<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『旅人、来る』

●再会〜遅れてきた仲間〜
 『明日に吹く風』の一角で、ジェイク・バルザックは遅い昼食を
とっていた。ファルアビルドからの依頼に応じる為、冒険に出れる
仲間を集めていたのだが、それとは別に、彼には待っている人物が
いたのである。
「確かに遅えよなぁ……。もう着いててもいいんじゃねぇか?」
 その彼の横では、ジェシカ・フォンランが同様に昼食をとってい
る。いつもなら真っ先に皿が空くはずの彼女でさえ、今日は食が進
んでいなかった。
「やっぱり何かあったんじゃ……」
 レベッカ・エクストワが隣のテーブルから心配そうに声をかけた
時、店の扉が開け放たれ、新鮮な風が店内を吹き抜けていった。
「皆……久しぶり!」
 灰銀色の髪を持つ少女が、軽やかに駆けてくる。
 満面の笑みを浮かべて入ってきた女性は、大きくジャンプしてレ
ベッカとジェスに抱きついた。
「グリム!」
「こいつ〜、心配してたんだぜ!」
 女性三人のかしましい声が、店内に溢れた。ジェイクは微笑を浮
かべてその様子を眺めていたが、騒ぎが一段落したところで立ち上
がり、そちらに近づいていった。
「……久しぶりだな。カニンガ砦での戦勝会以来になるか」
「そうね。ランス……いえ、ジェイクも元気そうで何より。視力も、
もう何ともないのね?」
 ゆっくり頷いた彼はすっと右手を差し出し、二人はしっかりと握
手を交わした。
 それが、グリム・クローネとの再会であった。 

 
●出発前夜〜酒場にて〜
「それで、頼んでいた物は持ってきてくれたか?」
「ええ。ここにあるわ」
 その夜、他の仲間達も合流し、ファラも交えてのささやかな酒宴
が開かれた。その席上で、ジェイクはグリムにそう問いかけた。
 グリムが手荷物の中から取り出した物は、ランプの明かりを照り
返して光る、こぶし大の水晶球であった。
「あ、そいつはもしや……」
 向かいの席にいた、グランディッツ・ソートがいち早く反応する。
それは、彼にとっても待ち望んでいた、憧れの品だったのである。
「そう、アミュートよ。チャック爺さんが保管しておいてくれたの。
2つしかないんだけど……」
 アミュートの生産には多大な資金が必要となる。
 ここにいるメンバーが持っているのは、かつての戦の折に渡され
た物であるが、何人かは置いていった仲間もいた。それを管理して
くれていたのである。
「ほらよ」
「へぇ〜、これがアミュートかぁ。あん時は手に入らなかったから
なぁ……」
 パラという種族のグランは、実際の年齢よりも遥かに若く見られ
る。喜びで紅潮した横顔は、まるっきり少年のようであった。
 ジェイクはもう一つの水晶球を手に取り、一番奥に座っているワ
グネルに声をかけた。
「ワグネルはどうする? こいつを着てみるか?」
 傾けていたエールをテーブルに置き、彼は気のなさそうな声で問
い返した。
「アミュートとかってなぁ、前の時にあんたらが着ていた魔法の鎧
のことだろ? どうも、いまいち仕組みが分からなくてなぁ……」
 彼にとっては、精霊力というものがまるで理解できない為、いさ
さか遠慮がちになってしまうのは仕方のないところであった。 
 元々、超能力だの魔法だのといった類のものを毛嫌いしている節
もあり、乗り気になれないようだ。
「悪いが、今回のところはパスさせてもらうわ」
「分かった。気が変わったら言ってくれ」
 ジェイクもそれ以上無理強いをする気はなかった。何より、精霊
力を理解してない者が身につけても、アミュートは真価を発揮しな
い。
「そう言えば、ファラさんはドラゴンホーラーだとか……?」
「ええ、そうですわ〜」
 笑みを絶やさぬまま杯を干していくファラに、レドリック・イー
グレットが声をかけた。
 彼は竜の因子を付与したアミュートに興味があり、ファラに積極
的に質問をしていく。
「そうですわね〜……。わたくし達は物を対象として魔法をかける
という習慣がありませんので、実際にどのような物が出来上がるの
かは分かりませんが……」
 しかし、彼女も興味はあるようだ。レッドの協力依頼については
心よくOKしてくれた。
 一方、その隣のテーブルでは、ジル・ハウが久しぶりに会ったグ
リムに問いかけた何気ない一言から、人間模様が交錯し始めようと
していた。


