<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


贈り物

 思えば、いつものように早朝に、目が覚めた時から。
 寒くなって来たなと思いながら日課の朝練をしている時も。
 布団の中で文字通り丸まる義父イヴォシルを必死で起こした時も。

 ずっとなにか、嫌な予感はしていたのだ。

 ただ、どうも自分は心配性の気が有るらしい(まあ、周囲が楽観過ぎるという説もあるのだが)、というのは自覚していたから。
 いつものことだろうと無視していたのがいけなかったか。

 物凄い勢いで開かれた店の扉を、溜息をついてライナーは見やった。

「よォお!腹黒同盟員イヴォシル!同盟薔薇アニキウェルカム挨拶に腹黒大胸筋降臨☆だぜ!」

 …………どうして俺は素直に本能に従って、朝のうちに逃げ出しておかなかったのか。
 入ってきたのは背の高いライナーより、さらに頭一つ高い男。
 目立つ外見と、整ったきつめの顔はともすれば威圧感を与えるが、彼の顔には満面の笑みが浮かんでいる。
 ……それはともかく、彼が軽々と担いでいる、なんか布に包まれたでっかい物に反射的に警戒心を覚えながら、それでもライナーは戻りそうになる扉を押さえに行った。下っ端だ。

「有り難う御座います」
 テンションの高い男の後ろからもう一人、青年がライナーに向けて礼を言ってきた。
 眼鏡の似合う、穏やかそうな笑顔の理知的な青年だ。
 良かった、この人は普通そうだとライナーが心底胸を撫で下ろした所で。
 彼は青年が手にした大きな箱が、ひとりでにかたりと揺れるのを見てしまって遠い目をしてみたりする。

「おや。オーマ殿じゃないか。後ろの御仁は?」

 ライナーの義父であり、この石屋の店主、イヴォシルが長い尾をぱたりと揺らして二人連れに声をかけた。
「初めまして、腹黒同盟ナンバー2のアイラス・サーリアスと申します。よろしくお願いしますね?」
 アイラスと名乗った青年が、穏やかな笑みを浮かべる。
「ああ、知っているとは思うが、私はイヴォシル。こちらこそ、ひとつ宜しく頼むよ」
 イヴォシルが笑顔で挨拶を返す。
「聖都公認腹黒同盟総帥&No2同盟ナウ筋ツーTOPだな!さっきも言ったが挨拶に来たぜ………と、所でそこの赤い髪のにィちゃん。ライナーッつったか?お前もどうだ」
 男…───聖都公認腹黒同盟総帥ことオーマは肩に巨大な荷物を抱えたまま、器用になんだか分厚い冊子をライナーに向けて差し出した。
「……いえ、俺は……というか、今、それ、どこから出し……」
 何か言いかけていたライナーは、とりあえず無理矢理腕の中に押し込まれた冊子を手にして沈黙した。
「…あ、これ、お土産です。つまらない物ですが」
 No2同盟ナウ筋ツーTOPことアイラスが微笑みを浮かべたまま、イヴォシルへ手にした箱を渡す。
 その封をといた猫は、唐突に笑い出した。
「………ち、養父上……?」
 小柄なイヴォシルの後ろから箱をのぞき込んで、ライナーが固まる。
 それは人の顔が貼り付いた不思議すぎる植物と目があったからかもしれなかったし、それともその草の周りに生えた雑草を丁寧に、丁寧に引いている何か半透明の。………何かにバチコンとウインクをされたからだったかもしれないが、とりあえずまあ、どっちでも大差は無さそうだ。
「腹黒同盟を、今後ともよろしくお願いいたします。……これはもちろん、オーマさんのところから持ってきたのですけどね」
 爽やかなアイラスの笑顔が、逆にライナーの心を抉る。
 きりきりきりと痛み出す胃を押さえながら、彼はそっと目をそらした。

