<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


スタールビーを守れ!


 そろそろ店じまいしようかとエスメラルダが考えたとき、四、五人の男が疲れた様子で店に入ってきた。彼らはカウンターではなく壁際のテーブルに陣取ると、肺の中身を全て搾り出すかのような、重い溜め息をつく。酒を注文する声にも張りがなく、そのテーブルの周辺だけ、まるで暗雲が立ち込めているような雰囲気だ。
「何かあったの?」
 注文された酒を持ってきたエスメラルダがそう問うと、男たちの中でも一番若いと思われる青年が悔しそうに言った。
「またルビーを盗られたんだ!」
「……何度もあったの?」
 『また』という言葉を聞いて、エスメラルダは眉をひそめる。
 話を聞いてみると、坑夫である彼らは毎日坑道でルビーとサファイアを掘っているそうだが、ここ一ヶ月で四回もルビーを……しかもスターが入ったものだけを盗まれたそうだ。盗まれた数が多いわけではないが、もともとスタールビーは発掘量が少ないので珍重され、それ相応に儲かっていたので、彼らにとって大きな打撃であるらしい。
 研磨した宝石を装飾品に加工する職人にルビーを送る前は南京錠と見張りがついた頑丈な倉庫にしまってあったのだが、それでも四度盗まれているのだ。
「不可解ね。見張りは犯人の姿を見ていないの?」
「見てる」
 そっけない青年の言葉を聞いて、エスメラルダは目を丸くした。
「それなのにまんまと盗まれているの?」
「そうなんだ! 毎回犯人の顔は見てるんだけど、見た直後に眠らされているんだ。だからこそ悔しくて悔しくて……!」
「落ち着け、トーマ」
 年配の坑夫がトーマと呼んだ青年の肩を軽く叩くと、青年は震える息を吐き出し、出された酒を一気に飲み干した。
 これはどうやら、相当きているようだ。
 年配の坑夫たちは憤りよりも疲れを感じているようで、苦い溜め息ばかりついている。
「すまんねエスメラルダさん。こんな暗い話しかできねぇで」
「そんなことは気にしなくていいのよ。でも、盗人に対して何か対策は立てないの?」
「……毎回、歳も性別も体格も違う人間が盗みにくるんだ。ヤツらの共通点さえ分からないってのに……対策の立てようがなくってな。それに、対策なんぞを考えているんだったらその分坑道を掘り進めた方が割に合うだろうし、かかるだろう人件費も持ち合わせていなくてな。無料で手伝ってくれる神様のようなヤツがいれば別だけど……無理だろ?」
 エスメラルダは閉店間際で閑散としている店内を見回す。
 何人か、頼めそうな人物がいそうだった。

