<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『新年祭』

●カウントダウンパーティ〜いつまでも貴方と共に〜
「ほら、カイ! 早く、早く!」
「おいおい、そんなに慌てなくても、まだ時間はあるって」
 恋人である、カイ・ザーシェンの腕を引っ張り、グリム・クローネは嬉しそうに街中
を走り回っていた。
 もともと、旅芸人として各地を回っていた事もあり、いろいろな行事にも参加してき
たグリムは、賑やかなお祭りが大好きであった。それが、一番大事に想っている人と一
緒であるならば、なおさらである。
 ファラやレベッカらも一緒に来たのだが、どうやら人込みの中ではぐれてしまったよ
うだ。なにしろ、子犬のようにはしゃぎまわり、あちこちに顔を出すものだから、カイ
としてもグリムを追いかけるだけで、手一杯といったところである。
「おっと。どうやらカウントダウンが始まるようだぜ」
 長身のカイが、中央広場の方を指差す。
 二人は人込みを抜け出し、比較的空いている噴水の近くに陣取り、その時を待つ事に
した。
『10! 9! 8! 7! ……』
 カウントダウンを眺めるカイの横顔を、上目使いで観察していたグリムは、久しぶり
に再会した仲間達の顔を思い返すと共に、ずっと隣にいてくれたこの男との出会いを、
思い出していた。
(そうだ。バの国の砦に潜入する時だったっけ……あれから何年経ったんだろう……)
 泣いたり、笑ったり。時にはケンカもしたけれど。いつも折れるのは、カイの方だっ
た気がする。それだけ甘えてる、とも言えるのだが。
『3! 2! 1!』
 胸にこみ上げてくる熱いものを、グリムは感じていた。だから、自分の感情に、今は
素直になりたいと思ったのだ。
『ゼロ! ハッピーニューイヤー!』
 広場にファンファーレが鳴り響き、紙ふぶきが周囲の建物から降りしきる中、彼女は
そっとカイの袖を引っ張った。
「ん?」
「あのね」
 周囲の喧騒の為に、グリムの声もかき消されがちになる。カイはかがんで、彼女の口
元に耳を寄せた。
「今年も、来年も……ずっとずっとよろしくね」
 頬にそっとキスをして、後ろ手にカイを見上げる。
「こちらこそ、これからもよろしくな」
 甘えるようにその胸に飛び込むと、青年はぎゅっとグリムを抱きしめてくれた。伝わ
る暖かさが嬉しくて、彼女はちょっとだけ涙ぐんでしまった。
 無論、ここは天下の往来である。
 いくら新年が明けたばかりで周囲が騒がしいとはいえ、こんな格好のネタを放ってお
くほどお人よしではない。周りからは冷やかしの声が飛び交い、少女は頬を真っ赤にさ
せたものであった。
「お似合いのカップルですね。一曲送らせていただいてよろしいですか?」
 水竜が意匠化された竪琴を構えた男が、声をかけてきた。
 男は、自らを山本建一と名乗る。
「山ちゃん?」
「……懐かしい響きですね。そう呼ばれるのはいつ以来でしょう」
 誰とでもすぐ仲良くなる男、カイの呼びかけに、建一は微笑を返した。そう呼ばれる
事は、けして不快ではない。
「吟遊詩人なんだ……。それじゃ、明るめの曲をお願い。それに合わせて踊るから!」
 グリムが踊り子である事を告げると、建一も嬉しそうに頷いた。
「それじゃ、一曲お願いします」
 水竜の琴から流れるメロディーは、喧騒の中にあってもなお、驚くほど多くの者を惹
きつけた。そして視線を向けた者たちは皆、そこで踊る灰銀色の髪を持つ少女の踊り
に、釘付けになったのであった。
 エルフの可憐な踊りに満足していた建一は、即興で自分の竪琴に合わせてくる者がい
る事に気がついた。視線だけを巡らせると、男の方が竪琴を鳴らしている姿があった。
(なかなか上手ですね……)
 無論、今の自分には及ばないものの、クアンティーア音楽院でもファイナリストには
残れるくらいの腕は持っているようだ。残念ながら、大していい竪琴でもないので、レ
ンディオンの引き立て役にしかなってはいないようだが。
 周囲からの拍手喝采の中、四方に礼をして、三人は場所を移した。
 いくつも出ている屋台で、軽食と飲み物を注文する。
「お、こいつはなかなかいけるぜ!」
「……」
 カイの言葉に、店主は無言で一礼した。寡黙な職人のようである。
 三人はしばらく会話を楽しみ、建一がアトランティスに、それもジェトに行った事が
あると聞き、会話はさらに盛り上がった。
「まぁ、そうは言っても、分国のエイデルなんですけどね」
 涼しげに語る姿は、白い衣装と相まって、さわやかなイメージを二人に与えた。彼は
そこの音楽院にいたらしい。
「へぇ〜〜。どうりで上手いはずだぁ〜」
「いえいえ。そちらの……カイさんこそ。何年くらい練習されてるんですか?」
 建一の問いかけに、カイはフィッシュアンドチップスを流し込んでから答えた。
「ん〜、3ヶ月くらいかな」
 彼が竪琴を弾くようになったのは、グリムの為である。基礎だけは学んだが、後は自
己流の練習だけであった。 
(確かに、指も長いし、向いてると言えばそれまでですが……) 
 さすがに、建一も驚きを隠せなかった。  
 三人はその後もしばらく会話を楽しんだが、友人を探すというグリム達に礼を言い、
建一は広場を後にした。
「ふふ……お祭りもいいものですね」
 久しぶりに気持ちのいい演奏が出来て、建一もその余韻に浸っていた。だが、荷物の
一部としてしまってあった杖の異変に気がつき、それを手に取る。
「これは……。地の精霊力が微弱なのは感じ取っていましたが……一体……?」
 停滞するイメージを伝える水のエレメンタルフェアリーに、建一は端正な顔をしかめ
た。
連鎖反応で、杖の力は半分も発揮されていない。
シティの外壁に目をやり、彼はその向こう側を透かして見るように凝視し続けていた。


