<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


戯れの精霊たち〜アンチ○○○〜

「ついにこの日がやってきてしまった……」
 オーマ・シュヴァルツは珍しくしおれていた。
「ついに……この日が……」
 緊張で大胸筋が震える。はあ、はあ、と息があがりヤバい汗がだらだらと流れ出る。
 ――考えただけでこれだ。
「胃が……痛い……」
 壁に手をつき、オーマはぐはあっと訳の分からないうめき声をあげた。

 本日――
 ソーン腹黒商店街にて。
 『カカア天下の会』による、「ドキドキど筋★食べ盛りアニキ乱舞大発生マッスルンルン殺しムネドキ大食いバトル筋大会★」開催。
 早い話が大食い早食い大会なのだが……
 食べる料理が問題だった。
 作るのは、『カカア天下の会』のカカアたちなのだ。
 カカアたちが、腕によりをかけて、アレでナニな料理を作り上げるのだ。
 時にあまりに至高なる料理の出来から、料理より生誕した未知なるヤバナマモノと己の胃を死守するべく、腹黒デッドオアアライブパラダイスを繰り広げることとなる。
「ナマ絞りデス予感MAX筋……っ」
 オーマははあ、はあと息を荒らげながらごくりと唾を飲み込む。
「しかーし……優勝者には賞金も出る……っ」
 年中家計は火の車ダンシング。そんな家計を支える身として――
 決死の大胸筋覚悟で、オーマは参戦を決意していた。
「こんなデッドオアアライブ筋……ひとりで行くものか……っ」
 そしてオーマは突然駆け出し、叫んだ。
「ゼーーーーーン!!!」
 振り向いた青年が、ぎょっと逃げ出そうとする。が、親父菌捕獲によりゲッチュ。
「あにすんだ……よっ!」
 ゼン。それはオーマの経営するシュヴァルツ総合病院の下僕である。本人は激しく否定するだろうが。
 道連れ生贄も撃ちゃ当たると、オーマはゼンも連れて行くことを決定付けていた。
 と、そこへ、
「なになになに〜?」
 とぴょこっと現れたのは、かわいらしい緑の髪に赤い瞳の少女だった。
「おお、シキョウ」
 オーマは暴れるゼンを押さえ込みながら、シキョウに無理やりな笑顔を見せる。
「実はかれこれそれこれで」
「えっおでかけ〜? それにおしょくじ〜!?」
 シキョウは飛び上がって喜んだ。「シキョウもいく〜!」
「よしよし。ついてこい」
 シキョウの胃袋はブラックホールである。何かの役に立つかもしれない。
 そして、
「ああ……明日の親父神朝日は拝めるだろうか……」
 と遠い目をするオーマ、
「くそっ何で俺が行かなきゃならねーんだよっ」
 と悪態つきまくりなゼン、
「たのしみ〜☆」
 ワクワク元気にるんるんるんなシキョウの三人は、腹黒商店街へと向かうこととなった。