 + + +

 エスメラルダは目的の人物を探し当てると、坑夫たちに一言断った後に席を立つ。そして、オーマとアイラスが座っているテーブルに向かった。
 二人は何を話すでもなく、静かに酒を飲み、つまみを食べていた。エスメラルダが近づいてくると、まずアイラスがにこやかに反応した。
「こんばんは、エスメラルダさん」
「こんばんは。お二人さん、時間はあるかしら?」
「頼みごとか?」
 さすがこの手の依頼に手馴れた二人である。エスメラルダからスタールビーの話を聞くなり残っていた酒を飲み干し、坑夫たちが座っているテーブルへ向かう。
 坑夫たちは暗澹とした様子で酒を飲んでいた。
「困ってんだってな。手助けしてやろうか?」
 オーマが前置きなく話しかけると、坑夫たちは驚いた様子で顔を上げた。そして、オーマとアイラスの隣に立っているエスメラルダに疑問の視線を投げかける。
 エスメラルダは頷き、安心させるように微笑んだ。
「このお二人さん、あなたたちの手助けをしてくれるそうよ。……大丈夫。とても親切な人たちだから」
 腹黒同盟のツートップだけどね、という言葉は胸の奥にしまっておくエスメラルダだった。
「早速ですが、詳しいお話を聞かせてください」
「特に、犯行が起きた時間帯と眠らされたときの状況だな」
 アイラスとオーマは空いている椅子に座り、坑夫たちを促した。坑夫たちはしばらく黙っていたが、沈黙にたまりかねてトーマが切り出す。その様子を見る限り、他の坑夫たちは事件解決に乗り気ではないように思える。
「いつも真夜中に起きるんだ。暗闇から突然人影が現れて、音もなくスタールビーが収められている倉庫に近づいてくる。で、気がついたときには見張りは眠らされていて、倉庫の中にあったスタールビーは消えてるんだ」
「眠らされる直前に、犯人は何か決まった動作や詠唱をしていませんでしたか?」
「それは……」
 それまですらすらと話していたのに、突然言葉を濁すトーマ。
「トーマにゃ見張りやらせてないから、分かんねぇのさ」
「おやっさん!」
 苦笑しながら言ったのは、偉丈夫が多い坑夫たちの中でもひときわ立派な体躯の男――ディドゥだった。その呼び名から察するに、彼ら坑夫の中でも一番偉い人物なのだろう。
「トーマはまだ新人だから、責任重大な倉庫の見張りをやらせるわけにゃあいかん」
「……どうせ、俺には信用がないよ」
「ま、そういうこった。あと一年ぐらい経てば、嫌でも当番が回ってくる」
 ふくれっつらのトーマを、からかうように言う。
 信用は時間をかけて築くものだ。だが、今のトーマに信用がないので見張りをやらせない、というわけでもなさそうだ。むしろ、見張りは今回の事件のように、常に危険が付きまとっているからであるように思える。
 なぜなら、トーマに対するディドゥや他の坑夫たちの言動は、まるで親子か兄弟であるように見えるからだ。
 それに気づかずふてくされるトーマの若さを、オーマは微笑ましく思った。
「話を戻すぞ。犯人たちは見張りを眠らせるとき、特に目立った動きはしていなかったと思う。いつも、近づいてきた犯人に誰何しようとした直後、突然眠くなるんだ」
「そうですか……」
 となると、魔法ではなく、念力のようなもので眠らされているのだろうか。……どうも、実際に体験してみないと、その手のことは伝わりにくい。
 アイラスがちらりとオーマを窺うと、オーマは頷いて言った。
「ここで状況を聞くよりも、実際に現場へ行ってみるのが一番だろうな。次に犯人が来そうな日は、目星がつかねぇのか?」
「……明後日の朝、ルビーを納品するための馬車が来るから、それまでには来ると思う」
 まだふてくされているのか、オーマと目を合わせないまま言う。
「意外と早いな」
「犯行は真夜中なんでしょう? 最近依頼も少なくて暇していましたし……。見に行ってみましょう」
 そう言って、坑夫たちに道案内を求めた。