●カウントダウンパーティ〜素直な気持ちで〜
 ジェシカ・フォンランは、さっきからずっと黙っていた。
 隣には、ジェイク・バルザックがいつもと変わらぬ顔で、パーティーを眺めている。
もちろん、彼なりに楽しんでいるというのは判る。だが、隣に女性がいて、パーティに
参加しているのが嬉しいという気配は感じ取れなかった。
 レベッカを連れ出すという名目で、ジェイクを祭りに引っ張り出したまではよかった
ものの、意識しすぎているが為に、会話はぎこちないまま、途切れがちになってしまう。
 結局、口にする事が出来た話題といえば。
「な、なぁ……。複合魔術のアレンジは、どうすればいいんだろう?」
 色気もそっけもない。
(違う、違うんだぁぁぁっ!)
 ジェスが内心で上げる叫び声は、ジェイクの耳に届くはずもなかった。
 だが、苦し紛れで口にした話題は、意外に強い反応となって帰ってきた。
「あまり賛成はできないな。特に、アミュートを纏っている時には、使わない方がいい
と思うぞ」
 厳しい口調に、ジェスの感情も引きずられた。
「何でだよ!? あんたの力になれると思って、俺は……!」
 脳裏に、前回の冒険の時の記憶が蘇る。そういえば、イグニッション・ウインドを使
った後の、ジェイクの表情に浮かんだ感情は……。
「なんだよ。統合魔術を使う俺が怖いって、そう言うのか!?」
 彼は黙って首を振った。
「それなら何で……?」 
「もし、合成精霊剣技が可能だとすれば、今のところおまえ以外には無理だろう」
「?」
 唐突な言葉に、ジェスの口が閉ざされる。
 ジェイクは哀しげな光を宿す瞳で、じっと彼女を眺めていた。
「統合魔術を使うほど、その時が近づいてくるような気がするんだ。その時……おまえ
は……」
 歩みを止めたジェスを置いて、ジェイクはゆっくりと歩き出していた。その背中が遠
くなっていくのを見て、彼女は昔を思い出していた。
 自分を置いて、ジェイクが一人でカグラに旅立ってしまった時の事を。それを思い出
すと、もう溢れ出す感情を抑える事が出来なかった。
「……俺といるの、嫌か? 待ったんだ……でも、帰ってこなかった。苦しくて……辛
くて……それでも、ここまで来たんだ……!」
 瞳に大粒の涙を浮かべ、ジェスは駆け出した。
 ずっと追いかけ続けた男のもとに。
「俺はずっとずっと好きだったんだぞ!! バカっ!!」
 振り向いたジェイクの首にしがみつき、唇を押し当てる。熱い涙が、彼女の頬を伝っ
ていった。
「それとももう、好きな奴が出来た……?」
 右手でジェスを抱きしめたまま、ジェイクはもう一方の手で、ポケットから一本のナ
イフを取り出した。それは、別れの際に彼女が預けたものであった。
「想っていたのは、おまえの事だけだ」
 ジェスの手にそれを握らせ、もう一度強く彼女を抱きしめる。
 あとにはもう、ただ赤子のように泣き続けるジェスがそこにいた。


