<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


戯れの精霊たち〜悲しみの鬼姫〜

 寒さ厳しい冬の日が続く。
 しかしここに、ガタブルキンキンマッチョウィンター筋でも、親父愛は年中無休・四六時中桃色ギラリホットマッスル全開アニキたる男がいる。
 言わずと知れた、筋肉マッチョ男オーマ・シュヴァルツである。
 ある日、彼はソーン腹黒商店街の福引で、クレモナーラの雪の音楽祭旅行券をゲッチュした。
「うおおおお! 冬親父将軍も悶えマッチョファイアーさせたうちの家計火の車アニキ事情を憂いて親父神のご加護が……!」
 小さなその旅行券を大きな体で抱きしめ、大胸筋号泣悶絶感激したアニキ。早速それを手に、家庭へとマッハ筋で帰った。
 夫の旅行券を見て、妻のシェラ・シュヴァルツが「へえ」と乗り気で紅唇の端をつりあげた。
「いいもん当てたじゃないのさ。早速行くかい?」
 ――三名様ご招待。とくれば当然夫婦だけじゃない。
「僕も行くの……?」
 シェラとは対照的に、嫌そうな顔をしたのは、二人の愛娘・サモンだった。
「当然さ、サモン。音楽祭なら歌もある。あんた歌、好きだろう?」
「………」
 それでも何となく乗り気がしないらしい、サモンは最後の最後までどこか視線の泳ぐような表情でいた。
 が、結局家族全員での旅行決定になったのである。

 クレモナーラへの道中、ふと思い出したようにオーマは言った。
「おお。そう言えば道の途中に『精霊の森』があるっけな」
「ああ、あんたがいつも言ってる?」
「そうそう」
 言ってる傍から彼らは話題の森にたどりつき、その森を遠慮なく通過しようとした。
「せっかくだからクルスの野郎に挨拶してくっかな」
 オーマはノリノリで『精霊の森』に唯一住む人間の元へと、妻子を連れて向かった。
 ――サモンが、何かに気づいてきょろきょろしている。
「サモン? どうかしたかい?」
「ん……」
 サモンは何も言わなかった。そうこうしている間に、一行は『精霊の森』の小屋にたどりつく。
 わざわざ小屋をノックする必要もなかった。
 小屋の主は、森に人が入ってきた気配を感じていたのだろう。オーマたちを呆れた表情で出迎えた。
 青の入り混じった緑の髪に、長身眼鏡の青年。クルス・クロスエア。
「ようクルス! 聞いてくれ、今日はな、なんと福引で当たったクレモナーラ音楽祭に行く途中なんだ!」
 オーマは瞳をきらきらさせながら――ちょっとそんな表情が似合わなかったが――クルスに勢い込んで説明する。
 クルスは肩をすくめて、
「それはいいけど……どうして毎回何かあるたび、、この森を通って行くんだい」
「そんなことをつっこむヤツには下僕主夫美筋桃色ドロップキック☆」
 オーマのドロップキックを、クルスはさらりとかわした。
 代わりに、キックはある大きな岩を思い切り打った。
「あ。ザボンの岩」
「のおおお!? 我が愛すべき親父精霊ザボンの岩じゃねえかあああ!」
「あ。ヒビ入った」
「なにいいいいい!」
 許せ許してくれザボン――! と号泣しながらオーマが岩にすがりつく。
 実際にはかけらもヒビなど入っていないのだが。
 そんな父親には目もくれず、サモンは相変わらず空中をきょろきょろしていた。
「どうしたんだい、サモン」
 夫には目もくれずシェラが娘に聞く。
「何か……いる……」
 サモンはつぶやいた。
「おや」
 クルスが軽く目を見張った。「よく分かったね。そこにちょうど風の精霊のフェーがいるんだ」
「ん? 精霊がいやがんのか」
「精霊の気配を感じ取れるとは、さすがオーマの娘さんだねえ」
「あたしとオーマの子だと言っとくれ」
 シェラが訂正した。クルスが笑って、
「分かった。さすが噂のご夫婦の娘さんだねえ」
 ――サモンはその特殊すぎる血ゆえに、万物に宿る想いや存在を感じ視る。
「音楽祭って言葉が聞こえたのかもしれないな」
 クルスはあごに手をあてて言った。「フェーは音楽やら踊りやらが大好きだから」
「ほほう」
 オーマがにやりと笑う。
「そりゃいいこと聞いた。フェーも連れて行こうじゃねえか、音楽祭」
「ああ、それはありがたいな」
「フェーってのは、どんな子なんだい?」
 シェラが訊く。クルスは空中を――おそらくフェーのいる場所を見ながら、
「擬人化させると十歳ていどの女の子かなあ。まあ、風の精霊だけに気まぐれでわがままで、フェーの場合はちょっと騒がしいけど……」
「ふうん」
 シェラが満足そうにうなずいた。「サモンにもそういう友達がほしかったところさ。いいね、連れて行こうじゃないか」
「てなわけで風の精霊つながりでラファルも連行だ、クルス」
「……なにが『てなわけで』なのかよく分からないんだけども」
 クルスがぽりぽりと頭をかいて、「風の精霊二人相手にするのは骨が折れると思うなあ……まあ、キミらなら平気か」
 誰にどっちを宿す? とクルスは尋ねる。
「やっぱサモンにフェーだな」
 オーマが即答する。シェラがうなずく。
「僕に……?」
 サモンが少しだけ困惑したような顔をした。
 クルスが「フェー、おいで」と風の精霊を呼ぶ。
 そしてサモンに宿らせようとしたそのとき――

