<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


戯れの精霊たち〜ぽっくり幽霊大騒動〜

「筋賀新年もすぎてしまったな……」
 オーマ・シュヴァルツはしみじみとつぶやいていた。
 朝日が目にまぶしい。これは新年の日の出ではないとは言え、朝日とはよいものだ。
「うむ。新しいことが始まるのはよいこと」
 今日のオーマはいやに重々しかった。
「そうとも――」
 拳とともに大胸筋を震わせ、オーマがぐっと奥歯を噛みしめる。
「終わりの次には始まりがある! 筋賀新年の次には――」

 おピンクスウィート大胸筋、もじもじラブヴァレンタイン!

「若いモンのためにあるんだ、こういう日は」
 オーマは腕組みをして腹黒商店街を歩いていた。
 そしてある場所でふっと足をとめ、横を見る。
 聖筋界アイドルルンルンショップ――
「そう――ヤツも二十五歳! いつまでも独身貴族でいさせてやるのももったいない……!」
 そのために、オーマは用意してやったのだ。
 例の『ヤツ』のために。せくしー一生ブロマイドや、ヴァレンタイン腹黒必勝筋願グッズを!
「というわけで、待ってやがれクルスーーーー!」
 親父は『彼』の一生ブロマイド&腹黒必勝筋願グッズを胸に一抱え持って、今日も『精霊の森』へと向かうのだった。


 『精霊の森』と呼ばれる場所がある。
 そこは精霊たちの棲む森。しかし、たったひとりだけ『守護者』と称して人間が住んでいる。
 そのたったひとりこそが、クルス・クロスエアだった。
 現在二十五歳。正しく言えば不老不死なのでもうちょっといっているのだが、独身貴族の若者には違いない。
「ヤツをヴァレンタインにこそ下僕主夫ロードへと覚醒させる……!」
 親父は燃えていた。メラマッチョ燃え燃えだった。
 クルスと出会ってからなかなかけっこう時間が経つ。その間、ひょうひょうと独身貴族でいやがるヤツがもったいなくてしょうがないと、オーマは常々思っていたのだ。
「下僕主夫だ下僕主夫。こんなとっておきの日にこそ下僕主夫にならんでどうする……!」
 燃え燃え燃え。ひたすら燃え。
 すでに道を覚えた精霊の森をぬけていくと、クルスが住んでいる小屋の傍には焚き火があった。
「おおう。そういや焚き火にも精霊がいると前聞いたことがあったじゃねえか」
「っていうかキミ、何を抱えて来たんだい……」
 後ろから、呆れきったような声が聞こえてきた。
「クルース!」
 オーマはばっと振り向いた。
「見ろ、このヴァレンタイングッズを! お前のために用意したのだ、感謝するがいい……!」
「……あのねえ」
 緑に青いメッシュの入った髪、銀縁眼鏡の長身。
 疲れたように額に手をあてて、小屋の壁にもたれている。
「お前は俺が言うのも何だが独り身にしておくには惜しい! 惜しすぎる……! さあっ下僕主夫ロードを歩め歩むんだクルスー!」
「暑苦しいってば、キミ」
「おお何とでも言うがいい! どうだこのせくしーブロマイド! 腹黒商店街のルンルンショップにバラまいておいたからな。評判は上々だ!」
 クルスがひく、と頬を引きつらせた。
「いつの間に撮ったんだいその写真……」
「ふっふっふ。俺様に不可能はない」
「勘弁してくれよ」
 クルスは肩をすくめて首を振った。「何かそこでウェルリまで同意してるし……」
「ウェルリ? それはもしやこの焚き火!」
「……そうだけど?」
「ちょっとしゃべらせてくれや。な?」
「………」
 クルスは心底嫌そうな顔で、いつもの彼独特の技を披露した。
 ――擬人化《インパスネイト》。
 ぼんっ! と焚き火からはじけるように飛び出してきたのは、三十代半ばと見えるかっぷくのいい女性だった。
『さっきから聞いていればあんた、ええとオーマとか言ったっけかい!』
「おお! 俺はオーマ・シュヴァルツってんだ! お前さんが焚き火の精霊か!」
『そうともさ! あたしゃウェルリってんだ。さっきからあんたのそのほとばしるような暑苦しいヤバい色たっぷり焔に惚れたよ……!』
「そうかウェルリ! お前さんもクルスを独り身にしておくのはもったいないと思ってくれるか!』
『ヒトリミとかゲボクシュフとかって言葉はよく分からないけど、あんたのその熱い心は伝わってくるね!」
 そうか精霊にはそういう概念がないんだな、とオーマはふと気づいてしまったと思ったが、
「いや、これからそれについてじっくり教えてやろう。よしクルース!」
「……今日は何だってそんなに元気がいいんだ……」
「燃えているからに違いない! そして燃えさせているのはお前だクールースー!」
「もういい分かったから。ウェルリを宿らせるって言うんだろう?」
「さすがだんだん俺のことが分かってきたな。その通り、頼んだぜ!」

