<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


例えばこんな物語 第二章


 ひょっこりと開けっ放しの扉から顔を出して、アレスディア・ヴォルフリートは部屋の中を見回す。
「遊びに来てくれたの!?」
 青年――コールは白山羊亭で知り合った冒険者の訪れに、満面の笑顔を浮かべて、がたっと椅子から立ち上がる。
「間が空いてしまったが、先日はありがとう」
 アレスディアは散らばる本を踏まないように部屋の中へと足を踏み入れると、コールに向けて軽く頭を下げる。
「今回も良いかな?」
 コールは椅子の上に詰まれた本を棚の上に置き換えて、2つの本を変わりに手にとると、
「……私は心誓士だったか」
「うん」
 アレスディアに空いた椅子を促しながら頷いて、白紙の本を机に広げた。
「ならば、どのようにして、心誓士になったのだろう」
 軽くお礼を言ってアレスディアは椅子に腰掛けると、コールにそう問いかける。
「ここにいるこの私は、人を護りたい」
 少しでも物語の中の自分と、ここにいる自分の違いを埋めるようにアレスディアは口を開く。
「矛を持つのも盾を持つのも、人を護るため。護るためには何かを殺めなければならない時があると分かっていても……」
 アレスディアはそこで一度言葉を止めると、真剣な眼差しをコールに向けて、静かに宣言する。
「それでも、護りたい」
 コールはその言葉に、ただ頷く。その様子を見て、アレスディアははっとして照れたように微笑むと、伺うように問いかけた。
「それが故に剣を持っているのだが……物語の私は、どうなのかな?」


【カルミアの目覚め】

 アレスディアは唇に薄く呪文を乗せる。
「……………」
 しかし、アレスディアの周りに並べられた“相性がいい”とされるアイテムは何一つその心に反応して形を変える事は無かった。
 アレスディアはぐっと拳をにぎりしめ、もう一度同じ呪文を紡ぐ。
 ―――しかし、結果は同じ。
「この国に生まれ、レペトスペルマムが発動しない者が現れるとはなぁ」
 教官は困ったように眉根をよせ、ただアレスディアを見下ろしている。
 物質変化という精霊や魔術を扱うことに比べれば、ごく小さな魔力しか必要としない呪文であるにもかかわらず、何もピクリとも反応が返ってこない。
 アレスディアの潜在的に持ち合わせている魔力値は決して高いとは言えないが、そこそこ平均的に持ち合わせており、この呪文を唱える事に対しての障壁はなにもない。
 アレスディアだって教官を困らせたいわけではないし、自分がこの呪文によってどんな力を手に入れる事が出来るのか最初は楽しみにだってしていた。
 しかし、思ってしまったのだ。
 誰もが当たり前にその呪文を唱え、簡単に手に入ってしまう力に疑問を抱かないのだろうか、と。
「何か原因でもあるのかなぁ」
「…………」
 アレスディアは知っている。
 一度疑ってしまった心だからこそ、呪文が働かないのだと。
 あぁ、確かに心誓士だ。
 心にこの力を使うことを誓う魔法士。
 アレスディアはぐっと唇をかむと学校を飛び出した。



