<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


深き谷に住まう賢者〜谷に響く無敵の親父愛

霧深い静かな森に不釣合いな喧騒が響く。
閃く炎と雷と魔物の咆哮に鮮やかな朱が重なる。
すでに何体もの魔物が倒れ伏し、荒く肩で息をつきながら三人は背中合わせに隙なく辺りを見渡した。
今までの出来事が嘘のようにしんと静まり返り、禍々しいまでの気配は感じられず、ほっと息をついた瞬間。
バサバサッと何かが木々の枝を揺らし、淡い乳白色に染め上げられた空へと舞い上がっていく。
一瞬、びくりと彼らは身体を震わせるが、それがここに住む野生の鳥だと分かるとようやく人心地つけた。
執拗だった敵意の眼差しはもう感じられない。
だが、油断はできなかった。
目的地・ミーミルの谷にたどり着くまでは決して気を抜くな、と彼女・レディ・レムに念を押されていた。


穏やかな昼下がりの白山羊亭。
昼食ということも手伝って、いつも以上の繁盛ぶりを見せていた店内はその客の登場で静まり返る。
人目を忍ぶように白いフードをかぶった見慣れない客に常連客のみならず店員達も緊張を走らせた。
が、その下から現れた顔を見て霧散する。
エルザードから程近い森に住むレディ・レム。最近、この店の常連客に名を連ねた魔道彫金師。
流れるような銀髪と深い緑の瞳を持つ知的な女性だが、顔に見合わずけっこう過激なところがあり、人を驚かしたりもする。
なので、今回もそのパターンだろうと受け取られ、皆それぞれの会話を再開させ始めていた。
相変わらずの常連客を無視して、レムはカウンターに座る店主の下に急ぐ。
「よう、レムじゃねーか!」
「レディ・レム様?」
「レム殿か?久しいですな!」
とにかく時間がないと焦るレムを聞きなれた声が呼び止める。
振り向くと、見知った3人の顔があった。
「オーマ、ノエミ、アレスディア……」
予想もしなかったのか驚愕に彩られるレム。
珍しい彼女の表情にオーマは面白そうに笑うが、ノエミとアレスディアは不信そうに眉を寄せたが、気を取り直してノエミはレムに微笑みかけた。
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
「ああ……ノエミも元気そうで何よりね。」
「何かあったのか?レム殿。」
何時になく歯切れの悪いレムにアレスディアは一層不信なものを抱く。
常に動ぜず、冷静な彼女に何か焦りを感じる。
オーマもそれに気付いたのか、黙ったままじっと彼女を見据えていた。
4人の間に一瞬の沈黙が流れる。
が、ふいにレムが鋭い光を瞳に走らせ―やがて諦めたように小さく肩を落とした。
「急ぎの依頼がある……引き受けてくれるかな?」
紡ぎだされた言葉の重さに3人は思わず息を飲んだ。

ミーミルの谷に住む知り合いから霊薬を持ってくる。
単純な依頼にオーマはどっかりと椅子に背を預け、レムを見た。
「彫金して作ったのか?なら、それで良いんじゃねーか。」
作り出した剣に魔力を入れる為、と言われたが、納得がいかなかった。
名うての魔道彫金師であるレムが彫金を施したなら、並みの剣は足元にも及ばない魔法剣になる。
わざわざ霊薬を使う必要なんてないはず。
オーマの疑問はもっともだっただが、そうはいかない事情があったから頼んでいるのだ。
だから、切羽詰まっているのか、とアレスディアは思ったがあえて口にはしなかった。
なんとなく憚られた。
「それだけじゃ不完全だから、霊薬が必要になるのよ。」
「えっ、剣を完全なものにするため、霊薬が必要と? 」
氷を思わせる微笑を張り付かせるレムの言葉にノエミは驚いたように問いかける。
小さくうなずくレムから発せられた次の台詞に3人の表情が一様に険しくなった。
「そう……けど、それを快く思わない輩がいるみたいでね。ここに来るだけでかなりの妨害を受けた。」
「ということは……」
「間違いなく妨害してくるわね。」
あっさりと断言するレムにオーマは思いっきり顔をしかめる。
レムに剣を作り出されると困るようなことをしているのだ。
かなり悪質な連中に間違いはない。
「谷に向かえばいいのですね。レム様。」
「……かなり危険な仕事だ。それでもいいのか?」
考え込むオーマに代わって尋ねてくるノエミにレムは念を押す。
奴の目論見を阻止するためにも、剣の完成を急がせなくてはならないが、そのために彼らを危険にさらすのは本意ではない。
全てを承知の上で引き受けてくれるのか、と問いかける。
「事情があるのだろう?私は構わない。」
「俺もだ。早いとこ剣を完成させねーとな。」
「私もです。」
うなずく彼らにレムは心から感謝した。