『きゃんっ!』

 ――聞こえないはずの精霊の声が、シュヴァルツ夫妻にも聞こえた気がした。
 あらら、とクルスが困ったように眉根を寄せた。
「その子……サモンちゃんだっけ? よほど潜在能力がすごいみたいだね。精霊が弾き出された」
「なに……っ!?」
「……サモン……」
 サモンはぐっと何かをこらえるかのような顔のまま無言だった。
「し、仕方ねえな。じゃあフェーは――」
「さっきからラファルが奥さんにまとわりついてるね。奥さんに宿りたいみたいだよ」
「なにっ!?」
 ラファルー! と、一度ラファルを宿らせたことのあるオーマは見えない精霊に向かって怒鳴りつけた。
「うちのかみさんに手を出したら許さねえぜ……!」
「……十歳くらいの子供にそんなこと言ってもねえ……」
「ラファルってのは男の子かい? あたしは別に構わないけど」
 ――結局。
 フェーはオーマに。ラファルはシェラに宿ることとなり、
「もっちろんお前もくるんだよな♪ 我が腹黒同盟仲間よ!」
 がっしとクルスの首をしめあげながら、オーマがにこにことクルスに迫った。
「な、なんで……」
「そりゃあもちろん、腹黒同盟の絆だ……!」
 問答無用筋! オーマはクルスを締め上げる腕にさらに力をこめた。
「ひ、人を殺す気かい……」
 クルスは諦めたような声で、「分かったから」と言った。
「分かったよ……ついていくよ。風の精霊を二人とも連れて行くのは骨が折れるだろうからね、色々と厄介な子たちだし。僕が傍にいたほうが安全だ」
「よしよしよし」
 オーマはようやくクルスを解放して、うむ、とうなずいた。
「これでメンバーは全員揃ったようなもんだ! 早速行くぞ!」
「その前にひとつ聞きたいんだけど……」
 クルスがげほげほと咳き込みながら、挙手をした。
「ん? 何だ」
「――その旅行券、招待客三名までだろう。僕が参加するためのお金は、どこから出るんだい」

 ………

 まあ色々と、シュヴァルツ一家とクルスの間であーだこーだと口論の末、シェラの大鎌ギラリにさすがのクルスも参って、
「まあ……何とかやりくりするよ……」
 と自身経済的にはぎりぎりのところを、妥協した。