 街外れの大きな木下で、アレスディアは小さな十字架をチャリチャリと鳴らして弄ぶ。
 もしこのまま心誓士となる事が出来なかったら、魔力も人並みしかない自分はこの先どうなってしまうのだろう。
 肉屋のおじさんも、八百屋のおばさんも、金物屋のじいさんも、レペトスペルマムで暮らす人は全て、何かしらの変化の魔法を持った心誓士だ。もしかしたらこのままこの国で暮らしていく事は無理なのかもしれないと、アレスディアはぎゅっと膝を抱きしめる。
(くよくよしていてもしょうがない!)
 アレスディアはそれならばそれで自分は違う道を探せばいいのだと、瞳に力を込めて立ち上がる。
 街に帰ってみると、やけに静かでアレスディアはただ首を傾げた。
 なぜか家と家の間には糸のようなものが垂れ下がり、まるで巨大な虫が蛹を作る為に吐き出した糸が街中を全て多い尽くしているように見える。
「何だ……?」
 誰かが自分の事を誰かに告げている。そして、聞こえた声。
「そいつは何の力も無いガキだ! 他っておけ!」
「確かに…私は」
 あまりの衝撃に立ち尽くし、自分の前を駆け抜けた男の正体など考えず、アレスディアはつい言葉を返す。
「いや、あなたは何者なのだ!」
 アレスディアは男を追いかけるように1つの民家へと駆け込む。
「……!? おじさん! おばさん!」
 家々を繋いでいた糸は、その家の住人まで繋ぎとめ、その口元を覆うように何十にも撒きついている。おじさんとおばさんはかろうじて鼻で息をしているという状態だった。
 アレスディアは何とかその糸を解こうと糸に手をかけるが、きつく巻かれた糸は到底指先だけでは解くことができなかった。
「あなたがやったのか!?」
 カツカツと響いた足音に、アレスディアは激昂し振り返る。
「呪文さえ使えなければ、普通の人と変わらないからな。この国の奴らは」
 そういい捨てた男に、アレスディアはこの街に暮らす誰よりもこの呪文を理解しているのではないのかとさえ思えた。
 しかし、そこの事にこの行動が許されるわけではない。
 アレスディアは辺りを見回し、壁に飾られた剣を抜き取ると男に向けて振り下ろした。
「っく…何の力も無い小娘が……」
 しかし、男が持っていた剣によって、その攻撃はいとも簡単に受け止められてしまった。
 こいつもこの国の出身者なのだろう。そして、この呪文1つで簡単に手に入れることが出来てしまった力に溺れてしまった人。
「魔法の力があろうとなかろうと関係ない!」
 そうレペトスペルマムの呪文の最大の弱点は、口を塞がれたらたとえ意識があろうとも、その力を使うことができないと言うこと。
 アレスディアはもう何年もこの力を解放させようと努力してきたが、最初に失敗した時から自らの別の道を切り開くために剣を習い始めた。
「悪あがきか?」
 心誓士になる事が普通と言われている中で、不要な剣を手に取ったアレスディアに向けて男は嘲笑する。
「そうだ、私はその呪文を口にしても何も力を使えない。だから、いくらでも唱えてやろうか?」
 半分はやけくそで、もう半分はこの状況を切り開く力を、奇跡を信じて。
「レペトスペルマム!!」
 その瞬間、アレスディアが何時も弄っていた十字架が淡く輝きだす。
「何―――…?」
 コレに驚いたのは男ではなく、アレスディア自身だった。
 十字架は徐々にその姿を一振りの細身の装飾剣へと変えていく。
「剣か!?」
 違う。
 アレスディアが手に入れた呪文の力、それは―――刃。
 使い手の気持ち一つで、意味を変える曖昧だが強力な力。
 アレスディアは狼狽した男の持っていた剣を弾き飛ばし、その切っ先を顎に突きつける。
「全ての人を解放するんだ。今すぐに!」
 刃は糸を切る事が出来る。
 男との力の相性の優位性は歴然としていた。
 男はふっと息を吐くように笑うと、街中に広がっていた糸は淡く光り、男の手の中で小さなミシン糸へと姿を変えた。
「おじさん! おばさん!」
 アレスディアは男を突き飛ばすと、おじさんとおばさんに駆け寄る。
 この間にあの男の姿と同時に、証拠とかなりの家から金品が消えてしまっていたが、誰も死ぬ事が無かった事だけが救いだった。


 後日、学校にて教官の前で呪文を唱えると、確かに十字架は細身の剣へと変化した。
「刃は、初めて見たかもしれないなぁ」
 結局あの男は逃がしてしまったけれど、アレスディアにはこの呪文の効果による応用と言う名の力の恐ろしさを知る事ができた。
 それをいかに活用していくかは本人次第だ。
 アレスディアは元に戻した十字架を見つめ心に強く誓った。
 この力を、あの男のように呑まれる事無く、人を傷つけづ、人を助けるため、護るために使うと―――



終わり。(※この話はフィクションです)





























 すっと口を閉じたコールを見て、アレスディアは一瞬の間を置いて話し始める。
「思い悩むことは多々ある。だが、悩んでいるだけでは、何も護れぬ……物語の私に、負けぬようにせねばな」
 そこでアレスディアは言葉を止めると、何かをふと思いついたように「ところで」と、顔を上げる。
「あなたはいつも誰かのことを語ってくれる。しかし、あなた自身のことは語られぬ」
「僕だって、アレスちゃん達の事を本当に知っていて物語を作っているわけじゃないから、一緒じゃないのかなぁ」
 確かに自分の考えや思いを伝えてはいるが、この現実の自分は何時も何処にいるだとか、そう言った事は一切語ってはいない。だから、その点で言えば間違ってはいないのだが。
「いつかあなた自身、共に物語の中で語られることはないのかな?」
「だって、僕自身には語れる事が何もないもの」
 自分自身の事を全て白紙にして、ソーンへと流れ着いたから。
「それでも、何時かはその機会があるかもしれない。ならば私は、その時を楽しみにしよう」
 この言葉にコールは考えるように瞳を泳がせ、アレスディアは何処までもマイペースな青年の様子にふっと笑いを漏らしたのだった。






☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 例えばこんな物語 第二章にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。今回は完全な修行時代として、この呪文の効果をアレスディア様が手に入れた切欠の話とさせていただきました。まぁなんといいましょうか随分とのほほーんとした街の人達だとは思いますが、そこがまたいいのでしょう(笑)
 それではまた、アレスディア様に出会える事を祈って……