「まずはひと段落ってことだな……あとは何事もなく行けばいいな。」
「うむ。だが、レム殿の様子、ただ事ではないようだったが……」
「しかし…妨害を受けるのは避けられないでしょう。皆様との連携を大事にしなければ…」
楽観的な希望を口にするオーマにアレスディアは同意しながらも、重いモノがぬぐえない。
何事もなく進めばいいが、実際エルザードを旅立った直後から執拗な魔物の攻撃を受けたのだ。
殿を務めているアレスディア、ミニ獅子で上空から敵の動きを探っているオーマ、幾多の魔法を駆使して案内盤を守るノエミ。
それぞれに疲労の色が見える。
これ以上の妨害がないことを願いたいがそういう訳にいかないのも分かっている。
「分かってるって、騎士様。」
気が緩まないよう、あえて警戒を口にするノエミにオーマはおどけるように肩を竦めた。
「そうだな。まずは霊薬を持ち帰ることが先決だ。気を引き締めていこう。」
「ええ。」
口元に微笑を浮かべるアレスディアに疲れも見せずにノエミはうなずいた。
と、ざわりと木々の間で何かが蠢く。
瞬時に顔を上げ、皆、武器を構えたと同時に耳元でごうっと風が鳴り、薄いベールのような細かい水が
駆け抜ける。
つい先刻まではっきりとしていた視界が乳白色の霧に奪われ、隣にいたはずの仲間の気配すら感じられない。
突き刺すような殺意と敵意が身体を射抜く。
気配をたどりながら、攻撃に備えた。


金色に染め上げられた何かがノエミに襲い掛かり、思わず声を荒げたが、ごうっと何かが真横を薙ぐ。
軽くかわし、正体を見極めると共にオーマは霧の中から現れた鞭を手にした男を睨み付けた。
「今のをかわしたか……なるほど、侮るなと言われた訳だぜ。」
意地汚く舌をなめずりする鞭使いの男にオーマはぼりぼりと頭を掻いた。
どうやら勘違いをしているようだ。
オーマは別に鞭使いを睨んだわけではない。
正確にはその周りにいる死霊犬・ガルムたちを睨んだのである。
魔物の中でも高い階級に位置しているわけではないが、卓越した連携攻撃は厄介で、歴戦の傭兵や魔導師でさえ手こずる。
見たところ、鞭使いの腕は大したことはないようだし、魔物を操る能力も誰かから与えられたものにすぎないようだ。
こんな奴、まともに相手するのも面倒くさい。
だが、何を勘違いしたか、鞭使いは高慢にもオーマを罵った。
「けっ、この俺様のガルムどもに恐れをなしたか?へなちょこ筋肉ヤローが!!」
その台詞にオーマの額がぴくりと動いたのにガルムたちは気付き、びくりと身を震わせたのだが、鞭使いは全く気付かずゲタゲダと笑い転げる。
世の中、身の程知らずな奴はいる。
危険な事が好きで首を突っ込んでいく奴と危険だと気付かず首を突っ込む奴。
前者の場合は実力を充分に理解しているが、後者の場合はそれが全く分かっていない。
この鞭使いの場合、完全に後者なのは明白だった。
「ふっふふふふふふふふふふ……この完璧、見事な親父愛なマッチョがへなちょこだと?」
ギンッと睨んだオーマの瞳に操られているはずのガルムたちは戦意を失う。
動物、否、魔物的本能が危険を告げていたのだろう。
ぐらりと、幽鬼のような影がオーマの後ろで蠢いたかと思った数秒後、悲鳴が森に響き渡った。
「秘奥義・人面草&霊魂軍団ラブボディゲッチュアタック!!ありがたく食らいやがれ!!」
うねうねと動く(見た目には不気味な)人面草とマッスル筋肉も露にした霊魂の群れが怒気を孕ませ、鞭使いに殺到したのだ。
その威力……押して測るべし。
「おい、何の真似だ?俺達の邪魔をしやがって!!」
完全にノックダウンした鞭使いの襟首を掴み、詰問する。
戦意喪失した鞭使いは喉から擦れた悲鳴をこぼし、情けなくも許しを請う。
「た……頼まれただけだ!!ミーミルの谷に向おうとする3人組から案内盤を奪えって!!それ以上のことは知らねーよ!!」
だから、許してくれと叫ぶ鞭使いにオーマは表情を険しくする。
ここまで執拗に攻撃してきた割にあっさり口を割りすぎる。
いや、それよりも、こいつらがただの雇われにすぎない方のが問題だ。
たかが霊薬一つ、案内盤一つのために魔物を操らせ、執拗に攻撃させている存在が他にいる、ということだ。
あのレディ・レムが慌てるのも納得がいく。
「こりゃ、本格的に急がないとな。」
口の中が乾いていくのを感じながら、オーマがその手を離した瞬間、ノエミに襲い掛かっていた金色の塊がオーマと鞭使いの間を駆け抜ける。
鋭い爪がオーマの懐を薙ぎ、零れ落ちた案内盤を加えるとあっという間に霧の奥へと姿を消す。
「おい、今のはなんだ。」
「き、キマイラです!おおおお…俺と同じ雇われた奴がもらった魔物だ。あれは並みのキマイラにはない赤い光の守りがある。」
鬼気迫るオーマの迫力に男は舌に油が塗ってあるんじゃないかと思うくらい、べらべらと喋ってくれた。
「その光がある間は剣だけじゃなく魔法も効かねーんだ。奴が吐き出すエネルギー弾を弾き返せば、そいつを相殺できるって話だ!!」
助かりたい一心で話す鞭使いを気絶させると、オーマはノエミに向けてテレパシーを送り、ついでに襲うかどうか迷っていたガルムたちも気絶させる。
遠くで何かが恐怖の悲鳴を上げた気がしたが確かめる手段はない。
いつの間にか霧は晴れ、すぐそばにノエミとアレスディアの姿があった。
安堵の息が自然とこぼれ落ちる。
案内盤から溢れ出した柔らかな光が彼らを包んだのはその直後であった。


