＜聖獣界ソーン・ＰＣゲームノベル＞
『オウガストの絵本＊―二人の白雪姫−』
＜ １ ＞
「今、お茶を入れますね」
魔女ダヌの屋敷に隣接するアパートの住人・詩人のオウガウトは、自分の家のようにソファに深く腰掛けリラックスする二人を交互に見つめ、茶器を取り出した。
「おう、お構いなく」と応えたのはオーマ・シュヴァルツ。
「ロイヤルミルクティーにしておくれかい？ブランデーも垂らして」と、注文に容赦無いのはシェラ夫人の方だ。
「おいおい、人様の部屋でダヌ婆さんを待たせて貰えるのに、少しは遠慮しないか？」
オーマが広い肩幅を竦めると、シェラは長い赤い爪で口許を隠してくすりと笑った。
「馬鹿お言いでないよ。変に遠慮して好きでもない茶をいただくより、少しぐらい手間がかかっても客人が喜ぶ方が、オウガストだって嬉しいだろうさ」
「ではお二人ともロイヤルミルクティーで？」
オウガストは夫婦へと尋ね直す。うちは喫茶店じゃねえぞと思いつつ。
シュヴァルツ夫妻は別々の用事でダヌを訪れた。医者のオーマは、老魔法使いに頼まれていた神経痛用の薬草を届けに。シェラは、ダヌに借りた『まるで魔法？あなたにも美味しく作れる料理』の本を返しに来たところだった。
ダヌは不在だった。ただ物を渡すだけでなくダヌと言葉も交わしたかったので、二人は家の前で待つことにした。オウガウトが二人を見つけ、「部屋で待つといいですよ」と招いてくれたのだ。
居間のテーブルには、包装を解かれたばかりの数冊の絵本が乱雑に置かれていた。手描き手作りの一冊ものの絵本だ。
「さる富豪が、お嬢様の贈り物用に私に依頼したものですよ。同居人の画家と一緒に作りました。きれいな絵本でしょう？
絵本の中に入れるようにというご所望で、その条件は満たしているのですが。不良品だと言うんで返品されて来たんです」
「こんなに絶品すぺしゃるラブリーな絵本なのに、不良品なのか？」
「ダヌから貰ったインクで書いたら、それがどうもマジック・アイテムだったようで」
読む人によって、ストーリーが変わってしまうのだと言う。
異世界から持ち込またお伽噺たち。それらをオウガストなりに書き直したと言うテーブルの上の絵本は、表紙絵も美麗な物だ。
「気に入った本があったら、どうぞ暇潰しにお読みくださいな」
「ありがとよ」「いいかい？」
二人が手を伸ばしたのは同じ本だった。夫妻は顔を見合せ苦笑すると、「じゃあ、一緒に読もうかね？」「胸きゅんずっきゅん幼馴染みみたいだな」と、『白雪姫』の絵本のページを開くのだった。
＜ ２ ＞
長い間亡き妻の喪に服していた白山羊帝国の王は、最近若い後妻を娶った。オレンジに似た金色の髪は明るく陽に輝き、少し上を向いた鼻がキュートな・・・弱冠１８歳という若きお妃様はルディアと言った。
さて、王と亡き妃の間には、姫が一人居た。王が溺愛して手放さないのか、傍らに大鎌を携えて事あるごとに振り回す過激な性格のせいか。姫は２９歳になってもまだ嫁いでいなかった。
「呆れるったらないよ。お父上さまったら、何を血迷ったことか」
シェラ姫は床に胡座をかいて座ると、一気に杯を煽った。タイトなシルクのドレスから、形のいいふくらはぎが覗く。
空になったグラスに気付き、慌てて侍女がお替りのカクテルを継ぎ足した。ウォッカベースにミルクを注いだ白いカクテルの名は『スノーホワイト』。姫はこの酒を好んで昼夜問わず水のごとく飲み干すので、カクテルと同じ名のあだ名で呼ばれたりもした。
シェラ姫は自分より１０歳以上若い女を『母上』と呼ぶのには抵抗があったし、父にも『いいトシして何を今更・・・』という戸惑いもあった。自分の父親が男であることを目の当たりにするのは、何だか恥ずかしいものだ。
だからと言って子供のように結婚に反対するつもりはない。新しい母とはうまくやるつもりでいた。あの『小娘』と仲良くなれるとは思えないが、波風を立てずに付き合う自信はあった。シェラは大人なのだ。