 ――そんなわけで、ウェルリの意識はオーマの体内にもぐりこんだ。
 意気投合しまくっている二人は、精神ジャストフィットないい感じだった。

 さて、ウェルリを体に宿らせ森の外へ出たオーマ。
「どこに行くかな――」
 と早速思案した。
 今回はまずクルスのヴァレンタイン計画がある。それにウェルリにぜひ協力してもらうために、まずウェルリにヴァレンタインというものを知ってもらわねば。
「あのな、ウェルリ。ヴァレンタインってのは――まあ完結に言えば、恋人同士が成立するための最高のチャンスなんだ」
『コイビトっつーと……要するに大切な人間ってことかい?』
「そうそう、結婚っていうのは男と女が一生を仲良く添い遂げるってことだ」
『一生と二人きりで過ごすのかい? そりゃすごいことができるんだねえ人間ってのは』
「ううむ……精霊にそういうのを教えるのはなかなか難しいんだな」
 水の精霊であるマームとセイーは、お互い近くにいて他に異性が(クルス以外)いないせいか、下僕主夫&カカア天下を指南しやすかったのだが。
 ウェルリは火の精霊だ。焚き火から動くことのできない精霊。
 そして同じ火の精霊の男と言えば――クルスの住む小屋の中にある、暖炉の精霊グラッガである。
 つまりは、お互い顔を合わすことがないのだ。
「困ったぞ。むう……つ、つまりだ、ウェルリがクルスにラブドキュンしたとしてだな」
『らぶどきゅんかい? あたしゃ普段からクルスが好きだがねえ』
「そういう好きとはちぃとばかし違うんだなあ。こいつがいねえと生きていけねえ! ってなくらいじゃねえと」
『あたしら精霊は、クルスがいないとちょっと心が死んだようになるよ?』
「むう……」
 ――説明するのがものすごく難しい。
 考えてみれば、人間だってどうして「恋人同士」だの「結婚」だの「夫婦」だのの概念をちゃんと理解しているのだろうか。
(……そりゃ、生まれたときから近場にそういうちゃんとした例がいるからだなあ。例えば両親だの。子供のうちにいつの間にか刷りこまれるもんだしなあ。子供じゃなくても人間社会にいりゃあ)
 そして精霊たちには、それがない。
 クルスは幸い、それが分からないほど人間社会から隔絶しているわけではないようだが。
(ヤツは自分から、社会から離れようとしてやがるからな……)
 もったいないもったいない、ああもったいないもったいない。
 オーマは天を仰いで嘆いた。と、そのとき――