●街のどこかで〜揺れ動く恋模様〜
『風の散歩道』という酒場は、レベッカが見つけた店であった。どうも、風という名
前のつく店は一通りあたってみる癖があるらしい。
 レドリック・イーグレットは、久しぶりに彼女と二人きりの席を作れた幸運を、竜と
精霊たちに感謝していた。
「ここのお店はね。甘めのワインが美味しいんだよ?」
 ランプの照り返しの中で、あまりお酒には強くないレベッカが、頬を紅潮させている
姿は、どきっとするほど女らしかった。
 レッドの記憶の中の彼女は、ショートカットで男装をしている頃のものだ。だが、目
の前にいる女性は、肩までかかる髪を緩やかにウェーブさせている。
(こんなにも、ころころと表情を変えるものだったかな?)
 たわいもないおしゃべりに興じ、笑顔を絶やさない姿は、どこにでもいる年頃の女性
そのものであった。
「コックさ〜ん、このポトフ最高〜!」
「……」
 寡黙なコックは、目礼でそれに応えた。雇われの身であるようだが、出てくる料理は
どれもこれも、高い水準に達していた。鮮やかに火を操る様は、まるで魔法を見ている
かの様であった。
 ひとしきり会話を済ませると、店の中にはゆったりとした時間が流れていた。
 カウントダウンパーティの余韻と疲れが、お酒と共に体に染み入ってくる時間帯であ
る。レッドは、積年の想いを伝えるのは、今しかないと感じ取った。
「レベッカ」
 奥の厨房に目を向けていた彼女が、こちらに向き直る。その瞳に向かって、レッドは
熱く語りかけた。 
「俺は、どうも言い回しの類は苦手なようだ。直接的に言わせてくれ。レベッカ、君の
ことが誰よりも好きだ。仲間としてだけじゃあ無い、1人の女性としてだ。男と女の付
き合いをしてほしい!」
 一瞬、大きく目を見張った後、彼女はぱたぱたと手を振りながら微笑む。
「やだなぁ。どうしたのさ、レッド? お酒でもまわっ……」
「俺は、真面目な話をしている!」
 その表情は真剣で、レベッカは少しだけ困ったように微笑み、視線を落とした。
 沈黙が、二人の間に訪れる。
「僕は……」
「返事を急ぐことは無い。ゆっくりと考えてくれればいい」
 杯を干して、レッドは立ち上がった。
「今すぐにどうこうと言うつもりはない。ただ、俺の気持ちを正直に伝えておきたかっ
ただけなんだ」
 彼の横顔にも、ようやく笑顔が戻った。歴戦の勇士である彼にしても、勇気のいる行
為だった事に違いはない。 
「俺はいつまでも、待っているよ」
 そしてゆっくりと酒場を出て行った。
 後には、複雑な表情のレベッカだけが残されていた。


 朝もやの立ち込める街並みを眺めながら、レベッカは一人、街外れを歩いていた。
 特に目的があったわけではない。歩いていたら、そこに辿り着いただけだ。
「あれ、レベッカ?」
 声をかけられて振り向くと、そこには冒険の装備を整えたグランディッツ・ソートが
立っていた。愛用の魔法剣も携えている。
「グラン……どうしたの?」
「どうしても調べたいことがあるんだ。すぐに戻るから、そしたら一緒に新年祭を楽し
もうぜ!」
 そう言って、レベッカに手を振って駆け出した。アミュートを所持している彼は、鎧
を身につけていない。小柄な姿は、すぐに朝もやの中へと消えていった。
「……」
 彼女は、黙ってその背中を見送っていた。
(レッド。俺が戻るまでは、レベッカは譲ってやる……!) 
 門をくぐって外に出るまで、グランは後ろを振り向く事はしなかった。だから、その
時にレベッカが浮かべていた表情など、彼には知る由もなかったのだ。


