<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


記憶の欠片〜涙のしずく〜
 信じたくなかった。
 そんな記憶をもう一度思い出したからって、いったいそこから何が生まれる?

     ■□■□■

「『クオレ細工師』? 何だよ、そりゃ」
 街でその噂を聞いたとき、グランディッツ・ソートは目一杯不審そうに聞き返していた。
 クオレ細工師。何でも町外れの倉庫に住む、「他人の記憶を覗く」ことのできる人物。
「記憶を……」
 信じたつもりはない。
 けれど自然と足がその倉庫に向かっていたのは――やっぱり、知りたかったからだ。

 自分の本当の両親のことを。

     ■□■□■

 噂の倉庫は、町外れに本当に存在した。正しくは荷物預かり所であるらしい(と、そうドアに貼り紙がある)。
 ドアをノックすると、少しくせのある茶髪の少年が出迎えた。十七歳ほどと見えるその少年は、ルガートと名乗った。
「お前が『クオレ細工師』とかってやつか?」
 ぶっきらぼうに訊くと、「あ、そっちのお客さんか」とルガートは笑顔でいい、こっちへどうぞとグランディッツを導いた。
 ――でかいタペストリで隠した扉の先にあったのは、階段。
 その階段の下にあった、やたらと散らかった地下室。
 そして――
「また連れてきたの、ルガート……」
 面倒くさそうな顔で、十代半ばとおぼしきひとりの黒髪の少年が、のそりと床から起き上がった。

「俺の仕事が、記憶覗きだと知っててきたんですね?」
 フィグと名乗った地下室の少年が、たしかめるように尋ねる。
 その瞳に見つめられて、グランディッツは一瞬、硬直した。
 宝石のように深い魅力の……黒い瞳。
 ふん、と動揺を押し隠すためにグランディッツは腕を組む。
「当たり前だ。だがな、俺はまだお前が本当にその『クオレ細工師』ってやつなのかどうか信用してねえからな」
「……だったら来なきゃいいじゃないですか」
「うるせえ!」
 あまりに無頓着な物言いの黒髪の少年に、つい怒鳴り声になる。
「あっあっ、グラン、落ち着いて……ごめん、こいつこーゆーヤツだから」
 勝手に愛称で呼んでくるルガートがますます癇に障り、不機嫌は絶頂に達した。
 しかし、
「ルガート。そちら様はお前より歳上だ」
 ――フィグが肩をすくめてそう言った。
「………。でっ!?」
 ルガートは驚きすぎで飛び上がった。……この不思議世界ソーンに生きているくせに、このていどのことで驚くとは。
 そう、グランディッツは年齢と外見が合っていない。
 彼は異界人である。外を見ただけでは、おそらくフィグよりも歳下――十四歳ほどに見える。
 だが、実年齢は二十歳だ。目の前の、普通の人間らしきルガートよりはたしかに歳上だろう。
「ししし、失礼しましたっ。つい……」
 ぺこぺこと頭をさげるルガートよりも、グランディッツはフィグのことが気になった。
 ――なぜ、年齢が分かった?
 しかしそんなことで動揺したのでは悔しい。
「ふん」
 不機嫌に腕を組んでフィグを見る。「年齢が分かったところで、信用なんかしねえよ」
「……別に信用されたいわけじゃありませんけど」
「俺はだな、お前が本当に『クオレ細工師』ってやつなのかどうかを知りたいんだっての!」
 やれやれとあからさまに面倒くさそうに、フィグはため息をついた。
 やがて黒髪の少年は、じっと遠くを見るような半眼でグランディッツを見つめた。
 グランディッツはその瞳の迫力に押されながらも、必死でにらみ返す。
 フィグがそっと口を開いた。
「――アトランティス。小人族――パラ……レジスタンス」
 まるでまじないのように単語を並べていく。
 グランディッツはぐっと息を飲みこんだ。
 それらはすべて、グランディッツには強く覚えのある単語だった。
「――離れていると、こうやってぽろぽろこぼれてる『何か』を拾うことしかできません。それで、まともに覗かせてくれる気にはなりました?」
「……いいだろう」
 グランディッツは、かたい表情でうなずいた。
「記憶覗きで――。俺の本当の親を……見つけるきっかけを」
 フィグはなぜだか少し片眉をあげた。何か言いたそうな表情だったが、少年は口を開かなかった。
 ルガートが手際よくどこからか椅子を持ってくる。そこに座ると、フィグはグランディッツの頭に軽く手をのせた。
「それでは、お客様」

