<PCクエストノベル(1人)>


【音楽、その強い糸】

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【0929 / 山本建一 / アトランティス帰り(天界、芸能)】

【助力探求者】
 カレン・ヴイオルド

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 一緒にいて楽しい人の筆頭は、やはり趣味思考の合致する人だ。だから山本建一はちょくちょく吟遊詩人のカレン・ヴイオルドをデートに誘う。音楽について語り合えば一日などあっという間に過ぎてしまうし、通りがかる誰もが足を止めるほどの合奏をすることが出来る。
 今日一緒に訪れた場所はクレモナーラ村。風光明媚にして、ソーンで音楽に関わる者ならば知らぬ者はないだろう、楽器生産の名高い村である。村全体が音楽に溢れ、常に様々な音色が流れる。優しい音、楽しい音、何かに怒れる音、時には悲しい音も。生とはまさに音楽だということを体現している村なのである。二人にとってこれほど嬉しい場所はないといえるだろう。

建一:「少年少女合奏団ですね。いや、実に上手ではないですか」
カレン:「こんなに小さいうちから楽器と音楽に親しんでいるんですね。素晴らしいことですよ」

 村に入った瞬間、二人は笛吹く子供たちから熱烈な歓迎を受けた。もちろん上手いとはいっても熟練した大人ほどの腕ではないが、その小さな全身から滲むような健気さは、大人では持ちえない心地いい感覚である。自分にもこういう頃があったなと建一もカレンも思った。
 演奏が終わった。これは何か礼をしなければならないなとふたりは考えた。思案は数秒で終わる。音楽で受けた歓迎のお返しは、同じく音楽演奏しかないではないか。二人は頷き合って竪琴を取り出した。子供たちは眼を輝かせた。

建一:「では」
カレン:「はい」

 短い合図の後、二種の竪琴の調べが始まる。息は合い、ミスはない。自分たちと同じく一生懸命練習したんだなと子供たちは思っているが、実は完全に即興で奏でている。いずれにしろ、子供たちはこの大人の旅人二人の腕に感嘆しつつ、軽やかな草原、そこを奔る清らかな風を耳に感じた。
 最後の響きが余韻を充分に残して消える。

カレン:「ご静聴ありがとう。気に入ってもらえたかな」

 うん、と子供たち。僕たちももっと練習しなきゃ、と張り切っている子もいる。

建一:「さて、もうちょっと奥に行ってみましょうか」

 再び村を歩き出す。会う人会う人が二人の竪琴を見るや、長年の友だったかのように気持ちのいい挨拶をする。この村は音楽を愛する旅人には親近感を隠さない。誰かがギターを弾けば、また誰かがつられるように笛を吹く。そうしたら建一もカレンも空気を吸うように音を耳に取り入れ、お礼の演奏で場を賑わせる。村の人々は彼らを見て、きっと名の高い吟遊詩人に違いないなどと語り合っている。
 竪琴職人の仕事場にやってきた。楽器職人は色々いるようだが、何よりもまずここを見なければ始まらない。中に入ると彫刻刀を手にした職人がいた。形を整えている最中である。建一たちが見学させてほしいと言うと、好きなだけ見ていけと笑顔で答えた。

カレン:「試しに弾いてみてもいいでしょうか?」
建一:「僕もぜひ」

 そこら中に、まだ手垢のついていないピカピカの竪琴がある。職人は許可し、作業の手を止めて二人の前に座る。じっくりと腕前を見ようというのだ。

建一:「――ふむ、しっくりと手に馴染みますね」
カレン:「重さといい形といい、演者のことをよく考えられて作られているのですね」

 職人はほうと感心したように頷く。この若者たちは、まるでペンや紙を扱うような何気なさで、あれこれと喋りながら試し弾きする。そのくせ、村の誰よりも優しくて滑らかな音色を紡いでみせる。竪琴を自分の体の一部にしているようだと感じた。
 いい奴らだな、と思った。楽器職人にとって一番嬉しいことがあるとしたら、彼らのような音楽に愛されているがごとき者に、自分の丹精込めた楽器を使ってもらうことなのだ――。

