<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


一片の幻 −只管に想う心


 街外れの湖の畔に『Gefroren Leer』と名を掲げる占術館が在った。
 名の通り、占術でヒトを視る事を商売にしているのだが、他にも探偵紛いの事や、御守り、各種咒術薬の販売も遣っているらしい。
 ……要するに、出来る事は皆遣っとけ、と云った節操無い場処でもあった。
 そして。
「……おや、ラウシュの花弁が切れそうだ。」
 此の館の主にして占術師であるノイルが呟いた。
 此処は館の地下室。
 処狭しと抽斗やら硝子瓶やらが並べられ、ありとあらゆるモノ――植物や動物の爪だと即座に判断出来る様なモノから、如何見ても全く正体が不明なモノ迄――が保管されている。
 ノイルは此処で咒術薬等を調合し、必要に応じて分け与えているのだ。
「ラルゥ……独りに任せるには一寸足りないな。」
 ノイルは乾燥処理された朱色の花弁が入っている、一抱えも有る硝子瓶を棚から取り出す。
 蓋を開いて中の量を確認すると考え込んだが、直ぐに何かに気附いたらしく顔を上げた。
「あれ……若しかして、」
 其れだけ呟くとノイルは瓶を戻し、地下室を後にする。



「……ん、師匠(せんせ)。何処か出掛けるの、」
 ――薬草の採取なら俺行くけど。
 地下室から上がって来るなりカーディガンを羽織って玄関へを向かうノイルを見掛けて、ラルーシャが声を掛けた。
 ノイルは其の声に立ち止まると、振り返って微笑んだ。
「嗚呼、うん。其れは後で頼む。けど……取り敢えず、迷い人を捕まえて来ようかと思って。」
「……迷い人、」
「何でか賊避けの結界に引っ掛かってるみたいなんだよね。二十二番の楡と十五番の橿の間の無限環に嵌ってるっぽい。」
 不思議そうな顔をしたラルーシャに、ノイルは指で円を描く様にくるくる廻して説明した。
「何で亦……。」
「さぁ、何処かに綻びが有ったのかも。」
 ――取り敢えず保護してくる。
 其れだけ云うと、今度こそノイルは玄関を開けて出掛けて行った。


     * * *


 其の青年は僅かに眉を顰めた。
 休日だからとぼんやり散歩に、然も何となく遠出をしてみた処、雰囲気の良さ気な森が有ったので入ってみたのだが。
「……迷った、のか、」
 改めて呟いてみて、小さく溜息を吐いた。
 異変に気附いたのは暫く前だ。……周りの景色に全くの変化が見られなくなった時。
 異常しいと思って引き返してみようにも、矢張り進展は無かった。
 蒼灰色の髪と眼をした青年――如月・一彰は如何したモノか、と亦溜息を吐いた……そんな折、
「御散歩ですか、」
 此の状況にそぐわない、のんびりと落ち着いた声音が響いた。
「……っ、」
 一彰は突然の声に少しだけ驚いて其方へと振り向く。其処には、全身を黒に包んだ女性、が立っていた。
 然し其のヒトは一彰が返答を返す前ににこりと微笑んで言葉を続ける。
「其れとも、奥の館に用事かな、」
「否……唯の散歩、だ。」
 落ち着いてから一彰が返事を返すと、相手はちょん、と首を傾げて質問を重ねた。
「おや。……此の辺りは初めて、」
「嗚呼。」
 一彰の簡潔な其の返事に、納得行ったとでも云う様に相手は頷いた。
「……如何かしたか、」
「否、此の森で散歩だなんて珍しいな、と思ったから。」
 其処で区切ると、女性は一度視線を辺りに巡らした。
「此の辺りって其の館の私有地なんだよ。まぁ、解放されてるけどね。」
 ――だから大体其処に用の有るヒトしか通らないんだ。
 そう云う事だよ、と説明して笑い掛ける。
「……最初に散歩か如何か聞いてなかったか、」
 不図、最初に掛けられた科白を思い出して訝しげに呟く。
「うん、……嗚呼。如何声掛けたら自然かなって。……冗談だったんだけど。」
 そう云って笑い乍、踵を返す。
「ぇ、……おい、」
 何処に行くのか、と掛けようとした声は、振り返った其の人の声に止められた。
「折角だから私の館に招待しよう。御茶と御菓子位なら幾らでも用意出来るけれど。」
 にこりと微笑んだ其の背後に、先程まで影も形も無かった湖と年季の入った洋館が見えた。
 不思議そうに眉を顰める一彰の腕を引いて、館の主は歩き出す。
「……何かの縁さ。大切にしないとね。」


     * * *


 そして気附けば青年、基一彰は亦森に居た。
「…………。」
「済みませんねぇ……手伝わせちゃって。」
 籠を持ったラルーシャが苦笑し乍隣を歩いていた。
「否、承諾したのは私だから気にしなくて良い。」

 彼の後、館に連れて行かれた一彰はノイルの言葉通り、御茶と御菓子を振る舞われた、処迄は良かったのだが。
 薬草の採取に行くと云うラルーシャに、一人じゃ足りないから後で良いと返したノイルが不図思い附いた様に云ったのだ。
「ぁ、じゃぁ、一彰君に手伝って貰おうか。」
 ぽん、と両手を合わせ、本人は多分冗談の積もりだったのだろうが、生真面目な青年は其れに気附かず、戸惑い乍も承諾して仕舞った。
 そして、今に至る。

