<PCあけましておめでとうノベル・2006>
新しい年へ
――霧が立ち込めている――
なぜこんな場所へ来てしまったのか、オーマ・シュヴァルツは分からなかった。
「どこだここ。道にでも迷ったかあ?」
頭をかきつつ、そう思いながら、下手に動くこともできず周囲を見渡すと、明かりが見えた。
そこへ行けば確実に先に進める。なぜかそんな確信とともに足をそちらに向けた。
と――
「ねえ……いっちゃうの……」
袖を引かれた。
振り向くと、小さな少年が、寂しそうな顔でこちらを見上げていた。
「ねえ……いっちゃうの……?」
――だれ?――
「ボクを置いて、いっちゃうんだね……」
「ボクを置いて、『来年』にいっちゃうんだね……」
唐突に悟った。
この少年は、そう、
「ボクは、『去る年』――」
少年は悲しげな目で、
「ねえ、ボクとまだ一緒にいようよ……一緒に、いて……」
か細い声は、霧の中に広がって、やがて散っていった。
**********
オーマは少年を見つめる。
悲しげな少年の顔は、すがりつく子供そのものだった。
オーマはにやりと笑った。
「あん? 置いて行きやがるっつーのは腹黒筋賀新年親父愛ビバナンセンス★ってか、そいつぁちょいとばっかし違ぇかもしれねぇぜ?」
唐突に周囲の霧が晴れた。
見覚えのある場所。そこは腹黒同盟本拠地の、地下親父地底魔境世界。
――オーマのプライベート親父筋憩いルームだ。
「ん? ちょーどいいや、ここにはな――」
大胸筋ズッキュン親父レア悶絶筋アイテムや思い出映像記録が収納されていやがるんだ――
例えば妻にプロポーズされたときにもらったルベリアの花。
例えば、腹黒同盟全員の加盟書。
例えば、生まれた子のために初めて買ってやった育児用具。
例えば、幼い娘に初めてもらったプレゼント。
「全部、過去のもんだ」
オーマは思い出の品を大事に大事に扱いながら、少年に見せていく。
「だが……全部大切なもんだ」
それは思い出の品ばかりではなく。
例えば、初めてソーンにたどりついたときのこと。
例えば、初めて妻に出会ったときのこと。
例えば、妻にプロポーズされたときのこと。
例えば……子が生まれたときのこと。
例えば新しい友と出会ったときのこと。
例えば新しい同志と出会ったときのこと。
嬉しい記憶ばかりではなく、
例えば育てていた動物が……死んでしまったときのこと。
「全部……大切な『過去』の思い出だ」
少年がオーマを見上げている。切ない瞳で見上げている。
オーマは優しく微笑んだ。
「分かるか? 俺がどれだけこいつらを愛しく思ってるか」
少年は何も答えない。
ただ、胸に手を当てた。
「分かるだろ……俺にとっては、『過去』は大切な大切なものだ」
今になっても。
『過去』と呼ばれるものになっても。
『現在』も、大切なままで。
きっと『未来』にも大切なまま。
「分かるか?」
オーマは少年の頭をぐしゃぐしゃとなでた。
少年は胸に手を当てたまま、無言だった。
切なく揺れる瞳はまだそのままで、オーマの心にまで痛く届いた。
オーマは地下室を出た。そして、妻と二人だけの内緒の園――ルベリア園へ向かった。
ルベリア。それは彼の故郷にしか咲かないはずだった奇跡の花。
彼らがソーンに来た際に、持ち込まれてしまったらしき花。
それが一面に咲き誇る、美しい園へ。
少年は黙ってついてくる。
オーマは一輪のルベリアを選び、摘み取った。
「いいか? こいつはな、人の想いを映し見るんだ――」
オーマの手の中にあるルベリアが――
優しい、甘い、桃色の光を放った。
「この色が……俺のお前への想いの色だ」
優しい香りがする。
すべてを包み込むような、穏やかな香りがする。
「お前が今居るのは、過去が連なってきたからだな」
オーマは優しく語りかける。
「『去る年』であるお前を『置いて行く』ってこたぁ、全ての在りしはその思い出や絆を……全部置いていっちまうってことなんだぜ」
少年がじっと甘い色のルベリアを見つめる。
揺れていた瞳が、少しだけ……穏やかに変わった。
「『過去』はな、置いていかれるんじゃねえ。新しい年とすべての想いと命と共に、一緒に在り続けるんだ」
オーマは少年に、「お前も一輪摘んでみろ」と言った。
