<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


異世界観光ツアー〜風に響く唄

人ごみでごった返す市場をリージェと少年はのんびり見物していた。
各地から取り寄せられた珍しい品々が並べられた店を覗き、気に入った物があれば手にとって見る。
初めて訪れる街の市場を見て回るのも旅の醍醐味だ、と明るく答える少年にリージェは微笑を浮かべた。
エルザードで評判になっている魔法工房。
どんな品があるかと思い、リージェは足を向けた。
しかし店の扉は硬く閉ざされ、店主であるという魔道彫金師・レディ・レムは不在。
だが、残念には思わなかった。
代わりに彼女の知り合いだという少年と出会ったのだから。
老商人を襲っていた盗賊達をあっさりと打ち倒すほどの腕前を持つ少年の頼みをリージェは快く受け入れ、エルザードの市場へ案内してい

る。
案内というよりも自分が覗いてみたかった、というのが本音だが、少年の方も楽しんでいるので、別段言うことはなさそうだ。
「なぁ、リージェ。これって果物?」
「うん?ああ、それか。それは……」
気さくに尋ねてくる少年にリージェは応じつつも周辺への注意を怠らなかった。
理由は一つ―盗賊の襲撃だ。
先ほど彼が叩きのめした盗賊の何人かが逃げ出している。
おそらく他に仲間がいるのだろう。
そいつらに連絡を取り、仲間をあっさりと捕らえた少年に復讐してくることが考えられた。
完全に倒した方が良かったのではないか?というリージェの問いに少年は口元に苦笑を浮かべて言った。
「襲ってくるなら返り討ちにするだけさ。あの場で倒しても同じだ……仲間が帰ってこなきゃ、連中だって探す。どっちにしたって仕返し

にくるのは分かってる。」
涼やかだがよどみのない声と経験に裏付けられた言葉に一瞬圧倒される。
リージェもかなりの場数を潜り抜けてきたが、彼も相当な経験を積んでいるようだ。
さもなくば、こんなにものんびりとしてはいまい。
「それにね、むやみやたらに命を奪うなって教えられたんだ。たとえ自己満足だろうとなんだろうと、誰かを傷つけるってことは覚悟を持

って、ってね。」
リージェもそうじゃないの?と逆に問いかけられ、苦笑するしかなかった。
確かに正論で返す言葉もない。だが、彼のそれは決して机上の空論、奇麗事ではないことも分かる。
この明るい少年も自分と同じように語れない過去があるのだろう。
それだけに説得力があった。
なにより物珍しげに見物しながらも少年には一分の隙もない。こちらも安心できるというものだ。
腕前はすでに証明済み。
一人になったとしても、彼なら充分に対応できるだろうが、案内を買って出た以上無責任な真似はしたくはない。
別の店に飾られた品に興味を示し、移動する彼の後をリージェは慌てて追いかけた。

目についたのは手のひら大の銀製の像。
横笛を吹く少女の像に淡いぺリドット色の台座が据え付けられた中々の美術品だが、置物でしか用途がない。
リージェにはそれ以上のものには見えないが、少年は別の何かに気づいたようにそれを手に取り、台座を丹念に調べる。
有名な彫刻家の作った品かな、と思ったが、この世界に来たばかりの少年がそんなことを知るはずがないのに気づき、怪訝に思う。
ふむ、と顎に手を当て考え込み―少年は像の裏側になる台座に目を止め、笑みをこぼした。
なんだろうと彼の手元を覗き込んだ瞬間、小さな金属音と共に像が動き出し、澄んだ音色が奏でられ始めた。
「なぁ、これって?」
「オルゴールだよ。像の置物にしては台座に厚みがあったからね。前にレムが似たような物、作ったんだ。」
驚くリージェに答えながら少年は以前、知り合いであり師であるレディ・レムが作り出したオルゴール像のことを思い出す。
今、彼が手にしている物と同じように銀細工の像が動き出す品物だったが、純粋なオルゴールであるこれとは違い、思いっきり物騒な機能