●カグラの片隅〜出会い〜
 駆け出しの冒険者であるリュウ・アルフィーユは、シティを訪れてまだ間もない。
 当然、シティ内部や周辺は知らない事だらけだ。新年祭というのも初めて見ることに
なる。
 周囲には知らない顔ばかりで、いつも宿で見かける者や、この前の冒険で知り合った
人達以外は分からない。
 それでも、早く一人前の冒険者になれるように、今年はここで新しい年を迎える事に
していたのであった。でも、一人で過ごすのは寂しい。リュアルは、知っている人を探
して街を歩き回っていた。
(……誰か、声を掛けられる人はいないのかな)
 風の吹くまま、気の向くまま。そうやって街を歩き回るのは嫌いではないはずであっ
た。
それでも、こんな賑やかな日は、人恋しくなる。
「あら、こんにちは。一人?」
「あ、エランさん!」
 前回の冒険で一緒になった、エトワール・ランダーというエルフの女性であった。
 物腰静かな大人の女性であり、冒険に慣れていない彼に、色々と手ほどきをしてくれ
たものである。
 二人は、しばらくあちこちを見て回った。誰かと一緒にいるという事が、こんなにも
楽しいことであったのかと、リュアルは心の中で驚いていた。
 そんな時であった。
「あ、エラン……」
 茶色い髪の女性が、声をかけてきた。一目見て、リュアルはその女性が何かを伝えよ
うとしている事に気がついていた。
 風喚師とは、人の心を操る術をも、持っているのだから。
「あ、色々と案内してもらえて助かりました。今度は、ジェントスの方にも行ってみま
すね。本当に、ありがとうございました」
 嘘だ。こちらの街に来る前、ジェントスの冒険者ギルドから睨まれる様な事をしてし
まっている。あまり近づく気にはなれなかった。それでも、女性の邪魔をする気にはな
れなかったのだ。
(ま、いいや。剣の訓練を兼ねて、近くへモンスター退治にでも出てみようかな)
 エランに大きく頭を下げて、リュアルはその場を離れていった。


●高台にて〜心、凍らせて〜
「ごめんね……邪魔しちゃった?」
「それはいいけど……どうかしたの?」
 エランが言うとおり、レベッカの顔色は優れなかった。
 二人はそのまま、カグラの街を見下ろせる高台へと移動していった。
「どうしちゃったのよ。私の手紙の内容がショックだった……わけじゃないわよね?」
 レベッカとの付き合いは古い。エランは、幼い頃から彼女をずっと見守ってきた人物
の一人である。本音を打ち明けられる、数少ない人物であった。
 そのまま、ゆっくりと彼女から話を聞きだすエラン。その話は、レベッカにレッドが
告白したというくだりまで来て、ようやくひと段落した。
「そう、彼がねぇ……」
 そのレドリック・イーグレットも、彼女にとっては弟子と言ってもいい存在であった。
過ごした時間は短いものであったが、共に戦乱をくぐり抜けた同志でもある。
「それで、何が困っているの? 好きなら好きと言ってあげなさいな」
 エランにとっては、二人が結ばれるのは喜ばしい事であった。ずっと見守ってきた少
女が、幸せになるのだ。こんなに嬉しい事はない。
 だが、レベッカは大きくかぶりを振って俯いた。
「僕は……幸せになってもいいのかな……?」
 そして時は止まった。

