<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


マスターに捧げる悪戯

 ヤツと再会したのは、ヴィジョン使い養成学園から寮へと帰る、その帰り道だった。

「久しぶり」
 信じられないくらい馴れ馴れしく、かるぅい口調でそんな声ををかけてきたのは、見覚えのある青い髪の少年。
 ――湖泉遼介(こいずみ・りょうすけ)はすぐさまくるりと背を向けて、別の道を行こうとした。
「おいおい、無視するなよつれないなあ」
 あっという間に遼介の前に回りこみ、にこにこと悪意まんまんな笑みが目の前にくる。
 遼介はもう一度方向転換し、無視を続けようとした。
 しかし再び前に回りこまれた。
「つれねえなあほんと。俺がマスターと見込んだ男が!」
 大げさに嘆くような仕種をしたのは、クラウディスと呼ばれる少年である。
 見た目は、十五歳の遼介よりさらに若い。しかし実際には自分よりはるかに歳が上だと遼介は知っていた。というか、そもそもクラウディスは人間ではない。
 ドールと呼ばれる自動人形で、現在自分の主となってくれる人間をさがしているらしい。
 ……と、本人は言うのだが、本気でマスターを探している様子がクラウディスにはどうも見当たらない。
「邪魔。どけ」
 遼介は全身から警戒オーラを出してクラウディスを牽制する。
 初対面のときに散々な目に遭わされたので、遼介はできればクラウディスに関わりたくなかった。そんな気持ちも含めて、ごうごうと「どっか行け」オーラを燃やす。
 しかしクラウディスはそんなもので諦めてくれるヤワな人間――もといドールではなかった。
 突然、ぴっと両手で何かを差し出してくる。
「………?」
 綺麗に――というかやたらかわいらしく、ハートや花をふんだんに使ったラッピングの小包である。
「何これ」
「バレンタインのプレゼント♪」
 本気なのか冗談なのか、少女顔負けにきゃっと顔を赤らめている様子は、外見的に微妙に似合わなくもない。クラウディスは中性的な顔立ちなので、女装でもすればさぞかし――なんていう話はどうでもよくて。
 遼介は呆れて、
「一体何がしたいわけ?」
 と訊いた。
 返事は即答。おまけに短い。
「遊びに来た」
「………」
 ――おそらく「遼介と」ではなく「遼介で」なんだろうなと内心思い、遼介はため息をついた。
 と、
 ぽんっとかわいらしいラッピングの小包を、クラウディスが放り出した。
 遼介に向かって。
 遼介は思わず受け止めてしまった。
 にやり。
 クラウディスが不敵な笑みを浮かべる。
 しまった、と遼介は思ったが、もう遅い。
 クラウディスは堂々と言った。
「バレンタインのプレゼントには、三倍返しが常識だよな?」

     **********

 クラウディスのプレゼントを不覚にも受け取ってしまった遼介は、クラウディスとともに喫茶店へと入った。
「だからだな、お前結局何しにきたわけ?」
 改めて訊いてみる。
 遼介「で」遊びにきたとしても、プレゼントを持ってくる理由が分からない。
 しかしクラウディスは、
「最近暇でさあ」
 とにこにこしながら答えるだけで、まともに答えを返してくれない。
「……たしか主人を探してるんじゃなかったのか?」
 手の中のプレゼントをもてあそびながら渋面で問いかけると、こっくりとしたうなずきが返ってくる。
「だからな」
 クラウディスはにいっと唇の端をつりあげた。
「三倍返し。お試しマスターやって」
「はあ?」
「チョコ受け取ったんだから拒否権なしだぜ?」
 クラウディスはとんでもない理屈をつけて、「というわけで、明日一日遼介が俺のお試しマスターはい決定」
「ちょ、待……!」
「ではまた明日。さらば!」
 びっと手をあげ、クラウディスは去っていった。
 残された遼介は呆然と、手に持っていた小包を取り落とした。
 カタン、とテーブルに落ちた小包が、情けない音を出した。