があったのを記憶していた。
「こりゃ、驚いた。そいつがオルゴールだってよく分かったな。」
店先で突然流れ出した音楽に驚き、奥から顔を出したのはこの店の店主らしき恰幅の良い男。
少年が手にしていたオルゴール像に気づいて、さらに驚く。
「誰も気づかないのか?これがオルゴールだって!」
「ああ、大抵の人はただの置物と思うんだ…で、こっちが教えてやって初めてオルゴールだって気づくんだよ。だけど…オルゴールだって

気付いていた人は二人目だよ。」
店主の言葉を聞きながら、リージェは改めて少年の手にしている像を見やる。
確かに言われなければ、これがオルゴールだとは気付くはずもない。
実際、リージェも気付かなかった。
ただの置物ならば大した価値もないだろうが、オルゴールとしての価値を考えればかなりのものになる。
それを一発で見抜くとは大した眼力だと思った。
「ご店主、私以外にこれをオルゴールだって見抜いた人って……銀色の髪に緑の瞳をした女性じゃない?」
よく分かったな、と驚く店主に少年はやれやれと肩を竦め、懐から布袋を取り出した。
「…買うのか?」
「ああ。レムが気に入った品だし、手土産にちょうどいいよ。」
へぇっと感嘆の声を上げるリージェを横目に店主に代金を渡し、オルゴール像を買うと少年は足早に店を後にする。

突然の行動に慌てて追いすがり、リージェはわき目も振らず歩く少年を軽く睨んだ。
「どういうつもりだ?案内役を置いていくなんて。」
多少怒気を含んだ声音で問い詰めるが答えはない。
態度悪いな、と思った瞬間、ぞくりと何かが背を駆け上がる。
「気付いた?」
「すまない、囲まれたのか?」
「いや、それはない。どうやらさっきの店にいたところを連絡されたみたいだ。」
お互い焦りを微塵にも感じさせないのはさすがだが、リージェにしてみれば彼よりも気付くのが遅かったのは少しばかりまずかった。
自分達のやや後ろを柄の悪そうな男達が追って来ていた。
さりげなく振り返ってみたところ、見知った顔が見え、苦笑いを浮かべる。
間違いなく少年が叩きのめした盗賊達。
ご丁寧に自分達を探し出し、仕返しをしようとしている。
諦めてくれればいいものをと思うのだが、大方、盗賊のプライドとかいうつまらない見栄のためにやっているのだ。
馬鹿馬鹿しいとしか言い様がないが、襲ってくるなら少年が言ったとおり返り討ちにするまでだ。
そう思いつつ、リージェは忍ばせておいたナイフに手を伸ばし―少年に制された。
「まだ早い。この人ごみを利用して何人かは巻こう。このまま魔法工房のある森に出れば、こっちが有利だ。」
「そうだな。なら、急ごう。」
そう言うが早いかリージェは少年の手を引いて人ごみに溢れた市場を駆け出した。