「どうして? 決まってるじゃない。貴女には幸せになる権利があるわ。その為に私達
はずっと……」
「カシアの生命を奪って! 人並みの幸せをも奪ったのは、僕のせいだ! それなのに
……どうして、僕だけが幸せになれる……?」
 激情が迸った。
 エランの体にすがりつく様にして、レベッカは訴える。
「僕の身代わりになった時……カシアはまだ12歳だった。それなのに! 何の関係も
なかったのに! 幸せになる権利を根こそぎ奪い去られたんじゃないか……!」
 かつて、彼女は王家の一員であった。だが、父の反逆の後に、姓を奪われている。
 それでも、10年の時を経て起きた『王家狩り』の際に生命を狙われ、たった一人の
友達を失っていた。
 レベッカと間違われた少女の名は、カシア。
 炎の中で崩れ落ちていく館の一室で見つけた少女の死体には首がなく、惨たらしい傷
跡を全身に残していたのであった。
 無論、その少女の事もエランは覚えている。いや、忘れた事など、片時もなかった。
「護れなかった責任は、私にもあるわ。だから……!」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ……」
 レジスタンスのリーダーとして、多くの者を死地に追いやった事を忘れた事はない。
だが、それ以上に、自分の為に失われた小さな命の事が、レベッカの心に深い傷跡を遺
していたのであった。
 エランとて、その傷跡には気がついていた。しかし、ここまで深いとは思っていなか
ったのである。
 それでも、二人の少女の為に、エランは言葉を振り絞った。
 逆にすがりつく様に、レベッカの胸に額を押し当てる。
「レベッカ……思い出して……。カシアは、そんな子だったかしら……? もし、あの
子が生きていたとしたら、きっとこう言ったと思うわ……」
 涙に濡れた、二人の視線が交錯する。
「幸せになって……と」
 そして二人は抱き合って泣いた。
 日が傾き、二つの影がひとつになる時まで。


●シティ近くの洞窟〜ギルドナイト直轄地〜
 エランと別れた後、リュアルは一人、森の中に足を踏み入れていた。
 剣の訓練を兼ねて、モンスター退治でもと考えたのだが、どこにいけばモンスターと
遭遇出来るのかも判らない。
(僕って、つくづくこの辺の事について知らないんだよなぁ)
 心当たりは一つ。以前に、ジェントスのギルドで耳にした洞窟だけであった。
 無論、モンスターの脅威とは別の危険があるかもしれない。周囲の風と音に注意しな
がら、リュアルは件の洞窟を目指していった。
「あれが……そうかな?」
 彼は、事前にその場所について調べていた。森の中は、複雑な迷路の様に入り組んで
いたのだが、自然と共に暮らしてきた有翼人の彼にとっては、さほど問題ではなかった。
 背中のマリンブレードに手をかけながら、ゆっくりと洞窟の入り口に近づいていくリ
ュアル。その時、彼の敏感な聴覚は、鎧が擦れあう音が近づいてくるのを察知したので
あった。
「こ、これは……!?」
 大きな曲刀と、盾を構えた骸骨が近づいてくる。
 リュアルの乏しい知識では、それが竜牙兵と呼ばれる存在である事すら、判らなかっ
た。
ガキン! 
 最初の一撃を受けられた事さえ、奇跡に近い。続けざまに繰り出される曲刀の前に、
彼は防戦一方になっていった。  
 骨だけの存在の、どこにそれだけの力があるのだろうか。
 鍔迫り合いの状態になった両者は、力と力の勝負を続けていた。その中で、リュアル
は眼前に迫る『死』を前にして、彼の中に眠っていた『何か』が目覚めるのを感じてい
た。
「うぉおおおおおおっ!」
 瞬時に風を操り、拮抗していた力の流れを受け流す。人が代わったかのように、荒々
しくマリンソードを振るい、叩きつける。その攻撃のほとんどは竜牙兵の盾によって阻
まれていたが、明らかに勢いは彼の方にあった。
 しかし。
「もう一体だと!?」
 剣戟の中にあっても、音を感知することを忘れずにいた彼にとって、それは動揺とな
って現れた。傾きかけていた勢いが逆転し、その場を離脱する事さえ困難な状況になり
つつある。
(くそぉ……!) 
 リュアルが内心でほぞを噛んだ時である。
 救いの手は、唐突に現れた。
「我共に歩みし風よ! 其の力此処に現せ!」
 掛け声と共に、一人の少年がその場に飛び込んできた。
 深い緑に彩られた鎧姿は、アミュートを身に纏ったグランディッツ・ソートであった。
「大丈夫か!?」
 魔法剣を手にした彼は、素早いフェイントから矢継ぎ早に攻撃を繰り出していく。竜
牙兵もそれほど弱い相手ではないが、2対1では明らかに分が悪かった。
「もう一体、奥から来るぞ!」
「ちぃっ!」
 グランにしてみれば、ようやく辿りついたところである。
 風の噂に聞いただけでは、洞窟の位置をはっきりと特定出来なかったのだ。しかし、
彼とて一流の鎧騎士である。目の前の敵がどのくらいの力量であるかは、剣を数合交え
ただけで感じ取っていた。
(門前払いとは腹立たしいが……退くしかないようだな) 
 自分もまだ、アミュートの力を出し切れてはいない。一度や二度の実戦で体得できる
ほど、甘いものでもないのだろうが。 
「おい、この場から退くぞ。死にたくはなかろう?」
 リュアルは、どう見ても自分よりは年下に見えるグランからそう言われ、反発したく
なる気持ちもあったのだが、結局はその言葉に従う事にした。何しろ、冒険者としての
経験では、向こうの方が遥かに上の様でもある。
 二人が大きく間合いを開けると、竜牙兵はそれ以上追ってくる気配を見せなかった。
これは、シティ内部の建物を護るゴーレムにも言える事だが、決められた場所からは離
れない様に命令されているからなのである。
(よし、思った通りだ……ん?)
 グランはリュアルを連れて街へと帰還しようとしたのだが、鞘に納めた魔法剣が、一
瞬、鳴ったような気がした。だが、彼が目をやった時、そこには常と変わらぬ愛剣がそ
こにあるだけであった。
「……俺の名はグラン。グランディッツ・ソートだ。おまえの名は?」
「僕はリュウ・アルフィーユ。みんなからはリュアルと呼ばれている」
 二人が街へと戻る道筋は、賑やかになりそうであった。