     **********

 春とはまた違ったにぎわいを見せるクレモナーラ。楽器の名産地として有名なこの地が、有名な春の音楽祭の他に、冬にも音楽祭を行っていたとはオーマたちも知らなかった。
「おや、音楽祭以外にも色々やってるじゃないか」
 シェラが嬉しそうに、「サモン、ほら雪祭りもやってるよ」
「シェラさん。ラファルがうるさいだろうけどまあ無視してやって」
「無論。そのつもりさ」
 ――気の毒なラファル。彼は元々、人の多いところが嫌いなのである。
 彼を宿らせると何となく人のいないところでたそがれたくなるという心境が宿主にも影響を与えるはずなのだが、燃える炎の女・シェラにはあまり関係がないらしかった。
 祭りの中心はやはり音楽祭。クレモナーラのあちこちで、音楽が聴こえる。
「うーむ、踊りたい……っ!」
 フェーを宿しているオーマが精霊の影響を受けて、くるくると妙なダンスを踊りだす。
「あんた、やめてよ格好悪い」
 シェラが咎めるのを、クルスが「申し訳ない」と謝った。
「フェーの性格なんだよ。音楽を聴くとどうしても踊りだす。……無理やり抑えればまあ、止まるんだけど、代わりに泣き出すから」
「いやいや! なかなか踊るのは楽しいぞ……!」
 左右へステップを踏むオーマは本気で楽しそうだ。
「……サモン、あっち行くよ。他人のふりをして」
「うん……」
「ああああ我が妻と子よーーー!」
「僕も他人のフリをしておくかな」
 クルスがオーマと少し距離を置いた。オーマが「くおおっ」と号泣した。
「うん? あれは何だい?」
 シェラが眉をひそめる。
 『冬を吹っ飛ばせ! マッチョ筋肉コンテスト』
「………」
 『これであなたも心ぽかぽか! マッスルたちの汗と涙の栄光の記録』
「………………」
 サモンは無言で無視をする。
「……どうしてうちのあの馬鹿ダンナが福引に当たれるのか不思議だったけど……単に引き寄せられただけかい……」
 シェラがため息をついた。
 もちろんオーマは大喜びで、コンテストに出場するわ記録を見て感激筋号泣するわ、勢いがとまらない。
 クルスがのほほんと、
「へえ。みんな頑張っているんだねえ」
 ――彼は彼で、変人と呼ばれるに相応しいに違いなかった。
 そんな最中――
 サモンが、ふと聞こえた声に振り向いた。
 呼びかけられたわけではなかった。ただ、そこにはクレモナーラの村人たちがいて楽器をかき鳴らしていただけだ。
 そしてかき鳴らしながら――何事かを語り合っていた。
「風雪姫はこれで怒りをおさめてくれるかねえ」
「どうだろうね。ああいうのは何年もたたるしなあ」
「フウセツキ……」
 どうしたんだいサモン、とシェラが娘の様子にようやく気づき、話しかける。
「ねえ、フウセツキってなに……?」
「フウセツキ?」
 シェラが、「聞いたことがないね」と柳眉を寄せる。そして遠くにいたダンナに向かい、「ちょっとあんた!」と呼びかけた。
 呼びかけられてよほど嬉しかったのか、オーマが飛んでくる。――比喩ではない。体に宿した風の精霊フェーの力を借りて、本当に空を飛んできたのだ。
 シェラはそんな夫の姿に脱力しながら、
「ねえ、あんたはフウセツキっての知ってるかい?」
「フウセツキ? 知らねえなあ」
「役立たずだねえ。ほら、じゃあもう役目は終わり。他人のフリ」
「ままま待て、そんなこと言われちゃ俺まで気になる。誰か知ってそうな相手いないのか? つーかどこからそんな言葉が出てきたんだ」
「……そこの人たちが話してた」
 サモンが楽器をかき鳴らす村人たちを示す。
「じゃあ聞きゃあいいんだ。――ちょっとそこの村人さん!」
 クルスがようやく追いついたころ、オーマはその村人たちに聞き始めていた。
「フウセツキってのは、何なんだ?」
「お? あんたよそものだね」
 気の良さそうな壮年の男が、弦楽器をかき鳴らしながらにやりと笑う。
「風雪姫――風の雪の姫って書くんだがな。この村の伝承さ」
「伝承? どんな」
 ――話を要約すると、こうだった。
 大昔、『風雪姫』と呼ばれる鬼の歌姫がいた。心優しい存在だったが、しかし彼女の歌は望むと望まざるとに関わらず死の旋律となり、多くの村人が犠牲になった。
 このままでは村が全滅してしまう。村長の判断で、姫は屠られてしまった。しかし、なぜか遺体が見つからず、しばらく後に、村人たちが突然鬼化、変死する事件が相次いで――
 姫の呪いと怯えた村人は、怒りを鎮めるために祠を作り、祭りを行うようになったのだ。
「――それが、この冬の音楽祭の始まりと言われてるのさ」
 と、説明してくれた村人は言った。
「だけどなあ」
 隣にいた村人が、困ったように笑って、「実際には当時のことを立証する証拠がないんだ。風雪姫が本当にいたのかどうかさえ分からないんだよ」
 まあ、それでも、と彼らは笑った。
「音楽祭をやるのに異論はないからね。こうしてやっているわけだけどさ」
 言うだけ言って、彼らは再び楽器で音楽を奏で始める。
「………」
 サモンは黙って話を聞いていた。その赤い瞳、まなざしが真剣だった。
「ん? どうしたサモン」
 オーマが娘の異変に気づき彼女の顔をのぞきこむ。
「……何でもないよ」
 サモンは首を振った。しかしオーマははっとして、
「ままままさかこの男どもにラブラブズキュンか!? はたまた例の男を思い出していたのか!? 駄目だ駄目だ、許さねえからなっ!」
 親父毒電波殺気全開で、せっかく伝承を丁寧に教えてくれた目の前の男たちにギラリと恐ろしい形相を向ける。
 ひいっと男たちが震え上がった。
「おやめよ」
 ――ギラリ。光ったのは大鎌。
 娘の恋愛推奨派たる妻の大鎌が、夫の首を押さえる。
「いかんっいかんぞお男は!」
「うるさいんだよあんたは! サモンの勝手にしてやんな!」
「……風雪姫……」
 両親のいさかいはどうでもよさそうに無視して、サモンはぽつりとつぶやく。
「結局、僕らには関係ない話なんじゃないかと思うんだけど」
 横からクルスが口を出す。関係ないと言いながら、彼は口元をおさえ、どこか空中を見ていた。
「……サモン。気にすることはないよ」
 シェラが娘の手を引いた。「ほら、もっと音楽祭を楽しんで行こう。滅多にない楽しみだ」
「……うん……」
「おおう。しまった気をぬいちまったからフェーのヤツが」
 オーマの巨体が踊り始める。怪しいおっさんそのものである。
「………………」
 他三名は無言で、オーマからどんどん離れていった。