 ――目を閉じて。
 
 不思議な響きの声に促され、瞼は自然とおりていく。
 意識は暗い、暗い闇の底へと――

     ■□■□■

 グランディッツ・ソート。しかしそれが本名なのかどうか、彼自身知らない。
 アトランティスと呼ばれる世界で育った。ヒューマン・エルフ・ドワーフ・ジャイアント……ありとあらゆる種族が住む土地。
 グランディッツはパラと呼ばれる小人族だ。成人しても、ヒューマンで言う十代の外見にまでしか成長しない。だがそんなことを気にするような存在は、アトランティスにはいなかった。
 幼い頃の彼を育ててくれたのは、エルフの家族。
 両親と、五歳上の兄。

 ――視界が明るく開ける。

 幼子がいる。生まれて間もない幼子が。
 森の街道に――。
 そして、その幼子をそっと抱き上げる夫婦の姿が。
 その夫婦の容貌は、明らかな……エルフ。

(父さん……母、さん)

 エルフの夫婦は、街道に“捨てられて”いた幼子を連れ帰った。
 夫婦には、もうひとりの子がいた。――グランディッツよりも五歳ほど歳上となる――

(兄さん)

 兄は両親が連れ帰った子供を、ひどく喜んで迎えた。その日の夜はまるで本当の子供が生まれた記念日かのように、家族でパーティまで開いて。
 そう、グランディッツは歓迎されて、愛されて育ったのだ。

 ――闇の空間に次々と浮かびあがっては消えていくのは、家族との思い出。

(違う! 俺が思い出したいのはそのことじゃない――)

 しかし記憶の波は止まらない。

 自分の家族を『家族』と信じて疑わなかった幼子は、とても穏やかな性格に育った。
 兄は、魔法の勉強をしていた。
 弟は、剣の稽古をしていた。
 自分を大切にしてくれた兄を、心の底から慕っていた弟。
 二人で遊んだ。楽しくて懐かしい思い出――

 グランディッツはグライダーに乗るのが好きだった。
 兄が見上げる中、大空を駆け巡った日々。

(……忘れかけていたのに)

 グランディッツ。兄の呼ぶ声がする。
 グラン。両親の呼ぶ声がする。
 優しい響きの声が、記憶の世界にこだまする。

(ああ――)
 胸が押しつぶされそうに苦しくなった。
 自分はあの優しい世界を壊した。自分でぶち壊したのだ。

 成長を続けた少年。グランディッツと呼ばれていた彼は、やがて立派に自己を持った。
 己の違和感に気づけるほどに。
 そう、
 ――エルフの家族の中で、自分だけエルフでないことに気づくことができるほどに。

 訊くのは怖かった。
 しかし、両親もいつか来るこのときを覚悟していたのだろう――
 真実は『育ての親』自身の口から。彼らはもったいぶることさえせずに。

 彼が、捨て子であったという――逃れようのない事実を――

(信じたく、なかった)
 信じたいわけがなかった。
 父が好きだった。母が好きだった。兄が好きだった。
 みんなが自分を愛してくれた。自分もみんなを愛していた。
 信じたくなかった。
 なぜだろう、彼らと血がつながっていないことがこれほどの苦しみをもたらすことだなんて――

 グランディッツは、家を飛び出した。
 家族には何も告げることなく。

(本当に……なぜ何も言わずに家を出たのだろう)