●恋模様〜あれからの日々〜
「そう言やぁ、グリよ。カイの奴はどうした? 一緒に来なかった
のか?」
 それを聞いた瞬間、笑みが絶えなかったグリムがぷいっと横を向
いてしまう。果実酒の入ったグラスが、叩きつけるようにテーブル
に置かれる。
「あんな奴の事なんか知らないもん! 他の女の子に見惚れていた
から、お尻に蹴りくれて置いてきた!」
 『やれやれ、またか』と昔の仲間達が顔を見合わせる。
 カイとはグリムの恋人の事なのだが、極度の女好きなため、しょ
っちゅう諍いの火種のもとになっているのだ。
(まぁ、グリも少々気にしすぎるタチだしなぁ)
 ジルは杯を空にしながら、内心で苦笑する。
 他の事であれば、万事大人びた対応を見せるグリムが、こと恋愛
に関しては少女の素顔を覗かせる。そのギャップを微笑ましく思っ
ていたのだが、ジルとて恋愛沙汰に関しては偉そうな口を叩ける方
でもない。
「でもさ……」
 レベッカが果実で味をつけた水のグラスを片手に近寄ってくる。
彼女はあまり酒に強い方ではない。
「前に戻った時、サフィが言ってたよ? あの女好きが、全然歓楽
街に顔を出さなくなったって。カイは確かに、いろんな女の子に声
をかけたりするけど……グリムの事、本当に大切にしているんだと
思うな。あれで根は真面目な人だからね……」
 解っていると思うけど、とレベッカは笑って付け加えた。
 グリムとカイと、どちらも大事な友人だから仲違いして欲しくな
いとレベッカは思っているのだ。
(ふっ……この辺の気遣いはあの頃のままだな……)
 静かに語りかける横顔を見ながら、ジルは女性らしく成長したか
つてのリーダーを微笑ましく思った。同時に、その横顔を眺めてい
るのが自分だけではない事にも、彼女はちゃんと気づいていた。
(他人の恋愛ごととなるとよく分かるのにな。いつになったら、あ
の二人の気持ちに気がつくことやら……)
 久しぶりの宴は、仲間達の成長と、変わらない友情を再確認させ
つつ、酒場の夜は更けていった。


●出発〜再び神殿へ〜
 グランのゴーレムグライダーが宙に舞うのを確認してから、一行
はシティ外縁部から中へと進入していった。
 今回のフォーメーションは、後衛にファラとグリム、それにワグ
ネルを配置し、残りの者が前衛といったところである。
「ワグネルさんは……」
「呼び捨てでいいぜ?」
「じゃあ、ワグネルは……今回の依頼どうして受けたの?」 
 グリムの問いかけに、男は軽く肩を竦めて答えた。
「前回の探索で、お宝を見つけるどころか、短剣を落としちまって
な。それが見つかれば良しってところさ。報酬は十分に出るしな」
 そう言ってちらっとファラの方に目を向ける。彼としては依頼主
の素性が知れない事が少々気がかりであったのだ。
「ここに来る前に見つけた像が、かなり高値で売れましたので〜。
大金をいつまでも持っていても落ち着かないですものね」
 にっこりと微笑むファラ。
 彼女はかなりの高級ホテルに泊まっていたが、別にそこでなきゃ
いけないという訳ではないらしい。野宿なら野宿でも一向に構わな
いタイプとの事であった。
 そして彼女は、像を見つけた時の話もしてくれた。
 地底湖に眠る、水魚竜の護る宝箱から取って来たらしいのだが、
持ち出せたのはほんの一部との事である。
「そいつはいい話を聞かせてもらったな。こっちの件が一段落した
ら、ぜひ拝みに行きたいもんだぜ」
 ワグネルは嬉しそうに言った。
 そのまま話は、それぞれの冒険談になっていったのだが、その中
で不意に彼はグリムに問いかけた。
「そういや、昨日もアミュートとかって奴の話になっていたが……
あんたも持っているのか?」
「ええ、持ってるわよ。皆のとはちょっと違うんだけど……」 
 そう言ってグリムはポケットから真紅の宝石を取り出し、二人に
見せた。
「でかいルビーだな……これがどうしたんだ?」
「これはね、『ザ・ルビー』といって宝石に封印されたアミュート
なの。コマンドワードを唱えて纏うのは同じだけど」
 魔法鎧としての価値もさることながら、その宝石としての価値だ
けでも計り知れないものがある。ワグネルの興味はいやが上にも高
まった。
「すげぇなぁ……一体、どこで手に入れたんだ?」
 その言葉を発すると同時に、彼は後悔した。グリムの横顔にさし
た影が、聞いてはいけないことだと物語っていたからである。
「昔ね、大事な……大事な仲間から譲り受けたの。その人は志半ば
で倒れてしまった。私はその人から直接これを譲り受けたわけでは
ないわ……。でもね、だからこそ、この鎧に相応しい人物にならな
くちゃって。そう、思っているの……」
「すまねえ……余計な事を聞いちまったな」
 肩を落とすワグネルに、グリムは首を振った。昔の事だから、と。
だが、彼女はきっとそれを見る度に、自分に問いかけているのだろ
う。自分はこれを纏うのに相応しく成長しているのか、と。
「来たぞーーー! 右前方、敵影5……いや6!」
 その時、上空からグランの声が響き渡った。同時に、彼のグライ
ダーが戦闘機動に移る。
 前衛のアミュート使い達が装着していくのを見ながら、グリムも
また、高らかに叫んだ。
「茜色の朝焼けよ! 日を浴びて煌くその姿を現せ!!」
 まばゆい光を八方に飛ばし、その一つ一つが光の帯となって彼女
の体を包みこんでいく。ワグネルとファラは、その光景を眩しげに
見つめていた。
 光が消えた時、精霊鎧に身を包んだ魔法戦士がそこに誕生してい
た。