 + + +

 黒山羊亭の近くで幌馬車を捕まえ、坑道がある山脈のへと向かう。
 一歩エルザードを出ると辺りは暗闇に包まれる。こんな日に限って月も出ていないとは、運がなかったようだ。
 しばらく進むと、麓に坑道の入口らしきものがある山が見えた。入口の手前に、石造りの建物らしきものもある。あれが、宝石をしまってある倉庫なのだろう。
「見張りを三人残してきているが……まだ無事のようだ」
「三人か。事件が起きてるにしちゃあ、ずいぶんと少人数だな?」
 倉庫の前で手を振る男たちを見ながら、オーマは至極もっともなことを言った。
「ここの坑道で働く人員は少ねぇし、坑夫ってのは寝不足の状態でできるような仕事じゃねぇ。だからと言って別途に見張りを雇えるほど、金銭的に余裕もねぇのさ。だからこそ倉庫を頑丈に作り、見張りの人員を削減してんだ。……そもそも、今回の事件には見張りも意味がねぇが」
 そうこうしているうちに、幌馬車は倉庫の前に止まった。
 暗い夜だ。倉庫の前に灯された焚き火だけが異様に明るく、少し離れたところにある坑道の入口にわだかまる漆黒を、余計に怪しく際立たせる。
「倉庫の中はどうなっているのですか?」
「そうだな……一度くらいは見ておきたいな。何か『見える』かもしれねぇ」
 ディドゥが倉庫の扉の前に立ち、懐から出した鍵を一つずつ鍵穴に差し込んでいった。
 倉庫の扉は鍵だらけだった。まず扉の上下を壁とつなぐものが二つ、中央に扉同士を繋げるのが一つ、その上から男四人がかりでないと開かないような巨大で丈夫な閂と、それを扉と壁に固定する鍵が三つ。それぞれダイアルロック、南京錠、シリンダー錠などで固められていて、ディドゥが他の坑夫たちと協力しながら全てを開けるのに十分ほどを要した。
 宝石泥棒対策なのだろうが、それも今回は役に立っていないようだ。
 苦労して扉を開け、入口に置いてあったランプにトーマが火を入れた。それを掲げると倉庫の中の闇が払われ、宝石の輝きがきらきらと返ってくる。
「これはまた、美しい……」
 アイラスがため息混じりに呟く。
 倉庫の中にはコランダムの原石が入った岩、ルビー・サファイアの原石、そしてカボッションに磨かれたスタールビーが、種類ごとに分けて置いてある。
 その中でも、倉庫の奥まったところに置いてあるスタールビーの輝きが目を引く。それは、他のものが原石のまま磨かれていないものが多いということもあったし、何よりも中央から外側に走る六本の白い筋が、ルビーの輝きを増しているように見えるのだ。
「こりゃあ……」
 スタールビーをじっと見つめていたオーマが、低く唸るように呟く。
「ディドゥさんよ。このスタールビーってやつは、ただの鉱石なのか?」
「そりゃそうだ。鉱石じゃねぇってんなら、一体何だってんだ?」
 ディドゥが呆れたように答える。
 彼らは坑夫であり、鉱石を掘り出すのを仕事としているのだ。鉱石以外のものを掘り出した記憶はないし、掘り出したとしても、倉庫に保存しないで捨てるなり売るなりしている。
 それでもオーマの表情は晴れなかった。
「意思あるものしか出せない『悲しみ』の念が、スタールビーから出てるぜ」
「何だって!?」
 その言葉を聞いて、坑夫たちは気味が悪そうに互いの顔を見合わせた。
「話すことはできないんですか? その……スタールビーとは?」
 意思があるものという言葉を聞いてアイラスがそのような提案するが、オーマはすぐに頭を振った。
「この状態では難しいだろうな。なにしろこれは……『卵』の状態だ。ただ、何の卵かはよく分からねぇな」
「俺、子どのもの時に聞いたことがある」
 トーマは恐れる様子もなくスタールビーを一つ摘むと、ランプの光で中を透かすようにルビーをかざした。赤い光が顔の上でゆらゆらと踊る。
「スタールビーの星の部分には妖精が眠っているんだ。妖精はルビーの持ち主から愛情を注がれれば注がれるほど、美しい姿で目覚めるんだってさ」
「そりゃあ、子供をあやすためのただの伝説だ。現実のことと一緒にすんな」
「おやっさん! おやっさんだって聞いたことがあるだろ?」
「いい加減にしろトーマ! オーマさんたちの捜査を邪魔するな」
 ディドゥが厳しく叱りつけると、トーマはランプを持ったまま倉庫の外へ走って行った。
 止める間もない。アイラスはオーマに頷きかけると、トーマを追って倉庫から駆け出した。