 すると今度は、視界に巨大な荷物のオーマが写る。
 ライナーと目があったオーマはにやりと笑みを口に乗せ、『何か』を床に置いた。
 それはライナーの背丈程も有る、巨大な何か。
「いざって時の為に持ってきたんだがな…」
 オーマは少しもったいぶって見せた後、大きな動作で、『それ』にかかった黒い布を一気に引きはがした。
「…ぐッ」
「………前から思っていたけど、こう言うのは一体誰が作るのかね?」
 ライナーが呻き、イヴォシルの心底不思議そうな声。
 その二人の視線の先には。

 等身大マッチョアニキ型鏡。



(鏡。
 ………とりあえず、そう分類するべきなのだろうか。
 いや、これを鏡と称すればまともに鏡業をこなしている世の鏡に失礼なんじゃないだろうか。
 というか、動いてる動いてる。

 …………いや、寧ろ何か見られてる気がするぞ)
 ライナーは混乱している!

「ふむ、しかし物凄い技術だねえ…。ガラス成分に上手く魔力が作用して、有る程度の動きを可能にしているのか…」
 イヴォシルが顎に手を当て、興味深そうな、感心したような表情で頷いた。
「アニキが喜びそうな言葉を叫ぶとアニキが抱擁して地底にワープさせてくれンぜ」
「地底には何があるんだい?」
 オーマの言葉に深くは突っ込まず、イヴォシルが首をひねる。
「本拠地の地下にはオーマさんのプライベートアニキルーム親父地底魔境世界が有るんですよ」
「ほう。ふむ。だが私はご覧の通りの貧弱な体だから、あの鏡に抱擁されると軽く重症を負いそうだ。ライナー専用になりそうだね」
 イヴォシルはとりあえず危険を回避した!
 そのライナーはと言えば、明後日の方向を見つめたまま冷や汗をだらだらと流している。その背には鏡から熱いまでの視線が注がれ、そして駄目押しとばかりにしっかり服の裾を捕まれている。



 ◆ ◇ ◆ ◇

「さあ、まあとりあえず立ち話も何だね。座ってくれたまえよ」
 腹黒同盟の三人は、とりあえずそんな窮地のライナーを放置して、店の奥の方へと移動した。

「折角来たんだ。石を加工して何か作ろうか?」
 イヴォシルの言葉に、アイラスは少し考えるような素振りを見せ、オーマはと言えば何やらにやりと笑んでいた。
「…アクセサリーは…そうですね、贈る方もいませんし… 自分用ですと、ネックレスなどが良いでしょうか?」
 考えた末に、頷くようにアイラスが微笑む。イヴォシルは頷いて、彼の好みの色や形を聞き、作業机の前の椅子へと座る。
「ああ、オーマ殿。何か作りたい物があるのなら、その辺りの道具は好きに使ってくれて構わないよ。勿論使い方が分からなければ聞いてくれ。……あと、必要な材料はあるかい?」
「おうよ、助かるぜ。……こいつを、それぞれペンダントにしたいんだが」
 オーマが二人に示して見せたのは宝石が二つ。空の色をそのまま固めたかのような澄んだ青色をしている。
「あれ、オーマさんも何か作るのですか?」
 アイラスが首を傾げた。
「ふふ、彼は前に来た時にも自分でアクセサリーを作っていたのだよ。私も一つ頂いてしまったが」
 イヴォシルは頷いた。
「ああ、そういえばシエラさん達にプレゼントしていましたね。二つ…と言う事はまたご家族に?」
 アイラスの問いに、オーマは一つ笑みを漏らして答えに代えた。