 と、その道中。
「おっと。『精霊の森』をついでに通過していくか」
 というか腹黒商店街に行くときにはほぼ必ず通っているのだが、オーマは思い出したように『精霊の森』と呼ばれる森を通過した。
 ゼンとシキョウをここにつれてくるのは初めてでもある。
 この森は動物がおらず、静かで穏やかだ。そしてたったひとりだけ人間が住んでいる。
 その人物は、珍しく自分が住処にする小屋ではなく、普通に森の中にいた。
「よー! クルース!」
「またかい……」
 すでに挨拶もしなくなった森の守護者、クルス・クロスエアは、やれやれとオーマの声に振り向き――おや、と首をかしげた。
「どうしたんだい。顔色悪いじゃないか」
「ふっ……今日はデッドオアパラダイスに向かう途中だからしてだな」
「ふうん?」
「自分から死にに行くようなもんだっての。けっ」
 ゼンが吐き捨てるように言う。
 シキョウがクルスを見て、
「はじめましてなの〜。シキョウは、シキョウっていうの〜。よろしくなのっ」
「ああ、初めまして。オーマのお友達?」
「まあ、似たようなもんだな」
「俺は友達じゃねえ!」
 叫ぶゼンを、「こいつは下僕同志のゼンってんだ」とオーマはゼンの頭を押さえつけながら言った。
「ゼンにシキョウね。オーマの周りはにぎやかだな」
「俺様の人徳だ」
「ざけんなっ! てめえの悪魔親父菌が人に取り付いて離れねえだけだろうがっ!!」
「………」
 それを見ていたクルス、
「ああ、要するに類は友を呼ぶってやつかい」
 とぽんと手を打った。
「ああ!? てめっ今なんつったっ!?」
「いや見たそのまんまを」
「ぶっ飛ばーす!」
 ゼンの素早い身のこなしが、クルスを襲う。
 オーマはクルスが避けるだろうと思った。しかし、
 クルスはまともにゼンの蹴りを手で払った。
「初対面でずいぶん乱暴だね」
 とクルスは苦笑する。が……
「おい……」
「ん?」
「何となく、今のお前の動きに不自然さを覚えるのは俺だけか?」
 オーマは腕を組んであごに手をやる。
「ああ、避けなかったって意味かい?」
 クルスは察しが早い。ということは、自覚があるということだ。
「何で避けなかった?」
「そりゃあ、後ろにこれがあるからさ」
 クルスは後ろを示した――

 そこにあったのは、巨木。
 とても古いことがすぐに分かる。そのくせ、とてもみずみずしい。
「あーっと……たしか、樹の精霊がいたっけか、ここ」
 オーマはふと思い出した。直接会ったことはなかったが、樹の精霊にその樹液を使った薬をもらったことがある。
「そう。この樹が精霊ファードの本体だよ」
 クルスは巨木の木肌を優しく撫でて、そう言った。
「そうか。おーい樹の精霊さんよー!」
 オーマは巨木を見上げて声を張り上げた。「この間はありがとうよー! 薬、助かったぜー!」
「ねえねえ、さっきから『せいれい』ってなんのこと? なんのこと〜?」
 シキョウがクルスにまとわりついて訊いてくる。
 クルスがこの森の特殊さを説明した。
「ばかばかし」
 けっと横を向いたゼンとは対照的に、シキョウは目を輝かせた。
「じゃあさじゃあさ、その『せいれい』さんも、つれていこ〜? みんなでたのしくたいかいやろ〜?」
 少し離れた場所に、大きな岩がある。
 それにも精霊が宿っていることをオーマは知っていた。岩の精霊は、ザボンという親父である。
「ふむ。こりゃいい、ザボンとファードを大会にご招待すっかな?」
「外に連れ出してくれると言うなら歓迎するよ」
 とクルスが言った。

 誰が誰を宿すのか。
 新春アニキくじ引きで出た結果は、ファードがオーマに、ザボンがシキョウに、というものだった。
 シキョウは大喜びだった。しかし、
 クルスがザボンをシキョウに宿らせようとした瞬間。

『むんっ!?』

 親父精霊の声が、オーマたちにも聞こえた気がした。
 シキョウの内在的な力が精霊を弾き飛ばし、代わりに吹き飛ばされるようにどさりと倒れたのはゼン。
「なっ、なんだ……!? 体が……っ超、重ぇ……!」
「おやおや」
 クルスがあごに手をやった。「シキョウちゃんから弾き出されたザボンが、ゼン君にクリティカルヒットしたみたいだねえ」
「おお!?」
 オーマはファードを宿らせた体で喜んだ。元々スピードを旨とするゼンに、宿らせると体が超重く鈍く硬くなるザボンが宿るとどうなるのか興味津々だったのだ。
 しかしふと横を見ると、
「シキョウ……わるいことした〜?」
 シキョウが泣きそうな顔になっていた。
「い、いやっ。そんなことはねえよ。泣くな。な?」
「そうだね。相性の問題だよ」
 クルスは簡潔にそう言ってくれた。――本当はそうではないことを、彼自身も気づいていただろうが。
「あ、ありえねえ……っ」
『わしはザボンと申す。よろしくお願いいたす、ゼン殿』
「しかも親父かよっ!?」
 女好きのゼン、合掌。