 ――本当の両親を、見つけ出したいと思った、それだけだったはずなのに――
 あの優しい家族が、反対すると思ったわけでもなかったはずなのに――

「……苦しかったんだ」

 アトランティスを放浪したグランディッツは、やがて剣の腕とグライダー操縦のうまさを買われてレジスタンスに加わった。
 その頃から、自覚はしていた。
 ――自分が人をなかなか信用できなくなったことに。

(怖かった。……やがて真実を知って、あの苦しみをまた味わうのが怖かった)

 戦った。必死で戦った。過去を忘れようとするかのように戦った。
 家族を忘れようとするかのように戦った。
 当初目的としていた、本当の両親さがしさえ忘れそうなほど。
 しかし、
 何気ない出来事がふいに記憶を呼び戻した。

 レジスタンスでの戦い。そのさなかに、自分のピンチを救ってくれた――
 誰が放ったかさえ知れぬ、魔法の水。
 影から放たれた水流が敵を弾き飛ばし、そしてグランディッツは命を救われて。
 しかし助かったことさえ自覚するより先に、グランディッツは呆然とその場につったっていた。
 見下ろしていたのは……床に散らばった残滴。
 
 水。魔法で生み出された水。魔法。魔法を学んでいたのは、 

「兄……さん」

 足元の水。
 水にかすかに映ったのは――自分?
 違う。これは兄だ。そして父だ。母だ。
 繰り返される思い出だ。楽しすぎたあの日々。

 ああ――

(違うのに)
 思い出したかったのは、このことじゃなかったはずなのに――

     ■□■□■

 もう、いいですよ。
 穏やかな声が聞こえた。そしてそこで、グランディッツの記憶の世界は急に途切れた。
 ゆるゆると瞼をあげる。
 そこは、散らかり放題のあの地下室……
 とても長い間目を閉じたままでいた気がした。そんな目に、地下室の薄暗さはとてもありがたかった。
 体がひどくだるい。
 あれからどれくらいたったのだろう――
「お客様」
 フィグの声がした。
 緩慢なしぐさで声のほうを向くと、黒髪の少年はグランディッツに向かって、何かを差し出していた。
「これが、『クオレ』と呼ばれる……あなたの記憶から取り出した、あなたの心の塊です」
 てのひらに乗っていたのは、水のように透き通った――不思議な物体。
 石なのだろうか。それは不思議な形をしていた。雨粒を絵にしたときのような、しずくの形。
「それ、なに?」
 訊いたのはルガートだ。
 フィグはそれをつまむようにぶらさげ、目の高さで透かして見ながら、
「水。の記憶からどうやら生まれたらしい。水の……この形はしずく、というよりは多分、」
「言うな!」
 思わず制した。
 黒い瞳がグランディッツを見る。その目をまともに見返すこともできないまま、グランディッツはうめいた。
「言うな……分かってる。分かってる、から」
 胸が苦しくて、胸元をぎゅとつかんだ。
 ――しずくの形をした水。俺の記憶から出来上がったものがそれだなんて、何て分かりやすいんだ。
 フィグが静かに問う。
「……後悔してるんでしょう? 黙って出てきたことを」
「………」
 グランディッツは無言で、自嘲気味の笑いを口元に浮かべた。
 そう、後悔しているのだろう自分は。だからあのしずくが生まれたのだ。
 あれは――俺の涙だ。
「だが……まだ諦めきれない」
 ようやくフィグのほうを向いた。ゆずれない思いがあれば、黒い瞳もまっすぐ見返すことができた。
 フィグは少しだけ、苦笑したようだった。
「っつーかな、お前、フィグ。俺は本当の両親を見つけ出すきっかけの記憶を見てえんだぞ!」
 胸の痛みを紛らわそうと、つい文句を言うと、
「だから、本当は最初に言おうと思ったんですよ。おそらくあなたの望みどおりの記憶は見えませんよと」
 フィグは肩をすくめて答えてくる。
「――最初から分かっていたんです。あなたが思い出すのは……その記憶じゃないだろうって」
「―――」
「なぜだか分かりませんか?」
 黒い瞳の視線が、不思議と優しく思えた。
「……いや」
 グランディッツは苦笑した。なぜかもう、この深い魅力の瞳を持つ少年を、信じられないと思う心が消えている。
 だから、素直になれた。
「そう……だな。あれが俺の……思い出したかったこと、なのかもしれねえ……」
 それから、フィグの手にあるしずくの形の『クオレ』を見つめ、
「それは俺の後悔の象徴か。でも俺はまだ両親さがしを諦めてねえしな……」
 受け取るべきかどうか。
 ふうとため息をつくと、フィグが片眉をあげた。
「お客様。俺の仕事は『クオレ細工師』です。できあがったクオレを、さらに加工するのが仕事なんです」
「……あん?」
「つまり」
 こんなことも出来るっていうことですよ――
 いたずらっぽく囁いた少年は、両のてのひらに包みこむようにしずくのクオレを持った。
 そして、蓮の花が開くかのような動きで指を開いていく――