●地底湖〜モンスターをハンティングだ!〜
「おい、そこ危ねぇぜ」
ブスッ!
「うわぁっ!」
 慌てて、山本建一は飛び下がった。
 通路の壁に刺さった矢の太さを見て、息を吐く。串刺しになったら、痛みも感じずに
あの世へ行けるかもしれない。
(どうしてこんな事になったのだろう……)
 建一は、自分がこの地底湖にやってきた経緯を思い出してみる。
 ファルアビルドという女性に出会った後、気がついたら他の二人と共に地底湖の探索
とやらに行く事が決まっていた。無論、女性にいいところを見せたいという思いは、彼
にだってある。それにしても……。
「だから、そこ踏むなっての! 死にてぇのか!」
「何だとぅ? 喧嘩売ってんのか、おまえ!」 
「あらあら……大変ですわねぇ〜」
 ファラが雇っていたのは、建一の他に二人。ワグネルという、盗賊くずれの(そうい
う風に彼には見えた)冒険者と、猛明花というハーフエルフの魔法拳士であった。
 この二人が、寄ると触ると喧嘩腰になるのである。
 犬猿の仲とは、まさにこの事だろうと、建一は一度ならず天を仰いだものだ。
「ワグネルさま。罠の解除は難しそうですの?」
 ファラの問いかけに、ワグネルは首を振った。
「確かに、手の込んだ仕掛けが用意されてたよ。設置した奴は、よっぽど陰険な野郎に
違いない。だがな……」
 そして、自信ありげに、にやりと笑ってみせた。
「俺とは結構、気が合うかもしれねえな」
 ワグネルが宣言したとおり、通路に仕掛けられていた罠は大半が見抜かれ、彼によっ
て解除されていた。前回、ファラがこの地底湖を訪れた時には、雇った冒険者達がかな
りの被害を被っていたというのだが。
 しかし、眼前に地底湖を見渡せるところまで来た時にも、一行にはほとんど怪我らし
い怪我はなかった。もっとも、喧嘩の仲裁に入った建一だけは、いくつかたんこぶが出
来ていたが。
「でだ。問題はここからというわけだな」
「はい……」
 地底湖といっても、直径は500メートルにも及ぼうかという規模だ。彼らが今いる
ところから、中央の小さな建物まで走ろうとしたら、崖を降りてかなり走らなければい
けなかった。しかも、
「水魚竜をどうするか……」
 地底湖には、全長30メートルクラスの水魚竜が住みついており、近寄るものには容
赦なく襲いかかるのだという。 
「おい、ワグネル」
「なんだよ」
 顔を上げると、明花と視線がぶつかった。
「宝箱を開けられるのは、おまえしかいない。足には自信があるんだろう?」
「もちろん」
「なら、あたしが角笛を吹いて囮になる。奴らを惹きつけている間に、お宝を回収して
来い」
 どこから取り出したのか、明花は大きな角笛を抱えていた。この地方の言い伝えにも
あるのだが、水魚竜はその音色に引き寄せられるらしい。 
「いいな。いくぞ!」
 明花が崖から身を躍らせる。
 崖にびっしりと生えているツタでブレーキをかけ、地底湖の浅瀬に着地すると中央を
大きく迂回するように走りながら、角笛を鳴らし始めた。
(ちっ!)
 ワグネルはためらわなかった。躊躇すれば、それだけ明花が危険になるという事を知
っていたからである。
 同様に崖から身を躍らせると、着地と同時に体を前転させる事で衝撃を和らげ、即座
に走り出した。僅かに溜まった水が、彼の足を鈍らせるが、構わず走り続ける。
 建物に辿り着いた時、湖岸の方で白い魔法の閃光が迸るのが見えた。明花が雷の魔法
拳技を放ったようだ。水魚竜は炎と雷系が弱点だと、あらかじめ聞いてあった。
(罠は……これか。鍵穴だけ気をつければ問題ない!)
 ワグネルのしなやかな指が、瞬く間に罠を解除していく。
 扉を開けると、そこにはいくつかの宝箱が置いてあった。大きさもまちまちである。
「ワグネル、まだか!」
 外からは明花の声。その余裕のなさに、ワグネルは決断を余儀なくされた。
(どれか一つしか開けられないか……ならば、これだ……!)
 彼が選んだのは、一番小さな箱であった。
 どうしてそれを選んだのか。理由は簡単だ。子供の頃に聞いた物語を思い出しただけ
である。
 中には、数本の瓶が入っていた。それらを割れないように背嚢に詰めると、彼は一目
散に湖岸に向かって走り出した。
 彼の仲間達の下へと。