だが、継母ルディアは子供だった。２９歳の『娘』なんて、疎ましくないはずがない。この城の中で一番権力のある女性は、妃の自分でなければ気がすまない。誰もがシェラに一目置くのも気に入らなかった。
少女に有りがちだが、ルディアもまた占い凝っていた。周りに翡翠の嵌め込まれた鏡を侍女に磨かせ、鏡が導き出す答えを信じた。
鏡が「今日のラッキーフードは子鹿の肉アルね」と言えば、晩餐の為に家臣は鹿撃ちに駆り出される。「今日のラッキーアイテムは四葉のクローバーアル」と言えば、メイド達は庭を這いつくばって葉っぱを探した。
「鏡サン、娘のシェラを早く追い払いたいんだけどな〜。ネ、どうしたらイイ？」
「良縁を見つけて、さっさと嫁に出すよろし」
「あの大鎌女に似合う男ナンテ、どこかに居る？」
「シェラ様にぴったりの殿御は、黒山羊国の王アルね」
翡翠の鏡は、シェラを前にしても臆することなく答えた。
「ね、シェラ、聞いた？」
屈託のない満面の笑顔で、母君はシェラに問う。シェラは眉間に皺を寄せると「お母上には申し訳ないけど、占いで夫を決める気はないね」と鎌の先で鏡をちょんとつついた。「い、痛いアルっ！」と鏡は悲鳴を挙げた。
「ふうん。断られるのがイヤなのね？あの王はメンクイだそうだもん。シェラじゃねえ？」
ピクリとシェラの目尻が上がった。
「あたしの美貌に墜ちない男がいるとでもお言いかい？」
「そいつとの結婚を承諾したワケじゃないよ？どんなヤツか、ちょっと見てくるだけだからね」
シェラは一人で馬に乗って黒山羊国へと向かった。大鎌を背負えば供もいらないと言う。
＜ ３ ＞
料理の下手な女は地図も読めない。シェラはいとも簡単に森の中で道に迷った。
「まあいい、急ぐわけでもなし」と、枯れ草の上にドレスで腰を降ろし、胡座をかいた。侍女が持たせた弁当を広げ、水筒の口から直接ゴクゴクとスノーホワイトを煽る。
昼でも薄暗い森、クスクスと少女達の淡い笑い声が響いた。幻聴が聞こえるほどには、まだ酔っぱらっていない。
『いい匂い』『おいしそう』・・・確かにそう聞こえた。
どこかから子供が盗み見でもしているのか？チーズのサンドイッチを頬張り、辺りを見渡すが・・・。人の気配は感じない。
「食べるかい？」
相手もわからないまま提案してみる。歓声がした方を見ると・・・煉瓦で囲んだ花壇と思える場所に、たくさんの人面草が花開いていた。皆、十代の少女の面持ちで、髪にピンクや赤のリボンが揺れている。
「おやおや、まるで女子校だね。こんな大勢にやるほどサンドイッチは無いねえ、どうしよう」
『いいのよ。私達、まだご飯を貰っていないだけなの。ご主人様に催促してきて？ほら、近くにログハウスが見えるでしょ。あそこに居るから』
花たちを見て『主人ってロリコン？』と警戒したシェラだが、ログハウスへの道を急ぐにつれ、その考えは失せた。左右には多様な人面草の花壇が広がる。髭マッチョ男ばかりの花壇は暑苦しく、スキンヘッドばかりの強面花壇のヤツとは目を合わせたくない。人口ブロンドにロンゲのヘビメタ花壇に、角刈りで頬に傷有る奴らばかりの花壇。きっと茎には晒を巻いてドスを隠しているのだろう。主人の趣味はロリコンより更にアブナイ気がしてきた。
丸太を無造作に重ね合わせた粗末な小屋。開閉の度に軋みが聞こえそうな窓から、煮林檎の甘い香りとパイが焼けるこうばしい匂いが洩れて来た。アップルパイでも作っているのだろうか。つんと高貴なシナモンが鼻孔をくすぐる。が、それが焦げくささに変わり、煙も黒く煤けて来た。
「・・・？」
シェラは扉をノックし「ご主人？」と声をかけるが、返事は無い。咄嗟の判断で鎌で扉を打ち壊し、中へ突入する。厨房では男が仰向けに倒れ、竈から嫌な煙が上がっていた。木桶の水をかけて鎮火させ、煮詰まりすぎた林檎の鍋も火から降ろす。