 ◆ ◇ ◆ ◇


 ようやく鏡から解放されたライナーが淹れてきた茶で、喉を潤し、のんびりと会話と作業の音が響いてしばし。
「よッし、できたぜ」
 オーマがにかっと頷いた。
 その手元には、一対のペンダント。
 片方は厚みのある銀を加工して、装飾を加えたゴツ目のペンダント。
 もう一つは対照的に、少しシンプルな、優しげで控えめな意匠の物。
 全体的には全く受ける雰囲気の違う二つだが、どこか共通したデザインと、中央に埋められた青い石が、対で有る事を物語っている。
「お上手ですね」
 感心したように笑うアイラスの首には、イヴォシルによって作られたネックレスが揺れていた。
 青い涙滴型の石の揺れる、シンプルなデザインの物だ。
「……ふむ、見せて貰えるかな?」
 断ってから、オーマが作った二つをしばらく眺めて、イヴォシルは微笑んだ。
「……ふふ、どうやら私は、アイラス殿からそのネックレスを返して貰った方がいいかもしれないねえ」
 一人楽しそうにイヴォシルが笑い、アイラスが首をひねった。
「オーマ殿も、可愛らしい所がお有りなのですねぇ」
「だろ?」
「……?」
 イヴォシルはオーマのペンダントに使われた青い石を示す。
 彼の目には、大切な人に贈る物を飾る石を真剣に吟味して回るオーマの姿が目に浮かぶようだった。
 珍しく静かな笑みを浮かべ、その石が身をもって表す意味を述べてゆく。
「この石…ラリマーは愛と平和を司るとされる石だね。最高の癒しの石とされ怒りや悲しみから解き放ち心鎮め変わらぬ友情与える…んだそうだよ」
「……はあ」
 くつくつとイヴォシルが笑うが、アイラスにはまだ良く事情が呑み込めていないようだった。
 そんな彼に、オーマは笑ってペンダントの片方…シンプルで控えめなデザインの物を手渡す。
「永久の友情の証ッて事で。これはお前に」
 そう言ってオーマはもう一つの、ゴツ目のデザインの物を己の首から下げる。
 そこでアイラスにも通じたようだった。
 穏やかな笑みを浮かべ、イヴォシルの手に先程まで付けていたペンダントを返して、オーマの友情の籠もったペンダントを下げる。

「有り難う御座います。大事にしますね」



 ◆ ◇ ◆ ◇

「そういえば、もうクリスマスですね。イヴォシルさんは何かお祝いをしないんですか?」
「……。……おや、もうそんな時期だったのかい」
 その後、のんびりと歓談していたら、アイラスがそんな事を言いだした。
 イヴォシルがぽつんと呟くと、オーマが信じられねェ、と言った顔をする。
「…養父は、そう言った行事ごとには本当に疎いですから…」
 ライナーが苦笑して見せた。
「よし、折角だ!このままXmasパーティ!と行こうじゃねェか!」
「…ふむ、その場合、料理の方はオーマ殿に任せてしまって良いのかな?」
 楽しそうにオーマが言って、まんざらでも無さそうにイヴォシルが笑う。
「おうッ。任せとけ!料理腕揮ってやるぜー!」
「………手伝います…」

 オーマとライナーが台所に消えて、しばし。
 イヴォシルは作業台とは別のテーブルを用意しながら、食器を並べるアイラスの首から下がるペンダントを眺めて、満足そうに微笑んだ。

 四人でテーブルを囲む。
「んじゃ、ちょっとだけ早いが、メリークリスマス!ってな」
 ワイングラスを掲げて、オーマの音頭に他の三人が各々グラスを掲げる。
 テーブルの上には豪華な料理の数々。
 日も落ちてきたが、彼らの宴はまだしばらく続きそうだった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】

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■         ライター通信          ■
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オーマ様・アイラス様

オーマ様こんにちは、そしてアイラス様は初めまして。
新米ライターの日生 寒河と申します。
この度は猫の石屋へと足をお運び頂き、大変有り難うございました。
相も変わらず、ぎりぎりの納品申し訳有りません。

実は、オーマ様からの内緒のプレゼントのデザインと、アイラス様が提示して下さった自分用のネックレスのデザインが酷似しておりまして、一人「わあ友情シンクロだ…!」とかわめいておりました。

これからもその調子で、素敵な友情を宜しくお願いしますね!(笑)

そしてわざわざ同盟入りのご挨拶と、おまけにクリスマスパーティまでしていただき…。
なにやらライター本人が、一番のいい目を見た気がします。

ではでは、本当に有り難う御座いました。
口調等、不備がない事をお祈りしております。



日生 寒河