「えー、じゃぁ、此。此がラウシュの花。」
 ラルーシャは自身の目線より上に咲いていた紅い花を、手を伸ばして摘み取った。
「花弁だけで良いんで、摘んだら中の雄蘂と雌蘂は取っちゃって下さい。」
 説明し乍、ぷちっと中の蘂を抜く。
 其れを真剣に聞いた後、一彰は小さく頷いて一言「解った、」と返した。
「無理はしなくて良いんで、手の届く範囲で御願いします。俺はもう少し奥で取ってますから。」
 最後にそう付け加えて、ラルーシャは手籠を一彰に渡すと小径を進んで行った。
「……さて、遣るか。」
 其の背中を見送ってから、一彰は花摘みを開始した。

 周囲の花を粗方穫り終わって、ぷちぷちと蘂を抜く。
「……そう云えば、花粉に何か有るって……、」
 ――何だったか……。
 考えていた其の時、突然の風に手元の花が舞う。
「……ッ、」
 吸い込んだ花粉に、軽く咳き込み身を屈める。
 其れを聞きつけたのか、ラルーシャが置くから駆けて来る。
「大丈夫ですか、今突風が……、」
「……嗚呼、」
 一彰は短く大事無い事を告げるが、顔を上げて固まった。
「……、如何かしました、」
 不思議そうに首を傾げるラルーシャを見て、信じられないとでも云う様な驚きを僅かに表情に滲ませた一彰が小さく呟く。
「……大……、」
「……ぇ、」
 其処で、一彰は視界が歪む様な感覚を受けて、一瞬蹌踉めく。
「一彰さんっ、」
 ラルーシャが手を伸ばそうとするが、其の必要は無く一彰は踏み止まった。
「……ぁ、否……大丈夫だ。」
 散って仕舞った花を一瞥して、其れ等を拾う為に身を屈める。
「花粉を少し吸って……幻覚を見た様だ。」
 出て来る時にノイルに教えられた効能を思い出して、少し苦々しげに呟く。
「嗚呼、そうでしたか。……今はもう大丈夫ですか、」
「問題無い。……済まない。」
 花弁を凡て拾い集めると、籠を持って立ち上がる。
「なら良いんです。謝る事じゃ無いですよ。」
 ――じゃぁ、そろそろ帰りましょうか。


     * * *


「おかーえり、如何だった、」
 館の方へ帰ると、ひょこりと玄関からノイルが出て来た。
「一彰さんの御陰で大漁。」
 ラルーシャはそう云うとノイルに二人の収穫分を渡した。
「わ、有難う。此だけ有れば当分は大丈夫そうだね。」
 花弁の量を確認して、ノイルが満足そうに頷く。
「ねぇ、一彰君。」
「……何か、」
「御礼に夢を見せて上げよう。……何か見たいモノは有るかい、」
 ノイルは深紅の花弁を口元に寄せて、奇術師の如く芝居掛かった声音で語る。
「夢……、」
 一彰の訝しげな声音に、ノイルは肩を竦める。
「見たい景色でも、会いたい人でも。……まぁ、儚い幻だけどね。」
 ――アイタイ、ヒト。
 其の言葉に、小さく一彰の胸が疼く。
「思い当たる様だね。……云わなくて良い、想っていて。」
 ノイルはそう云って微笑むと、短く息を吐いて摘み立ての花弁を四枚手に取って湖へ歩を進めた。
「摘み立ての花弁と、綺麗な水、其処に月光と、ほんの少しの想いを与えれば……。」
 丸で何かの料理のレシピを唄う様に、ノイルは湖へと花弁を散らした。
 すると、四枚の花弁が作る四角の中に、陽炎の様なモノが浮かぶ。
「……、」
 一彰の前で其の陽炎が、像を結ぶ。――人懐っこい笑顔を浮かべた、健康的な青年を形作る。
「……嗚呼、」
 其れを見て、一彰は眼を細める。
 浮かび上がった青年に送る視線は酷く愛しげで、懐かしげで……悲しげで。
 其の影が閑かに消える迄、ずっと見詰めていた。

 ――喩え離れていようとも、想いは変わらず。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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[ 2657:如月 一彰 / 男性 / 26歳(実年齢26歳) / 古書店店員 ]

[ NPC:ノイル / 無性 / 不明 / 占術師 ]
[ NPC:ラルーシャ / 男性 / 29歳 / 咒法剣士 ]

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■         ライター通信          ■
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初めまして、徒野です。此の度は『一片の幻』に御参加頂き誠に有難う御座いました。
御届けが正月明けと云う……大変遅くなって仕舞い誠に申し訳有りませんでした。

一応、此がクリスマス前の出来事と云う事で。
……花摘みがメインの筈なのに、何か、冒頭の出合い部分が長いですね。あれー……。
こんな作品ですが、一欠片でも御気に召して頂ける事を祈りつつ。

――其れでは、亦御眼に掛かれます様に。御機嫌よう。