人が背後を見遣ると。未知生物の傍ら、茂みの下方からまだ稚児であろうか、小さな人面楓が自身に寄る危険も知らず其の姿を現した。
 体勢を立て直し、攻撃を食らった事に因り興奮の深まった未知生物は。其の幼い人面楓にさえ敵意を露わにし、無情にも襲い掛かる。
「危ない……っ!!」
 アレスディアの叫びが響き、直後周囲を静寂が包む。
 緊張に身を硬くするアレスディア、ツヴァイの目の前には――。正面から、素手で未知生物を押さえ込むオーマの姿が在った。
「まあ、悪く思うなよ……?」
 不敵な笑みを乗せ呟くなり、身の丈をも越す銃器を具現化し。至近距離で、未知生物の僅か擦れ擦れの上空へ目掛け――発砲した。
 忽ち眼前に焼き付く閃光に、未知生物が視界を奪われた其の一瞬の隙に……。元在る景色が辺りへと広がる其の頃には、三人と人面楓の姿は一様に消え失せて居た。

「――……如何するんです?其奴……」
「如何するって、なぁ」
 無事に危機を切り抜けた三人……。基、人面草や霊魂軍団。更にオーマの足元に愛らしくくっ付いて離れない、人面楓の稚児に目を遣り、ツヴァイが何とも言い難い表情で問い掛ける。
「まぁ……。俺は只の一師長ですし。オイノイエ様がお許しになれば、連れて帰って構わないんじゃないですか?」
 でも、後であの馬鹿でかい人面楓にも、念の為許可を得といて下さいね――と。貴重な生態で在るからに、関わりの深そうな未知生物の名を上げ。
 其れから無事に三人と異形の其れ等は、樹海の入口付近にて調査隊との合流を果たした。

「其れじゃあよ。此処等で一枚、記念写真でも撮っておかねぇか?」
 オイノイエへと報告を済ませ、名案とばかりにオーマが提案し。カメラ何て持っては……と漏らし掛ける子供達を尻目に、其の掌からは見る間に具現カメラが現れた。
「はい、チーズ!!」
「……古臭い……」
 年代の表れた撮影とアレスディアの小さな呟きの中、パチリ、とタイマーの渇いた音がして、写真を撮り終えた事を告げる。
「写真は後のお楽しみ、完成したら送るっつー事でな★」

 然うして、観楓会は終わりを迎え。終着の場である寺院前へと辿り着くと各々が解散し、微かなざわめきを聞き付けたヴァ・クルが扉の向こうでねちねちと皮肉を漏らし始めた。
 そんなヴァ・クルに、ツヴァイが頭を抱える中……。アレスディアが、尚文句を垂らすヴァ・クルへ、一枚の楓の葉を差し出した。
「其の、こんな物位しか持って来れなかったのだが……御土産、だ」
 必然的に此の手の行事へ赴く事が出来無いヴァ・クルに気を遣ってか、其れでも申し訳無さそうに告げるとヴァ・クルはまじまじと楓の葉を眺め。
「サンキュー!!ねえちゃんっ。俺、ずっと大事にするかんな?!」
 先とは一転、何とも満足そうな笑みを浮かべると、楓の葉を攫い上空へと高く舞い上がった。

 然うして其の楓の枯れ果てる迄、暫くは文句の一つも漏らさずに。一枚の楓の葉と戯れる、ヴァ・クルの姿が見受けられたとか……。

 * * *

 更に、余談として。
 無事にオーマはオイノイエ、人面楓から稚児の人面楓を預けられる事と為り。
 後日オーマから送られた観楓会の集合写真には、オーマの背後を中心に見るもおぞましい、得体の知れない未知生物が幾重と映り込んで。

 其の日、記念にと嬉々として写真を部屋へと立て掛けたオイノイエ、オーマを除き。あちらこちらで鳴き声や悲鳴が響き渡った事は、言う迄も無い――。



【完】


 ■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■

【1953 / オーマ・シュヴァルツ (おーま・しゅう゛ぁるつ) / 男性 / 39歳(実年齢999歳) / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【2919 / アレスディア・ヴォルフリート (あれすでぃあ・う゛ぉるふりーと) / 女性 / 18歳(実年齢18歳) / ルーンアームナイト】