 旅行券は一泊二日の券――
「ああ、心配しないで」
 本来は精霊を宿せるのは一日が限界なのだが、クルスは軽く手をひらひらさせた。
「僕が傍にいるし。一晩眠れば力を取り戻せるから、明日の朝そのまま継続させるよ」
「ほ……よかったぜ。精霊たちを死なせちゃたまんねえからなあ」
 つい勢いでフェーとラファルをつれてきてしまったオーマは、安心したようにため息をついた。
 そして四人は、ひとつの宿で共に寝ることになった。

     **********

「う……う……」
 ――苦しい。苦しい。
 何かがこちらに向かってやってくる――

 旋律が――
 美しい歌声が――

「う……あ……」

『ねえ、大丈夫?』
 ――はっ
「………」
 サモンはぱっと目を覚ました。
 目の前に、ふわふわと漂う十歳足らずの少女の姿があった。
 横を見ると、同じベッドには母が、隣のベッドには父が、それぞれすうすうと寝息を立てている。精霊の守護者だけは違う部屋に泊まっているはずだ。
 目の前の、このふわふわ飛んでいる少女は――
「お前……フェー……?」
 サモンはその少女に向かって語りかけた。
 少女はにっこりと笑った。
『すごいねー。クルスの力もないのに私の姿見えるんだもんね』
「………」
 自分の力の特殊さはよくよく分かっている。サモンは黙って体を起こした。
「お前……宿主の体から出たら危ないんじゃなかったのか」
『少しの間なら、離れられるんだよっ。……サモンが、あんまりにもうなされてたから』
「………」
 サモンは少女に向かって手を差し伸べる。
 しかし、手は空をつかむだけだった。
「……触れないのか……」
『だって、“風”だから』
「それはそうだ……ね」
 サモンは少しだけ笑った。
『あ、笑った』
 フェーは音のしない手を叩いて喜んだ。
『ねえ――』
 フェーはサモンの傍らにぴったりとつき、その顔をのぞきこむ。
『昼間、どうしたの?』
「え……」
『フウセツキ、気になる?』
「―――」
 サモンは眉をしかめた。
 ……何だか、その言葉を聞くだけで苦しい気がして。
 フェーは笑顔で、『ほら、耳を澄まして』と言った。
「………?」
 サモンは言われるままに耳を澄ました。そして――