「ん?」

 ひどくヤバい感じの気配がした。
 そして――
 ひゅおっ
 何だかよく分からん感覚のうちにオーマは腹黒ぽっくり、ばったりとその場に倒れてしまった。

 そう、ヴァレンタインで浮かれ気味なのは他の皆も同様――
 通りすがりの浮かれ死神が、うっかり誤ってオーマの魂を狩りとってしまったのだった。

     **********

『大丈夫かい?』
 ――ウェルリの声で目が覚めた。
「う……んー……」
 目をこすりこすり起き上がると、そこは暗い暗い、人間世界とは明らかに肌に感じる気配が違う場所だった。
 そこは――下僕主夫地獄。
『何だかよく分かんない場所に来ちまったよ』
 目の前に、インパスネイトで焚き火から出てきたときと同じ姿のウェルリが普通に見える。
「何でお前さん、俺の体の中にいねえんだ?」
『さあ。よく分からないねえあたしにも』
 考えてみれば当たり前かもしれない。
 目の前であらえさっさーと何か重い石のようなものを引きずりながら、足かせをつけられ歩いていくのはいかにも地獄の下僕主夫囚人。
 地獄に来たからには、オーマも生身ではないのだ。魂だけのはずである。
 ウェルリが、『体の中に』いるはずがない。
「何かよく分からんが……巻きこんじまったみたいだな」
 ウェルリに謝ると、『そんなことはいいさ』と豪快に笑う声が返ってきた。
『それよりねえ。何だかさっきからこの場所、様子がおかしいんだよ』
「ん?」
『何か知らないんだけど。どこか慌ててるっていうか』
「慌ててる?」
 よく見ると。
 あらえっさっさと延々と石運びさせられている下僕主夫囚人の見張りをしているらしき、いかにも『死神』っぽい黒い布の体に、顔がドクロ、鎌を構えた連中が、あっちへ行ったりこっちへ来たり、お互いこそこそと話し合い、いかにも「何かが裏で起こってます」な雰囲気をかもしだしている。
「ちぃと話聞いてみっか」
 他にやることもないので、オーマは死神のひとりをつかまえて訊いてみた。
「おい、お前さんら。さっきから慌しいのは何でだい」
 死神はオーマとウェルリの姿を見て、何かを思案したようだった。そして、
「ちょっと待っていろ」
 とオーマたちに言い、ひょろひょろり〜とどこかへ飛んでいってしまった。
「何だありゃ」
 とりあえず、言われたとおりに待つオーマと火の精霊――
 やがて、さっきの死神がひょろひょろり〜と帰ってきた。
 そして帰ってくるなり、
「お前たちに話がある。大王様のところへお連れする」
「へ? お、おいちょっと」
 問答無用。どこからかひょろひょろと現れたたくさんの死神たちによって、オーマとウェルリは連行された。

     **********

「困っておるのじゃ」
 開口一番、その怖い顔のおっさんは言った。
「地獄の業火が失われた。このままでは下僕主夫死者を燃えアニキボンバー仕置きできぬ」
「……嫌な仕置きだなそりゃ」
 自身火の守護獣の加護を受けているとは言え、ここは地獄だ。
 下僕主夫死者燃えアニキボンバー。受けたくない。絶対受けたくない。
「困っておるのじゃ」
 地獄の大王は繰りかえした。
「まあ……そりゃ困るだろうけどよ」
 だから、俺らにどうしろと?
「そこでもうひとつ問題が発生しておってな」
「あん?」
「地上界で、どうもこの地獄の業火による放火事件が発生しておるらしいのじゃ」
「なにい!?」
 オーマは身を乗り出した。
「見たところ、そなたらは本来死者ではないな」
 大王は閻魔帳だか何だかをめくりながら言った。
「そなたらなら精神体だが一時的に地上界へ戻すことができる。事件を調べてきてくれんか」
 地獄の業火が消えたのはなぜか。
 そして、その業火らしきものがなぜ地上で燃えているのか。
「誰かがワル筋化してやがるとしか思えねえな……」
 オーマはうなった。そして、
「分かった、調査してやるからな……!」
 大王に向かって、深くうなずいた。

     **********

『火の気配をさぐるのは、あたしゃ得意だけどねえ』
 オーマとともに地上界へ戻ることを許されたウェルリが、うーんと強く眉根を寄せた。
『ヘンな炎の気配がするよ。何ていうか……邪悪、とも違うんだけど』
「きっとその炎だな」
 オーマは精神体で空を飛びながら言った。
「あの地獄、なんつーか邪悪じゃなかった。その地獄の業火ってんだから、邪悪じゃねえだろう」
『ジゴクってのはあたしゃよく分からないんだけど、それでいいのかねえ』
「下僕主夫の世界だからな」
 オーマは重々しくうなずいた。
 ウェルリが指を指した先。
 オーマの下僕主夫筋がビビビと信号を受信する。
「よし。間違いねえ」
 オーマはウェルリと共に、大空を飛んだ。