「皆、ご無事で何よりだ。」
人のよさそうな笑顔で語る女性に3人はどう応じればよいのか、少しばかり戸惑う。
光が消え、いきなり目の前に現れたの濃紺に染め上がったローブを纏った―様々な年齢の―数人の男女。
困惑する3人に訳知り顔で声を掛けたのが、今話をしている栗色の髪をした女性だった。
「ようこそ、ミーミルの谷へ。話はレム様から聞いています。こちらへどうぞ。」
軽いが優雅な会釈をする女性に習い、集まっていた谷の住人たちも一斉に頭を垂れる。
丁寧極まりない出迎えに恐縮しつつ、3人は谷の中央に座するオークの大木へと導かれた。
「良くぞ参られた。客人方。」
物語に出てくる賢者そのものともいうべき長く白い髭を生やした老人がにこりと笑うと、左手を軽く振る。
シャボンの玉が弾けるような音とともに虹色に輝く液体を詰めた小瓶が空中に浮かび―音もなく、オーマの手のひらに落ちる。
不思議そうに覗き込む3人に賢者は愉快そうに笑い、右手をかざす。
ぶぅん、と背後で低い音が鳴る。
振り向くと、小瓶の薬と同じ輝きを放つ光の渦が出現していた。
「レムの屋敷に通じておる門じゃ。早いところ霊薬を持って行ってやってくだされ。あやつも気になって仕方がないじゃろう。」
からからと笑う賢者に3人は礼を述べると光の渦に飛び込んだ。


「あ、そういや賢者のジーさん。ここって谷なんだよな?」
「うむ、いかにもな。まぁ、もっとも迷いの森で結界を造り、案内盤を持っておらん奴は追い出される寸法じゃがの。」
光の渦の前で足を止め、オーマは髭を撫でる賢者を見返す。
一瞬、案内した女性の顔色が変わったのを見て、オーマは心の内で舌を打つ。
出発の際、レディ・レムからきつく言い渡された一点を思い出した。
(いい!!?谷に住む連中は大抵のことは気にしないけど、長老にだけは絶対に敬語を使いなさい。でないと、思いっきり恨まれるわ)
あれだけ気をつけようと思っていたのに、あっさりと地雷を踏んでしまった。
が、当の賢者の方は鷹揚としたもので、女性を片手で制すると、にこやかにオーマを見返した。
「ふむ……話し方と言うものは普段使っているものが口をついてしまうものじゃ。レムが何をゆうたか知らんが気にせんでよい。」
穏やかにのたまう賢者に女性は不満気ではあったが、口ごもる。
それが谷を統べる長老を尊敬しているのが伝わってくる。
「なんせ、この谷の結界を越えられてきたんじゃ。悪い人間ではない」
そうじゃろ、と顔を覗き込み、同意を求める賢者に女性が逆らうはずもなかった。
全くいい度胸をした老人である。
「無礼を働いてすまない。賢者殿。お詫びにこれを受け取って頂きたい。」
オーマはにかっと笑みを浮かべると、賢者に同盟パンフと一人暮らし用アニキ盛り大胸筋特盛り桃色スウィート料理本セットを手渡した。
ピンク色の表紙にたくましい大胸筋の男の絵が描かれた本に女性のみならず賢者の頬がわすかに引き攣ったのだが、オーマはそれを見ることなく光の渦に飛び込んだ。

FIN

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953:オーマ・シュヴァルツ:男性:39歳:医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2829:ノエミ・ファレール:女性:16歳:異界職】
【2919:アレスディア・ヴォルフリート:女性:18歳:ルーンアームナイト】

【NPC:レディ・レム】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、緒方智です。
大変お待たせしましたが『深き谷に住まう賢者』をお送りいたします。
今回はいかがでしたでしょうか?
不要にプライドを傷つけた輩にはそれ相応の罰がまっている、というものです。
お楽しみいただければ幸いです。
それでは機会がありましたら、よろしくお願いします。