 + + +

 トーマを追って倉庫から駆け出たアイラスは、焚き火の近くで立ち止まると辺りを見回した。
 右手にある坑道の入り口に向かって移動する小さな明かりが見えた。きっとあれがトーマだろう。今はどんな情報でもほしい。妖精の話だって、そう安易に切り捨てるものではない。
「何かあったのか?」
 焚き火に当たっている坑夫たちがアイラスに話しかけてきた。のんびりと火にあたっているところから見ると、トーマがディドゥに怒鳴られるのは日常茶飯事なのかもしれない。アイラスは手早く坑夫たちに答えて、トーマを追おうとした。
「トーマさんがスタールビーには妖精が眠っているといったら、ディドゥさんが叱ったんです」
「またその程度で……。ディドゥはトーマのこととなると性格が変わるからなぁ。……っと、兄ちゃん! 明かりなしで坑道に入ったら危ないぞ。松明でも持って行け」
 そう言うなり近くにあった薪に火を灯して渡そうとしたが、それを悠長に待っていたらトーマを見失いそうだった。
「大丈夫です。夜目はかなり利くほうですから」
 そのまま駆け出す。背後でさらに何か言ったようだが、アイラスは構わなかった。
 焚き火の火が届かないところまで行くと、一気に走る速度を上げる。

 + + +

 坑道の中は、自分の鼻先さえ見えないほどの闇だった。だが、一切の光が存在しないというわけではない。星明りが坑道内の岩に反射するわずかな光、それがあればアイラスには十分だった。彼の眼鏡は半分伊達で、本当の能力は光量調節機能なのである。
 坑道の内部は、何本もの道に分かれていた。すでに姿の見えないトーマの行き先を見失わない自信があるのは、その眼鏡によって、トーマが持つランプのわずかな明かりが岩に反射してくる方向が分かるからである。
 分かれ道を十数回は通っただろうか。突然広い空間に出たので、アイラスは足を止めた。
 少し離れたところにトーマがいる。ランプを近くの岩の上に置き、水辺にたたずんでいる。
(地底湖、ですね)
 その湖の底には、赤や青の輝きがあった。それらはきっと、彼ら坑夫でも採取することが難しいルビーやサファイアなのだろう。
「トーマさん」
 アイラスが背後から声をかけると、トーマはかなり驚いたようだった。
 振り返りざま、岩の上においてあったランプに手が当たってしまう。
「あっ」
 焦って取っ手を掴もうとしたが、彼の手は宙を切っただけだった。
 だがその代わりに、いつの間にか息のかかるような距離にまで近づいていたアイラスが、上手くランプを受け止めていた。
「驚かせてしまってすみません」
「アイラス。ここまでよく迷わずに来れたな」
「あなたという先駆者がいましたからね」
 アイラスはトーマの横に立つと、鏡のようにまっさらな湖の水面に目を移した。ランプのわずかな光で輝く水面と、湖底に沈んだコランダムがなんとも美しく輝いている。
「この湖には妖精がいるんだ。まだ見たことはないけど……こうやって毎日きていれば、いつかは会えると思うんだ」
 水面に目を落としたままトーマが真面目に言うので、アイラスは何だか微笑ましく思った。自分と大して変わらない年齢なのに、自分よりも遥かに純粋だと思った。
「毎日来ているんですか」
「い、いいだろ、別に!」
 思わず赤面してアイラスを睨んだトーマだが、湖に波紋が広がるのを見て、口をつぐんだ。
 最初は小さかった波紋が、どんどん大きさを増していく。
 ――気がついたときには、波紋の中心部に、一人の女が浮いていた。
 月光のように青白い髪と肌。そして、そこだけが激しい色彩を伴った、真っ赤な唇。浮世離れしたその女は、水面からわずか上空をすべるように歩き、アイラスとトーマに近づいてくる。
 そして……女は、アイラスとトーマを『すり抜けた』。横を通り抜けたのではない。彼らの体を、完全に通り抜けたのだ。
 アイラスが後ろを振り向いたときはすでに、その姿は坑道の入り口の方へと消えていった。
「よ、妖精だ……!」
 トーマは目をまん丸にして、女が消えた坑道を見つめている。
「あの姿、うわさ通りだ。なんてきれいなんだろう!」
「……」
 トーマはひたすら感動していたが、アイラスはそうそう簡単に感動できなかった。
 こんな事件が起きているときに、なんとも絶妙なタイミングで出てきたものだ。……つまるところ、アイラスは今の妖精を疑っていた。
「トーマさん。彼女の後を追いましょう」
 トーマは普通の人間であるので、アイラスのように早く走ることはできない。したがって、アイラスもトーマに合わせて遅く走ることになったのだが、それがよくなかったようだ。
 アイラスとトーマが坑道の外に出たとき、空には月が昇っていた。
 そして、肝心の女はすでに倉庫に侵入した後のようで、坑道の入り口からは、エルザードへ向かって走り出す女とオーマが見えた。
(何があったのかは分かりませんが……追った方がいいでしょうね)
 そして、アイラスはちらりとトーマを見た。
 先ほどのように女と引き離されてはたまったものではない。彼にはここで他の坑夫たちと一緒に待っていてもらったほうがよさそうだ。