 とにもかくにも、オーマにファード、ゼンにザボンが宿った状態で、一行は大会会場に向かった。
 ゼンがあまりにものろいので、危うく遅刻するところだった。
 会場ではすでに準備万端――
 怪しい匂いが……ナマモノ的匂いが……充満している……
「くっ……明日の親父神よ、俺に加護を……!」
 オーマは手を合わせて必死に親父神を拝んだ。
 ゼンは内部のザボンとの戦いでそれどころではない。
「たいかい、は〜じま〜るよ〜☆」
 シキョウだけが、元気よく着席しながら二人を呼んだ。

 戦いは壮絶なものとなった。
 早食い&大食い選手権のはずなのに、会場では何人もの魂が出かかった。
 ゼンはザボンの影響で、味覚がなくなる――はずなのに、カカア天下の会の作った料理は精霊の力を軽く超えてしまった。
 まず最初にゼン撃沈。
 オーマはすぐにでも失神しそうになったが、宿っているファードが癒しの精霊であるために快復が無駄に早く、その上ファードは食事好きとくる。次から次へと胃袋にアレでナニな料理を入れることとなり――
『あら……どうなさったの?』
 ファードが心配そうにオーマに声をかける。
 オーマは胃袋より先に精神がやられて撃沈。
 シキョウだけが何でも美味しく圧倒的大食GO! ノリノリるんるんで食べ続け、大会が進んでいく。
 しかしオーマは、すでに意識がなくなっていた。

     **********

『起きて――起きてください、オーマ――』
 優しい精霊の声がする。
「……ん……」
 オーマはぼんやりと目を開けた。
「ふぁ、ファード、か……?」
『はい』
 ファードが優しい声で、応えてくる。
 それだけで、精神が優しく包まれたような、奇妙な心地がした。
「お前さん……ほんとに癒しの精霊なんだなあ……」
 だんだん復活してきて、オーマは体を起こした。
 と――
「……んあ?」
 オーマは目をぱちくりさせた。
「なんだこりゃ」
 そこはたしかに腹黒商店街だった。
 しかし――立派に設置されていた早食い&大食い会場の設備がない。
 おまけに、ゼンとシキョウがいない。
「ど、どうなってんだ――」
 オーマは慌てて近場を通った腹黒商店街の人間に声をかける。
 しかし、誰に聞いても「カカア天下の会による早食い大食い大会など知らない」と言った。
「ふぁ、ファード、お前さんは覚えてるか?」
『ええ……たくさん食べましたもの。覚えておりますけれど……』
「じゃあ記憶あんの俺たちだけってことか」
 そんなバカな。オーマは緊張した。
 とるものもとりあえず、ゼンとシキョウをさがすことにする。あの二人はどこへ行ったのか――
「ファード、お前はザボンの気配をたぐってくれ」
『はい』
 ファードの返事を聞き、安心しながらもオーマはゼンとシキョウの具現波動をたぐりよせる。
 商店街には気配がない。ファードと一致した意見。
 ファードと相談しながら向かった先は、すでに腹黒商店街も抜けた先。
 そこには――
 朽ち果てた、教会が、あった。