 美しい、
 物悲しい、
 吹雪のような歌声が――

「聞……こえ、る……」

 ふぁさっ……

「―――っ!」
 サモンはフェーとともに上空を振り仰いだ。
 そこに、角を生やした――女性の姿があった。
「風雪姫……!?」

 ふぁさっ……

 衣擦れの音。そして、

「―――!」

 そして――

     **********

 翌朝、事件は起こった。
 いや、起こったのは夜中の間だったのかもしれない。
「……いねえ?」
 オーマが愕然とつぶやいた。
「サモン……!? サモン……!」
 シェラが自分のすぐ隣にいたはずの娘の姿をさがして名を呼び続ける。
『おい、フェーをどこへやったんだよ』
 シェラの頭の中で、ラファルの声がした。シェラは慌てて、「オーマ、ラファルが『フェーをどこへやったんだ』とか言ってるよ」と伝えた。
「フェー……? うおっ!? 俺の中にいねえ!」
「……どうやら、サモンちゃんとフェーの二人がいなくなったらしいねえ」
 いつのまにかシュヴァルツ一家の部屋の戸口に立ち、クルスがため息をついた。
「今見てきたんだけどね。――どうやら今、僕ら三人――ラファルを入れると四人かな、それ以外の村人が全員いない」
「何だと……!?」
 オーマとシェラは部屋を飛び出した。
 しかし、宿屋はもちろん、外へ出ても、人っ子ひとりいない。
『フェーが死んじまう』
 シェラの頭の中でラファルが苦しそうな声を出した。
『宿主から離れすぎだ。フェーが死んじまう』
「サモンはどこへ行ったんだ……!」
 頭の中に響くラファルの声も半ば無視で、シェラが悲鳴に近い怒声を放った。
「観光客も全員消失、か」
 クルスがつぶやく。
「サモンの居場所なら、あんたさがせるだろう!?」
 シェラが夫に詰め寄った。
「い、今やってるっつーの!」
 具現波動を全開にし、オーマは娘の居場所をさぐっていた。
「ラファル、お前もフェーの気配をさぐれ」
 クルスがシェラの中の風の精霊に言いつけてから、自身目を閉じて精神を集中する。
 やがて、オーマ、クルス、ラファルが何かを見出した方角はまったく一緒だった。
「――あっちだ!」
 そして見つけた場所は、
 村のはずれ……

「洞穴……か?」
 とても古そうなその洞穴の中から、雪と氷と風が噴き出してくる。
「この中……にしか……思えんが……」
 クルスが寒そうにしながら洞穴の入り口に近づき、暗い中をのぞきこんだ。
「不思議な場所だ……精霊の森と、どこか同じような――雰囲気がする」
「おいおい、あんな静かで穏やかでいい場所と同じかあ?」
「そういう意味じゃないんだよ。そうだな――なんていうかな。より自然に近い……とでも言おうか」
 この中なら――とクルスはつぶやく。
「フェーも、少し長くもつかもしれない……が、限界があるだろうな」
『早く助けろよ!』
 シェラの頭の中でラファルが叫ぶ。
「言われなくたって助けるさ!」
 シェラが叫んだ。
「幸い俺とシェラの守護聖獣は火属性だ。洞穴に入るにちょうどいいな」
 オーマが口を引き結んで、「よし、行くか!」と号令をかけた。

     **********

 気がつくと、サモンはフェーとともに見知らぬ洞穴の中にいた。
「どこだ……ここ……」
『分からない』
 フェーはサモンにぴったりとくっついている。
 サモンはふとフェーの様子を見て、眉をひそめた。
「お前……顔色悪いな」
『ま……まだ、大丈夫……』
 えへへ、とフェーはあの巨体のオーマを踊らせていた当人とはとても思えないか細い声でそう言った。
『サモンの傍、何だか不思議な感じ。森にいるときと同じ……だから、大丈夫』
「―――」
 そう言えば、とサモンは思い出す。
 ――精霊を宿主から出すのには、何か制限があるのだと前に父が言っていなかったか?
「お前……本当に大丈夫なのか?」
『だ、大丈夫だよ、だってみんな、きっと助けに来てくれる――よね』
 フェーはそう言って、サモンにぴったりくっついて離れない。
 サモンは黙って、くっつかれるままにした。――振り払えるわけがなかった。
 周囲を見渡す。
 広い洞穴だった。氷で出来ているような場所だった。
 近くに道があり、その反対方向はどこにも道がなく、つまりちょうど行き止まりにいる。大きく丸くなった――袋小路、と呼ぶに相応しい場所だ。
 光が乱反射してまぶしい。
「―――」
 サモンは少し歩く。フェーがついてこられるような速さで。
 そしてふと――
「………!?」
 気づいた。
 自分たちがいた場所からさらに袋小路の奥。
 そこが深くくぼんでいて、
 そしてたくさんの人々が――綺麗に、まるで人形を並べるかのように丁寧に、寝かせられている。
 ――寝かせられて?

 ――違う!

 サモンはばっと地面に膝をついてくぼみの中をよく見ようとした。
 そこに並べられた人々の様子を。
 そして、否応なく感じ取った。

「生命の息吹が……まったく感じられない……」
 サモンは呆然とつぶやいた。
 フェーが震えてサモンにくっついている。
『ここ……どこ……?』
「分からない――だけど」
 いい場所じゃないことだけはたしかだ。そう――