 + + +

 オーマは後ろから何者かが追ってくる気配を感じた。
 アイラスはオーマに追いつくと速度を下げ、併走した。
「遅くなりました」
「何か分かったか?」
「はい。あの女性は、坑道の奥にある地底湖から出現した妖精です」
「そんなところだと思ったぜ。だが、やつはスタールビーの星の部分を昇華させちまった」
「トーマさんの話を信じるなら、星の部分には妖精がいたんでしょう? それを同じ妖精が消滅させるなんて、何が目的なんでしょうね」
「さぁな。だが、やつの後をついていけば分かる気がするな」
 そのまま三人はひた走り、エルザードについた頃には東の空が明るくなっていた。
 女はエルザードのはずれにある一軒の家の前に止まると、そのまま幻のように掻き消えてしまった。
 二人も立ち止まって顔を見合わせる。
「この家にタネがあるということでしょうか?」
「そうであってほしいな……」
 夜の間ほとんど動き通しだったので、さすがに疲れたようだ。
 二人は静かに家の窓に寄ると、そっと中の様子を窺った。
 そこには、一人の老人がいた。老人はスタールビーをビンの中から一つつまみ出すと、なにやら怪しい魔法陣が描かれた布の上にそれを置き、呪文を唱えた。
 すると、スタールビーから星が消滅し、その代わりに小さな妖精が出現した。
 妖精は一瞬硬直したのち老人から逃げようとしたようだが、黒い手袋をはめた老人の手に素早く掴み取られ、妖精が沢山入れられている水晶の檻に閉じ込められてしまった。
 檻の端からは赤い糸のようなものが結び付けられていて、そのもう一端は一つの大粒ルビーにつながっている。
 そこまで見届けると、一度窓から離れた。
「ありゃあ、何だと思う?」
「よくわかりませんが、妖精の様子を見ると、よからぬことだと思います。あの女妖精はこの事態を見ていられず、スタールビーにいる妖精を助けて回ったんでしょうね」
「だな。親父愛大胸筋下僕主夫ホールドランデブーアタック★ナマ絞りは美筋昇天の香り捕縛ゲッチュといこうかね」
 そこで、オーマとアイラスは二手に分かれた。オーマは玄関、アイラスは裏口だ。
 頃合を見計らい、二人同時に扉から押し入った。
「じいさんよ。あんた、何してんだい?」
「なに!? き、貴様、人の家にずかずかと……」
 驚いて立ち上がった老人の手元で、軽い爆破音が響き、その弾みでテーブルの上から大粒のルビーが転がり落ちた。
 オーマが近づくと、老人は裏口から逃げようと身を翻したが、そこにはアイラスが陣取っていた。
「逃げようとしているということは、悪いことをしているという自覚があるんですね?」
「うるさいわ! 貴様らにわしの実験の偉大さなど分かるまいに!」
「おう、分かんねぇなぁ。俺たちにも分かるように説明してもらえるか?」
 オーマはさらに詰め寄ると、その体格を生かして威圧するように問いただす。
 老人はしばし口をつぐんでいたが、喋ってしまった方が安全だと思ったのだろう。おずおずと語り始めた。
「わしがやっているのは、スタールビーにいる妖精を強制的に具現化し、それを集めて一つのルビーに詰め込むことじゃ。さすれば、そのルビーは高度な魔術道具になるんでな。これは値段のつけられない逸品じゃ。なにしろ、今のご時勢では妖精まで人間並みの扱いを受けとるから、このようなものは簡単には作れんのじゃよ」
「で、肝心のスタールビーはどこから入手したんだ?」
「安く上がるように採掘元から買い取った」
「ということは……ディドゥさんですか?」
 その言葉を聞いて老人は驚き、次に顔を怒りで赤く染めた。
「貴様ら、ディドゥの奴から頼まれてきたのか? 奴め、今になって取引を終了してほしくなったか!」