     **********

 翌朝――
 ヴィジョン使い養成学園の寮の、遼介の部屋に、ひっそりと忍び込んだ影があった。
(……昨日は我ながら、強引に押し付けたもんだよな)
 クラウディスはまだ寝ている遼介の様子をうかがいながら、
(でも大丈夫だろ。だって遼介だし)
 とまたわけの分からない理屈で勝手に決めつけ、久々のマスター――一日限定――のために気合を入れて張り切った。
 そして早速、
「起きろーマスター遅刻するぞー!」
 と遼介の耳元で大声を出した。
「うおっ!?」
 遼介が飛び跳ねて起き上がる。
「おはよう」
 ベッドの傍らに、クラウディスがちょこんと座ってにこにこと笑っている。
 遼介はカーテンの向こうを見て、
「おいこらちょっと待て! まだ陽もあがってねえじゃねえか!」
「早起きは三文の得。寝坊は遅刻」
「にしても起こすの早すぎだーーー!」
 もう少し寝かせろ! と遼介は再びベッドにもぐりこむ。
 マスターの命令である。クラウディスはとりあえず従った。
 そして――
「起きろーマスター。遅刻するぞー!」
 再び遼介の耳元で怒鳴った。
「………っ!!」
 遼介がまた飛び跳ねて起き上がった。リアクションがまたいちいちクラウディスのツボにハマる。
 遼介はカーテンの向こうを見、また時計を見てから、
「ばっか……てめ、まだ五分しか経ってねえじゃねえか!」
「遼介が『もう少し』って言ったしな」
 もう少しってのは、五分くらいだ。そんなことを言ってクラウディスは腕組みをし、うんうんと勝手にうなずく。
「あと一時間は眠らせろーー!」
 遼介は泣きそうな声で怒鳴る。
「あと一時間。その間に今日の勉強の予習するのがいいマスターだ」
「んなもん知るか! とにかく寝かせろ!」
 遼介は再びベッドにもぐりこむ。
 クラウディスはおもむろに遼介の勉強道具の中から本を取り出し、
「えー。ヴィジョンこと聖獣には四つの属性があり、さらに宝珠ごとに分けると十二タイプに分かれる。さらにさらにそれぞれの宝珠には三体のヴィジョンが当てはまるため、計三十六体のヴィジョンが存在する云々」
 遼介の耳元で教科書を読み始めた。
「――うるせえ!」
 たまらず遼介は飛び起きた。クラウディスは冷静に、
「なお、遼介が扱うティアマットは水の聖獣、宝珠の色はパープルである」
「んな基本的なこととっくに知ってら! つーかお前なに人の睡眠邪魔してくれてんの!」
「睡眠学習」
 クラウディスはにっこりと笑う。
 遼介はベッドの上でずるりとずっこけた。
「ちなみに俺の守護聖獣はイーグルなり。風の聖獣にて」
 クラウディスはそう言ってまとめた。
 そしてすっくと立ちあがり、
「よし。目は覚めたなマスター。早速朝飯を作ってやろう」
「いらん! 寮の食堂にある……!」
「マスター」
 ぽん。
 クラウディスに両肩を叩かれ、遼介はなぜかうごけなくなった。
 クラウディスは重々しく言った。
「マスターは、俺の言うことを聞くべきだ」
「待てそれは待てちょっと待ておかしい絶対おかしい!」
「というわけで、俺は腕によりをかけて遼介滋養強壮特製朝食を作ってやるぜぃ♪」
 ばびゅん! とクラウディスはとてつもない速さで遼介の部屋を出て、どこかへ行ってしまった。
「……い、今のうちに寝るぞ……」
 遼介は決心して、またベッドにもぐりこんだ。
 しかし、
「完成したぞマスター!」
 バタン!
 ドアが開く音とともに、あっという間に聞きたくもない声が戻ってきた。
「早すぎだ……!」
 泣きそうな声になりながら遼介が起き上がって振り向くと、
「どうだ、うまそうだろうマスター」
 ――クラウディスは手に皿を持っていた。
 真っ赤な皿を。
 正しく言えば――真っ赤な唐辛子だけが山盛りに積まれた皿を。
 遼介はどんと壁に背をついた。たらりと冷や汗が背中を伝う。
「ま、まさかそれを食えと……?」
「いや、久しぶりの人間用料理作りだったんで。加減が分からなかったんだが――それにしてはうまく作れてるだろう?」
 作れてる!? あれで何を「作ってる」って言うんだ!!?
「さあマスター。滋養強壮、今日も元気に生きるために食べるべーし!」
「いーやーだー!」
 遼介は逃げようとした。しかし逃げようにも背後は壁だ。
 とっさにベッドからおり、窓際の壁に立てかけてあった剣を手に取る。鞘から刀身を抜いて牽制した。
 クラウディスは心の底から、不思議そうな顔をした。
「なんだ? 食事前にひと運動するのか?」
 なら付き合うぞマスター、とクラウディスは即座に風の魔法を放ってきた。
「うぎゃー!」
 遼介は悲鳴をあげて避けた。遼介の背後にあったカーテンがびりびりに破れた。
 クラウディスは立て続けに魔法を放ってくる。
 部屋のあちこちに疾風による傷ができていく。
 必死で逃げながら、遼介は叫んだ。
「人を殺す気かーーー!」
「マスターを殺すわけないだろ。手加減してるぞ? いい運動になったか?」
 クラウディスはようやく魔法連発をやめた。
 ぜえ、はあ、と肩で息をする遼介の目の前に、
「さあ、元気になるために食べよう……!」
 真っ赤な物体山盛り皿を差し出してくる。
「ひいいいいい」
 遼介は思わず剣を一閃して、皿の上の唐辛子をすべて切り裂いた。
 衝撃で部屋中に散らばる唐辛子を見て、クラウディスはつぶやいた。
「ああ、そうか……切ってくるのを忘れたな」
 さすがマスター、料理もちゃんとできるな、とクラウディスはにっこり笑う。
「……っ……っ……っ」
 息があがって、まともに返事ができない。
 クラウディスはさらに続けていた。
「しかも部屋中にまくなんて……食べながらも運動できる。さすが俺の見込んだマスター。一石二鳥を狙うわけだなあ」
「ちがーう!」
 ようやく声が出た。それが怒声なのが悲しい。
「でも、マスター」
 クラウディスは真顔で言ってきた。
「さすが一石二鳥とは思うが……これでは食事だけで疲れちまうぜ」
「……っ……っ……っ」
「よーしもっと滋養強壮になるもん持ってくるからな!」
 ――「持ってくる」!? 「作る」んじゃなく「持ってくる」!!?
 てめっやっぱり確信犯だろ!!!! と思い切り怒鳴りたくて仕方なかったが、息があがってそれどころじゃない。
 しゅびっと姿を消すクラウディスに、
(い、今のうちに――逃げる!)
 遼介は剣だけを手に、部屋から逃げ出した。