のどかな森の中に涼やかな歌が響く。
声を張り上げているわけではないのに、水面に広がる波紋のように木々の間に広がっていく。
人気の少ない道でその存在を知らしめるように歌いながら、少年はレディ・レムの魔法工房へと歩いていた。
悠々と歩く姿を追いながら、盗賊たちは気付かれぬようにゆっくりと追い詰める。
自分達の仕事を邪魔し、生意気にも叩きのめしてくれた世間知らずの子供に厳しさを教えてやらなくては気がすまなかった。
今すぐにも切りかかり、仲間が味わった苦痛をこの生意気なガキにも教え込みたかったが、ぐっとこらえる。
もう少し進んだところで別の仲間達が待っているのだ。
そこで一気に取り囲み、叩きのめす。
苦痛と恐怖に歪む少年を想像し、盗賊に残忍な笑みが浮かぶ。
呑気に歌いながら歩いていられるのも今のうちだ、と思っていた。
ふいに歌が消え、少年が歩みを止める。
手はずの場所にはまだ遠い。こっちの予定を狂わせるなと罵ってやりたいのをこらえ、そっと様子を窺う。
空気を切り裂く音と仲間のうめき声が上がる。
「なっ!?」
驚愕の声を上げ、よろめく盗賊。
と、耳元を鋭い刃が駆け抜け、木の幹に深々と突き刺さる。
冷たい汗が背中を流れた。
すでにふとももや脛を抑えて何人もの仲間が倒れていた。
致命傷ではないが、決して軽くはない傷だ。
自然の障害に囲まれたこの場所で隠れている相手を正確に捉えて倒すとは並大抵の腕ではない。
見えない恐怖が這い上がってくる。
その場にへたり込みかかる盗賊の頬に冷ややかな切っ先が突きつけられた。
「動くな。」
ひっ、という短い悲鳴がほとばしる。
そこにいたのは追い詰めていたはずの少年とナイフを手にした小麦色の肌をした少女・リージェが悠然と立っていた。
「さっきはどうも。」
氷を思わせる笑顔を浮かべる二人に盗賊は本気で腰が抜けた。
先刻までの強気は完全に霧散し、情けない姿をさらす。
逆恨みして仕掛けてきたにも関わらず、形勢を逆転された途端、恐怖に引き攣る盗賊にリージェはうんざりしていた。
相手の実力も分からず、数に任せて掛かってくる事態、馬鹿げている。
少年も同じ気持ちなのか、半ば呆れ気味に苦笑していた。

「相変わらずね。来て早々、盗賊を捕まえるなんて。」
賞金目当ては変わらないのね、と笑い声を上げる銀髪の女性・レディ・レムに少年は冷ややかに見返す。
降りかかる火の粉を払った結果、少しばかりの褒賞を得ただけだが、レディ・レムから見るとそうではないらしいから面白くない。
完全にへそを曲げてしまった少年を無視して、レディ・レムは珍しそうに彫金品を見ているリージェを見た。
「この子が迷惑かけてごめんなさいね。毎回、面白いくらいトラブルに遭うのよね〜この子ってば。」
楽しげにのたまうレディ・レムとは裏腹に少年は眉に深いしわを寄せる。
好きでトラブルに遭うんじゃないとその目が訴えているのに気付き、リージェは思わず噴出しそうになるのを必死にこらえた。
そんなのは当然のことだ。
誰だってトラブルに巻き込まれたくはない。
ただ短い間一緒にいて気付いたが、彼の場合、そういう目に遭うことが人よりも少しばかり多く、それを打ち払う術も心得ている。
それが彼の強さなのだとリージェは感じていた。
「全然迷惑じゃなかったよ。すごく楽しかった……あんな歌聴いたことがなかったよ。」
レムに応じながら、リージェはふいに少年の歌声を思い出し、笑顔を浮かべる。
吟遊詩人を生業にしている者から見てもいいものだった。
凄腕の剣士にはもったいないほどの。
その言葉になんとも言えない表情をする少年。それとは対照的に笑いを堪えるレディ・レム。
不思議に思い、首をかしげるリージェに二人は何も答えなかった。

FIN

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3033:リージェ・リージェウラン :女性:17歳:歌姫・吟遊詩人】

【NPC:レディ・レム】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、緒方智です。
この度はご発注いただきありがとうございます。
お待たせして申し訳ありません。
リージェさんのナイフ投げの腕前に助けられ、盗賊も見事撃退し、無事観光も終了。
レディ・レムにからかわれたのが少々癪だったようですが、少年も充分楽しんだようです。

お楽しみいただければ幸いです。
また誤字脱字がありましたら、お許しください。
それでは機会がありましたら、よろしくお願いします