     **********

『ゼン殿。ゼン殿』
「なんだよ……あと五分……」
『起きないとまずいように思われるぞ』
「ああ? 何がまずいって――」
 はっとゼンは目を覚ました。
「あっ!?」
 慌てて――スロウな動きで――辺りを見渡す。もうアレでナニな料理はないか、もうデッドオアアライブパラダイスは過ぎ去ったのか、もう大会は終わったのか――
 しかし、視界に入ったのはゼンの予想した世界ではなかった。
「ち……地下室……か?」
 薄暗い、あまり広いとも言えない部屋。
 吊り輪や鞭、怪しい甲冑に重そうな石。傍らには火が燃えていて熱い。しかもその火には鉄の棒がつきささっている。
 ――拷問器具ばかりじゃないのか?
 ゼンはとっさにオーマの姿をさがした。
「オッサンがいねえ……!?」
 少し離れたところに、シキョウが倒れている。
 ゼンは重い体を引きずって、何とかシキョウの元へと行こうとした。
 しかし、
「……目を覚ましてしまったか……」
 カツン、カツン
 靴の裏を鳴らしながら、階段をゆっくりおりてくる存在がいる。
 黒いローブに、黒い三角布を顔にかぶっている。顔が見えない。
 しかし体つきは分かった。オーマに負けないほどの……マッスル超アニキ。
 怪しい、怪しすぎる集団だった。それがざっと十人ほど。
「こちらの少女か……例の者は……」
 言って、集団のうち五人ほどが、気絶したままのシキョウの体を抱え上げた。
「あ!?」
 ゼンは必死で体を立てて手を伸ばした。「シキョウに……なにしやがんだ……っ!?」
 体が重い。思うように動かない。
 シキョウが目の前で黒ローブの連中の手によって、階段を昇りさらわれてゆく。
「っちくしょう!」
 ゼンは追いかけようとした。しかし親父連中に対する本能的生理的拒絶反応――もといザボンによる体の重さで動けず、とても追いつけない。追いつけないどころか動けない。
「目を覚まさねば楽に終わったものを……」
 超マッスルアニキ黒ローブ軍団の魔の手がゼンに伸びてくる――
「う……ごけ、ねえ……っ!」
 ゼンは奥歯を噛みしめた。そのとき。
『少しお体をお借りするぞ、ゼン殿』
 ザボンの声がした。そして、なにやら体に違和感を感じた。
 拒絶することも可能だったろうが、今のゼンは体力精神力ともに疲労しすぎていた。
 ゼンの体の支配権が、ザボンに移る。
「では――ごめん!」
 ゼンの拳がザボンの重さをかけて、のっしりと繰り出された。
 ぼこっ
 ありえないような音がして、黒ローブのひとりが吹っ飛んだ。
「な――なにい!?」
 残りの黒ローブたちが唖然とした声をあげ、慌ててゼンの体をしたザボンに飛びかかってくる。
 しかし、今のゼンの体は超絶に硬かった。そう――岩のように。
「ごめんっ!」
 一回一回詫びのように、ただの気合のように言いながら、ザボンはひとりひとりを殴り飛ばしていく。
 ゼンは自分の体が勝手に動くのを、呆然と感じていた。
 やがて、すべての黒ローブがザボンの拳によって殴り飛ばされ、
『あいや、すまなかった、ゼン殿』
 すう、と違和感が解ける。いや、意識が重なっている違和感はまだあったが、体の支配権がゼンに戻った。
 ゼンは重い手を握ったり開いたりして、何となく見下ろしていたが、
「……ありがとよ」
 つぶやいた。
 そして誰もいないのに照れたようにぷいと上を向き、階段目指して重い体を必死で動かした。
 不思議なことに、もうその重さが嫌だとは思わなかった。

     **********

 地下から出ると、そこにはオーマがいた。
「オッサン、何やってたんだよ!」
 シキョウがさらわれたぞ! とゼンはまくしたてた。
「なに!?」
 オーマは愕然と目を見開く。
「ここから出て行ったはずだ! 見なかったか!?」
「いや――見なかった。すれちがいになっちまったか?」
 オーマは腹黒商店街の様子をゼンに伝える。ゼンは舌打ちした。
「訳分かんねえ……ちくしょう、シキョウはどこだ……!」
「とにかくもう少し奥へ行くぞ」
 オーマに言われ、ゼンはようやくそこがどこかの建物の中だと気づいた。
「どうやら教会らしいんだがな」
 とっくの昔に朽ち果てている、な――とオーマは先を歩きながらゼンに言った。

 奥に進み、礼拝堂へ出ると――
「……あん?」
 オーマとゼンは揃って眉をひそめた。
 整えられた座席。磨かれた中央の像。下に敷かれているのは、入り口からまっすぐ中央の像の元まで真っ赤な絨毯――ヴァージンロード。
「挙式の……準備……?」
 ふと見上げると、壁の大きなステンドグラスはエムブレムをかたどっていた。
「この……形、は……」
 オーマは胸を押さえる。
 オーマの心臓の上。そしてゼンの背中。そこには共通した模様がある。
 模様――タトゥ。
 ヴァンサーソサエティと呼ばれる組織に所属することを示すタトゥ。
 それがさかさまになったような形の模様が、ステンドグラスにかたどられている。
「何なんだよこれはっ!?」
 ゼンが叫んだ。そのとき――