●戦闘〜迫り来る怪鳥群〜
「ちっ、数が多いな……!」
 向かってくる怪鳥の群れに対し、一直線に進んでいくグランが交
錯したのはほんの一瞬の事であった。
 速度差があり過ぎる為に、近接武器では衝撃が大きすぎる、そう
判断したグランはすれ違いざまにスライシングエアを放ち、一体の
翼を切り裂いた。
 そのまま空中でループを描き、次の獲物を探していく。
(どれだ……遅い奴は……そこかっ!)
 翼をやられた仲間に気を取られ、動きの止まった一体を見つけた
グランは垂直に近い角度でそれに襲い掛かる。
バシューーーッ!
 エアブレーキが大気を切り裂く音と共に、グライダーは姿勢を整
えながら怪鳥の首筋に迫った。
「もらったぜ!」
 グランの右手が一閃し、魔法剣が一体の首を半ばから切断した。


「レッド! グリム! 魔法で翼を狙え! 落ちた奴は俺たちが処
理する!」
「分かった!」
「月の精霊よ!」 
 上空の攻防を抜けてきた2匹に、レッドのオーラショットとグリ
ムのムーンアローが叩きつけられる。バランスを崩して大地に落ち
たそれらに、ジェイクとジルがとどめをさしていく。
「はっ!」
 ジェイクは繰り出された爪を掻い潜り、オーラが込められた剣で
腹部を切り上げていく。
「……!」
 暴れまわる怪鳥の翼をかわしながら、ジルは身軽にその頭部まで
駆け上がると、延髄の部分へと小剣を振り下ろした。
 横倒しになる怪鳥の下敷きにならないように、大きく跳び退る様
は、猫科の猛獣を思わせるしなやかさを感じさせた。


 一方、『風の翼』で空中に舞い上がったレベッカとジェスであっ
たが、一対一の状況は彼女らを窮地に追いやっていた。
「くっ……ソニックブレード!」
 基本的にレベッカの戦術とは、絶対的に足りない筋力をアミュー
トの特殊能力で補うというものである。しかし……、
「うそぉっ!?」 
 怪鳥は自らの翼に風を纏わせ、同様の旋風をぶつける事でソニッ
クブレードを相殺したのであった。
「ガルーダの眷属か何かだというの……?」
 切り札を封じられた事で、レベッカには余裕がない。小回りが効
く事を生かして、逃げ回るのが精一杯である。ジェスもまた、回避
行動に専念しながら、その光景を見ていた。
(並みの風では打ち消されるか……なら!)
「炎を抱きし突風……とくと見やがれっ! イグニッション!!」
 ジェスの両手が複雑な印を結ぶと同時に、『風の翼』が4枚に別
れ、紅蓮の炎を纏いつかせた。
 突然の炎に怪鳥が怯んだところを狙い、ジェスは炎の渦を叩きつ
けた。怪鳥は一瞬で炎に包まれ、甲高い悲鳴と共に大地へと落ちて
いった。 
 そしてもう一体もまた、動きの止まったところをグランとレベッ
カによって討たれたのであった。