 気がつけばすっかり昼になってしまっていた。仕事場を辞して外に出ると、太陽は頂点に輝き、快い熱さを降り注いでいる。二人は空腹だ。

建一:「そろそろ食事にしましょうか。わりと外から人が来る村だから、食べ物屋は結構多いようですね。どこにします?」
カレン:「どうせだから外で食べませんか? 青空の下で食べるのは気持ちいいですよ。あそこにお弁当屋がありますから」
建一:「それもそうですね」

 お使いは建一が引き受け、二人分の弁当を買った。店から出ると、今度は別の少年演奏家がカレンの前で竪琴を弾いていた。自分と同じ楽器なだけに、微笑んで耳を澄ますカレン。これもまた、少年とは思えない技量と熱意に満ちた調べだった。
 演奏が終了して少年が向こうへ去っていくのと同時に、建一は戻った。

カレン:「あ、建一さんありがとう」
建一:「弁当屋ではオルゴールが流れていましたよ」
カレン:「へえ。普通の家にも当然あるんでしょうね。一家に一個という感じに」
建一:「……そういえば、オルゴール屋を見かけた気がします。食べ終わったら寄ってみましょうか」
カレン:「はい!」

 平和だった。カレンはいざ知らず、建一は冒険者としてよく危険な場所へと赴く。そんな時は、好きな音楽を楽しむ余裕などほとんどない。――当たり前の日常が何よりの幸せだと、今さらながら強く強く感じるのである。
 のんびりとした昼食を終えた二人は、また並んで歩く。オルゴール屋はすぐに見つかり、嬉々として中へ入った。店の主人はおおらかで、建一とカレンを見るや恋人同士かいなどとからかった。確かにそう見えなくはない。

建一:「残念ながら、仲のいい友人ですよ」
カレン:「ええ、残念ながら。ふふ」

 建一とカレンは色々なオルゴールをいじって、夢の中に流れるような単調で可愛い音を耳に入れる。……夢といえば、このソーンの世界自体が夢のようなものである。人々はオルゴールのメロディのように、ゆっくりと世界を行き来しているのだ。自分たちもその一員だと思い至ると、無性に暖かい心持ちがする。

建一:「世界は――素晴らしいですね」

 楽しい時は本当に早く過ぎる。やがて美しい自然の地は夕闇に染まり、今日の輝きを終える。
 建一の黒髪とカレンの金髪を染めていた橙色も、次第に薄まって消えていく。クレモナーラ村の日没は、静謐の代名詞のようだった。おとなしく眠る赤子のように、何もかもが静まる。

建一:「そろそろ宿に行きましょうか。歩き通しで疲れたでしょう」

 今回の旅行は一泊二日だ。ソーンへの帰還はまた明日になる。宿屋には昼間のうちに寄っており、部屋はふたつ確保してある。もうすぐ食事を用意してくれるはずだった。

建一:「楽しんでいただけたでしょうか? 明日言うべきかもしれませんが」
カレン:「ええ、明日もありますが――今のうちに言っておきますね。とても楽しかったです。他にもこういう音楽の豊かな場所があったら、ぜひまた連れてきてください」
建一:「そう言っていただけると嬉しいですよ。お約束します」

 音楽がなければ、カレンともここまで親しくはなれなかっただろう。音楽は目には見えないが、人と人とを鮮やかに繋ぐ……何よりも強固で素晴らしい糸だ。建一はそんな思いを新たにする。

建一:「さ、ゆっくり休みましょうか」
カレン:「指に休息を与えるのも、私たちの大事な仕事ですからね」

 そう言っていた二人だったが、宿屋では主人や他の客たちに竪琴の合奏をねだられ、夜遅くまで柔らかいメロディーを生み出し続けることになるのだった。もちろん苦なはずはなく、笑顔で。

【了】