<PCあけましておめでとうノベル・2006>


新しい年へ

 ――霧が立ち込めている――

 なぜこんな場所へ来てしまったのか、千獣(せんじゅ)は分からなかった。
「どこだろう……ここ……」
 思いながら、下手に動くこともできず周囲を見渡すと、明かりが見えた。
 そこへ行けば確実に先に進める。なぜかそんな確信とともに足をそちらに向けた。
 と――

「ねえ……いっちゃうの……」

 袖を引かれた。
 振り向くと、小さな少年が、寂しそうな顔でこちらを見上げていた。

「ねえ……いっちゃうの……?」

 ――だれ?――

「ボクを置いて、いっちゃうんだね……」

「ボクを置いて、『来年』にいっちゃうんだね……」

 唐突に悟った。
 この少年は、そう、

「ボクは、『去る年』――」

 少年は悲しげな目で、
「ねえ、ボクとまだ一緒にいようよ……一緒に、いて……」
 か細い声は、霧の中に広がって、やがて散っていった。

     **********

 長い黒い髪、赤い瞳。
 体中に呪符を織り込んだ包帯を巻き、そうして体の内に『飼って』いる獣たちを封じこめている。
 体の内の獣たちと戦いながら、時にお互いを癒しながら。
 そのまま長い刻を過ごしてきた――
 長い、長い刻を刻んできた――
 千獣とは、そんな少女だったから。

 ここはどこなのか分からない霧の中、「行かないで」と袖を引く少年に。
 千獣はぽつりと言う。
「……私……去年、とか、今年、とか、来年とか……よく、分からないんだけど……」
 ――そう。
 『時間』の概念が、自分にはない。
 年が行き、去り、それを繰り返す。それが分からない。
「……どこにも、行かないんじゃ、ないかな……」
 『繰り返す』のならば結局一緒。
 時は、常に一緒。
「去年も、今年も、来年も……」

 一緒。

「昨日も、今日も、明日も……」

 全部。

「実はみんな、同じもの、で……」

 ――全部、変わらないもので。

「……んー……」
 千獣は少し考える。
「……うまくは、言えない、んだけど……」
 言葉を選びながら。

 少年の言葉の意味を、考えながら。

「……人も……時が経つのに、合わせて……」

 ――自分は長い間、姿が変わらない。

「……成長に合わせて、呼び名が変わるように……」

 ――自分は成長しない。

「……去年の君が……今年になって……」

 ――去年の私が、今年の私になって、

「ずっと……ずーっと、一緒に歩いていく、んだと……思う……」

 ――ずっと、ずーっと、歩いてきたから、

 千獣は、少年に向き直った。
「だから、置いていかない……」
 ほんのかすかな、笑みを浮かべて。
「これからも、一緒……」

 手を差し伸べた。

 ――一緒に行こう。

 少年がわずかに目を見開いて――
 そして、
 嬉しそうに、笑った。

「お姉ちゃんは……分かってくれた、んだね」

「……え?」

 少年の輪郭がぼやけ始める。

「僕は『去る年』……」

 今にも消えそうにゆらゆらと揺れながら、でもね、と少年はいたずらっぽく微笑んだ。

「『過去』はね……必ず『現在』に変わるんだよ……」

 千獣は微笑んだ。

「うん……だから、『過去』も、『現在』も、一緒……だよね……」

 少年は破顔した。

「本当に、分かってくれてるんだ……」

 僕は、ずっと一緒にいるんだよ。
 少年は、そう囁いた。

「ずっと、ずーっと、一緒にいるんだよ……」

 千獣は、うなずいて繰り返す。

「そう……ずっと、ずーっと……」

「ずっと、ずーっと」

 少年の姿がかすれていく。

「僕はね……」

 千獣は察していた。

「永遠に、消えないんだ……」

 ――この子は消え行くのではなく、

「お姉ちゃんと、一緒に行くね」

 ――自分の傍にいて、この先もずっと。

「僕は、『現在』……」

 ――現在とはなんだろう。
 きっと少年と同じ言葉を、千獣は知っている。
 だから、そっと囁いた。

「『現在』は、『過去』から続くもの……」

 少年は微笑む。

「僕は、『未来』……」

 千獣の言葉を待つように、言葉が紡がれて。

「『未来』は、『現在』から続くもの……」

 よかった、と千獣の言葉を聞いて、少年は笑った。
 今にも消えそうな笑顔で。

「お姉ちゃんになら、本当についていける……」

「うん……」

 千獣は微笑んだ。

「……一緒に、行こう」

 手を差し伸べた。

 少年が、
 かすむ手を、千獣の手に重ねた。

「つれてって、ね……」

 重なったのは一瞬――
 そのまま消えてしまった少年の姿。
 否――
 そのまま、自分の心の中に入ってきたのだ。

 千獣は胸に手をあて、そっとつぶやく。

「ずっと……一緒だから、ね……」
 ――永遠に離れたりは、しないから。


 視線をずらせば、明かりが見える。

「………」

 きっとあの先は、『未来』と呼ばれる場所なのだろう。

「関係ない……。過去も、現在も、未来も……一緒、だから……」

 それでも、進むためにはあそこへ行かなければならないから。
 千獣はゆっくり歩き出した。
 霧に包まれた世界の中。
 光の導く方向へと。

 けれど彼女にとっては、
 この霧の世界も、
 きっとあの明かりの先の世界も、
 すべてが一緒で、

「そうして……生きてきた、から……」

 いいんだ。少女はつぶやいた。
 どこかはかない笑みを浮かべたまま。

 胸の内から、声が、聞こえた気がした。

 ――僕は、『今年』――
 ――僕は、『来年』――

「いけるから……一緒に……」

 胸の内に、獣ではない誰かがいる。
 そのことのほうが、千獣には重要で。

「あったかいね……君は……」

 時間。
 ――少年は、そう呼ばれるものだったのだろうか。
 ならば、

「時間は、あったかい、のか、な……」

 ――よく分からないけれど。

「いいんだ」

 自分と少年と。
 二人が満足して、行けるのなら。

「さあ、行こう……」

 千獣はゆっくりと歩き出した。
 明かりの見えるその場所へと――


 ―Fin―


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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★PCあけましておめでとうノベル2006★┗━┛

【3087/千獣/女性/17歳(実年齢999歳)/異界職】

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■         ライター通信          ■
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千獣様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回はあけおめノベルにご参加いただき、ありがとうございました!
千獣さんの価値観をうまく表現できているか不安ですが、相変わらずかわいい千獣さんを書かせていただけてとても嬉しかったです。
改めまして、あけましておめでとうございます。
またお会いできる日を願って……