「すごいな。いつの間にあんな技を身につけたんだ、ジェス?」 
 地上に落ちてきた残りを片付けた後、レッドは降りてきた彼女に
問いかけずにはいられなかった。
「まぁ、あちこち異世界渡り歩いてきたからね。統合魔術って奴さ。
アミュート展開中に使うと、あんなになるってのは初めて知ったん
だけどな」
 意外にさばさばした口調でジェスは答えた。
「統合魔術……か」
 ふと気がつくと、ジェイクが真剣な顔で彼女の方を見ていた。視
線に気がついたジェスが近寄ってくる。
「何だよ、ジェイク。考え事か?」
「いや、何でもない」
「何でもないって顔じゃねーぞ。あたしには、隠し事なんかするな
よなぁ」
 腕を組んだままで顔を覗き込んでくる姿を見て、ジェイクはよう
やく笑みを取り戻した。
「すまん。ちょっと合成剣技の可能性を考えていたんだ」
「合成剣技って、この前言っていたあれか?」
 二人の会話に、レッドが割り込んでくる。それはジェントスの街
で彼がジェイクに尋ねていた、精霊剣技のバリエーションのはずで
あった。
「という事は、ジェスとなら合成剣技が使えると?」
「相性の問題もあるから、誰とでもというわけではないがな。あく
までも可能性の話にすぎん。それに、もし可能だったとしても、出
来れば使うような事態にはなりたくないものだ……」
 ジェイクは、その件についてそれ以上話そうとはしなかった。だ
が、話の最後に彼の瞳に浮かんだ感情は、恐れだったのではないか
と、後にジェスは振り返ったのであった。


●神殿〜新たなる発見〜
 怪鳥の群れを退けた一行は、ようやく神殿跡へと辿り着いた。そ
れまでおっとりとしていたファラの様子が変わったのはそれからで
ある。
「すごい……これだけの規模で建物が残っているなんて……!」
 彼女に引きずられるようにして、前回歩いた道程をもう一度再確
認していく。ワグネルがふと呟いたのは、その時であった。
「そういえば……」
「どうかしましたの?」
「いや、ちょっと気になっていたんだがな。この回廊をぐるっと回
ると、前回戦闘になった大広間に通じるわけなんだが……」
 そういって彼は反対側の壁を裏拳でこんこんと叩いた。
「頭ん中でマッピングしていくと、この一角に、もう少しスペース
があっていいはずなんだよな」
 冒険者としての経歴でいえば、この中でワグネルが一番場数を踏
んでいる事になる。その言葉に、一行は感心した。
「そんじゃ、どっかに隠し部屋があるっていうのかい?」
 ジルの言葉に頷くワグネル。
 それから、しばらくかけて通路を調べるうちに、一枚のプレート
が見つかったのであった。
「……読めねぇな。なんて書いてあるんだ?」
「どれどれ?」
 アトランティスの人間にとって、文字の読み書きというのはあま
り重要視されない。なぜなら、異なる言語間であっても、彼らは何
故か意思の疎通が可能な為である。
 一番勉強しているのは、実はレベッカだったりするのだが、彼女
もあっさりと首を振って場所をファラに譲った。
「これは文字ではなく、扉を開くキーワードみたいですわね」
 眼鏡の縁を光らせながら、ファラが呟く。
「Baruufhhhhheu!」
 人間には到底発音できそうにない声をファラがあげると、音もな
く壁の一角がスライドし、一枚の壁にしか見えなかったところに扉
が出現した。
 慎重に中を覗きこむと、自動的に中に明かりが灯り、そこが小さ
なドームになっている事が伺えた。
「なぁ、ジル。ここって……なんか陽炎の騎士の遺跡を思い出さな
いか?」
「そうかい? まぁ、天井絵になってるとこなんかは似てるけどな
ぁ。あたしには、分からないね」
 レッドはかつて訪れた遺跡の事を思い出し、一緒に赴いたジルに
問いかけてみるが、その返事はつれないものであった。
「あそこで戦った魔物の事ならよく覚えてるんだけどさ。遺跡の細
かい印象とかまでは覚えちゃいなくてね」
 一行は手分けして周囲を調べてみたが、それほど大きな部屋では
ないこともあって、すぐに行き詰ってしまった。
「お宝の類はなしだ。絵を観察する為の部屋って事か?」
 つまらなそうに言うワグネルを尻目に、ファラは精力的に部屋中
を駆け回り、文字の記されたところをチェックしていった。
「なるほど……」
「何か判ったのか?」
 ジェイクの問いかけに、彼女は小さく頷いた。
「いえ。判ったのはこの都市の名前、それに神殿に祭られているで
あろうモノの事ですわ」
「へぇ、それが判っただけでも儲けものじゃないのさ。『称えるも
の』とやらが言えれば、奥に進めるんだろう?」
 同じく、気のなさそうにしていたジルであったが、話を聞いて少
しは感じるところがあったのだろうか、話に加わってきた。
「ところが、肝心の名前のところが削り取られているんですよ〜」 
「はぁ?」
 ジルのみならず、これには全員が拍子抜けの気分を味わう事にな
った。
「叙事詩を要約するとこういう事です。