「僕らを、どうするつもり?」

 サモンは膝を立てながら、ゆっくりと振り向いた。
 そこに、角を生やした一人の女が――いた。

     **********

 オーマ、シェラ、クルスの三人は、氷の洞穴をひたすら奥へと向かっていた。
「フェーの気配が……弱まってはいるんだけど」
 クルスがつぶやいた。「君らの娘さんは本当にすごい子だね。フェーは彼女の傍にいることで救われているようだ」
「お前、サモンの気配が分かったのか?」
「いや――サモンちゃんかどうかは知らないけれど、フェーのすぐ傍にね。優しい気配がする」
「あたしらの子だからね」
 シェラが紅唇を笑みの形にした。「フェーだって死なせやしないさ、あの子なら」
「しかし……」
 オーマはあたりを見渡す。
 そこそこの広さのある洞穴。自然の穴だろうが、壁が凍りついているのは……自然ではないだろう。
 奥から噴き出してくる冷たすぎる空気に、クルスがひどく寒そうにするので――常人ならそれが当然だ――オーマは炎を具現化し、クルスのためにかかげてやっていた。
「もうひとついやがるな」
 オーマは口惜しげにつぶやく。「サモンの傍によ。気配がもうひとつ」
「そうだね」
 クルスが同意する。
 そして……
「でも、それ以外に生命の気配がない――このことを、どう判断する?」
「知るかよ」
 オーマはそう言うしかなかった。
「今は唯一気配の分かってるサモンたちを追うだけさ。そうだろう森のボウヤ?」
「おっしゃる通り」
 三人は走る。洞穴の奥へと――

     **********

『ああ――』
 角を生やした女は、長い黒い髪を振り乱して、嘆くような声を出した。
『ああ――とうとうやってしまった。とうとう私は――ああ――』
「何を言っているんだ?」
 立ち上がったサモンは、女とまっこうから対峙した。
「お前が、風雪姫か?」
 サモンは低く尋ねる。
 女は――小さくうなずいた。
『そう……呼ばれております――』
 そう言って、女は顔を両手で覆った。
『やってしまった。とうとうやってしまった。ああ――私は――』
「意味が分からないな」
 サモンは淡々と女の嘆く声を聞き流した。
「嘆くくらいなら、事情を話すがいい。僕たちはなぜか助かった。他の人々は全員――死んでいる。この状況で、お前から話を聞く以外の何をしろと?」
『―――』
 女は――風雪姫は、そろそろと両手を顔から離した。
 そしておそるおそるサモンたちを見る。
『ああ……なぜ、そなたたちは無事なのか……』
「そんなことはどうでもいい。早く事情を話せ」
 サモンはいらだっていた。先ほどのぞいた奥のくぼみに並ぶ人々の中に、自分の両親の姿はなかった。
 両親は今、どうしているのか――
『私は、風雪姫――』
 角を生やした女は、凍えるような空気を口から吐き出しながら、言葉を紡ぐ。
『私の歌声は……人々に死を与える……』
「……伝承が本当だったと?……」
『私はただ歌いたかっただけなのに、私の声はそれを許さなかった――』
 ああ――と女が嘆くたび。
 女が言葉を紡ぐたび。
 ぴりぴりと、肌が焼かれるような何かを感じる。
 だが、サモンはそれに耐えた。
「話せ。……僕には何も影響はない」
『本当……?』
「見れば分かるだろう」
 ほんの少しの嘘。しかし、このていどの痛みで音を上げるようなサモンでは、元々なかった。
『……私は何百年も昔の存在……』
 風雪姫は言う。
『時間。それは長かった。私は――封じられていただけだったから』
「………?」
 ――伝承では、彼女は屠られたと、
『時間。私は忘れなかった。長い間――私の中でなぜか時間が』
 風雪姫がしゃべるたびに、ぴりぴりと感じる痛み。
 彼女の声が自分にはこのていどの影響で済むのは――自分自身の存在の特殊さのせいだと、サモンは知っている。
 この姫の声が、いったいどれだけの影響を常人に与えてきた――?
『祠。祠が建てられた。私を封じるための祠』
 ――それは伝承通り、
『村はずれの祠、しかしそれは数百年の間に古ぼけ、崩れ果て』
 ――ああ、
「お前は……復活してしまったのか」
 サモンはつぶやく。
 風雪姫は、両手で顔を覆った。
『祠が崩れ落ちたのは、百年前。百年こらえた。百年こらえたのだ――私は愛する歌を百年――』
 ――それはどれほどの長い時間で、
 ――それはどれほどの長い苦しみで、
『だが――とうとう私は歌ってしまった! 滅びの歌を、人々を苦しめる歌を――』
 女は指先を震わせた。
 鬼となった女は。
『私の歌を聴いた者は――皆、鬼と化して死ぬ! せめて人々を鬼とせぬように――!』
 唐突にフェーが、サモンから離れた。
「フェー!?」
 サモンが呼び止めるのも聞かず、フェーは袋小路のくぼみへおりていく。
 そして、サモンに声を投げかけてきた。
『この人たち――表面が薄く凍ってる!』
「――……」
 サモンはゆっくりと、フェーから視線を鬼姫へとやった。
「そうやって凍らして……人々を鬼にするのを止めた……と?」
『鬼となって死ぬは苦しいこと! 人々が恐れたこと! 私の歌によって、醜い鬼となるは私の望まぬこと――!』
「………」
 フェーが再び昇ってくる。サモンの傍らにぴったりとくっついて。
 サモンは――尋ねた。
「お前の……真の望みは」
『………』
 鬼姫は泣きそうな顔を、サモンに向けた。
『死なぬ者たちとともに歌うこと……。人々の踊りの歌となること……』
「……それなら」
 フェー、とサモンは傍らの精霊を呼んだ。
 それだけで、フェーには通じたようだった。
『う、うん……ちょっと元気、出せないけど、大丈夫、だよっ』
『そなたたち……?』
「歌え」
 サモンは鬼姫をまっすぐと見た。
「歌え。ここに、お前の歌で踊れる者がいる。……見えているのだろう」
『あたし、踊りだーい好き!』
 フェーがくるくると舞った。
 鬼姫の表情が怪訝なものへと変わる。
『なにゆえ……』
「理由などいい。お前が望みをかなえれば、何かが変わるかもしれない……そう思っただけ……」
『―――』
 鬼姫は長い間、ためらっていた。
 フェーはにこにこと、震える体をこらえて姫を見ていた。
 やがて――