 平穏だったのは、部屋から逃げ出してほんの十五分かそこらのこと――
「マスター!!!」
 どでかい声が、寮を震わせた。
 ひいっと遼介は身を震わせた。これでは寮の連中に何を言われるか分かったもんじゃない。
「マスター!!! やりたいのはかくれんぼか!? 鬼ごっこか!!? 分からないと俺も対処できねーぞ!」
 的外れすぎるその言葉に、遼介は頭を抱えてうずくまる。
「ああああ……」
 何でこんなことになってしまったのだろう。
 昨日もらってしまったプレゼントは、自分では食べなかった。もてないので有名な寮長にやってしまったのだ。
 だからと言って、今さらクラウディスは「受け取らなかった」などと認めてくれないだろう。
「何でこんなことに……」
「あ、見つけた」
 ぎくっと遼介は身を縮めた。
 それを、「動かなくなった」と判断したらしい。
「なんだ? だるまさんが転んだがやりたいのか? ずいぶん遠いところからの挑戦だな」
 遼介は振り向けなかった。
「ほら、次の朝食」
 ――とクラウディスが何を差し出してくるのかが、恐ろしくて恐ろしくて。
 しかし張り切りすぎのクラウディスは嬉々として、
「今度はちゃんと忘れず千切りにしてきたぞ。しかも材料は外にまで言って見つけてきた! おかげで時間がかかっちまったけど、食べてくれるよな」
「―――」
 遼介は耳をふさぎ目を閉じる。
 しかし、目はともかく耳というものは、なかなか完全に閉じきることはできないのだ。
「――マンドラゴラの千切り! 知ってるか!? マンドラゴラは万病の秘薬なんだ……!」
 遼介は心の中で悲鳴をあげた。
 マンドラゴラ。それは人の姿をした大根のような根っこ植物で、引っこ抜くときに断末魔の叫びをあげるという。
 その声を聞いたものは例外なく死に至るといわれているが――ドールであるクラウディスには関係ないらしい。
(マンドラゴラって人間の姿してんじゃなかったか!? それを千切り!!? ありえねえ!!)
 考えただけで鳥肌が立った。
 しかもそれを食べろと!?
 縮こまって震えている遼介に、あっはっはとやたら軽い笑いが聞こえてきた。
「ばっかだなーマスター。いくらなんでもマンドラゴラなんか持ってこないって」
「ほほほ、本当か……?」
「おう。持ってきたのはコブラの胴体の千切りだ」
「―――!」
 一瞬、すべてが暗転するかのような感覚にのみこまれ――
 遼介は失神した。