『遥か古代。聖獣王ドラゴンは四体の重臣に、天空都市レクサリア
の守護を命じた。聖獣王、四竜をもって四天に封じ、その力を持っ
て都市に繁栄をもたらさん』
 
 あくまでも伝承の域を出ませんので、真偽は不明です。ですが、
ジェイク様や太行様のお話を聞く限りでは、神殿に祭られているも
のというのが、竜に関係する物であるというのは確実なご様子。な
らば、この詩にも一片の真実が込められているのではないでしょう
か?」
 ファラの長い説明に、全員が黙り込む。
「四天というのが、それぞれを示していると思うのですが……順に、
東天火竜王、南天地竜王、西天風竜王、北天水竜王と記されてある
のに、その後の名前の部分が綺麗に削り取られているのですわ〜」
 その言葉を聞いたジェイクは、もう一度四方に書かれている叙事
詩の名前と思われるところを確認してみた。
「なるほど……確かに、人為的に削り取られた跡があるな」
「きっと、あいつだよ。この前のガーディアン。性格細かそうだっ
たしさ」
 ジェスのぼやきに、一行の間に苦笑が広がる。しかし、根本的な
解決になっていないと気づかされてしまった今、彼らはあの大広間
に足を踏み入れるかどうかを検討しなければならなくなったのであ
った。


●神殿〜突入前〜
「依頼主の意見を聞きたいものだがな?」
「私は……そのガーディアンに遭遇する事が、真実への手がかりに
なるのなら、会ってみたいですわ。この叙事詩の中に、天空都市と
地上とを行き来する力があったと記されています。もしかしたら、
それが一族から失われた『竜の翔破』と呼ばれる魔法かもしれませ
んし」 
 ジェイクの質問に答え、ファラは続けてこうも言った。
「でも、皆さんに多大な危険が降りかかるのであれば、ここで引き
返しても構いませんわ」
 その言葉を聞いて、ジェイクは引き返すべきかと思った。しかし、
レッドは再戦を強く希望していたし、グリムにはガーディアンとの
コンタクトを希望されていた。 
「分かった。それではこうしよう。とりあえず相手の出方を伺い、
グリムのテレパシーで意思の疎通を図る。それが失敗に終わった時
には交戦もやむなしという事だ」 
「そいつはいいけどさ。例の『称えるもの』とかいうのはどうする
んだい? あたしゃ自分以外に平伏する気はないけど、誰かダメも
とで言ってみるかい? 東天火竜王様だ、とか?」
 ジルの言葉に、ジェイクは首を横に振った。
「言うのは只だから構わんさ。だが、多分その答えは、西天風竜王
が正解だと思うがな」
「どうしてだい? 東の街側にあるんだから、東天だろ?」
「うむ。ここからは推測になるんだが……太行が訪れたという西側
の神殿跡。あそこで倒されていたという神像は、地竜王なのではな
いかと思ってな。それならば、ここの地の精霊力が微弱な事や、天
空から堕ちた事についても説明がつくだろう」
 その説明を聞いて、全員が唸った。確かに理屈はあっているが、
方角の違いはどうなるのか?
「天空から堕ちてきた時に、まっすぐ堕ちたとは限らないさ。方角
がずれたとしても、さほど不思議ではなかろう?」
 結局のところ、真相は聞いてみなければ分かりそうもなかった。
それを知るだけでも意味がある。
 全員の意見が一致し、彼らはもう一度、あの大広間に足を踏み入
れる事にしたのであった。