 冷たい声の旋律が、
 女の唇から、

「……悲しい歌など歌わなくていい……」
 サモンはつぶやいた。
「踊りが見たいのだろう……」
『………』

 フェーが踊りだした。空中で、ステップを踏んで。
 それを見た鬼姫の表情が……だんだんと溶けていく。
 凍りついた歌声が、溶けていく。

 ラン、ララン

 フェーが歌に乗せて口ずさむリズム。
 ふわりふわりと、小さい精霊が踊る。
 鬼姫の歌が、やがて楽しげなものへと変わっていく。
 楽しげで、嬉しげで、そして――幸せそうな、

 しかし、サモンは見た。
 歌いながら――風雪姫の頬に流れる光るものを。

 フェーが踊る。
 姫が歌う。
 サモンは――
 つたないながら、少しだけ、姫に合わせて口ずさんだ。

 ――この美しき村 クレモナーラ――
 ――さあ 舞えよ歌えよ 今宵は祭り――

 鬼姫が泣きながら歌う歌。
 フェーが、震えながらも元気いっぱいに踊る踊り。
 サモンは二人を見比べて思う。
 ――自分の特殊さゆえに、好きなものを思う存分できぬ者たちの苦しさとは……いかばかりか。


 歌が止まった。
 風雪姫の唇が――笑みを刻んだ。
『お迎えが……いらっしゃったようでございます……』
「迎え……」
 両親たちのことか。
 フェーが慌ててサモンの傍らに戻ってくる。
 それを抱きしめるようにしながら、サモンは言った。
「安心……するといい。お前はおそらく……人々を殺していない」
『―――!?』
 風雪姫が目を見張る。
『そ、そんなことは……。私の歌で、人が死ななかったことなど……』
「今、僕が生きている」
 ――たぶんそれは、自分の特殊さゆえじゃない。
「大丈夫。僕が保証……する」
 あのくぼみに並べられているみんな、
 みんな……生きている……
「お前の思い込みだ。みんな……死んでなどいない」

 ―――サモン―――

 道の先から、両親の呼ぶ声がする。
『………』
 風雪姫は微笑んだ。
『優しい方……最後の最後まで私を許してくださるのか……』
「許す許さないじゃない。お前はあの人々を殺していない」
『………』
 風雪姫は微笑みを消さなかった。
「――サモン!」
 炎をかかげたオーマと、シェラ、そして森の守護者が袋小路へと入ってくる。
 風雪姫は三人の前で、そっと土下座をした。
『お許しくださいまし……私の勝手で、お嬢様方を、そして人々を……』
「人々は死んでいないと言っている……!」
『……お嬢様は、お優しい方でございますね……』
 風雪姫はそっと顔をあげ、オーマとシェラを、そしてクルスを見た。
『私は最後の最後で、お嬢様方に救われましてございます……勝手ながら、礼を言わせてくださいまし……』
「あんた――」
 シェラが声をあげた。
 風雪姫の姿が、ぼんやりとかすみ始めていた。
『もう……刻限でございまする……』