 カラーン カラーン

 鐘が……鳴り響いた。

 オーマとゼンはばっと振り向いた。
 そこに、真っ黒なスーツを着たマッスル男がひとり、いた。
 ――真っ黒?
(ネクタイも黒、胸に黒薔薇……燕尾服。んん?)
 オーマはその姿をまじまじと見て、首をかしげる。
 マッスル男は何を気にするでもなく、堂々とオーマたちを通りすぎ、赤い絨毯を歩いて祭壇の元まで行く。
 そして、初めて振り向いた。
「どうだ、オーマ・シュヴァルツよ……!」
 両手を大きく広げ、己の大胸筋を誇示するかのように。
「この『黒の教会』に、よくぞ来た……!」
「『黒の教会』……!?」
 オーマは愕然とつぶやく。
 聞いたこともなかった。
 しかも、相手は自分を名指しで呼んでいる。
「オッサン、何やったんだよ……!」
 ゼンがどこどこと横っ腹を叩いてくる。
 ……ザボンの力が加わって、オーマでもかなり痛かった。
「お、俺は知らねえぞ……!」
「お前にはなくとも我々にはあーる!」
 黒燕尾服の男はさらに大きく両手を広げる。

 カラーン カラーン

 鐘は鳴り響き続ける。
「さあ我が花嫁よ……! 我の元へ来るがよい……!」
「は……」
 ゼンが鼻から出したような声を出した。「花嫁ぇ?」

 カラーン カラーン

 ふと、後ろから感じた気配に。
 オーマもゼンも緊張した。

 カラーン カラー……ン……

「シキョウっ!」
 黒いウエディングドレス。
 黒薔薇を髪に挿し、珍しく『美しい』と形容するに相応しいような姿をしたシキョウは――
 しかし、目の焦点が合っていない。
「シキョウ……!」
 ゼンが飛びつこうとする。が、体が重い。
 黒ローブの男三人ほどに囲まれ、シキョウは赤い絨毯を歩いていく。
「待て……っ」
 オーマはシキョウを囲む黒ローブたちに飛びかかり、その全員を殴り飛ばした。
 シキョウを抱きとめる。しかし、シキョウはうつろな視線のまま赤い絨毯を進もうとする。
 ひひゃひゃひゃ、と下品な黒燕尾の男の高笑いが聞こえた。
「無駄無駄ぁ! 今の我が花嫁には我しか目に入っておらぬ……! ひひゃひゃひゃ!」
「シキョウ!」
 シキョウが思いもかけない力でオーマの腕から逃れようとする。
 オーマは必死で抱きとめた。
「シキョウ……! 目を覚ませ!」
 がくがくと揺さぶってみても、少女の目はうつろなまま。
 いや――あえて言うならば、その視線はたしかに黒燕尾の男に向けられている。
 シキョウを抱きしめ、「貴様ぁ!」とオーマは吼えた。
「シキョウに何をした! 何が目的だ……!」
 黒燕尾は、おやおやというように肩をすくめ、首を振る。
「最後の最後まで往生際の悪い……。我が花嫁は我らの作った料理を全て食べた! それゆえ術は切れることがない……!」
「料理……だと?」
 ――カカア天下の会による大食い大会――
「あれは――お前らが画策した大会か――!」
「いかにも。カカア天下の会の者たちにはあらかじめ料理対決をさせ、大量の料理を作らせておいた。そして後からお前たち下僕主夫どもを呼びつけ、大会に興じたのさ……! ははははは!」
「何が目的だ!」
 ゼンが怒鳴った。必死でシキョウの元へとスロウに駆け寄り、たどりつくとオーマと共に抱きかかえて。