少年は言われるままに周囲の花園を見渡し、その中から一輪――小さな手で摘み取った。
ルベリアがふわりと不思議な光を放つ。
きらきらと、金色と銀色を行ったり来たり。光を受けてますます輝く美しい色。
鮮やかな。
「それが、お前さん自身の色だ」
オーマは優しい目で、少年の手にあるルベリアを見つめた。
「その輝きはお前の想い自身。想いは……常に心と共にある」
心と共にあるのなら。
一緒に行けるから。
「――共に行こう」
「一緒に……いられる?」
少年がぽつりとつぶやいた。
オーマは微笑んだ。
「いられるに決まってんだろ」
「僕は……『去る年』……」
ぽつり、ぽつりとつぶやく少年に、オーマはぽんと手を打った。
「その呼び方がいけねえんだな」
ルベリアの花が揺れた。
「よし。お前の名前をシュヴァルツにしよう」
少年が顔をあげた。
その瞳が、驚いたように、ほんの少し見開かれた。
オーマはにっと笑った。
「俺はオーマ・シュヴァルツ。したがって、俺が名乗るたびにお前は俺と一緒にいることになる」
――オーマが名前を紡ぐたびに。
少年は共に在る。
少年が、シュヴァルツの顔が、ほころんだ。
「一緒に……いられるんだね……」
「おうよ」
オーマはぐしゃぐしゃと少年の頭をなでた。
その感触が――ふいに変わる。
ぼんやりとした、まるで水をつかむような感触に。
「………」
オーマは手を離した。
目の前で少年は、ぼんやりとかすみがかるような輪郭に変化していく。
ルベリアの園だった世界が一変した。
――再び、霧の世界へと。
「一緒に、いさせて、ね……」
少年は微笑んだ。とてもはかない笑みで。
「―――」
その今にも消えそうな姿にオーマは息をのみ、
それから……強くうなずいた。
「ああ。一緒にいる」
シュヴァルツ。
呼びかけると、少年の顔が嬉しそうに微笑む。
その笑顔が揺れた。かすむように。
オーマは思わず手を差し伸べた。
少年が、そっとその大きな手に、彼の小さな手を伸ばす。
――重なったのはほんの一瞬――
その瞬間に、少年の姿は消えた。
(否――)
自分の心に入ってきたのだ。オーマはそう確信した。
――僕は、『去る年』――
囁く声が、聞こえる。
――僕の名前は、シュヴァルツ――
オーマは唇の端に笑みを刻んだ。
「俺は……俺の名前は、オーマ・シュヴァルツ」
常にお前と共に在る。
視線をずらすと、明かりが見えた。
その先に、きっと『来年』が待っている。
「『未来』によ。……どんな想いが待ってるんだかな」
先に進めば、新しい何かが心に積もり積もっていくだろう。
それでも……
「消えやしねえよ。『過去』は……」
そして『今』この瞬間も。
少年に語りかけるように、オーマはつぶやいた。
「なあ、シュヴァルツよ……」
心の中で、何かが揺れた。返事をするように。
オーマは満足そうに笑顔を浮かべた。
そして、光に向かって歩き出した。
新しい年へ。新しい想いへ出会える場所へ――
―Fin―
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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★PCあけましておめでとうノベル2006★┗━┛
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
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■ ライター通信 ■
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オーマ・シュヴァルツ様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回不思議雰囲気のあけおめノベルはいかがでしたでしょうか?
オーマさんの優しい気持ち、きっと少年に届いたと思います。ありがとうございました。
改めまして、あけましておめでとうございます。
またお会いできる日を願って……
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