倒れていたのは、４０歳くらいだろうか、でかい男だ。彼が大の字でいると部屋の床全部が塞がった。七色に染めた派手な着物の前をはだけさせている。
「見苦しいモノ見せびらかして倒れるんじゃないよ」と、シェラは全く動じずに男の越中を着物の前身頃で隠した。
味見したのか、煮林檎の入った小皿も隣に転がっている。
「毒でも盛られたのかね？」
顔を時々歪ませるので気絶しているだけらしい。桶に残った水を顔面にぶっかけると、「うわわわっ、かき氷ふろーずん冷たくてドッキリ！」と口から林檎の破片を吐き出し、上半身を起こした。
男の名はオーマ。『元は黒山羊国の王だった』と言う。つまりシェラの結婚相手というわけか？しかし、過去形だが？
「もう一年も前のことさ。お袋が若い男と再婚してね。恋に目が眩んだお袋は、彼との間に生まれた子供を新しい王に据えたくて、俺を追い出した。まあ俺も王なんて柄じゃない。人面草の世話をしながら森で暮らす方が合ってる」
よくある話だ。シェラの事情ともよく似ている。
「だけど、オーマの実の母上だろ？酷くないか？」
「そうだな。贈り物に毒林檎一箱なんて、趣味が悪すぎる」
「え？」
「・・・城を出るんじゃなかった。お袋は妙な鏡占いに心を蝕まれた。今では鏡の言いなりなんだ。俺を追い出したのも鏡のアドバイスだった。たぶん俺を殺せというのもそうだろうさ」
シェラは戦慄した。もしや、継母のあの鏡も？
「あ〜、そりゃ危険な鏡だ。叩き割った方がいいぜ。加勢に行ってやる」
オーマは壁に掛けた猟銃を手に取った。彼でなければ扱えないであろう、大砲のように大きな銃だ。
「いいや、黒山羊城の方が切羽詰まっていそうだよ。あたしがそっちへ先に加勢してやるよ」
シェラも大鎌を握り直す。と、その時オーマの腹が情けなくもぐぅと鳴った。
「アップルパイを作ってる途中だった」
「そう言や、人面草達に伝言を頼まれたんだ。早くご飯くれってさ」
「林檎は使えないから、森で採ったキノコを使ったパイにするか〜」と、オーマが厨房の隅から引っ張り出した籠には、赤や緑の怪しいキノコが山と詰め込まれていた。
「それも、使わない方がよくない？」
毒林檎と同じくらい危険な気がした。
マッチョな野太い笑い声や少女達の高らかな笑い声（キノコの後遺症）が響く花壇を後にして、二人はお互いの城の鏡を壊しに出かけた。鏡だけでなく、城門やら城壁やらもイロイロ壊れたが・・・。鏡が無くなり正気に戻った母達は、同じことを言った。鏡は、国境近くの黒魔術村の行商人から購入したのだと。
「行くかい？」とシェラが鎌を肩に担ぐと、「もちろん。イヤな臭いは元からブッツンコ絶たないと、筋肉桃色人生もあんはっぴーだ」とオーマもにやりと笑って答える。
どうやら二人は最高に相性のいい相手を見つけたらしい。
黒魔術の村ひとつ崩壊させた後、二人は森の小屋で人面草たちに囲まれて、末永く幸せに暮らした・・・かもしれない。
あくまでもお伽噺。真偽のほどは明らかでない。
＜ ＥＮＤ ＞
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 外見年齢 ／ 職業】
1953／オーマ・シュヴァルツ／男性／39／医者兼ヴァンサー（ガンナー）腹黒副業有
2080／シェラ・シュヴァルツ／女性／29／特務捜査官＆地獄の番犬
ＮＰＣ
オウガスト
ルディア
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■ ライター通信 ■
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発注ありがとうございました。
シェラさんの方は、少しコメディっぽく書いてみました。
スノーホワイトというカクテルは色々な種類があるようで、ウォッカベースとは限らないようです。
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