<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


雪山探検隊!

「……で、どうするんですか」
 ライナーが溜息混じりに問いかけた。
「…そりゃ、採りに行くしかないだろうね。良かったら、手伝って貰えないかな?」
 同じく溜息混じりに呟いた猫…イヴォシルが傍らを見上げる。そこには銀の髪の女性の姿があった。アレスディア・ヴォルフリートだ。
 彼女は普段より小さく見えるイヴォシル達の様子に穏やかな苦笑を浮かべて頷いた。
「他ならぬイヴォシル殿の頼み……聞かぬわけにはいかぬな」
「………はい」
 背の高い彼女の影に隠れるように立っていた人影からも涼しい返事が聞こえた。
 ……いや、返事では無い。
 目に涼しい青い髪を静かに傾けて、にこやかな笑みを浮かべるのはシルフェだ。ライナーに何かを手渡した際の声だったらしい。
 ライナーは不思議そうに、極上の笑顔と共に渡された物に視線を落とした。


 スコップ。


 それも園芸などで使う可愛らしいサイズの物ではない。明らかに、穴掘りを目的とした、イヴォシルの背丈近くある巨大な物だ。
「今回は、雪かき要員ですねライナー様」
「…………はあ」
 ああ、笑顔が眩しい。
「……? 雪、山……?」
 ゆっくりと、独特の間をおいて千獣が呟いた。
 以前耳飾りを修理して貰ったお礼を言いに来てみれば、なんだかややこしい事になっているらしい。
 石屋のイヴォシルは簡単な細工物も手がける。その材料である石を採りに、雪山に登らねばならないらしい。
「……要する、に……その、蜥蜴に、息を、吐いてもらわないと、いけないっていう、ことで、いいの、かな……?」
 首を小さく傾ける千獣に、イヴォシルは頷いた。
「ああ。雪蜥蜴という生き物でね。綺麗な雪に彼らの吐く息をかけて凍らせると、非常に純度の高い魔水晶が採れるのさ」
 雪自体はあそこに有り余っているだろうから問題は無いのだろうけどね、と呟いてイヴォシルは溜息をついた。
「何か問題でもあンのかっ?」
「…君も来てくれるのかな、オーマ殿」
 唐突に聞こえた声に、イヴォシルは何事もなく問い返した。
 一同は声を辿って振り返り、一瞬どう対応すべきかリアクションに困って立ちつくす。
 視線の先に、妙な存在感を持って佇んでいるのはドでかい鏡。
 それは良いのだが、何故だか等身大のマッチョ兄貴型のそれから、生えている誰かがいる。
 もとよりシルフェとイヴォシルは動じないし、アレスディアも、ライナーもほんの少しだけ慣れがある。
 だが、千獣はあまり動かない表情を少し固めて、それから説明を求めるようにイヴォシルをじっと見た。
「…ああ、初対面だったかな。千獣殿、彼はオーマ殿だよ。オーマ殿、こちらが千獣殿だ。…所で、出てくるなら出てきてくれないか」
 きつめの整った顔立ちと派手な外見を持ったオーマが千獣に目をとめて破顔して、一気に柔らかい印象になる。
 明るく挨拶してくるオーマに、千獣は困ったように答えた。
 微笑ましい光景なのだが、ライナーは何となく胃の辺りに手を添える。
 何か嫌な予感がす……
「そうだねぇ、オーマとの今回のケリをひとつ極寒の地で着けるっていうのもいいかもしれないね。さぞや白きに赤は映える事だろうよ。だろう…オーマ?」
 艶の有る声が部屋の隅から聞こえた。
 そこにいつの間にか腕組みをして佇む美女…シェラの姿があって、鏡から出てきたばかりのオーマがびくり、と傍目にも分かるくらい痙攣した。
「………、……?」
「ああ、彼女はオーマ殿の奥方なのだよ」
 再び首を傾げる千獣にイヴォシルが微笑む。
「……ああ、そうなの……」
 シェラの「ケリは極寒の地で」という言葉を裏切って目の前で繰り広げられる、修羅場というかなんというか、とにかく凄惨な光景に千獣は頷いた。