 赤い色が見えてくる。エルザード城下の隅に、不自然な赤い色。
「あれか!」
 オーマは厳しい顔つきになった。
 人里に火がついている。あれはまずい。
「何とか火を消さねえと――」
『火の扱いならあたしに任せな』
 ウェルリが豊満な胸を張った。
「おう。地獄の業火でも消せればいいな」
 オーマはその火の元へ降り立った。
 ひとつの家が――火事で焼かれていた。
 家人が慌てて外へ出てくる。
 元がボロ屋だったのか、すでに半壊しているが、幸い、逃げ遅れた人間はいなさそうだ。
「誰だこんな最高にワル筋なことをしたのは……!」
 ウェルリ! とオーマは精霊を呼んだ。
『あいよっ』
 調子を合わせて、ウェルリがはあっと気合を入れる。
 そして、

 ぼっ

 地獄の業火を、一瞬にしてかき消した。

「よーし、偉いぜウェルリ」
『うまくいってよかったよ』
 ウェルリがにっと笑った。
「あとは何でこんなことが起こったかだけ――」
 言いかけ、
 ふと、オーマは電波をビビビと受信した。
 下僕主夫電波を。
 そして、火事でざわめいている人ごみの中に、ひとりの人間を見つけたのだ――

「てめえか、このワル筋下僕主夫!」
 オーマは飛びかかった。
 はっと気づいた下僕主夫は逃げようとしたが、一足遅く、オーマにがっしり捕まった。
 正しく言えば、人間ではもうないのだろう。
 ――それは、下僕主夫幽霊だった。

     **********

「お前が地獄から業火を盗んだんだな?」
 エルザードから離れ、人のいない場所を選んで下僕主夫霊を連れ出し、オーマは確認する。
 下僕主夫霊は諦めたのか、こくんとうなずいた。
「なぜ、そんなことをしたっ!?」
『お、俺のカカアが……っ』
 霊はその体を震わせながら語る。
 そのオーマにも負けないマッチョな肉体に、たくさんの刀傷。
 ――地獄に落とされる理由があるに違いない、目つきの悪さ。
 しかし、下僕主夫はしょせん下僕主夫だった。
『俺のカカアが……っ。次のヴァレンタインに俺のためにチョコを作って墓に供えてくれるって言っているのが聞こえたから……っ』
「……ああ?」
『ただ、うちは貧乏でっ! 火もつけるのに苦労するような家なんだっ。だから、火を貸そうと思って……っ』
「………」
 やり方――というか考え方が、激しく間違っている。
 しかし、オーマはその愛情を感じ取って号泣した。
「くうう……っ。いいカカアだったんだなあっ」
『俺のカカアは最高のカカアだ……っ』
「そうか……」
 オーマは一瞬、その下僕主夫霊を許しそうになった。
 しかし、脳裏に怖い顔のおっさん大王が浮かび、
「だがっ。お前は悪いことをやったんだ」
 と慌てて言った。
 霊はしょぼくれる。
「第一お前は地獄へ落とされたんだ。ちゃんと仕置きを受けろ」
『……はい……』
 何をやって地獄に落とされたのかは、この際聞かないでおこうとオーマは思った。
 そんなことはもう、どうでもいいことだから。