 
 結局、崖をよじ登っている間に水魚竜の一体に襲われたのだが、それには建一のスリ
ープが効いた為に、なんとか脱出する事が出来た。そうして地上に戻ってきた彼らは、
お宝をカグラの冒険者ギルドに持ち込んだのであった。
「どうだい、呉先生? 値打ちものなのかなぁ?」 
 もちろん、今は新年祭である。ギルドの鑑定所も閉まっていたのだが、明花の顔で、
なんとか開けてもらったのであった。
「そうですね……値打ちものではありますよ」
 鑑定人の呉文明の見たところによると、それはエリクサーと呼ばれる貴重な回復薬の
一種だという事であった。
「重傷でも一瞬で回復するでしょうね。もっとも、治癒魔法の使い手がいれば必要のな
いものですが……」
 その言葉に、一行の顔に落胆の色が浮かぶ。だが、文明はにっこりと笑って話を続け
たのだ。
「もう一つ効能がありましてね。魔法の制限回数や何かも回復させてくれるんです。そ
ういう意味では、掘り出し物だと思いますよ?」
 彼がつけた値は、冒険の報酬としては十分すぎるくらいのものであった。
 ファラは8本あったエリクサーを2本ずつ分け与え、その他に護衛料としての報酬を
支払ってくれた。 
「これでしばらくは路銀に困る事はなさそうですね」
 建一の顔にも笑みが浮かんだ。このような大きな街であれば、日銭を稼ぐ事は吟遊詩
人である彼にとっては難しい事ではない。だが、キャロルを探す旅はまだまだ続くのだ。
いつまでも街にいるわけにもいかなかった。
「何言ってるんだ、建一?」
「そうそう、何言ってるのさ」
 ワグネルと明花が並んで声をかけてきた。喧嘩ばっかりしてるくせに、妙に息が合う
時もあるものだ。
「稼いだ金は」
「飲む為にあるんだぜ?」
「は?」
 間抜けな声をあげてしまった建一の両腕を掴み、二人はずかずかと最寄の酒場へと入
っていった。にこにこと笑いながら、ファラもそれに続く。
「とびきりの酒と」
「とっておきの料理を頼むよ!」
 不思議と息があい始めたワグネルと明花の注文を聞いて、奥にいた料理人が無言で頷
く。彼の右手の鍋が炎をあげるのが、返事の代わりだと言わんばかりに。
 4人の帰還の宴は、まだまだ始まったばかりである。