 しずくが。
 水のように透き通っていたしずくが。
 その輪郭を金色に輝かせ、そして、

 パアッ――
 しずくを中心に、地下室中が光であふれた。
 まぶしくて思わず目をつぶる。
 しかし瞼の裏にも鮮明に残る輝かしさ。
 光が弱まって目を開くと、フィグのてのひらでしずくはきらきらと光を散らして輝き、
 やがて溶けるように消えた。

「――後悔は」
 フィグが囁いた。
「こうして、光に変わることもある」
 グランディッツは――笑った。
 うずいて仕方がなかった胸の痛みはすべて、光にのまれて消えてしまったようだった。
「ったくよ。ムカつくやつだなーお前」
 ばしばしとフィグの肩を叩いて言う。
「おかげさまで、よく言われますよ」
 そんなことを言ってくるフィグに、もう一度笑って――
 やがてグランディッツは、何となく少年の肩によりかかるようにして目を閉じた。
 浮かび上がってくるのは、記憶のしずくが光となって世界を照らした、その瞬間のまばゆさ。
「――きっと見つかるな」
 俺の生みの親。そうつぶやくと、フィグが「さあ」とつれない返事をしてきた。
「あ、このやろ! こういうときゃ『見つかりますよ』って言うべきだろうが!」
「そんな愛想は俺にはありません」
「お前、ほんっとに性格悪いな! だから友達がいねえんだろ!」
「そうそうそう思うでしょ! 俺も苦労してんだよお」
 とルガートがすがってくる。うんうんとグランディッツは腕組みでうなずいてやった。
「だが、何と言われようとも俺はまださがすぜ。絶対な。そんで――」
 ――それで?
 言いかけてつまったグランディッツに、唇の端をおかしげに吊り上げたフィグが言葉をついだ。
「――それで、育ての親のところに帰る、と」
「………」
「心配することはないでしょう。あなたがそれだけ愛した家族です……きっと受け入れてくれますよ」
 ただし、多少のお仕置きがあるかもしれませんがね。そう言って、唐突にフィグは大あくびをした。
「――眠い。もう寝る。さよなら」
「おいこらちょっと待て!?」
 そしてばたりと倒れかかるフィグを相手に、ドタバタ騒ぎ。
 そうこうしているうちに、不安だった心がすべて霧散していく。
 ルガートにがくがく揺さぶられているフィグを眺めながら、グランディッツは思っていた。
 ――こいつは、人の心そのものを美しく飾っちまう天才なのかもしれないな、と……


【END】



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3108/グランディッツ・ソート/男/14歳(実年齢20歳)/異界職】

【NPC/フィグ/男/15歳/クオレ細工師】
【NPC/ルガート・アーバンスタイン/男/17歳/『倉庫』管理人】

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■         ライター通信          ■
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こんにちはグランさんv初心者ライター笠城夢斗です。
今回はゲームノベルへのご参加ありがとうございました!
ややシリアス気味のストーリーとなってしまいましたが、いかがでしょうか?
グランさんの性格にイメージの狂いがないといいのですが;
書かせて頂いて本当に嬉しかったですv
またお会いできる日を願って……