 カラーン……

 黒ローブの男たちが、どこからともなく大量に現れる。

 カラーン カラーン

 中央で、黒燕尾が高らかに名乗った。
「我ら、『アンチ・オーマ・シュヴァルツの会』!」
「な――」
 驚きで、オーマは危うくシキョウを手放しかけた。
「なにいいいいい!?」
「……ついにアンチされたのかよ、オッサン」
 ゼンがぽつりとつぶやく。
「我々はっ。腹黒商店街がもはや貴様の思うがままになっているのが許せぬ者たちの集まり……! ゆえに貴様が苦しむようこの日、綿密に計画を練ったのだ……!」
 ――まず、カカア天下の会を騙して、料理大会と称して大量の料理を作らせ。
 ――カカア天下の会の者たちに術をかけ、大会のことを忘れさせ。
 ――後からやってくる下僕主夫たちに、カカア天下の会の料理を食べさせ。
 ――特別にオーマ一行にだけは、大量の魔法薬の入った料理を差し出して。
 ――他の連中には、大会を忘れるよう術をかけて。
「そして、その小娘は術にはまった……!」
 そう高らかに言った燕尾男は、しかし悔しそうだった。
「……どうして貴様には効かなかったのか……あんなに大量の魔法薬を食べさせたと言うのに……っ」
「―――」
 そう言われてもオーマにも覚えがない。やつらの言うように大量に料理を食ったのは覚えているのだが。
 すると頭の中で、穏やかな声がした。
『私が宿っております……あなたの体には、ほとんどの毒薬は効かなくなっております』
「――そうか!」
 ファードを宿らせていたためなのだ。彼女は癒しの精霊、すべての毒を無効化する。
「日頃ナウ筋を鍛えているから親父神が加護をくれたのさ! 貴様らワル筋を倒せとな……!」
 オーマは吼えた。
 大胸筋が震えた。
「うるせえよ、オッサン!」
 ゼンがシキョウを抱えているために耳をふさげず、文句を言ってくる。
「大体だ、ワル筋連中めが! 腹黒商店街が俺の意のままになっているだと!? ふざけるな、腹黒商店街には誰かの下にまとめられてしまうほどヤワな連中などいない……!」
 オーマはステンドグラスを仰ぎ見る。
 ――オーマの胸にデカデカと見えるタトゥが、さかさまにエンブレムとして扱われているのも、「アンチ」の意味なのだろう。
「貴様らのように、固まって誰かを倒そうとするなんざ、ワル筋中でも超ワル筋だ……!」
 オーマはびしっと片手で燕尾男を指差した。
「ワル筋どもが! いい気になるなっ!!」
「何を……! 貴様が何を吼えようと、その娘はもはや我らが手中!」
 黒燕尾はびしっとこちらを指差し返してきた。「あの圧倒的な大食ぶり、カカア天下の会にも勝てる! ゆえに我の花嫁と決定した……!」
「カカア天下の会に勝つだと……!?」
 オーマは愕然と身を震わせた。「そ、そんな恐ろしいことを考えているのか、お前ら……っ」
「当然だ、あのメス猫どもに思い知らせてやる……!」
「バカを言え、カカアには勝てないから下僕主夫なんだ。ああ、お前たちはもうおしまいだ、下僕主夫よりも堕ちた……!」
 オーマが頭を抱える。
 ゼンが気配を感じて、シキョウを抱えてうずくまる。

 バッリィィィィン!

 さかさタトゥエムブレムがかたどられていた、ステンドグラスが派手に割れた。
 そこからのぞいたのは、目を逆三角形にした女性たち……
「よくも……騙してくれた……」
 鬼のような、地獄の底から響くような声が聞こえてくる。
「私たちカカア天下の会を簡単に騙せると思うんじゃないよ!」
 バリン! バリン! バリン!
 後から後から、包丁おたまやら何やらカカア的な得物でステンドグラスを跡形もなく破壊する。
「ああああっ、そのステンドグラスは俺たちのみじめなへそくり貯めてようやく作った――」
「あんたっ! もう結婚してるってのにまた花嫁、しかもピッチピチの若い子を迎えようとしたんだね……!」
「ひいいいいい」
 燕尾服の本来のカカアらしき女性が歩み出て、燕尾服をフライパンで一撃した。
 他のカカアたちも、黒ローブたちは顔が隠れているというのに勘で分かるのか、それぞれ自分の夫をひっとらえて罰を与え始める。
 地獄絵図となった。
「……逃げよう」
「……おう」
 まだ術中のシキョウを抱えたまま、オーマはゼンとうなずきあった。
 ゼンがオーマに同意のうなずきをすることは、きわめて珍しいことだったのだが――