「…これは、どのみちもうしばらく出発出来そうに無いですね」
 ライナーの呟きに、イヴォシルは頷く。
「…もう少し時間がかかりそうだ。その間に、準備でもしておこうか。……相変わらず、登場にオチをつけてくれる御仁だね」



 かくて室内でおこった嵐は、一時間以上の準備時間をもたらした。
 荒れ果てた店内を見て、イヴォシルが虚ろな瞳を見せて笑う。
「………近々、例の魔水晶だけではなく、他の石も補充する必要が有りそうだね」
 大災害がもたらした爪痕(大鎌の刃の跡のようにも見える)を含め、散らかった店内を簡単に片付ける。
 どうやら両親が起こす災害を予想して、その後かたづけに現れたオーマとシェラの娘、サモンも加わって掃除だ。
 ……出かけるのはもう少し先になりそうだ。
「ふうん、雪山に行くんだ」
「ああ、どうするね?君も来てくれるかい?」
 つまらなさそうに呟くサモンに、片づけをしながらイヴォシルが問うた。
 サモンはしばらく虚空を仰いで何か考えているようだった。
「………うん、僕も行くよ」
 その『間』に『あの人達を放っておいたらまた大災害が起きそうだから』とかなんとか聞こえた気がして、ライナーはそっと彼女に仲間意識を持った。
 暴走する親を持つと子供は大変だ。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「…確かどこかの諺で…馬鹿は風邪を引かない…って言うよね…」
 いざ雪山を目の前にして、サモンはそんな感想を漏らした。
「…あ、それからこれ」
 サモンが全員になにやらカードと、荷物を配っていく。
「…これは?」
「王室発行山岳保険加入カード…と、その他色々」
 荷物には、どうやら登山用具などが詰め込まれているようだった。
「あらあら、まあまあ。ご丁寧に、有り難う御座いますね」
 アレスディアの問いに、こともなげに頷くサモンと、さっくり流すシルフェ。
「…………私は帰っても良いだろうか」
 ここまで来て寒さが限界に来たらしい。イヴォシルが笑顔で言う。
「うふふ。約束をなさったのはイヴォシル様なのですし、駄目ですわよ」
 ふかふかのマントを着込んだシルフェがすかさず言い放つ。イヴォシルは人差し指を立てて見せた。
「───…知っていたかい、シルフェ殿。ケットシーは寒いと冬眠を始めてしまうのだよ」
「うふふふふふ。コタツの中で、などとは言わせませんよ?」
「はっはっはっはっは」
 『うっかり』で材料をきらしていたイヴォシルの事をシルフェは密かにおこっていたらしい。笑顔の応酬が傍目に怖い。
「…しかし、イヴォシル殿は本当に寒さが苦手なのだな。私のように、手袋や靴の中に唐辛子を入れたり、後は動きにくくなるのが難点だが…毛織物の上に革製品、で保温性が………いや、何でもない」
 冬眠どころか永眠しそうなイヴォシルを気遣ってアレスディアが申し出るが、彼女はその姿を見て言葉を止め、視線をそらした。
 正確には、スコップを持って前を行く男手二人、オーマとライナーも含めて視界に入れてしまったせいだが。
 男達三人は、オーマが持参した、桃色の、フリルが大量に付いた防寒具一式を身に纏っていた。オーマとイヴォシルは平気な顔をしているが、ライナーの事を思うといたたまれない。
「……それはそうと、蜥蜴、……どう、する…?」
 雪が直接肌に付かないように、腕などに布を巻いている千獣の言葉を受けて、ライナーがイヴォシルの方を見た。
「…そうだ。養父上は確か、動物と簡単な意志疎通が出来たのでは有りませんか?」
 ライナーに、イヴォシルは笑う。
「いやぁ、それがね。私はどうも爬虫類とは波長が合わないらしくてねえ…」
「おや、それじゃあ特に何も策は無しかい?…まあ、可愛い息子達の為だ、あたしも思いつく事は色々試してみようじゃないか」
「そうだな、全員が思いつく事を色々試せば、何とかなるだろ」
 夫婦が頷き合う。とりあえずいったん仲直りはしたらしい。
 ただ、桃色のふりふりの旦那と、いつもと同じ格好をした妻が並ぶ姿は少々不思議な光景では有ったが。
  