●神殿〜突入、再び〜
 全員の準備が整ったところで、後衛の3人がゆっくりと階段を上
り始めた。 
 グリムとファラが同時に一番上に足を踏み入れた時、前回現れた
ところと同じ場所に、ガーディアンは再び姿を見せた。
『玉座に足を踏み入れし者よ。汝が称えるものの名を答えよ』
 同じ質問。ファラはそれに対しての答えを告げた。
「西天風竜王さまですわ……!」
 相手の動きが止まる。そのまま、静寂が大広間を支配する。
 無限にも感じられる一瞬が過ぎた後、竜の因子を受け継いだガー
ディアンは、ゆっくりと階段に向かって歩を進めた。一行の緊張が
高まる中、その右手が閃き、鋭い爪が露になる。
「……残念だったな。そこまでしか調べられなかったか?」
 アミュートを纏った戦士たちに周りを囲まれながらも、その動き
にはためらいの影すら浮かばなかった。
 このままでは戦闘になる……! その緊張の頂点を狙って、グリ
ムはテレパシーでガーディアンに向かって語りかけた。
「(待ってください。私達は戦いを望んでここに来たわけではない
のです。私達はただ、この都市で過去に起こった出来事を知りたい
だけ)」
「(ほぅ、我等の魔法とは異なる系統の術のようだな。だが、汝の
言葉が真実だとしても、扉を護るのが我の務め。汝らを通すわけに
は行かぬ)」
 その、波のない、落ち着いた心の声にグリムは驚いた。
 通常、どんな人物であれ、ある程度は感情の波が感じられるもの
だ。しかし、彼からはその感情が伺えなかったからだ。
「(貴方は何を望んでいるの? 私たちに何か協力できる事はない
の?)」
 グリムは素直に自分の心をぶつけた。もとより、テレパシーを使
っている限り、隠し事など出来っこないのだから。
 ガーディアンの足が止まった。
「(過去を知りたいと……そう言ったな? ならば、教えよう。遥
かな昔。まだ、この天空都市レクサリアが繁栄を極めていた頃、四
天のバランスは保たれ、平穏な日々が続いていた……)」
 動きの止まったガーディアンを、高まった緊張のままで仲間達が
対峙している。グリムはその必要がない事を告げ、静かに、ガーディ
アンが伝える昔語りを言葉にしていった。

『事の起こりは、東天火竜王リフレイアスの突然の乱心からだった。
 本来、四天の竜王は相互不可侵を建前としている。だが、リフレ
イアスは突如、地竜王が神殿を襲撃し、戦いを挑んだのだ。
 無論、精霊力の強さ自体は双方互角であった。が、精霊の力関係
に準じる上下関係は、竜王とて変わらない。それが故に、地竜王は
敗北を喫する事となった……。
 風竜王様は、リフレイアスの暴挙を諌めるべく神殿に赴こうとし
たが、地竜王が倒された影響により、都市の落下が始まろうとして
いた事もあり、この場を離れる事は出来なかった。以来、風竜王様
は扉の奥に座したままでいらっしゃる。
 人間よ。もし、汝らが我に協力を申し出るというのなら、火竜王
の神殿に赴き、事の真相を突き止めてきてはもらえまいか?   
 何故、不可侵を破るに至ったのか。その謎が解けぬ限り、風が再
び、自由に天を舞う事はかなわぬ』

 語り終えたガーディアンは、静かに元の位置に戻った。
「我は、この場所を動くわけにはいかぬ。汝らの働きに期待させて
もらう」
「結局……火竜王の神殿に行けって事なのか? そこにまだいるっ
て保証があるのかよ」 
 まだ、エクセラを握り締めたままのレッドが尋ねる。彼にしてみ
れば、肩透かしをくらった展開といえるのだろう。
「都市が落ちた時から、我らの時は止まったも同然。四天の封印が
解かれない限り、火竜王が都市を離れる事はあるまい」
 そう言った後、しばらくしてから、ガーディアンは一言だけ付け
加えた。 
「火竜王は我らの中でも、最も汝らに近いメンタリティを持つとい
って良いだろう。その気性は烈火の如し。気をつけた方がよいぞ」
「ご忠告ありがとう。ところで、貴方の名前は何ていうの? もう
一度、ここに来るとしても、呼びかけにくいわ」
 グリムの言葉に、ガーディアンはもう一度振り向いた。
「名前など、とうに無い。呼びにくければナイトとでも呼べ。我は
『風竜王の騎士』ゆえに」
 そう言い残し、ガーディアンは姿を消した。
 あとに残された一行は相談の末、街に帰還する事にしたのであっ
た。