     **********

「犯人を捕まえてくれて感謝する」
 怖い顔の地獄の大王は、重々しく言った。
 犯人の下僕主夫霊を連れ帰ったというのに、あまり嬉しそうではない。
「あんだ? まだ何か問題があるか?」
「……地獄の業火が消えてしまった。何とかして代わりの強い炎を生み出さなくてはならない」
「あ!?」
 地獄の炎。それはよほどの炎だったろうに違いない。
 その代わりとなる炎など、あるのだろうか?
「しまったな……じゃあ消すべきじゃなかったのか?」
『あの場合、消さなきゃおさまりつかないじゃないのさ』
 ウェルリが口をはさんできた。そうだよなあ、とオーマは同意した。
「俺らの責任にされても困るぜ、大王さんよ」
「今は誰それの責任と言っている場合でもないのじゃ」
「……そりゃそうだな」
 大王はむむむとうなって腕組みをし、たくさんの死神たちを呼び集めて何かいい意見はないかと声をかけていたが――
 ふと。
「む? そなた」
 大王は、ひとりの死神に目をつけた。
「そなた、地獄の業火に似た炎の気配を身にまとっているではないかっ」
「ひっ!?」
 指名された死神は悲鳴に似た声をあげた。その理由は、すぐに分かった。
「そなたを燃やせば地獄の業火を復活させられるか……」
「ままま待て大王さんよ、そりゃあ乱暴じゃねえのかい」
 オーマは慌ててとめようとする。
 しかし、大王は「なぜじゃ?」という顔をするだけだ。
(ここは地獄なんだ)
 オーマの常識は通用しない。
(しかし、助けてやりてえ……!)
 絶対不殺主義。それはここでも同じこと。死神はすでに死んでいる存在だとか、そんなことはまあ置いといて。
「なあ、あの死神がなんでそんな気配身にまとってんのか、聞くのが先だと思わねえか?」
「む? そう言えばそうじゃな」
 大王は物分りがよかった。指名した例の死神を呼び寄せ、
「して、そなたはなぜそのような気配を身にまとうておる」
「わわわ、分かりませぬが……」
「……ん? そう言えば……」
 何かを思い出したのか。大王は唐突に、閻魔帳をめくり始めた。
「――やはりじゃな。こちらの恩人の魂を間違えて狩りとってきたのは、そなたか」
 オーマを示しながら、大王は怖い顔をさらに怖くした。
「間違って死なせるべきではない者を死なせるとは何事かっ。そなた、死神として失格じゃ!」
「ひいいいいい」
「やはりそなたを焼いて業火に変えて――」
「待てって大王さんよ――!」
 どうどう、と大王を何とか落ち着かせ、オーマは震えている死神を見た。
「そーか……お前さんが俺を殺しちまったんだな」
「すすすすみません……」
「いや……そりゃいいんだが……」
 本当はいいわけがないが。
「そうじゃな。冷静に考えると……」
 大王は腕組みをして、むううとうなった。「この者は何者かに影響を受けて、そのような気配をまとっているのかもしれぬ」
「誰の影響受けてるってんだ?」
「時間がそう経っておらぬゆえ、限られる。加えて生きている人間のほうが強く影響を与えるであろうな。そなた、この数時間の間にどれだけの人間と関わってきた?」
 死神に問う。
 死神はがくがくとしながら、震えて本音をもらした。
「じじじ実は、考えごとをしておりましたゆえ、ほとんどの人間と出会うておりません」
「考え事とな?」
「ははははい」
「何を考えておったのじゃ」
「―――」
 死神は赤くなった。……死神でも赤くなれるらしい。
「それが……その」
 ヴァレンタインのことで――
 と、死神が言ったとき。
「うおお……! そうだった、ヴァレンタイン……!!!」
 オーマが急に思い出し、熱く燃え出した。
「クルスのヤツを独身貴族から脱出下僕主夫ロードへ桃色ご案内筋する仕事が残っているじゃねえか……っ!!」
 燃える燃える燃える。ヤバい気配の焔が燃える。
「こ、この方としか……接触しておりません……」
 死神がそう証言し、
「……この気配、間違いないな」
 大王が深くうなずいた。
「地獄の業火の代わりができるのは、そなたのその焔しかない」
「うお?」
「もっと燃えてくだされ。業火の柱にするための最初のひとかけらさえ取れれば、そなたたちを地上へ戻すと約束しよう」
 元々間違いだったのだから――と、大王は言った。
「もっと燃えろと!? 任せろ……!」
『あたしも手伝うよ、オーマ……!』
 ウェルリが楽しそうに、豪快に笑った。
『クルス……! よく分かんないけどヒトリミはもうおしまいにするんだよ……!』
「そうだクルス、下僕主夫ロードへGOだ! お前にはすでにそれしか道がない!」
『あたしたちの大切なクルス! あんたが幸せになるために必要らしいよ……っ!』
「そうだクルス、お前自身の幸せのため、立派なカカアを見つけてヴァレンタインチョコゲッチュ&下僕主夫桃色ロードを歩み始めろおおおおお!!!」
 燃えた。
 燃えた。
 燃えて燃えて燃えまくった。
 火がほとばしった。
 そのかけらを、すかさず大王の側近的な死神がキャッチした。
「おおおおお……」
 大王が歓喜の声をあげた。
「素晴らしい……! これほど見事なヤバい焔は見たことがない……! 次の我らの業火は、さらにパワーアップすること間違いなしだろう……!」
 さあ、約束だ――
「地上に、戻られるがよい」