 術中のシキョウは、朽ち果てた教会――今は悲鳴が大量に響いてくる――を出たとたん、気絶した。
「やべえな……術をなんとか……解かないと……」
『あの……』
「ん? なんだファード」
『森に帰れば……私の樹液で作った薬で……クルスが解いてくれると……』
「―――」
 ファードの樹液、とオーマはつぶやいた。
 それは、たしかファードの本体の樹を傷つけて採れる樹液のこと……
『いいのです』
 頭の中の精霊の声は明るかった。
『このとても明るい子の笑顔が取り戻せるなら……いいのです』
『ファードは頑固ですぞ』
 とゼンの頭の中ではザボンがうなずくように言っている。
「ファードは頑固だってさ、オッサン」
 ゼンが一応伝えてやった。
「そうか……」
 腕の中で昏睡する黒ドレスのシキョウを見下ろして、オーマはつぶやいた。
「仕方ない……その手にすがる、か……」

     **********

「一時間ぐらいで目が覚めるだろう」
 精霊の森の小屋で、クルスがベッドに寝かせた少女の様子をたしかめながら告げる。
「………」
 ファードをすでに樹に返したオーマは、そのシキョウの寝顔をじっと見つめた。
「ほんっとに効くんだろうな、あんたの薬!」
 ザボンを岩に返したゼンがクルスに何度も何度もつめよる。
「大丈夫だよ。大した術でもなかったから」
「ほんとーだな!」
「ほんとーだよ」
 クルスはふわりと微笑んだ。「だからキミたちも、早く休みなよ。シキョウちゃんが目が覚めたときに、キミらの元気がないとシキョウちゃんが悲しむだろう」
「………」
「俺肩凝った〜」
 ゼンが早々に座り込んだ。
 シキョウのベッドにもたれるように。
「ザボンとあれだけ長時間一緒にいればね」
「もう二度とごめんだぜ」
 ゼンは悪態をついたが、その声には険がなかった。
「ファードには……何とか礼をしねえとな」
 オーマはクルスを振り返った。
「彼女は……何してやりゃ一番喜ぶんだ?」
「決まってる」
 クルスは片目をつぶった。
「シキョウちゃんの笑顔だよ」
「―――」
 オーマは笑った。
 ――ファードらしい、と心から思った。
「よーし、じゃあファードにもカカア天下の道をすすめてみるかね?」
「すすめること自体はいいけど……まさかザボンとかい?」
「むっ。いいバランスのような気もするぞ!」
 オーマはにやりと笑った。やれやれとクルスが肩をすくめる。
 ゼンが、すでに睡眠に入り始めていた。
 穏やかな寝息。――シキョウとともに。
 二人の若いすこやかな寝顔を見て、オーマとクルスは目を見合わせ、同時に笑った。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー】
【2081/ゼン/男/17歳(実年齢999歳)/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】
【2082/シキョウ/女/14歳/ヴァンサー候補生(正式に非ず)】

【NPC/ファード/女性/?歳(外見年齢29歳)/樹の精霊】
【NPC/ザボン/男/?歳(外見年齢45歳)/岩の精霊】
【NPC/クルス・クロスエア/男性/25歳?/『精霊の森』守護者】

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■         ライター通信          ■
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オーマ・シュヴァルツ様
いつもお世話になっております、笠城夢斗です。
納品が遅くなってしまい申し訳ございませんでした(土下座)
今回はまた訳の分からんギャグテイストでお届けいたしましたが、いかがでしたでしょうか。
これからもまた挑戦させてくださいますと嬉しいです。