●今後の検討〜酒場にて〜
 一行はとりあえず、ファラのホテル近くの酒場で休む事にした。
 孫太行に、今回判った事を伝えておく必要があったからだ。時を
おかずして、今度は彼のチームが地竜王の神殿に向かうことになっ
ていたからである。
「しばらくかかるから、先に始めていてくれとさ」
 ギルドのメッセンジャーからの伝言を聞き、とりあえず一行は酒
宴を始めることにした。
 出発前とは打って変り、興奮したファラが一人で話している様な
感じであった。
「とりあえず、地竜王の神殿から戻りましたら、また護衛をお願い
しますわ〜。今回の探索で、ポイントは掴みましたから、向こうの
神殿跡で新たな発見があるかもしれませんし〜」
 彼女は結構なペースで杯を空けていたが、あまり酔っている感じ
はしなかった。それがナーガ種族の特長なのか、それともファラ個
人の特長なのかははっきりとはしなかったが。
「まぁ、どちらにしても新年祭が終わってからになるだろうがな」
「新年祭?」
 ジェイクによると、カグラでもジェントスでも、新年を祝う祭り
が盛大に行われるとのことであった。その間は、冒険者たちも殆ど
がシティに足を踏み入れないらしい。
「今回の件で、少しは懐も暖まっただろう? 骨休めをしとくなら、
今のうちだぞ」
「そうかもね。ここに来てから、すぐに冒険に出発しちゃったもの。
街の事とか全然知らないしね」
 レベッカは休みを取ることに賛成らしい。あちこち見て回ったり、
買い物をするつもりだと話した。 
「そうか。俺はどうすっかなぁ……。ファラが話していた、地底湖
に冒険に行くというのも面白そうではあるかな……」
 そう言ったワグネルではあるが、具体的なところは全く考えてい
ないようだ。
 そうこうしているうちに、太行が入り口に姿を見せた。
 ジェイクが立ち上がり、カウンターの方に場所を移す。皆に気を
使わせないようにという、彼なりの配慮だったのだろう。二人はそ
ちらで話し始めた。
「ワグネルさん〜、地底湖に行くなら〜、わたくしが案内しますわ
〜♪」
 さすがにいいペースで飲み続けてきたツケがきたらしい。ファラ
はすっかりご機嫌になっていた。
「ん……しょっと♪」
 顔を真っ赤にしたファラが服を一枚脱ぐ。と、その弾みに彼女の
ボリュームある胸が重たそうに揺れる。
 男の悲しいサガという奴で、つい視線が吸い寄せられるのは仕方
のない事である。無論、騎士道大原則を胸に秘めている、レッドや
グランはすぐに視線を逸らしたのだが。
「……」
 こういう時の視線に、女性はひどく敏感なものである。ファラ本
人は全く気にも留めていなかったのだが、隣に座っていたレベッカ
には面白くなかったらしい。
「へ〜、そうなんだぁ〜。やっぱり男の人っていうのはそういう方
が好きなんだね〜」
 しどろもどろになりながら言い訳を続ける男どもを横目に、我関
せずと酒を飲んでいたジルも、ふと横からの視線に気がついてそち
らに目を向けた。
「なんだよジェス、人の胸見て。あ〜? ……そらぁ、あたしは素
の体がデカいからなぁ? どっちがいいかなんて本人に聞けよ。聞
きにくいなら……」
 立ち上がってジェイクに問いただそうとしたジルの首に、ジェス
は懸命に飛びついた。
「分かった。やめろ、痛ぇよ!」
 ちなみに、ジェスはけしてプロポーションが悪いわけでもなんで
もない。むしろ、エルフという種族にしては、かなりグラマーな部
類に入るだろう。
 横にいるグリムが、むしろ少女っぽさを残しているだけに、同じ
エルフでも違った魅力を持っていた。
「どうした? もう出来上がったのか?」
 太行と戻ってきたジェイクに、ジェスは慌てて首を振った。おか
しな奴だなぁ、と首を捻りながらも、彼はそれ以上は何も聞かなか
った。
 帰還の宴はなおも続き、夜の闇の中に、喧騒はいつまでも響き渡
っていったのであった。