 ありがとう……

 冷たかった声が、最後の一言だけ暖かくなった。
 風雪姫の姿は、その名の通り――風のように、雪のように、はかなく消えた。
「フェー!」
 クルスの呼び声がする。
 フェーはようやく保護者のもとに戻り、そして震える体をサモンの父親の体へとおさめた。
「うわっ。お前相当弱ってんじゃねえか――」
「サモン!」
 シェラが娘を抱きしめる。
 あ、しまったとオーマが娘を抱きしめるのに一歩出遅れたことを悔しがった。
「すまねえサモン、お前がどうでもいいってわけじゃないからな、な?」
「……違う……」
 サモンはつぶやいた。「フェーを……かわいがってあげて。フェーが弱まったのは……僕のせいだから……」
『違うよっ!』
 オーマの頭の中で、訴える声がある。
『私の意思でやったの! 違うよっ!』
「――自分の意思でやったから気にするな、だってさ」
 クルスがサモンにそう伝えた。
 サモンが――ほんの少しだけ、笑みを作った。
 無表情なサモンに慣れている両親が、おおっと胸をはずませる。
 ふとサモンは、父親がかかげている炎に目をつけた。
「ねえ……あのくぼみの中にいる人たちの氷づけ……溶かしてやって……」
「あん?」
 オーマはくぼみの中を初めてのぞきこみ、ぎょっとした。
 そして、
「クルス、すまねえな!」
 とくぼみの中へと飛び降りた。
 しかし――
「あ……」
 サモンがつぶやいた。
 わざわざオーマに頼むまでもなかった。――洞穴の氷が溶け始めた。
 雨のように降ってきて、慌ててシェラがその身で娘をかばう。
「ん?」
 くぼみの中から、父の声がした。
「何だ、こいつら生きてるじゃねえか」
 それを聞いて、サモンは微笑んだ。
(……ほら……言ったとおりだ……)
 母親に見えないようにしながら、彼女はたしかに微笑んだ――

     **********

「結局何があったのか、教えてくれねえわけか」
 クレモナーラから帰る途中、『精霊の森』で精霊二人を放しながら、オーマとシェラは娘とフェーに文句を言う。
「あれだけ危険な状態だったんだよ。何があったのかちゃんと話してごらん」
「危険でもなんでもなかったから……」
 サモンはフェーに向かって視線で合図した。
 フェーが、にっこりと笑った。

 ――二人の秘密。

「まあ……たまにはこんなのもいいかねえ」
 娘の頑固さは知っているから、シェラがふうと息をつく。
「無事だったしね」
 ラファルとフェーの様子をたしかめながら、クルスが言った。
「クレモナーラの村人も観光客も……みんな無事だったしね」
 ――なぜ氷づけになっていたのか、それもサモンとフェーは知っているようだったが、何も言わなかった。
「くうう……父親の威厳が台無しだぜ……」
「そんなもん最初からあったかい?」
「ひでえよかあちゃん!」
 クルスが笑った。
 風が吹く。どうやらラファルとフェーも、笑っているらしかった。
 優しい風を受けて、サモンがそっと目を閉じる。
 ――風雪姫。
 きっと忘れないだろう……自分は。
「ちゃんと見届けたかな……人々が起き上がったところ……」
「ん? サモン今何か言ったか?」
「何でもない……」
 さ、とサモンは服をはたいて言った。
「帰ろ……この森には、いつでも来られる……」
 その娘の言葉に、両親が大きく目を見張ったことを、サモンは不思議に思った。
 彼女は自覚していない。
 ――そのセリフはつまり、「また来ることがある」という可能性を示しているということに。
「……よほど仲良くなれたんだねえ」
 シェラが満足そうにそう言った。
「こっちの子たちも満足してるみたいだね」
 クルスが空中を見ながら微笑んだ。
「『また来て』だって、さ」
「ああ。また来るさ」
「俺はいつでも来るぜー我が腹黒同盟同志よ!」
「あんたはいつまでもさぼってここへ来ない!」
 シェラは右手で夫の耳を、左手で娘の手を引きながら歩き出す。
 サモンはおとなしく母に手を引かれながら――ふと後ろを見た。
 そこでは森の守護者が笑顔で見送っていて、そして、

 ――またね。

 明るい風の精霊の声が、聞こえた気がした。


 ―Fin―


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー】
【2079/サモン・シュヴァルツ/女/13歳(実年齢39歳)/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/女/29歳(実年齢439歳)/特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談)】

【NPC/フェー/女/?歳(外見年齢9歳)/風の精霊】
【NPC/ラファル/男/?歳(外見年齢9歳)/風の精霊】
【NPC/クルス・クロスエア/男/25歳?/『精霊の森』守護者】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

サモン・シュヴァルツ様
初めまして、笠城夢斗です。今回の音楽祭にご参加いただきありがとうございました!
フェーとも仲良くしていただきとてもありがたく思いますv
またご両親と一緒にいらしてくださいね。お待ちしております〜。