 ひょーい

 オーマとウェルリは、放り出されるような感覚の中――地獄から、地上へと戻ってきた。

     **********

 目覚めて真っ先に出会ったのは、クルスの冷たい冷たい視線だった。
「……ものすごい大声で、一体何なんだい二人して」
「おお! クルス……!」
 オーマはがばっと起き上がり、
「お前への俺の愛が地獄を救ったぞ……!」
「地獄を救ってどうするんだい。というか、いい加減にしてくれ」
 クルスは冷たく言い放った。
「クルス……なぜだ、なぜなんだ……っ」
「僕は不老不死だ。伴侶はいらない。それだけだ」
「伴侶がいるほうが何倍も何倍も幸せに生きられるというのに……!」
「いらないから、もう諦めてくれ」
 オーマはくううとうめいて、それから太陽に向かって吼えた。
「絶対にクルスに伴侶を見つけてやるぜーーー!」
「………」
 クルスは黙ってウェルリをオーマから分離させ、ウェルリを連れて森の中へと帰ってしまった。

『どうしてだい、クルス』
 ウェルリが不満そうに自分を引っ張る守護者に声をかける。
『オーマは本当にクルスが大切で――』
「だから困るんだよ」
 クルスは苦々しく言った。
「僕がそもそも何で不老不死になったのか、お前たち精霊までが忘れるのか……?」
『―――』
「僕にはお前たちがいればいいんだ。お前たちが、この森に束縛される限りは――ね」

 ――たくさんの“クロスエア”と呼ばれる精霊と意思の疎通が可能な人間たちの『死』を見てきた精霊たち。
 その精霊たちの、何度も何度も繰りかえす悲しみを断ち切るために、不老不死の道を選んだ。
 ウェルリを焚き火へと戻し、そして小屋に帰り。
「不老不死の僕と、永遠に生を共にできる人間なんか、いるはずないだろう……?」
 ――僕だって、精霊たちと同じ悲しみは味わいたくないんだ。
 そう言って、森の守護者はとんと壁に背をついた。
 目を閉じる。――お節介をやいてくれる優しすぎる大男の姿が、瞼の裏から消えてくれなかった。

 きっと彼は来るだろう。再び、クルスの前に。決して諦めずに。
 彼自身が――長い刻を生きてきているがゆえに――

「……でも僕らは特殊なんだよ、オーマ……」
 青年はつぶやいた。
 暖炉の火がふと、ぱちりと火花を散らした。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【NPC/ウェルリ/女/?歳(外見年齢34歳)/焚き火の精霊】
【NPC/クルス・クロスエア/男/25歳?/『精霊の森』守護者】

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■         ライター通信          ■
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オーマ・シュヴァルツ様
いつもお世話になっております。ライターの笠城夢斗です。
今回はぽっくりいっちゃった二人の騒動、いかがでしたでしょうか。
全体的にはギャグなのに、ラストがしんみりしてしまったのがアンバランスすぎるなあと思いつつ;すみません……。
よろしければまたお願い致します。