●エピローグ〜宿屋にて〜
 その夜、際限なく続くどんちゃん騒ぎを尻目に、グリムは一足先
に休ませてもらう事にした。何しろ、長旅の後すぐに冒険に出る羽
目になったのだ。今夜はゆっくりとベッドで眠りたかった。
 宿に戻った彼女が2階の部屋に入ると、窓際に一人の男が待って
いた。
「カイ……?」
「よっ、心配したぜ。追いついたと思ったら、中に冒険に行っちま
ったって聞いたんでな」
 普段と変わらぬ口調で接するカイに、グリムは少しだけ怒りを感
じた。まだ酔いが残っているのかもしれない。
「ふ、ふ〜ん……どうせ例の女の子と楽しんでから追いかけてきた
んじゃないの? そうでなかったら追いついてるはずだもの」
 こんな事、言いたいはずじゃなかったのに。
 素直になれない自分の感情に、グリムは悲しくなってきた。 
「まだ、そんな事言ってるのかよ」
 月の光が差し込む窓際から、カイがゆっくりと彼女に近づいてく
る。彼はそっとグリムの髪を撫でてやった。
「あれは……なんつーか、社交辞令みたいなもんで……。俺が好き
なのは……」
 グリムはそんなカイに背を向けて、少しだけ涙まじりの声で呟い
た。 
「馬鹿……寂しかったんだから……」
 それ以上は何も言わず、カイはその長い腕で、グリムの小さな体
を抱きしめてやった。
 その腕の中が自分の定位置であるかのような安心感に包まれ、グ
リムはその夜ぐっすりと眠ったのであった。


                             了



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業

2361/ジル・ハウ/女性/22/傭兵
2787/ワグネル/男性/23/冒険者
3076/ジェシカ・フォンラン/女性/20/アミュート使い
3098/レドリック・イーグレット/男性/29/精霊騎士
3108/グランディッツ・ソート/男性/14/鎧騎士
3127/グリム・クローネ/女性/17/旅芸人(踊り子)

※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なります。

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。
 結構、皆さんガーディアンとの戦闘について細かく書いていたの
ですが、今回のところはこういう結末になりました。ちなみに、ナ
イトは日常会話なら普通に皆さんと会話できます。伝承の内容を細
かく伝えようと思ったら、テレパシーの方が楽だっただけです。
 次回は新年祭で街のお話をさくっと書いて、次々回に火竜王の神
殿に行く事になると思います(火竜王の話は前後編になるかも)。
 火竜王の乱心の原因と、風竜王の名前を求めて冒険は続きます。
 2月にモンスターハンター2が出たら、神城の執筆速度が著しく
低下する恐れがある為(w)、早め早めに続編を書きたいと思って
います。予定では、1月の連休明けと2月初めくらいになるかな。
 随時、ソーン別館で募集していきますので、参加してやってくだ
さいね〜。
 それでは、またお会いしましょう。


>ジル:何だか傍観者な展開の多かった今回ですが、火竜王編では、
派手な戦闘と右目の話に触れたいなぁ、と思っておりまする。

>ワグネル:さて、今回はいかがだったでしょうか? もし希望さ
れるなら、より冒険色の強い形で一回窓を開けようかとも思ってい
ます。

>ジェス:イグニッション・ウインドについてですが、アトランテ
ィス世界の設定をベースにしている為、火+風の組み合わせは見た
目ほど威力が出ません。ここのページだけの設定と思い、ご了承く
ださいw ちなみに、ジェイクはおっぱい星人ではありませぬw

>レッド:ファンレターによる激励ありがとうございますw 何と
か書きあがりましたぜw ちなみに、ゴーレムニストがいないと竜
語魔法の付与とかは出来ませんからね。

>グラン:キャラクターシートの設定欄に、アミュートを加えても
らって構いませんよ。ところで、MT13当時のエレメンタルカラ
ーはダークグリーン(風)だったと思いますが、それでよろしかっ
たですか? 変更がある場合は、コマンドワードと共にどっかに書
いておいてください。

>グリム:相変わらずのツボをついたプレイング、嬉しく思いまし
た。グリムとカイのらぶコメは、非常に書き易いので助かりますw
 捨てないでやってくださいねw