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 ざっくざっくとライナーとオーマが雪をかき、なんとか道を作っていく。
 サモンが持ち込んでいた、何やら難しげな機械で、一行は難なく雪蜥蜴の生息地までたどり着いていた。
 雪蜥蜴たちは白い体を雪に埋もれさせるようにして隠れながら、唐突に現れた一行を警戒したように観察している。
 数は六匹。
 充分に距離を取って一行を囲むようにして、いつでも逃げられるように気を抜かない彼らにちらりと目を走らせて、イヴォシルが低く呟いた。
「周りはどうせ雪だらけだから、適当にブレスを吐かせてくれたまえ。…ただ、自分が浴びてしまうとしもやけはまず確実だろうから、気をつけて」
 
 イヴォシルの言葉に驚いたのか、雪蜥蜴は慌てて逃げ出した。
 白い体は意外に素早く、あっと言う間に見えなくなってしまう。
 千獣は慌てずにその体を宙に躍らせた。
 そのまま飛んで移動すれば、雪に足を取られて遅れる事もない。
 ただ、吹雪に注意して巻き込まれないようにすれば良いだけだ。

 千獣はしばらく飛んで、小さな洞窟がかまくらのようになっている所を見つけた。
 雪に埋もれた真っ白な世界の中で、そこだけ岩肌が露出している。
 雪蜥蜴は、どうやらここに入ったらしい。
 彼女は静かに降り立ち、壁際にぴったりとはりつくようにこちらを伺う雪蜥蜴に近づいた。
 腕を…。
 布の隙間から獣毛と、そして鋭い爪の覗かせる腕をそっと蜥蜴に近づける。
 雪蜥蜴が身を強ばらせて緊張するのが分かった。
 小さく震えていさえする。
 彼女は爪の先が雪蜥蜴に触れるかどうか、と言うところでいったん手の動きを止めた。
 そのまま少しじっとして……。

 ぱんっ

 千獣が無造作に手と手を蜥蜴の目の前で打ち鳴らす。
「………あ」
 猫だましをすれば驚いて息を吐くだろうかと思ったのだが。
「………」
「………どう、しよ…」
 驚きすぎて気絶した蜥蜴を前に、千獣は少しだけ考えて…。
 
 そっとその小さな体を抱き上げて、再び一行の元へと飛び立った。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「…今回は本当に助かったね。感謝するよ」
 いくつもの…、大小様々の魔水晶を皆から手渡されて、照れたようにしてイヴォシルが頭を掻いた。
 大した怪我人も被害も無く、というよりも怪我をしたのはイヴォシルだけで、全身しもやけという情けない物だったのだが…。
 まあ、それもシルフェの治癒で完全に癒されていた。
 森の洞窟に帰って体を温める千獣達に見守られて、最後の石を依頼された腕輪にはめこむ。
「……よし、これで完成だ」
「おお、こっちも鍋が煮えたぜ!」
 いつものようにエプロンを身に纏ったオーマがキッチンから顔を覗かせた。
「では、わたくしはお茶を淹れますね」
「…おいしそう」
 そうして一行は、雪山にいた分も取り返すように充分に暖まったのだった…。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2079/サモン・シュヴァルツ/女性/13歳(39歳)/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/女性/29歳(実年齢439歳)/特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談)】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女性/18歳/ルーンアームナイト】
【2994/シルフェ/女性/17歳/水操師】
【3087/千獣/女性/17歳(999歳)/異界職】

【NPC/イヴォシル/男性/353歳/風喚師】
【NPC/ライナー/男性/21歳/傭兵】

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■         ライター通信          ■
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千獣様

こんにちは。日生 寒河です。
この度は再び猫の石屋へと足をお運び頂き、大変有り難うございました。
毎度毎度、納品がぎりぎりで申し訳有りません…。

蜥蜴を驚かす時の、フェイントが素敵でした。
そして何より、一生懸命喋ってくださる千獣様が可愛らしく…!
あああ、少し落ち着いた方がよさそうです、ぜえぜえ。

と、ともあれ、またお会いできる日をお待ちしておりますね。
口調や不備などが無い事をおいのりしております。

日生 寒河