●温泉宿〜エピローグ〜
「ジェイク……これ、どうやって着りゃあいいんだ?」
「うん? 俺だって、男用の結び方しか教わっていないんだが」
 カグラ側の山間に、小さな温泉宿があることを知る者は多くない。ジェイクがそこを
知っていたのは、冒険者仲間の孫太行から聞いていたからであった。
 彼がジェスを伴ってそこを訪れたのは、新年祭もそろそろ終わろうかという頃合であ
った。逆にその方がゆっくり出来ると、彼は笑ってジェスに告げたものである。 
 一泊して、美味しい料理に舌鼓を打った(お酒は自粛した)ジェスは、すっかり満足
して帰りの石段を降りていこうとしていた。
 すると、一人の男が下から上って来るのが見えた。その男は、ジェイクに向かって一
礼すると、二人と入れ替わりに温泉宿へと入っていった。
「知り合いか?」
「ああ。ギルドで何度か顔をあわせた事がある。腕のいい戦士だと聞いているが……」
(これから休みを取るのか?)
 ジェスに抱きつかれた右手を気にしながら、ジェイクは振り返ってその背中を見送っ
たのであった。


 その男、イルディライは宿に着くと早々に、温泉に浸かって一人酒を飲んでいた。
 木々の向こうにはカグラの街。さらにその向こうには、シティの外壁が見える。
 湯に浮かんだ盆には、彼が指定した地酒が用意されていた。
「……料理はいい……」 
 しみじみと呟くと、彼は徳利を傾けた。
 新年祭が終わり、フォールン・シティが再び冒険の舞台になろうかという、その前日
の事であった。




                                     了


 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業

0811/イルディライ/男/32/料理人
0929/山本建一/男/19/アトランティス帰り(吟遊詩人)
2787/ワグネル/男/23/バランサー
3076/ジェシカ・フォンラン/女/20/アミュート使い
3098/レドリック・イーグレット/男/29/精霊騎士
3108/グランディッツ・ソート/男/14/鎧騎士
3116/エトワール・ランダー/女/25/騎士
3117/リュウ・アルフィーユ/男/17/風喚師
3127/グリム・クローネ/女/17/旅芸人(踊り子)

※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なります。

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。
 予定では13日には納品しているはずだったのですが、結局ぎりぎりになってしまい
ました。雪のないところに引越ししたいと、痛切に感じる今日この頃ですw
 いろんな人たちがすれ違い、あるいは冒険をしています。これが縁になって、個別ペ
ージが面白くなってくれればいいなぁと思いながら書いてみたりみなかったり。
 既に、次のシナリオがアップされています。東天火竜王編ですが、ライターの思惑を
超えて(笑)、いろいろなキャラが参加してくれてるようです。ありがたく思いなが
ら、モンスターハンター2にかける時間を、どう捻り出そうか考えている私でしたw
 それではまた、シティの中でお会いしましょう。し〜ゆ〜♪


>イルディライ
 こんな感じでいかがだったでしょうか。和でも洋でもいけるんですかね?w

>建一
 私の手元にはMT3のディブファイル集はあるのですが、MT13のはありません。
山ちゃんのその後のイメージと、ずれてなければいいのですがw 今回、エリクサーを
2本手に入れました。

>ワグネル
 水魚竜の建物は、月に一回以外は水面が上昇して水没してしまうのです(笑)。冒険
者らしく……というより、盗賊らしい? エリクサー2本持っています。

>ジェス
 ずっと恋人みたいなものだと思っていたのですがw 実は、水魚竜のほうに出てくる
明花を出して、ジェスが恋人と勘違いをするというプロットもあったのですが、こうな
りました。

>レッド
 さて、レベッカの返答やいかに?w 

>グラン
 さて、レベッカの反応やいかに?w
 ちなみに、アミュートの特殊能力は『風の翼』系にしますか? あるいはグライダー
を降りてる時用の戦闘タイプのものにしますか?

>エラン
 アージの手紙があったら、とっくに渡しているかと。ちなみに、アトルは戦の後に姿
をくらまし、王家狩りの際に完全に消息を絶ちました。レベッカもあちこち手を尽くし
て探したのですが、見つかってないのでしょう。でも、きっと幸せなんじゃないかなぁ。

>リュアル
 というわけで。知ってる人が増えましたw マリンソードの設定いいですよね。上手
く使いたいなぁ。 

>グリム
 この順番通りに書いていったので、途中でホールケーキを丸ごと一個食べたような気
分になったのは内緒ですw 山本くんと上手く絡ませられたかなぁ。