 そう言われてみればと、二人は思い出す。トーマが妖精の話を口に出したとき、なぜあんなに怒ったのか。今の話から考えれば、合点がいくのではないか。
 ディドゥがなぜこの老人にスタールビーを売ったのか、その真相は彼に会ってみないとはっきりとは分からない。だが、二人が見せてもらった倉庫の中には『ピジョンブラッド』と呼べるような美しいルビーは見当たらなかったことから、金銭的に苦しいあまり、この老人に高額で売りさばいたという可能性が高いのではないだろうか。
「……とにかく、あなたは官憲に引き渡します」
 アイラスは音もなく老人に近づくと腕を軽く捻り上げ、そのまま玄関へ向かった。この家に来る途中、小さいが官憲の出張所があったので、そこに突き出すつもりだ。
 オーマは妖精が入れられている檻を開け、彼らを解放した。そして研究の成果である大粒のルビー――それをこのまま残してはおけまいと探したが、最初に見た檻の近くにはなかった。
「……いたたた」
 足元から、小さな声が聞こえた。
 ぎょっとして視線を移すと、そこには探していた大粒のルビーがある。
 なんとなく嫌な予感がしつつもそのままにしておくわけにもいかず、覚悟を決めてルビーを拾い上げた。
「……いやいや、おかしいだろ」
 大粒のルビーには顔が浮かび上がっていた。しかも、よりによってオーマ自身の顔だった、それがルビーに反射したオーマの顔ではないということは、今は表情が固まっているであろう自分と違って、ころころと表情が変わっていることからも分かる。
「どうかしましたか?」
 なかなか外に出てこないオーマを心配して、アイラスが顔をのぞかせた。
 オーマは情けなさそうな顔で、拾った大粒のルビーをアイラスに見せた。
「あら、何ですの? 皆さんで私のことを見つめて」
 そのルビーが可憐な声で女言葉を喋るのは、かなり奇異な光景だった。
「僕たちがこの家に押し入ったとき、変な爆破音がしましたが……。あのときでしょうかねぇ」
「全くもって嬉しくねぇ! ……どうするべきだと思う?」
「誰が悪用するかも分からないのにここに放置しておくわけにもいきませんし、壊すなんてもってのほかです。……いまさら人面ルビーの一つが増えたところで、オ−マさんの家は変わらないと思いますよ?」
 つまり、持ち帰れというわけだ。
「私、あなたのところにお邪魔していいんですの? よろしくお願いしますね」
「やめろ! 俺の顔でそんな喋り方をするのは!」
 オーマの悲痛な訴えと、アイラスの楽しそうな笑い声が空高く響き渡った。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳(実年齢19歳)/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

NPC
【トーマ/坑夫】
【ディドゥ/坑道責任者】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、初めまして。新人ライターの糀谷みそと申します。
このたびは『スタールビーを守れ!』にご参加いただき、ありがとうございました。
アイラスさんは色々な特殊能力があるので、沢山使いたいなぁと思って書いたらこんな感じになりました。
釵術や変装術も使ってみたかったのですが、さすがにそこまで詰め込むことはできませんでした……残念。
そちらの方は、また今度にでも使わせていただきたいです!

何かありましたら、遠慮なくご意見をください。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。