 それからもクラウディスは、遼介につきまといまくった。
 講義中さえ堂々と遼介の隣にいるものだから、教師に誰だそれは? と訊かれ、答えにつまった。
 そうしたらクラウディスが、
「わたし、遼介様専属のメイドでぇす」
 などとかわいらしく言いやがったものだから、教師はずっこけ教室はざわざわ騒ぎ出し、結局どうしていいか分からなくなったらしい教師に教室から追い出されてしまった。
 ……よくある、廊下で水入りのバケツ持ち。
「どうして俺が……」
 ……そしてよくあるパターン。
「頑張れよ、マスター」
 なぜかクラウディスにはそんな罰が課せられることはない。
 教師の言い分で言えば、クラウディスはこの学園の生徒ではないし、連れてきた遼介が悪い、ということになるらしいが……どれもこれも反論しようと思えば小一時間は反論できる。
 が、これ以上ごたごたするのも面倒くさいので反論はせず、おとなしくバケツ持ちに至ったわけだ。
「マスター……俺のためにこんな苦役にも耐えてくれるなんて、さすがマスターだぜ……」
 ぐすっ、とクラウディスが感激の嘘泣きをする。
「……ある意味、本当にお前のための苦役だよな……」
 遼介はあははは、と遠いところを見ながら乾いた笑い声をあげた。


 お昼時間。
 朝食時と同じように、クラウディスと追いかけっこになった。
 なぜかクラウディスの風の魔法に遼介の剣での被害があちこちに広がり、遼介は教師に呼び出されて説教された。
 もちろんそのお説教の場に、クラウディスはいなかった。


 午後の講義。
 変わり者の教師がクラウディスを同席させてくれた。それが余計間違いだった。
 クラウディスは訓練で皆が呼び出すヴィジョンにことごとくケンカを売り、授業は大混乱となった。
 今回はクラウディスだけが追い出されたが、
「マスター! 俺の大切なマスター……! 俺を見捨てないでーーー!」
 遠くからずっと遠吠えのごとくクラウディスが吼えているので、遼介は自ら授業を辞退して、クラウディスの元へと行くはめになったのだった。


 そして帰り道……
 寮に一直線で帰ると、また寮に迷惑がかかると思った遼介は、クラウディスを誘って公園に行った。
 二人で木製のベンチに並んで座り、はあとため息をつく。
「マスターとふたりっきり……俺ってばハートどっきん」
「気色悪い」
 不毛すぎるやりとりが何時間もの間交わされる。
「なあ……チョコの有効期限いつ切れんの?」
「ナイショ」
「……頼むから他人に迷惑はかけないでくれよ……」
「迷惑はかけていないっ!」
 クラウディスは胸を張った。「俺はただ、マスターのために張り切っているだけ……!」
「………」
 どうにかしてこいつをぶん殴る方法はないだろうか。遼介は真剣に考えた。
 クラウディスは身が軽いので、殴ろうとしてもひょいひょい避ける。
 第一仮に殴れたとしても、三倍返しどころか百倍返しくらいで自分が後悔するだろう。

 ――陽が落ちてくる。
 鮮やかな夕焼けが空を染めた。
 アホー、アホー、とカラスが鳴く。
 遼介は情けない気分になった。

 と――
 隣に座っていたクラウディスが、とんとベンチから降り立った。
「なあ」
 軽い軽い調子で声をかけられたので、「あんだよ」と遼介はものすごくぶっきらぼうに返事をした。
「マスターは、俺が嫌いか?」
「――……」
 唐突すぎる問いに。
 遼介は面くらい、返事に詰まった。
 ――嫌い? 俺がクラウディスを嫌っている?
「き、きら……」
 ――嫌いなのか?
 散々迷惑をかけられた。散々嫌な思いをさせられた。どっか行けと本気で思ったし、ちょっとこの世から抹殺したくなった瞬間もあった。
 だけど――嫌い?
「……ええと……」
 遼介はがしがしと自分の青い髪をかき乱しながら、苦悩する。
 正しい言葉が見つからない。自分の気持ちに見合った言葉が見つからない。
 そして結局出た言葉は、
「……分かんね」
 だった。
 クラウディスは、満足そうに微笑んだ。
「いいね」
「……はあ?」
「これで俺は、この先遼介に好かれるまでどんどんまとわりつく。口実が出来たな」
「げっ!!?」
 楽しかったぜ、とクラウディスはにやりと笑った。
 遼介は唐突に思い出した。
 ――こいつはすべて、確信犯だ。
「こんの……っ」
 立ち上がってつかみかかろうとしたら、ひょいと逃げられた。
 けけけっと笑って、クラウディスは言った。
「またな、俺の大切なマスター♪」
「また、なんてあるかーーー!」
 遼介の怒鳴り声が、夕焼け空にこだまする。
 クラウディスは平気な顔で行ってしまった。かすかに口笛の音さえする。
「――……」
 遼介はどさりとベンチに身を沈め――
 つくづく思ったのだった。

「あいつの元のマスター……よっぽど根性のあるヤツだったんだろうなあ……」
 アホー アホー
 カラスの鳴き声がどこまでも、遼介の耳について離れなかった。


 ―Fin―